第69話 歓迎会と剣術
俺が屋敷に戻ると、あと少しで夕食の時間だった。結構時間が経ってたんだな。
俺は部屋で少しだけ休んだあと、すぐに食堂に向かった。食堂に行くと、リシャール様、カトリーヌ様、リュシアン様に加えて、クリストフ様とソフィア様、ジュリアン様、フレデリック様もいた。
なんで皆さん揃ってるんだ? というか、俺が一番最後!? 時間遅れてないと思うんだけど……
俺は少し慌てつつ、皆さんに挨拶をした。
「皆さん、お久しぶりでございます。遅れてしまったようで、申し訳ございません」
「いや、我々が早かっただけだから気にしなくていい。それよりも席に座ってくれ」
「かしこまりました」
リシャール様がそう言ってくれたので、俺は自分の席に座った。
「では改めて、レオン君タウンゼント公爵家にようこそ。これからよろしく頼む。今日はささやかだが、君の歓迎会のつもりだ。楽しんでもらえたら嬉しい」
俺の歓迎会!? そんな事やってもらえるなんて思ってなかった……ちょっと恐縮しちゃうけど、嬉しい。凄く嬉しい。
今までは、俺と公爵家の間には壁があったけど、それが少し薄くなった気がする。埋められない身分差はあるんだけど、それでも公爵家の仲間に入れてもらえたような気がする。本当に嬉しい。
いつも公爵家に来ると緊張してたけど、少し肩の力が抜けた。
「皆さん、私のためにわざわざ歓迎会を開いてくださり、本当にありがとうございます。とても嬉しいです。公爵家の役に立てるように頑張りますので、これからもよろしくお願いします」
俺はそう言って頭を下げた。そして顔を上げると、皆さんが優しい笑顔で見守ってくれていた。
なんだか、ここも俺の居場所になった気がするな。
「こちらこそよろしくな。では、美味しい料理を食べて楽しんでくれ」
リシャール様のその言葉で、料理が運ばれてきた。まず運ばれてきたのはスープだが、香りが海老だった。
海老のスープ!? でも、ここは王都なのに……
俺の困惑がわかったのか、リシャール様が説明をしてくれた。
「レオン君は海の幸がとても好きな様子だったから、陛下に頼んで製氷機を使わせてもらったんだ。領都に製氷機を送って、クリストフとソフィア様が王都に来る時に海の幸を持ってきてもらった。ナセルがレシピも書いてくれたので、美味しい料理になってるはずだ。堪能してくれ」
めちゃくちゃ嬉しい!! しばらくは食べられないと思ってたんだ。
「ありがとうございます! とても嬉しいです!!」
「レオンの好きなものがわからなかったからナセルに頼んだんだが、喜んでもらえたら嬉しい」
クリストフ様が、少し苦笑いをしながらそう言った。
やばい……ちょっとはしゃぎすぎたかも……
俺は少し落ち着きを取り戻した。
「海の幸はどれでも好きなので大丈夫です。持ってきていただいて本当にありがとうございます。クリストフ様とソフィア様は、パーティーのために王都に来られたんですか?」
「そうだ。毎年この季節は、王族主催のパーティーがあるからな。領地にいる貴族も、皆王都に集まっている。アルベールはまだ幼いから留守番だ」
そういえば、パーティーがあるから冬の終わりには、毎年王都に行くって言ってたな。パーティーなんて名前だけど、絶対に腹黒いやりとりが展開される疲れる集まりなんだろう。貴族も大変だな。
そんな話をしながらスープを堪能していると、次の料理が運ばれてきた。
おおっ!! ホタテのオーブン焼きだ!! うちではオーブンで焼けなかったから食べたかったんだ!
ぱくっ……めちゃくちゃ美味しい…………
「とても美味しいです」
「これは……私も初めて食べましたが、とても美味しいですわ」
ソフィア様が驚いた様子でそう言った。ソフィア様は一緒に港町に行かなかったので、まだ食べたことがなかったのか。
「これは……! 海の幸が美味しいのは知っていたが、この料理は特に美味しい」
そう言ったのはジュリアン様だ。ジュリアン様は、子供の頃に海の幸は食べたことがあるんだろう。ただ、オーブン焼きの美味しさに驚いている様子だ。
「この料理はレオン君が考えたものなんだ。港街の料理人もとても驚いていたよ」
「なんと……レオンは料理もできるのか。凄いな……」
なんかジュリアン様の中で、俺がめちゃくちゃ凄い人みたいになってる気がする。そんなことはないのに。
「私の実家は食堂ですので、料理には親しみがあるのです」
「それでもレシピを考えられるのは才能だよ」
日本の料理を再現してるだけだから、そう言われても素直に喜べないんだけど、でも事実を言うわけにはいかないしな。
「ありがとうございます」
そんな話をしつつ、とても美味しい夕食を楽しんだ。めちゃくちゃ美味しかった……幸せ。
そして、食事を食べ終わってそろそろ解散かなと思った頃、俺が持ってきたクッキーが出された。
公爵家の方々に出してもらえるんだ!
