第57話 帰宅とお土産
今日は王都へ帰る日だ。港町に行ったりリュシアンと魔法の練習をしたり、とても有意義な時間を過ごすことができた。
ホタテの貝殻で作る肥料も、色々研究してもらえるみたいだし、これであの港街が注目されて、海の幸がたくさん出回るようになるといいな。製氷機も作ったし、運搬に問題はないはずだ。
俺たちは早めに起きて準備を済ませ、馬車の前に集まっている。リュシアンは別れの挨拶をしているようだ。
「父上、母上、行ってまいります」
「ああ、しっかり励むんだ。王都に行った時に、成長しているのを楽しみにしているぞ」
「はい!」
「リュシアン、皆さんに迷惑をかけないようにね。体には気をつけて頑張るのよ」
「母上、分かっています」
うぅ……この歳で親と離れて暮らすなんて……
絶対寂しいし、悲しいよな。泣ける……
そう思って目に涙を溜めていると、皆に不思議そうな顔で見られた。
え? なに?
「レオン、どうして目に涙を浮かべているのだ? もしかして目にゴミでも入ったのか? それならば早く洗ってきたほうが良いぞ」
リュシアンにそう言われた。いや、違うんですけど、別れて暮らさないといけない家族の姿に涙してたんですけど! え? 皆泣かないの?
ここは涙の別れのシーンじゃないの?
「えっと…………リュシアン様は寂しくないのですか?」
「何がだ?」
何がって、それは両親と離れて暮らすこと以外にないでしょうが!
「クリストフ様とソフィア様と離れることが、寂しくないのですか?」
「うん? 寂しくなんかないぞ。当たり前のことではないか。レオンは何を言っているのだ? それに父上も母上も春の月を祝うパーティーのために、近々王都に来るのだぞ?」
え? そうなの!? もうしばらく会えないんじゃないの? というか、春の月って何?
「それよりもとても楽しみだ! 王立学校に行けばたくさん友達もできるかもしれないし、とてもワクワクするな。パーティーでは、あまり同年代の子供と話すこともなかったのだ」
ああ…………そうですか……
俺の涙を返してくれ!! そして春の月が何かを教えてくれ!
「……確かに楽しみですね。ところで、春の月とは何ですか?」
俺がそう言うと、リュシアンはポカーンとかなり驚いたような顔をした。
「知らないのか?」
「はい。初めて聞きました」
多分暦みたいなやつだろうけど、俺はこの世界の暦知らないんだよね。誰も言わないし一度も聞いたことないから、結局聞かずに来てしまった。もしかしたら暦がない可能性もあるのかと思ってたんだ。
「春の月、夏の月、秋の月、冬の月で一年で、それをずっと繰り返すだろう?」
「そうなのですね。では春の月は何日なのでしょうか?」
「十八週、九十日に決まってるじゃないか! 本当に知らないのか?」
「はい。平民では浸透していないのです」
「……そうなのか。わざわざ王立学校の試験にすることでもないし、学ぼうとしなければわからないのか……」
リュシアンはそう言って呆然とした顔をしている。何か別れの時にこんな話してごめんね? まあ、またすぐ会えるのならいいのか。
俺はそんなことを思いながら、リュシアンの顔を見つめていた。するとリシャール様に声を掛けられる。
「何を話してるんだ? そろそろいいか? 出発するから馬車に乗ってくれ」
「……はい。お祖父様」
リュシアンはまだ衝撃を受けたままの様子で馬車に乗った。俺もその後をついて馬車に乗る。
そうして馬車は公爵領の領都を出て、王都に向かって進み出した。
「お祖父様、レオンが暦を知らないのです……」
「……そうなのか? ふむ、確かに学ぼうとしなければ知らないのも当然か……」
「今まで話に出て来たことがなくて、先ほど初めて知りました」
「ではここで教えておこう」
そうしてリシャール様が教えてくれた所によると、一年は春の月から冬の月までの四ヶ月、一月は十八週で九十日。一年は三百六十日だそう。春の月の第一週から年が変わるようだ。
しかしこの国は年の変わり目をそこまで重視していないようで、平民の間では新年を祝うということはないらしい。暦も浸透していないようだ。
そんな状態だから俺が今まで知ることはなかったんだな。他の人も冬の終わりとか春の初めとか言ってただけだったし。
俺は今まで気づかなかったけど、冬の終わりは冬の月の第十八週、春の初めは春の月の第一週を指す言葉らしいのだ。それは気づくわけないよね。
そうして俺が新しい知識を覚えつつ、馬車は進んでいった。しかし帰りは行きと同じ道を帰るだけなので、特に目新しいこともなく過ぎていく。
ただ、行きと唯一違ったのはモルガンさんがいなくなっていて、俺の客室も用意されていたことだ。
俺がリシャール様に話をしてからあまり時間が経ってないが、もう対処をしたのかと少し驚いた。
まあ、俺にとっては快適な部屋で眠れて、悪意の視線を向けられることもなく、いいこと尽くめでとても穏やかに過ごせたので問題はない。逆に早く対処してくれて助かった。この街に泊まることだけが少し憂鬱だったのだ。
