第63話 プレオベール公爵家

 俺が馬車の停留所まで歩いていくと、既にリュシアンは馬車の前で待っていた。

 馬車に乗っててくれていいのに! 俺は早足で馬車まで近づく。


「リュシアン様、お待たせしてしまい申し訳ありません」

「別にそれほど待ってない。それで試験はどうだった?」

「はい。試験は問題ないかと思います」

「それなら良かった。今更レオンと一緒に通えないなんて嫌だからな。私も完璧だ」


 リュシアン様はそう言って、少しだけ安心したような笑顔で笑った。二人とも合格できそうで良かった。やっぱり大丈夫だろうとは思ってても、少しだけ緊張してたんだな。


「リュシアン様なら当然でございます」

「レオンの方が楽勝だろう? ははっ……こんなところで立ち話じゃなくて、馬車に乗ろうか」


 確かにな。そう思って俺たちは馬車に乗り込もうとしたが、乗る寸前に後ろから声を掛けられた。


「お前、タウンゼント公爵家だよな?」


 後ろを振り向くと、赤茶の髪に茶色の瞳の、尊大な態度の男の子がいた。服装がリュシアンと同じくらい豪華だからこの男の子も公爵家なのか?

 俺は頭を下げながら後ろに下がった。


「私はリュシアン・タウンゼントだ。お前は確か、プレオベール公爵家の長男だったか?」

「そうだ。私はアルテュル・プレオベールだ」


 プレオベール! プレオベール公爵家なのか!?

 確かに現当主の長男が、リュシアンと同い年だと聞いてたけど、こんなに早く会うなんて。

 プレオベール公爵家は、タウンゼント公爵家の敵対勢力筆頭の貴族だ。つまり、俺が一番警戒しないといけないのが、プレオベール公爵家なのだ。


「私に何か用か?」


 リュシアンが少し緊張しているように見える。それもそうだよな、一番気をつけるように言われてる相手だ。


「お前に会ったら忠告してやろうと思ってたんだ。今までは話す機会もなかったからな。タウンゼント公爵家は、平民を有能なら取り立てるべきだとか言ってるそうじゃないか。そんな戯言は今すぐ撤回した方がいい。卑しいものと馴れ合うと、お前も卑しくなるぞ」


 なんだこいつ…………まず、リュシアンとアルテュル様は、同じ公爵家だから身分は対等なはずだ。それなのに最初から上から目線で、リュシアンに対しても尊大な態度をとっている。

 普通は、仲良くなるまで礼儀正しくするだろ! それが表面的なものだったとしても。

 それに何を言うのかと思えば、卑しい平民と馴れ合うなって、何がしたいんだ? 裏では勢力同士の争いがあるにしても、普通ならそれをこんなに堂々と言わないだろ。


「私は平民のことを卑しいとは思っていない。平民にも優秀なものは沢山いるし、そもそも平民がいなければ国は成り立っていかない」

「お前……! せっかく忠告してやってるって言うのに! 父上はいつも嘆いておられる。卑しい平民どもが、神聖な貴族の領域を犯しているのだと」


 俺は敵対勢力って聞いてたけど、ここまで平民を毛嫌いしているとは。


「優秀な平民には、力を奮ってもらった方が国にとっては良いことだ。この王立学校にも優秀な平民が集まってくるではないか。その者たちが私たちより劣っているとは思わない」

「そんなことはありえない! 平民は野蛮で国を壊すに決まっている! この王立学校に、平民を受け入れてることがそもそもおかしいのだ」

「それは昔からの伝統だ。そもそもこの国は、貴族と平民で力を合わせて発展してきたのだ。その歴史を忘れたのか。使徒様の教えを忘れたのか」

「使徒様など本当にいたのか怪しいものだ! 大方、卑しい平民が皆を騙したのだ。平民などと力を合わせずとも、我ら貴族だけで国は回る。平民は貴族の命令を聞いているだけで良いのだ!」

「お前……! 使徒様を貶すのか!?」


 やばい……! リュシアンは冷静だから大丈夫かと思ってたのに、リュシアンまで怒っちゃったら収拾つかないよ!

 なんか二人の言い合いを聞いてると、争いの根幹が見えてきた気がする。

 要するに、未だ使徒様を崇拝してる貴族と、使徒様の教えなど捨てて自分たちの利益を大きくしたい貴族、に分かれてるんだな。


 確か使徒様の教えは、『貴族は特権を得る代わりに、平民に対して最低限の生活や身の安全は保証すること』『貴族が平民を支配するのではなく、互いに助け合って生きていくこと』だったよな。

 こうやって改めてこの教えを考えると、身分制度がある世界に受け入れられるのは、難しい教えだよな。これが受け入れられたってことは、使徒様はよほど尊敬されてて影響力があったんだな。

 まあでも、どんなに尊敬されていたとしても、時と共に薄れていくものだ。そう考えると、タウンゼント公爵家の勢力の方が少し劣勢なのかもしれない。


 ただ、人間は理想や未来のためではなく、今の実益のために動く人の方が多い。そう考えると、勢力が拮抗しているってことは、使徒様の威光は無くなってはいないのだろう。

 また、リシャール様が以前言っていた『貴族の力が今以上に強くなり平民が抑圧されれば、いずれ国がダメになる』この言葉のように考えてる貴族も少なからずいるのだろう。


 うーん、これは時間が経てば経つほど、タウンゼント公爵家の勢力が不利になりそうだ。なぜなら、敵対勢力は味方に引き込むのが簡単だからだ。少し実益をちらつかせれば、靡く者も多いだろう。

