第81話 貴族の思考

 俺たちは、訓練場の端の方に寄って静かに授業が始まるのを待つことにした。ロニーの服装のこともあるし、できる限り目立たない方がいい。

 訓練場には基本的に身分が低いものから集まるようで、最初は同じクラスの人たちが集まってきて、段々と身分が高い人が集まってきている。

 端に寄ってはいるが、皆ロニーの服装を見て顔を顰め、聞こえるように悪口を言ってくる者もいる。


「あのような見窄らしい格好をした者と同じ生徒だとは、不愉快だな」

「なぜ雑巾のような服を纏っているのだ? 視界にも入れたくない」


 そんな声がたくさん聞こえてくる。多分平民を見下してるタイプの貴族だろう。凄くイラつくし反論したいが、流石に貴族に楯突くわけにはいかない。

 ロニーは隣で、背を縮こませて俯いている。助けてあげたいけど……今の俺では何もできない。同じ平民の俺が何を言っても馬鹿にされるだけだし、悪口がより酷くなるだけだろう。


「レオン……僕と一緒にいると何か言われるかもしれないけど、ごめんね」

「そんなの気にしなくていいよ。ロニーがいなくて俺だけでも色々言われるんだから」

「うん……」


 少しでもロニーを助けてあげるために、早めに屋台の話を進めた方がいいな。

 そんなことを考えていると、三人ほどの貴族がこちらに近づいてくる。今訓練場に入ってきた貴族だから、高位貴族だよな? なんでこっちにくるんだ? 

 こっち来ないでくれー! めちゃくちゃ怖いんだけど!

 俺とロニーは、できる限り存在感を消すために顔を俯かせて小さくなっていたが、足音が近づいてきた。


「おい、そこの平民」


 これって俺たちに話しかけてるんだよな……最悪。

 俺は嫌々ながらも顔を上げて、話しかけてきた人を見た。

 話しかけてきた人は、真ん中で偉そうな態度を取ってる人だ。この人って…………試験の日にリュシアンと言い合いになってた人だよな? たしか、プレオベール公爵家のアルテュル・プレオベールだ。

 うわぁ〜、マジで最悪。


「私でしょうか?」

「お前ではない、そっちの見窄らしい格好をしている方だ」

「わ、私に何か御用でしょうか……?」


 ロニーが震える声でそう答えた。


「視界に入るのも不愉快だ。今すぐこの場から立ち去れ」

「で、ですが……授業を受けなければなりません……」

「お前のような卑しいものが学んだところで、高が知れている。王立学校をやめて働けばいいではないか。平民が学んだところで意味はない」


 マジでこいつ嫌いだ……平民だって王立学校に通う資格はあるし、卒業できれば役人になれるんだから通う意味あるからね!

 それを直接言ってやりたい。イラつく……!

 ロニーは完全に萎縮してしまって、俯いて今にも泣きそうだ。どうしよう……どうにかしてとりあえず、この場は見逃してもらえないだろうか?


「あ、あの……ご不快にさせてしまい大変申し訳ございません。次の授業までに服装は改めますので、どうか今回だけは見逃していただけませんでしょうか?」

「貴様は誰だ? うん? 確かお前は…………リュシアンと共にいた者ではないか? お前は従者ではなかったのか?」

「私はタウンゼント公爵家の後見で王立学校に通っております、レオンと申します」


 俺がそう言った途端、アルテュル様の顔がすごく厳しくなった。


「タウンゼント公爵家が、平民の後見をして王立学校に通わせてるだと?」


 あれ? これって言っちゃいけなかったのかな? でもリュシアンは広めるって言ってたしいいんだよね?


