第68話 引っ越しと入学準備

 次の日の朝。

 今日は俺が公爵家の屋敷に引っ越す日だ。ただ、必要なものは屋敷に揃っているので、ほとんどうちから持っていく物はない。いつも出かける時と同じような荷物の少なさだ。

 ロジェは午前中の早い時間に来てくれると言っていたので、そろそろ来るはずだ。

 俺は食堂の椅子に座っていて、母さんと父さんはそわそわと周りを歩き回っている。マリーは俺の隣に座っている。二人とも緊張しているようだな。ロジェとは前にも会ったのに。

 俺は苦笑いしながら、母さんと父さんを眺めていた。


 すると、家のドアが叩かれる音がする。

 コンコン。


「おはようございます。ロジェでございます」


 俺がドアを開けると、いつもの従者の格好をした

ロジェが立っていた。


「来てくれてありがとう。母さんと父さんから渡したいものがあるから、少しだけうちに寄ってくれる?」


 俺がそう言うと、ロジェが少しだけ不思議そうな顔をしながら、食堂に足を踏み入れた。

 すると母さんと父さんがロジェの前に並び、深く頭を下げる。


「これからレオンがお世話になりますが、よろしくお願いします」

「迷惑をかけるようなことがあれば、叱ってください。レオンをよろしくお願いします」

「はい。誠心誠意お仕えさせていただきます」


 ロジェもそう言って頭を下げた。それから、母さんがクッキーが入ってる籠を持ち、ロジェに手渡した。


「これ少しですが、公爵家の皆様に渡してください」


 ロジェは少し戸惑ったようだが、しっかりと受け取ってくれた。


「かしこまりました。私が責任を持って届けます」

「じゃあ、母さん、父さん、マリー、行ってきます。また休みの日に帰ってくるからね!」


 俺は寂しい雰囲気にならないように、笑顔で明るくそう言った。すると、母さんと父さんは泣き笑いのような表情になった。


「レオン、辛いことがあったらいつでも帰ってきていいのよ。頑張ってきなさい」

「うん。母さんありがとう」

「レオン、レオンは父さんの誇りだよ。頑張ってね」

「ありがとう。頑張ってくるよ!」


 俺は少し俯いているマリーの前に行き、しゃがみ込んで下からマリーを見上げた。

 するとマリーの目には涙がたくさん溜まっていて、今にも溢れそうだった。


「マリー、お兄ちゃん行ってくるね。いつでも帰ってこれるから泣かないで」


 俺はそう言って、マリーの頭を優しく撫でた。


「うぅ〜、お兄ちゃん……頑張ってね……絶対に帰ってきてね」

「うん。休みの日はできるだけ帰ってくるよ。だからその時は、また一緒に料理したり森に行ったりしようね」

「うん……待ってるね」

「ありがとう」


 俺は最後にマリーをぎゅっと抱き締めてから、立ち上がった。このままマリーと話していたら、俺まで泣いてしまいそうだったのだ。


「じゃあ行ってきます!」


 俺はそう言って、家から外に出た。少し寂しいけど、いつでも帰って来れる距離だ。これから始まる新しい生活への希望もある。

 これから頑張ろう!



 そうして馬車に乗り込み、中心街の公爵邸に着いた。公爵邸ではいつも通り、客室に案内される。いや、今日からは客室ではなく俺の部屋だな。


「レオン様、本日は特に予定はありませんが、いかがいたしますか?」


 うーん、どうしようかな。必要なものは早めに買ったほうがいいだろうから、午後にでも必要なものを聞いて買いに行こうかな。


「王立学校で必要なものを買いに行きたいんだけど、何が必要か一覧みたいなものってあるのかな?」

「王立学校で必要なものでしたら、私が存じ上げております。本日買いに行かれますか?」

「うん。昼食を食べてから午後に行こうかな」

「かしこまりました」

「そういえば、食事って食堂でとるのかな? 今までは食堂だったり自分の部屋だったりしたけど」


 今まで朝食は自分の部屋だったけど、夕食は食堂だったよな。昼食は自分の部屋が多かったけど、食堂で食べることもあった。


「基本的には朝食、昼食は各自の部屋でとられます。夕食は食堂に集まってとられることが多いです。ただ、昼食でも食堂でとったりと例外もございますので、絶対のルールのようなものはございません」

