閑話 クリストフとの話し合い(リシャール視点)

 私は領都の公爵邸に戻り、すぐにクリストフと話し合いをした。

 昨日レオン様から提案された貝殻の使い道は、実際に野菜がよく育つのならばかなり売れるだろう。本当に、驚くほどたくさんの知識をお持ちだ。ゴミの山が宝の山になるかもしれないのだ。早く試してみなくては。


「父上、すぐに話したいことがあるとはなんですか? レオン様が作ったという料理のことでしょうか? それならば、リュシアンから凄く美味しかったと、うんざりするほど聞かされたばかりなのですが」


 クリストフが少し疲れた顔をしているのはそれが理由か。確かにあの料理は美味しかった。

 ナセルに聞いたら知らない調理法が沢山あったと言っていたな。料理の知識まであるとは、本当に底が知れない御人だ。


「確かにあの料理は美味しかった。すぐにでももう一度食べたいくらいだ」

「父上までその話ですか? 食べられない料理の話をされても、虚しいだけなのですが」

「すまないな。ただ私の話は別のことだ」

「別の話とはなんでしょう?」

「これだ」


 私はそう言って、従者が隣に置いてくれていた木箱を机に乗せ、蓋を開けた。

 クリストフの顔がとても怪訝な表情になっている。


「これは、ホタテの貝殻ではないですか? このようなゴミをどうして持って帰って来たのです?」

「レオン様から教えていただいたんだが、この貝殻は焼いて細かく砕くと、肥料になるらしい」

「これが肥料ですか!?」


 クリストフがかなり驚いているようだ。無理もない、今までゴミだったものだからな。


「この白い粉が、レオン様が焼いて砕いて作ってくださったものだ」


 私はそう言って袋に入った粉を見せた。


「ここまで細かくする必要があるのですね」

「レオン様によれば、粗すぎるものは良くないらしい。どれほどの細かさが一番効果的かはわからないので、試行錯誤して欲しいとのことだ。また、焼いて砕くと言ったが、焼く前に真水に何日間かつけたものや、焼かずに砕いたものも試して欲しいそうだ」

「かしこまりました。では何パターンかの粉をつくり、次の夏野菜で試してみましょう。どの肥料が育ちが良くなるか、野菜がおいしくなるかなども調査させます。他に情報が漏れないように、公爵邸の畑でやるべきですね」

「その方がいいだろう。そして、効果があると分かったときは公爵家で貝殻を買い取り、領主主導の事業とするべきだろう」


 何せ使徒様から与えられた事業だからな。平民に任せて頓挫したなんてことになったら大事だ。これは公爵家が主導になるべきものだろう。

 レオン様は本当に素晴らしい御人だ。私達の為に知識を授けてくださるとは。レオン様は公爵家に返しきれない恩があると仰っていたが、使徒様を良い待遇で受け入れ全力で手助けするなど当然のことだ。

 早くレオン様が、使徒様の身分を隠さなくても良くなるといいんだが。それまでは今まで通りに、優秀な平民の子供として接するようにしなければ。


「分かっております。レオン様からの事業でしたら、公爵家主導で行うのは当然でしょう。私が責任を持って行います」

「クリストフ、頼んだぞ」


 クリストフは本当に頼もしい領主になってくれたな。リュシアンも逞しく育っている。タウンゼント公爵家は安泰だ。

 私は安心してクリストフとの話し合いを終えようとしたところで、クリストフがもう一つ話があると言ってきた。


「父上、モルガンのことですが……」


 モルガンの話か。レオン様から話を聞いたときは本当に驚いた。モルガンは、私が領主だった頃から仕えてくれていたからな。ただ、公爵家のお金を横領するなど、許してはいけない行為だ。お金は街に還元しなければ、いずれ街が衰退してゆくものだ。それもわからないとは。


 しかし、それだけならまだ良かった。モルガンの一番の罪は、レオン様を使用人部屋に追いやったことだ。しかも部屋が使えなかった理由は、金のために家具を売り払ったかららしい。絶対に許してはおけん。

 レオン様がお優しく、使用人部屋を割り当てられることに不満を漏らすことがなかったから、良かったようなものだ。もしお怒りになられていたらと考えると、肝が冷える。

 私の部屋を使って下さいと言いたかったが、流石に公爵家の客人とはいえ対外的には平民のレオン様が客室で、前公爵である私が使用人部屋というのも無理があったのだ。

 あの日は寿命が縮まるかと思った。だが、帰りもあの街に泊まる予定だったよな。それまでにしっかりと整えなくては。


「モルガンのことはどうなった?」

「はい。とりあえずレオン様とリュシアンの客室を整えられるように、公爵邸から家具を運ばせています。公爵邸の使用人も何人か行くように指示しましたので、問題なく整えてくれるでしょう。それと同時に、公爵家の騎士と兵士を数人向かわせました。モルガンはとりあえず捕らえ、街の兵士詰所に拘束するよう言ってあります。モルガンは準貴族ですので、もう少し慎重にするべきかとも考えましたが、実家とも縁が切れているようなのでそこまでの配慮は必要ないでしょう」