「今すぐ辞退するんだ。そして王立学校を辞めろ」

「えっと…………それは私の判断ではできないのですが」

「タウンゼント公爵家は、なぜこのように血迷ったことをしているのだ。卑しい平民の後見をするなど考えられぬ。公爵家の名前が汚されるではないか!」


 俺に怒ってもどうしようもなくない? マジでめんどくさい、早くどっか行ってくれないかな。


「私に言われましてもどうすることもできないのですが……」

「そっちの見窄らしい服を着ている者も、タウンゼント公爵家の後見なのか!?」

「い、いえ……私は貴族の後見は得ておりません……」


 また矛先がロニーに向かっちゃったよ。ロニーは後ろ盾もないから俺よりも立場が弱いんだ。


「それならば貴様は今すぐやめられるではないか! 早くこの訓練場から出て行かんか!」

「で、ですか……」

「視界に入れるのも不愉快なのだ!」


 はぁ〜、本当にこいつうざいな……めちゃくちゃイラつく。もう言い返していいかな? ここまで我慢したんだからいいよね?

 そう思って俺が口を開こうとした時、アルテュル様の後ろから声が掛かった。


「アルテュル、何を騒いでいるんだ」


 リュシアンだ! ステファンとマルティーヌもいる!

 助かったぁ〜。


「リュシアン! 卑しい平民の後見をしてるとは何事だ!? 公爵家の名前に泥を塗るような真似は今すぐ止めるんだ。この前も忠告したはずだが?」

「アルテュル、私もこの前言っただろう? 有能な平民には力を奮ってもらった方がこの国のためになるのだ」

「そんなことあるわけがないだろう!? 平民に神聖な貴族の領域を穢されているのだ! 卑しいものと馴れ合うとお前まで卑しいものになってしまうぞ!」

「平民は卑しいものではない。平民がいなければ国が成り立たないのだと、なぜわからない」

「平民は貴族によって生かされているのだ! 父上はいつも言っているぞ! 貴族のお陰で平民は生きていけるのだと」


 またこの不毛な争いが始まったよ……多分この二人は一生分かり合えないだろう。

 アルテュル様もヤバいけど、この思想を植え付けたアルテュル様の父親がやばいよな。絶対に会いたくない……

 アルテュル様の父親って、現プレオベール公爵ってことだよな。プレオベール公爵家、絶対近づきたくない……


 でも、アルテュル様の考えをしている貴族が半数はいるんだよな。

 さっきから、アルテュル様の言葉に頷いてる貴族も結構いる。頷いてる全員が要注意人物だな。

 多すぎて覚えきれないよ……


「お前たち、こんな場所で言い合いなどするのではない」

「殿下! 殿下はリュシアンが正しいというのですか!?」


 そんなこと一言も言ってないだろ。まあ、内心はそう思ってるのかもしれないけど……

 リシャール様に聞いた限りでは、王族はタウンゼント公爵家と同じ考えのようだ。ただ、敵対勢力の貴族がかなり多いので、安易にどちらかを支持できないらしい。内戦の火種になってしまうんだろうな。


「そんなことは言っていない。ただ、ここは学びの場だ。このように争うための場ではない」

「それは……申し訳ございません。ただ、殿下はどうお考えなのですか!? リュシアンと仲が良いようですが、やはり私が間違えているというのですか!?」

「リュシアンと仲が良いことは、私の考えと関係はない。私はどちらの意見も正しいと思っている。歴史を重んじるのは大切だ。しかし、時代によって変化させることもまた大切だ。どちらの方が重要だとはいえない。その時々で臨機応変に決めて行かなければいけないことだ。ただ、ルールや決まりは守らなくてはならない。それを守らなくなれば国はどんどん荒れていくのだ。この王立学校は平民も受け入れている。それが今のルールだ」


 ステファンさすが王子様だ! めちゃくちゃカッコいい! 上手くどちらの肩も持たずにまとめたな。


「かしこまりました……申し訳ございません」

「私も、このような場で言い合いをしてしまい、申し訳ございません」


 アルテュル様とリュシアンがそう謝って、この場は収まった。

 とりあえず良かったけど、いつも助けてもらえるわけじゃないだろう。少しでも目立たないように、次の授業までにはロニーの服装を整えるべきだな。この際、給金の前借りって事でお金を渡しても良いか。そうしてでも服装は整えるべきだ。

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