「そうなんだ。じゃあ今日は、自分の部屋で食べるのでいいかな?」

「問題ありません。すぐにご用意いたします」


 それから俺は昼食を食べて、少し休んでから必要なものを買うために中心街に出かけた。今はロジェとともに馬車の中だ。


「必要なものって何があるの?」

「まずはペンとインクですね。レオン様は一つ持っておられますが、予備としてもう一つずつ持っておられると良いとのことです。それから紙束です。授業の教科書は無料で配られますが、メモを取ったりするのに紙束があったほうが便利だそうです。さらに、それらを入れる鞄も一つ必要ですね。王立学校へは基本的に従者を伴わないので、皆さん鞄を一つお持ちになるそうです」


 確かに必要だな。紙束は多めに買っておこう。授業以外にもあったら便利だ。ずっとメモ帳が欲しいと思ってたんだよな。そう考えると、インクも多めに買ったほうがいいかもしれない。それに鞄も必要だな。ずっと使えるようにしっかりした物を買いたい。


「あとは服ですね。剣術の授業で着る、動きやすい服があると便利だそうです。それから、パーティーに着ていける服がない方は、ダンスの授業で着る服も購入するそうですが、レオン様は以前晴れ着を購入されていますので、こちらは必要ないでしょう」


 確かに剣術の授業を、貴族の服でするわけには行かないよな。だからといって平民の服は論外だろうし、動きやすい良い服を買うべきだな。


「じゃあ、その五つを買いに行こう。お店に行く前に銀行に寄ってくれる?」

「かしこまりました。ただ、レオン様が必要なものを購入される時の為にと、大旦那様からお金を預かっております。ですので、レオン様がお金を支払う必要はございません。何かご趣味で買い物をされたいとのことでしたら、銀行へ向かいますが如何いたしますか?」


 またお金出してくれるの!? 俺ほとんどお金使ってないよな。せっかく貯めてたのに……まあ、お金が必要になる時はあるだろうから、貯めとけばいいんだけど。

 ここまで至れり尽くせりだと本当に申し訳ないな。でも、絶対に断っても押し問答になるだけだろうし、とりあえず好意は素直に受け取っておこう。


「それはありがたいね。後でリシャール様にお礼を言わないと。じゃあ今は、銀行は行かなくていいや。このままお店に行ってくれる?」

「かしこまりました。では、紙を売っているお店から向かいます」


 そうしてロジェが御者に告げて馬車は紙を売っているお店についた。

 ロジェに聞いたところ、紙を売っているお店は白紙の紙を売っているだけで、本などは売っていないらしい。本は中古の本を売っている本屋で買うか、誰かから借りた本を持ち込んで、書写屋で書き写してもらうそうだ。

 新しい本は、研究者が結果をまとめるなどして作る場合が一番多いらしい。物語を書く小説家のような人も少しはいるが、小説は新しい物語を欲しい人が、小説家に依頼をして初めて作られるそうだ。


「レオン様、到着いたしました」

「ありがとう」


 お店に入ると店内は狭く、すぐにカウンターがある。紙は裏の倉庫にあるのかな? カウンターには綺麗な格好をした四十代くらいに見える女の人がいる。


「いらっしゃいませ。本日はどのような御用でしょうか?」

「こんにちは、王立学校で使う紙束が欲しいんですが」

「かしこまりました」


 そう言うと女の人は、カウンターの後ろにある扉から奥に行き、紙の束を持ってきてくれた。一つの束で二十枚くらいのようだ。

 とりあえず三つくらい欲しいな。足りなかったらまた買えばいいだろう。


「一束で二十枚ですが、いかがいたしますか?」

「では三つ下さい」

「かしこまりました」


 ロジェがお金を支払ってくれて、お店を後にした。

 それから、ペンとインクを売ってるお店、鞄を売ってるお店、前に公爵家に来てくれた仕立て屋を訪れて、それぞれ必要なものを買った。

 これは途中でロジェから聞いたんだけど、貴族は基本的に屋敷に商人を呼ぶ。しかし、自分から出向いて買い物をしたい時は、貴族がお店に行くこともあるらしい。

 そこは気分次第で自由なんだそうだ。また、すぐに商品が欲しい時も自分でお店に出向いたり、従者に買いに行かせたりするらしい。


「レオン様、必要なものは買い終わりましたが、どこか行かれたい場所はございますか?」

「いや、特にないよ。屋敷に戻って欲しい」

「かしこまりました」


 俺は必要なものを買い終えて、屋敷に戻った。

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