第55話 レオンの魚料理

 市場から代官邸に帰ってきた。とりあえず貝殻は庭に置いてもらって、先に夕食を作ることにしよう。もう夕方だから、早めに作り始めないとだろう。

 俺は厨房を使ってもいいか、リシャール様に許可を取りに行った。


 ロジェが、リシャール様の部屋のドアをコンコンと叩く。こんなに急に訪ねて大丈夫かと思ったが、何か用事があればいつでも訪ねてきて良いと言われていたらしい。それなら遠慮はいらないよな。


「レオン様がお越しです」


 リシャール様の従者がドアを開けてくれた。俺は勧められてソファーに座る。


「リシャール様、急に訪れてしまい申し訳ありません」

「気にしないでくれ。レオン君ならいつ来てくれても構わない。それでどうしたんだ?」

「はい。夕食に海の幸で作りたいものがありまして、厨房を使う許可をいただけないでしょうか?」

「レオンくんが作るのか?」

「そうですが……」


 なんでそんなに驚いているのだろう?


「君は料理ができるのか?」


 そっか、俺が料理できることは知らないんだっけ? まあ、できると言えるほどの腕前ではないんだけど。


「実家は食堂ですので少しはできます。そこで海の幸を使って料理がしたいと思いまして、許可をいただけませんでしょうか?」

「レオンくんの料理か、それは楽しみだな。では、トニーと料理長には、レオン君が厨房を使うことを言っておこう。もう少し経ったら厨房に行くといい」

「ありがとうございます」


 

 そうして俺は、少し時間を潰してから厨房に向かった。そこには中年くらいの優しげなおじさんがいた。この人が料理長かな?


「レオン様、料理長のナセルと申します」

「レオンです。厨房を使わせていただきありがとうございます」

「いいんですよ。レオン様の料理を楽しみにしてます。手伝えることがあったらなんでも言ってください。こちらの木箱がレオン様が購入されたものです」

「ナセルさん、ありがとうございます。私は海産物の捌き方はよくわからないので、お願いしても良いでしょうか?」

「もちろんです」


 ナセルさんはにっこりと笑ってそう言った。優しそうな人でよかった。手伝ってもらえるならスムーズに料理が進みそうだ!


 俺はまず、買って来たものを確認した。タコ、サワラ、アジ、ブリ、ホタテだ。

 タコとサワラ、アジは揚げ物にする。タコは唐揚げにして、サワラとアジはフライにしたい。まずは捌かないとだな。


「ナセルさん、サワラとアジを捌いてもらえませんか?」

「かしこまりました。どういう形で捌けばいいのでしょうか?」


 うーん、フライって尻尾がついてて三角みたいな形だったよな。三枚おろしってやつかな?


「三枚におろしてもらうことってできますか? こう、薄くなるように。あとその時に骨も取って下さい」

「かしこまりました」


 ナセルさんは手際良く魚を捌き始めてくれた。

 よしっ、俺も準備しよう。まずはフライの準備だな。確かフライは、小麦粉、卵、パン粉をつけて揚げればいいんだよな。俺は小麦粉を平皿に用意し、卵を器に割り、ナセルさんに昨日のパンの残りをもらってそれを頑張って細かくした。

 おろし金がなかったからめちゃくちゃ大変だった……包丁で頑張ったけど、少し荒いパン粉になってしまった。

 まあ、歯応えがあっていいだろう。


「レオン様、全て捌き終わりました。次は何をすればいいですか?」


 早っ! 次はタコを切って貰おうかな。


「次はタコをぶつ切りにしてもらえますか? 一口サイズくらいでお願いします」

「かしこまりました。タコは下処理が必要なので少し時間がかかりますが、よろしいでしょうか?」


 タコって下処理が必要なのか。確かに俺はスーパーで売ってるタコしか知らないもんな。あれは下処理済みなんだろう。というか、そもそもスーパーのタコは生のタコじゃないよな。


「はい。よろしくお願いします。下処理の仕方を見ていても良いでしょうか?」

「もちろんです」


 俺はナセルさんから下処理の仕方を学ぼうと、ナセルさんの手元をしっかりと見た。

 ナセルさんは、包丁を使い手際良く内臓のようなものを取り、その後タコに塩をまぶして揉み込んでいる。しばらく揉み込み滑りがたくさん出てきたところで、水で洗い流す。そしてそれが終わると、どんどんぶつ切りにしていく。めちゃくちゃ手際が良い。凄いな……


「これくらいの大きさで良いでしょうか?」

「はい。それくらいでお願いします」

「かしこまりました」


 ナセルさんは、すぐにタコをぶつ切りにしてくれた。俺はそれに下味として塩をまぶす。これで美味しいかはわからないけど、醤油がないし何も味がないよりはいいだろう。あとは揚げる前に小麦粉を付けるだけだ。これでタコは終わりだな。


 次は…………そういえばフライって味ないよな? また塩じゃ味気ないし……何かソースを作れないかな?