 そこで俺の出番なわけだな。使徒様が現れないなら、優秀な平民を掬い上げて、国のために使えるところを示せばいいというわけだ。

 もし俺が使徒様なら簡単だったのだろう。その事実を公表して特別扱いで、王立学校を卒業していなくても高位貴族の身分を与えれば済む話だった。全属性魔法でも使えば、みんなが信じるのだろう。

 まあ、今でもやろうと思えばできるんだけど、流石に嘘をつくのは良くない。神様に天罰でも落とされたらと考えると怖いしな。


 だから回りくどいけど、王立学校では全属性以外での優秀さを見せつける。そして卒業したら貴族の身分を与えられるから、全属性を明かして高位貴族にすればいいってことだ。

 まだ貴族の身分を得てない時に全属性を明かすのは、貴族や他国、様々なところから狙われて危険すぎるからな。

 流石に使徒様でないのに王立学校を卒業せず、特別扱いで貴族の身分を与えるのは出来ないのだろう。


 なんかややこしいけど、この国の現状と俺の置かれてる状態が頭の中でまとまってきた。今までは情報は得ていたけど、なんとなく現実感がなかったんだよな。

 俺の周りにいたのはいい人たちばかりだったし。



 それで、今のこの状態はどうしよう? さっきから二人で睨み合ってて一触即発って感じだ。ただ俺が割り込むと絶対拗れるよな。俺が平民だって知ったらもっとややこしくなりそうだ。

 でも、これから一緒に学校で暮らすんだから、俺のことは絶対にバレるし拗れるんだよな。それはもう諦めてるんだけど、せめて入学までは平穏でいたい。


 俺がそう考えてリュシアンに声をかけようかずっと迷っていると、誰かが近づいてきた。


「お前たち、何を騒いでいるんだ」

「殿下……! お久しぶりでございます」

「お久しぶりでございます」


 ステファン様だ! 二人を止めてくれそうな人が来たぞ! リュシアンとアルテュル様が深く頭を下げたので、俺もそれに倣う。


「ああ、そこまでかしこまらなくても良い。ここは王立学校だからな。それで何があったのだ」

「殿下のお耳に入れるようなことではございません。このような目立つ場所で騒ぎを起こしてしまい、大変反省しております」

「私も、大変反省しております。申し訳ありませんでした」


 リュシアンが殿下の質問に答え、アルテュル様がその後に続いた。


「そうか、それならもう帰るといい。お前たちの馬車が動かなければ、帰れないものが大勢いるぞ」


 そうなのだ。この馬車の停留所はロータリーのようになっているのだが、アルテュル様が馬車の通り道の方に立っているので、帰りたくても帰れない馬車が大勢いる。

 ただ、公爵家に文句を言える人もいなく、皆我慢して待っているのだ。

 アルテュル様はヒートアップして気づいていなかったようで、慌てて道を開けた。

 そして殿下の手前、何も言えず自分の馬車の方へ去っていった。やっといなくなった〜。


「殿下のお手を煩わせてしまい。大変申し訳ございません」

「いや、気にしなくていい。レオンには返しきれない恩もあるしな」


 ステファン様が最後の言葉を俺たちにしか聞こえない程度の小声で言って、軽く俺に笑いかけて去って行った。

 あの歳でめちゃくちゃスマート! さすが王族!!

 俺はステファン様のスマートさに感動していたが、リュシアンは納得しきれないような顔をしている。

 うん? どうしたんだ?


「レオン、まず馬車に乗ろう」

「はい」


 そうしてやっと馬車に乗ると、リュシアンは俺に詰め寄ってきた。


「レオン、ステファン様とも知り合いなのか!? 俺は聞いてないぞ!」

「え? 言ってないっけ?」

「聞いてない!」

「あれ? でもマルティーヌ様に、魔法を教えに行ってたことは知ってるよね?」

「それはお祖母様から聞いた。だが、ステファン様もとは聞いてないぞ!」

「いや、ステファン様にはたまにしか教えてないから。マルティーヌ様に教えてるところに、ステファン様が来てたってだけだよ」


 ステファン様と最初に会ったのは、マルティーヌを治したお礼の時で、それからは数回しか会ってない。


「じゃあ、返しきれない恩ってなんだ?」


 あっ! もしかしてリュシアンは、俺がマルティーヌを治したことを知らないのか?


「リュシアン、なんで俺がマルティーヌ様に魔法を教えることになったのか知ってる?」

「それは……レオンがすごい魔法使いだからじゃないのか?」


 やっぱりリュシアンは知らないんだ。言ってなかったんだっけ? でも思い返してみると、俺が全属性で病気も治せることは話に出てたけど、マルティーヌ様のことは話してなかった気がする。

 そもそもマルティーヌ様が重い病気だったことも、ほとんどの人には知られてないんだよな。

 これは、リュシアンに言っていいのかわからない。


 でも、ステファン様があんなことを言ったってことは、リュシアンにも伝えていいってことか? 俺では判断できないな。帰ったらリシャール様に聞こう。


「これは話していいのか分からないから、リシャール様に確認してからにするよ」

「そうなのか? ……わかった」


 俺の真剣な雰囲気が伝わったのか、リュシアンは頷いてくれた。

 


 俺はその日のうちに、リシャール様にこの話をしたところ、リシャール様がアレクシス様に確認を取ってくれた。

 それによると、リュシアンには話してもいいそうだ。ステファン様は、タウンゼント公爵家の人達はレオンの能力を知っていると聞かされていたので、リュシアンはとっくに知っていると思っていたらしい。

 そこでリュシアンに、俺がマルティーヌを治したことを話した。するとかなり驚いていたが、ステファン様の言葉に納得ができたようだ。


 これでやっと一件落着だ。ただ試験を受けに行っただけなのに、めちゃくちゃ疲れたよ。

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