「こちらはレオン様のご両親からです」
「父と母から皆様に、ご挨拶代わりとして手作りのお菓子です。本当は直接ご挨拶に伺いたいと申していたのですが、作法も何も知りませんのでこちらでご容赦ください」
俺が給仕してくれた人の後に続いてそう言うと、皆さんクッキーをとても興味深そうに眺めている。この世界でクッキーってまだ見たことないもんな。
まだお菓子は発展し始めたところなのか、中心街でもフレンチトーストとかジャムパンとか、砂糖を固めたものとか、その程度のものしか見かけない。
「これは初めて見るものだが、どのような味なのだ?」
「これは、砂糖を使って作った甘いお菓子です。名前はクッキーと言います」
「クッキーか。二種類あるようだが、この上に乗ってるものはなんなのだ?」
「それはアーモンドと言って、最近輸入され始めたもののようです。そのまま食べても美味しいのですが、クッキーにも合いますので少し乗せてみました」
「ふむ……では頂こう」
リシャール様は、少し躊躇いながらもクッキーを口に入れた。すると、リシャール様の顔がみるみる驚きの顔に変わっていく。
「こ、これは……美味しいな」
リシャール様は、それだけ言うと黙ってしまった。
「皆さんも是非食べてみてください」
俺がそう言うと、皆さんは一斉にクッキーに手を伸ばした。
「これは美味しいわ! サクサクとした食感とくどくない甘さ、香ばしい香り、素晴らしいわ!」
「そ、それは良かったです」
カトリーヌ様がめちゃくちゃ興奮してる。こんなカトリーヌ様初めて見たよ。甘いもの好きなんだな。
「うん。これは美味しいな」
「いくらでも食べられる」
「素晴らしい味ですわ」
皆さんに大好評のようだ。良かった。
俺は安心して、俺の前にも出されたクッキーに手を伸ばす。う〜ん、やっぱり最高に美味しい!
「レ、レオン君! これはレオン君が考えたレシピなのか?」
「はい」
「素晴らしい!」
「リ、リシャール様?」
リシャール様は、拳を握って天井を見上げて立ち上がってしまった。どうしたんだ? リシャール様壊れた?
「このレシピは革命だ! このレシピでお菓子作りが急速に発展するだろう」
「そんなにですか?」
「間違いない! これは明らかに、今までにはなかった作り方で作られたものだろう? 今まで甘いものといえば、砂糖をパンに乗せたり、砂糖を卵に溶かしてパンに染み込ませたり、砂糖をジャムに入れたり、その程度だったのだ」
確かに今までなかったレシピかもしれないけど……そこまで言うほどかな? フレンチトーストとかジャムはあったんだし、そのうちクッキーのようなものもどんどん開発されていっただろう。
「このレシピを教えてくれないか? もちろん相応の対価は支払おう」
リシャール様は少し落ち着いたのか、席に着いて俺にそう聞いてきた。このレシピに対価って、そんなに大層なものじゃないんだけど……
「レシピはお教えしますが、対価は必要ありません」
「だが、君が開発したものなのに対価もなしではダメだろう」
「いえ、公爵家の皆様には本当に良くしていただいているので、そのお礼も兼ねてです。そこまで凄いレシピというわけではないですし」
「だが……」
「うーん、ではレシピをお教えする代わりに、定期的にクッキーを食べさせていただけると嬉しいです」
「本当にそれで良いのか?」
「はい」
そこまで凄いレシピじゃないし、公爵家の皆さんに少しでも恩返しできればと思ってたからな。
それに、これからも新しい料理やお菓子をちょくちょく作るだろうし。俺はレシピで稼ぐことよりも、レシピを広めてどんどん食文化が発展してくれる方が嬉しい。
「では後ほど料理長に教えてやって欲しい」
「かしこまりました」
それから入学式までの一週間は、毎日リュシアンとともにダンスと剣術の練習をして過ごした。
今日は入学式前日で、一週間の練習成果を見る日だ。まずはダンスからだ。
「では、これから練習の成果を確認いたします。レオン様は一週間しか練習できていませんけれども、今の時点での実力を確認させていただきます」
「かしこまりました。よろしくお願いします」