 うーん、この世界で作れるもので思いつくのはトマトソースだけど、トマトって今の時期に採れるのかな? 俺の家では、寒い時期の野菜は大根とか白菜が多かった気がする。トマトはなかったよな。


「ナセルさん、今の時期ってトマトはありますか?」

「トマトですか? もう流石に採れない季節だと思いますが……」

「そうなんですね……じゃあトマトソースは無理ですね」

「生のトマトではなく、トマトソースが欲しいんですか? それならば作れますよ」

「本当ですか!?」

「ええ、乾燥させたトマトをオイルにつけて保存していますので、それを使えば美味しいトマトソースが作れると思います」

「では、お願いしてもいいですか?」

「はい。任せてください」


 ナセルさんは笑顔で請け負ってくれた。ありがたい! これでフライも美味しく食べられるな。

 あっ、でもその前にブリだけ捌いて欲しい……


「ナセルさん、本当に申し訳ないんですが、ブリを先に捌いてもらってもいいですか……?」

「かしこまりました」


 ナセルさんがいなかったら、捌くのにめちゃくちゃ時間がかかった割に、不恰好になってたはず。絶対に美味しさも数段落ちただろう。本当にありがたい。俺も捌き方を覚えたいな。

 俺はナセルさんが捌いている様子をじっと観察して、何とか技術を盗もうと頑張った。ナセルさんも俺の様子を見て捌き方を教えてくれた。

 そして、俺が買ってきたものとは別でアジが数匹あったので、そのうちの一匹を自分で捌いてみたのだが、ガタガタで無駄にしたところも多く、散々な出来栄えだ。

 もっと練習しなきゃダメだな。これは自分用にしよう。


 ブリは塩で焼くだけの予定なので、俺はホタテを準備することにした。

 ホタテで作りたいのは、ホタテのオーブン焼きだ! 俺は日本にいる時あれが大好きで、近くのレストランに行くといつも食べていた。

 家で再現しようとしたこともあったので、何となく作り方はわかっている。ここのオーブンの使い方はわからないが、そこはナセルさんに任せよう。ナセルさん本当にありがとうございます。


 あ、オーブンを使うには先に火を入れておかないとだよな? 早めに伝えておいた方がいいかも。


「ナセルさん、オーブンを使いたいのですが準備をしてもらえますか?」

「かしこまりました。使えるようになるまで少し時間がかかりますが大丈夫ですか?」

「はい! これから準備をするので大丈夫です」

「では準備をしておきます」

「ありがとうございます」


 よしっ! あとはオーブンで焼く準備をするだけだ。

 ホタテのオーブン焼きは、まず貝殻と身を分けるんだよな。それで窪んだ方の貝殻は洗っておいて、身も水で洗って水気を拭き取っておく。たしか、身の黒い部分は取り除くんだったはずだ。

 そして、ホタテを貝殻に戻してあとは味付けだな。

 俺が好きな味付けは、ニンニクのやつなんだけど……ニンニクってあるかな? 


「ナセルさん、ニンニクってありますか?」

「ニンニクですか? そこにありますけれど、それは牛肉の臭みを目立たなくするために使うものですよ?」


 それにしか使われてないの!? 確かに今まで、あまりニンニクを使った料理ってなかったかも。


「それ以外には使われてないんですか?」

「使われてませんね。そもそも料理に使われるようになったのも最近なのです」

「そうなんですね。でもこの料理にはニンニクがあると美味しくなるんです。使ってもいいですか?」

「レオン様にお任せします。ただ、どのように使うのか拝見しても良いでしょうか?」

「全然いいですよ」


 ニンニクはかなり使える調味料だからな。ナセルさんが使い方を覚えて、もっとニンニクを使った料理が発展して欲しい。


「ニンニクはこんな感じでみじん切りにして、料理に入れるとかなり美味しくなります。トマトソースに入れてもいいですし、煮込み料理に入れてもいいですね」

「トマトソースや煮込み料理に……今度試してみましょう」

「ぜひ! どんな料理にでも基本的には合いますので、どんどん使ってみてください」


 俺はニンニクをみじん切りにして、ホタテの上に乗せた。そしてさらに塩を振って、上にパン粉をまぶした。

 完成だ! あとはオーブンで焼くだけだな。


「ナセルさん、オーブンはもう使えますか?」

「はい。そちらをオーブンで焼くのですか?」

「そうです」

「では危ないので私に任せてください」


 ナセルさんはそういうと、鉄の板にホタテを乗せてオーブンに入れてくれた。


「しばらくしたら焼き加減を見てみましょう」

「お願いします。ではその間に他の料理も仕上げます。ブリは塩で焼くのですが、お願いしてもいいですか?」

「塩を振って焼くだけでいいのですか?」

「はい。シンプルなのも食べたくて」

「かしこまりました」


 ナセルさんがブリを焼いてくれているうちに、俺は揚げ物だ。

 ナセルさんに油をもらい、鍋に入れて油を温め始めた。たくさん油を使えるっていいな。

 そして、油が温まるまで下準備をして待つ。タコには小麦粉を付け、アジとサワラには小麦粉、卵をつけてからパン粉をつける。

 準備が終わった頃に油が温まったので、順番に揚げていく。失敗しないように気をつけなきゃ。

 揚げ物のいい音がする…………お腹空くなぁ。


 全部揚げ終わった。ホタテのオーブン焼きもさっき出来上がったし、ブリも焼けたみたいだ。

 完成だ!! 思ったよりも上手くできた気がする。後は美味しいと思ってもらえれば、完璧だな。


「ナセルさん、手伝っていただいて本当にありがとうございました。ナセルさんがいなければ、絶対にここまで上手には作れませんでした」

「私は料理人ですから、手伝うのは当然ですよ。私の方こそ新しい料理をたくさん拝見できて、とても為になりました。ありがとうございます。では、レオン様は食堂に向かってください。私と使用人が料理を運びますので」

「わかりました。ありがとうございました」


 俺はナセルさんにお礼を言って食堂を出た。食堂を出たところではロジェが待っていてくれたが、俺の姿を一瞥するとすぐに顔を顰めた。


「レオン様、食堂に行く前にお部屋でお召し物を替えましょう。汚れています」

「そう?」


 俺は自分の服を見下ろしてみる。すると小麦粉がついていたりパンのカスがついていたりしていた。確かに汚れてるな。


「確かにそうだね。急がないと夕食になるから早く行こう」


 そうして俺は部屋で服を着替えてから、食堂に向かった。

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