「そうだな。とりあえずはそれで良いだろう。問題は証拠が出てこなかった場合だが……」


 証拠を上手く破棄している可能性もあるからな。その場合どうするか……

 ただ今回は使用人から証言が得られるだろうし、家具がなくなっていることは事実だ。


「今回は、簡単に証拠が見つかると思われます。家具を売った先の業者を見つければ簡単でしょう。真っ当な商人に売るとは思えませんから、闇商人など後ろ暗いことをしている連中に売ったのでしょう。ただ、家具は運ぶのが大変ですから、遠くに行くような連中には売れないはずです。あの街の中か、近隣の街や村に行けば見つかると思われます。モルガンを拘束したら、証拠を見つけるように指示を出してあります」

「確かにそうだな。では証拠が見つかり次第王都に送ってくれ、後は私が処理しておこう」

「ありがとうございます」

「万が一証拠が見つからなかった場合は、解雇しておけ。理由は公爵家の客人への無礼な態度、とでも言っておけばいいだろう」

「確かにそうですね。平民だからという理由で、公爵家の客人に無礼な態度をとるような者は必要ありません」


 普通は平民であったとしても、公爵家の客人には相応の態度をとる。さらに今回は私からの通達で、レオン様は客人なので丁重に扱うように言っておいたのだ。

 それなのにあの態度とは、モルガンには平民を見下す思考が刷り込まれているようだ。そのような者は公爵家には必要ない。


 敵対勢力のスパイかとも思ったが、それならばあそこまでわかりやすい態度を取ることもないし、モルガンの実家は確か中立の立場だったはず。既に実家との縁も切れているようだし、配慮するべき点はないということだ。

 他の問題に繋がらない点は良かったが、今後は貴族を雇い入れるときに、より注意しなければならないだろう。

 レオン様への危険を少しでも減らすためにも必須だな。


「では後は頼むぞ」

「かしこまりました」


 私は今後のことを考えて少し不安を感じながらも、クリストフの執務室を出た。



-モルガン視点-


 やっと帰ったか、あの忌々しい平民め! 平民のくせに公爵家の客人など、生意気にも程がある!

 私は苛立ちを隠しきれず、ドタドタと大きな音を立てながら執務室へ向かった。


「おい! 早く来い!」


 私は執務室に入るとすぐに執事を呼んだ。


「モルガン様、いかがいたしましたか?」

「客室をあと二つ用意しなければならなくなった。今すぐに整えろ!」

「で、ですが……客室に入れられるような家具はございません。その……モルガン様が売ってしまわれたので……」

「貴様!? 私が悪いというのか!!」


 全くこれだから平民は嫌なんだ。無能だが私の慈悲で雇ってやってるというのに、ミスがあれば全て私のせいとは、使えないにも程があるな。


「そ、そのような事は、ございません」

「家具がないのであれば、買えば良いではないか!」

「で、ですが、そのお金もございません……」

「そんなもの、工房に安く作らせればいいではないか! 貴族からの依頼なら泣いて喜ぶであろう。何しろこの私からの依頼なのだからな。こんなことも考えられないとは、無能もここまでくると嘆かわしいものだ」

「ただ……工期が間に合わないかと……」

「そんなもの寝ずにやらせれば良かろう! 早く依頼して来い!」

「はっ……はいっ!」


 やっと行ったか、流石に無能すぎるな。あいつはそろそろ解雇した方がいいかもしれん。

 まあ、これで客室も整えば完璧だな。



 それから数日間は、今まで通りの平穏な日々を過ごした。あの忌々しい平民がいないだけで素晴らしい気分だ。

 それよりも、早く収穫の時期にならないものか。収穫の時期にならなければ多くのお金が入ってこない。

 これ以上家具を売るのは流石にまずいからな、何かいい方法はないか。


 ……ドタドタッ


 なんなんだ、うるさい! 私がせっかく良いアイデアを思いつきそうだというのに!

 私が騒いでる使用人を叱ってやろうと立ち上がりかけたところで、執務室のドアが開いた。

 そのドアから執事が駆け込んでくる。


「おい! うるさいぞ! もっと静かに動けんのか!」

「モ、モルガン様、公爵家の騎士と兵士が来ております!」


 なんだと? 公爵家の騎士が何の用だ?

 私がそう思ったところで、執務室に騎士と兵士が入ってきた。


「貴様がモルガンだな。公爵家より捕縛せよとの命が出ている。捕らえろ!」

「はっ!」


 兵士が二人私のところに来て、手を縄で縛られる。


「きっ、貴様ら! 私にこんなことをして只で済むと思っているのか!」

「これは公爵家の決定だ」


 公爵家の決定だと!? 何故こんなことになったんだ!


「早く歩け! ほら、さっさとしろ!」

「私は貴族だぞ! 話を聞け!」

「話なら、これから詰所でたっぷりと聞こう」


 なんでこんなことに!? 私は貴族だぞ!!

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