ダンスは、基本的な一曲を一通り踊って実力を確認する。この国の貴族のダンスと言ったら、社交ダンスだ。したがって相手が必要だが、相手はダンスの先生が連れてきた女の子が務めてくれるらしい。誰なのか聞いたところ、先生の弟子だそうだ。
最初はリュシアンからだ。リュシアンはとても優雅で流れるように、ダンスを踊っていく。俺の目には既に完璧に見える。ただ一曲終わった後、先生が細かいところの指導をたくさんしていたので、まだまだなのだろう。
このレベルでまだまだなら、俺はどうなるんだ? 一通り踊れるかも怪しいんだが。まあ、一週間しか練習してないししょうがないよな。
俺は開き直って、今のできる限りで精一杯踊った。ぎこちなかったが、なんとか相手の足を踏むこともなく、姿勢は保てたと思う。自分の中でも満足だ。
「レオン様のダンスはまだまだぎこちなく、初心者丸出しという感じです。ただ、相手に合わせようとしている努力は感じられましたし、何よりも姿勢が崩れていませんでした。一週間でここまでできれば十分でしょう。これからも練習を続ければ、すぐにうまく踊れるようになると思います」
やった!! まさかの褒められた!!
めちゃくちゃ嬉しい。
「ありがとうございます。これからも練習を続けます」
ダンスは日本で一度もやったことがないから、今の俺の努力の成果だ。それが認められたって言うのが思いのほか嬉しい!
「では、お二人ともこれからも練習を続けてください。これで練習は終わりです」
「はい。ありがとうございました」
「ありがとうございました」
そうしてダンスの授業を終えて、俺とリュシアンは剣術のために庭に行った。
「今日は、お二人の練習成果を確認します。確認方法は私との模擬戦です。まずはリュシアン様からです」
ジャックさんはそう言って、リュシアンと木剣を持ち向かい合う。
「では行きます!」
先手はジャックさんだ。ジャックさんがリュシアンに右上から斬りかかる。リュシアンはそれを剣で受け流して、左側に回り、左から斬りかかろうとした。しかし、ジャックさんは素早く体を捻りリュシアンの剣を受け止める。
力比べになるとリュシアンは分が悪く、どんどん押されている。リュシアンは一度体勢を立て直すために、剣を弾いて後ろに下がろうとしたが、ジャックさんの方が一枚上手だ。リュシアンが剣を弾こうとした瞬間に少し力を抜き、リュシアンが前のめりに体勢を崩したところで、首に木剣を当てた。
「私の勝ちですね」
「やはりジャックは強いな。まだまだ勝てないよ」
「いえ、リュシアン様が大きくなられて力をつけられたら、結果がどうなるかはわかりません」
それからしばらくは、良かった点や悪かった点を説明して、リュシアンは終わったようだ。
次は俺だ。少し緊張してきた。
「次はレオンだな。まだ型も身に付いていないだろうが、全力でかかってこい。全力の戦いで剣術は成長するからな」
「はい! よろしくお願いします!」
「では、初め!」
俺はその声が聞こえてすぐに、ジャックさんに右上から斬りかかった。ジャックさんはそれを受け流そうと剣を構えたが、俺はジャックさんの剣とぶつかる寸前に剣を振り下ろすのをやめ、もう一度振り上げて、左側から首を狙って思いっきり剣を振った。俺が勝てるとしたら、フェイントしかないと思ってたんだ。
ただジャックさんは即座に反応し、俺の左からの攻撃を簡単に受け流した。そして体勢が崩れた俺の首に木剣を当てた。
「終わりだ」
はぁ〜、やっぱりダメだったか。流石に勝てるとは思ってなかったけど、もう少し焦ってくれるかとは思ってたのに。
「レオン、今のは結構良かったぞ。フェイントを使ったのは面白かった。ただ、それが防がれた後のことも考えないとダメだ。まだまだこれからだな」
「はい!」
まだまだだけど、褒められたのは嬉しいな。これからも頑張ろう。
「では、明日は入学式なので、今日はこれで終わりにします。王立学校に入学してからも、剣術の鍛錬は怠らないようにしてください」
「わかった」
「はい!」
俺とリュシアンは、気持ちのいい疲れを感じながら部屋に戻った。明日は入学式だ。
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