そうして特に何事もなく、王都の公爵邸へと辿り着いた。着いた時はもう夜遅かったので、俺は公爵邸に一泊し、次の日に家に帰ることにした。
そして次の日の朝。見送りにはリュシアンが来てくれた。他の皆様は仕事が溜まっていて忙しいみたいだ。
「レオン、次に会えるのは試験の日か?」
「うーん、多分そうだと思うけど、試験会場が違うんじゃないかな?」
「でも、試験の日は公爵家から会場に行くのだろう?」
確かに……! 全然考えてなかったけど、俺の家からじゃ遠すぎて試験時間に間に合わない可能性もあるな。
「確かにそうだね。試験の日の前日から公爵家に来てもいいかな?」
「やっぱりそうだよな! 私がお祖父様に伝えておく」
「リュシアンありがとう。じゃあまた後で」
「ああ、試験の日が楽しみだ」
そうして俺はロジェとともに馬車に乗り、家に帰った。またリュシアンと会えるのが楽しみだ。仲良くなれて良かったな。
家に向かって馬車に揺られながらなんとなく街を眺めていたが、知っている場所に帰ってきたって感じで凄く落ち着く。やっぱり知らない土地に行くのは、楽しかったけど疲れたみたいだ。それに公爵家の皆さんとずっといるのも、緊張感あるしな。
そうしてぼんやりと外を眺めていると、家の近くに着いた。
「ではレオン様、試験日の前日の午後、こちらに馬車でお迎えに参ります。準備を済ませてお待ちください」
「分かったよ。ロジェ、旅の間はありがとう。これからもよろしくね」
「仕事ですので当然です。また公爵邸にいらっしゃったときには、精一杯お仕えさせて頂きます」
「うん。じゃあまた、公爵邸に行く時に」
そうして俺は馬車を降り、家に入った。
「ただいまー!」
俺がそう言いながら家に入ると、食堂にはマリーとイアンがいた。
「マリー、イアン君、ただいま」
「お兄ちゃん! おかえりなさい!」
「レオン君、おかえりなさい」
マリーが飛び上がって喜んでくれている。マリー、そんなに寂しかったのか? うぅ……そんなに悲しんでくれてたなんて、お兄ちゃんは嬉しいよ。
そう思ってマリーに抱きつこうとすると、マリーから俺の方に来てくれる。マリーから抱きついてきてくれるのか!? 俺は嬉しくて両手を広げて待っていたが、マリーが一向に来ない。うん? どうしたんだ?
「お兄ちゃん! その木箱の中身って何? もしかしてお土産!?」
マリーは俺が手に持っていた木箱を見て、目をキラキラさせている。
うぅ…………マリーはお兄ちゃんよりお土産なんだな。上げて落とすなんて、マリーもやるようになったじゃないか……うぅ、マリーがつれない! 悲しい!
俺がマリーとそんなやりとりを繰り広げていると、母さんと父さんが厨房からやってきてくれた。
「レオンおかえりなさい。怪我はしなかった? 体調は大丈夫なの?」
「レオン、おかえり。楽しかったかい?」
「ただいま! 母さん心配しすぎだよ。どこも怪我してないし元気だから大丈夫だよ。それに凄く楽しかった!」
俺がそう言うと、二人は顔を緩めて安心したように笑っている。心配してくれてたんだな。無条件に心配してくれる人がいるのっていいものだ……
これから一緒に暮らすことはできなくなっちゃうけど、いずれはまた一緒に暮らせるように頑張ろう!
「それで、その木箱の中身はなんなの? 二つもあるみたいだけど」
「これは皆へのお土産だよ! とってもおいしいものなんだ。夜ご飯を俺が作ってみんなに振る舞うよ。あっ、でも今日って夜営業やる?」
「レオンが帰ってきたんですもの。今日は休みにするわ」
「そうだね」
「ありがとう! それなら昼営業が終わったら、俺が料理するね」
頑張って料理を作ろう! 海の幸の美味しさを皆に味わって欲しくて、氷漬けにして魚や貝などを持って帰ってきたのだ。
ついでに中心街で、油とか必要なものも買ってきたから完璧だ。
「お兄ちゃんの料理、美味しいから楽しみ!」
「俺も食べたい! 食べて行っちゃダメかな?」
マリーがすごく嬉しそうで、それを見たイアン君がとても羨ましそうにそう言った。
「もちろんイアン君も食べていいよ。材料はたくさんあるから大丈夫!」
「本当に!? レオン君ありがとう!」
イアン君はガッツポーズしながらめちゃくちゃ喜んでる。
「でも、海の食材食べたことないよね? それなのにそんなに食べたいの?」
「そんなの決まってるよ! 海の食材なんて食べる機会これから絶対ないよ。珍しいものは食べてみたいでしょ!」
ま、まあそっか、そういうものだよね。
「じゃあこの話は一旦終わりにしましょう。もうすぐ昼営業が始まるわよ」
「本当だ! じゃあ俺も着替えてくるね。久々にお店手伝うよ」
「じゃあレオンは着替えてきて、マリーとイアンは準備の続きね」
「はい!」
そうして俺は食堂の隅に木箱を置いて、服を着替えるために二階に駆け上がった。
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