第61話 試験前日の夕食

 それからはゆっくり過ごして、夕食の時間になった。今日の夕食の席にいるのは、リシャール様、カトリーヌ様、リュシアン、俺の四人だ。


 俺は忘れないうちに、リシャール様にペンのお礼を言っておく。


「リシャール様、使いやすそうなペンをありがとうございます。ペンが必要なことを失念しておりまして、とても助かりました」

「ああ、王立学校では必要だろうと思って作らせておいたんだ。役に立ったようなら良かったよ。本当はもっと豪華で装飾のあるペンにしたかったが、普段使いならシンプルな方がいいだろう」

「はい。とても使いやすそうでした。早速明日から使わせていただきます」


 シンプルなのを選んでくれて良かった。豪華なペンなんて持ってたら、目立つ要素をまた追加するところだったよ。特に、豪華なものとか持ってたら、嫌がらせで壊されそうだし。

 そんなことを考えていると、リュシアンがとても嬉しそうに、俺の方を向いた。


「レオン、久しぶりだな。明日の試験は大丈夫か?」

「リュシアン様、お久しぶりです。大丈夫だとは思いますが、気を抜かず頑張ります」

「そうだな。私も大丈夫だとは思うが、明日は精一杯頑張ろう」


 俺も緊張はしてないが、リュシアンもあまり緊張していなそうだ。いつも通りに夕食を食べている。まあ、リュシアンも頭がいいみたいだし、落ちることはないだろうからな。

 そもそも王立学校の入学試験は、学ぶ機会がある貴族ならばそこまで難しくはない。基本的な計算と読み書き、簡単な歴史だけなのだ。今まで真面目に学んでいれば、まず落ちることはない。

 貴族は全員合格が通常らしいが、何年かに一人は貴族でこの試験に受からない人がいるらしい。その場合は家から出されるそうだ。

 結構厳しいけど、王立学校を卒業しないと、貴族にも準貴族にも、役人にも騎士にもなれないからな。そんな人間を家に置いておくことはしないんだろう。

 たまに優しい家だと使用人として雇うこともあるらしいが、自分の家に使用人として雇われるって、そっちの方が残酷じゃないかとも思う。


 ただ貴族にとってはその程度でも、学ぶ機会を得るのが難しい平民は、ほとんど受からない。

 平民で受かるのはかなり裕福な豪商の子供がほとんどで、子供の教育にお金をかけることができる人たちだけだ。そうでなくても、少しでも学ぶ機会に恵まれた者は、もしかしたらにかけて受験するらしいが、殆どが受からない。

 そう考えると、今頃は最後の追い込みで、必死で勉強してる子供がたくさんいるのかもな。特にサボり気味だった貴族の子供たちは必死だろう。


「レオンはいつからこの屋敷に住むんだ?」


 リシャール様にそう聞かれた。まだ受かってもいないのに、受かる前提で話が進んでるよ。今必死に勉強してる子供達が不憫に思えてくる。まあ、その子達は自業自得でもあるんだけどね。


「入学の数日前から住みたいと思っているのですが、良いでしょうか? 必要なものを準備する期間も欲しいので」

「入学の数日前だな。ではそのように使用人には伝えておこう」

「ありがとうございます」

「これからはレオンと一緒に住めるのか、楽しみだな!」


 リュシアン様がかなり喜んでくれている。ここまで喜んでもらえると悪い気はしない。


「私も楽しみです。私は貴族社会のことには疎いので、色々と教えてください」

「ああ、勿論だ!」


 リュシアン様と仲良くなれて良かった。これからの生活を考えると、かなり心強い味方だろう。

 全員がタウンゼント公爵家の皆さんみたいな、いい人たちだったらいいんだけど……絶対そうじゃない人がいっぱいいるんだろうな。


 ……強い心で頑張ろう。


「レオン、マルティーヌ様との魔法の授業は、王立学校に入学するまででしたので終わりましたけど、偶にはまた教えてくださいね」

「カトリーヌ様、お声がけいただければいつでもお教え致します」

「それは嬉しいわ! 今度は同じ屋敷に住んでいるのですもの。前よりもたくさん教えてもらえるわね」


 マルティーヌへの魔法の授業は、王立学校入学とともに終了になった。

 大部分を教え終わったというのもあるし、王立学校に入学すれば俺の顔が広まるので、王宮に頻繁にいくのは目立ちすぎるからというのもある。特に魔法のことはまだ隠してるからな。


 今まで頻繁に行っていたので、同一人物だとすぐにバレるんじゃないかと思ったが、服装や髪型を使用人のようにしていたので、それを変えればあまりバレないだろうと言われた。

 アレクシス様が言うには、今まで俺が王宮に行く時は、できる限り人目に触れないようにしていたらしい。そんな状態で、使用人の顔を正確に覚えてるものはあまりいないそうだ。まあ、そう言われるとそうかもと納得した。


 ただ一番危険なのは、マルティーヌが最後の授業で言っていた言葉だ。「これからは、王立学校でいつでも教えてもらえますものね!」そう言っていたのだ!

 王女様が頻繁に平民の俺のところに来ていたら、目立つというか、王女様狙いの貴族から嫌がらせがヤバそうなんだよな。

 すごく危険だ。俺に回避の術はないんだけど……


 ただアレクシス様から、ステファン様とマルティーヌは俺と会ったことがないはずだから、最初から知り合いのように振る舞わないことと言われている。

 王立学校で仲良くなったように見えるのなら良いそうだ。それならばマルティーヌも流石に自重するだろう。頭は良いんだから。まあ、最初だけかもしれないけど。

 ステファン様は数回話した程度で、あまり親しく話したこともないので大丈夫だと思う。これから仲良くなれたらいいな。


 俺の身に危険が及ばないように今まで隠してもらってたんだから、ちゃんと気をつけないと。

 俺がマルティーヌと元々仲が良いと知られたら、絶対に理由を探られる。すると、結局病気が治った背景には俺が関係あるんじゃないかと、疑われることになるだろう。

 それは極力避けたい。全属性のことは地位を得て簡単に手出しができなくなってからがいい。それでも危険に変わりはないが、平民よりは遥かにマシだろう。


 そんなことを色々考えながら食べていたら、いつの間にか食べ終わっていた。今はとにかく明日を乗り切ろう! その後のことは試験が終わってから考えればいいんだ。


「では二人とも、今日は早めに休んで明日はしっかりと頑張りなさい」

「はい、お祖父様。頑張ってきます」

「かしこまりました、リシャール様。全力を尽くして参ります」


 そうして夕食は終わりになり、今日は早めに眠りについた。明日は頑張ろう。

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