第54話 海と海産市場
昼食を終えて少し休んだ午後、俺は海に向かって馬車に揺られていた。一緒にいるのはリュシアンだけだ。
他の人は既に見たことがあるから、わざわざ見に行かなくてもいいらしい。
「すごく楽しみだ。海は先が見えないほど広いのだろう?」
「そうだよ! 楽しみだよね」
馬車の中には俺とリュシアンしかいないので、敬語は使わなくも大丈夫だ。使用人や護衛は歩いてついてくるらしい。街の中だと馬車でもそこまでのスピードは出せないからな。
「海に行った後は、海産物を売ってる市場や屋台に行ってみたいんだけど、いいかな?」
「少し見て歩くくらいならいいだろう。護衛でジャックもいるからな」
「本当に!? やった!」
「何か面白いものでもあるのか?」
「美味しそうな魚とかを買って帰れば、夕食に使ってもらえるかなって。後は俺が作りたい料理もあるから、その食材も買いたいな」
「レオンは料理ができるのか?」
リュシアンがかなり驚いている。あれ? 実家が食堂だって知らないんだっけ?
「俺の家は食堂だから」
「そうなんだ。私もレオンの料理を食べてみたいな」
「じゃあ、帰って厨房を使わせてもらえたら作るよ」
「それなら、たくさん買って帰らないとな。お祖父様からお金は預かってるんだ」
「そうなの? じゃあ遠慮なく使わせてもらうよ」
俺たちはそう言って笑い合った。
そうしてしばらく馬車に揺られていると、海辺に着いたらしい。馬車から降りると、目の前には広い海が広がっている。
おぉ! 久しぶりの海だ!
潮風が気持ちいいな。凄い……海はどの世界でも同じように広大だな。
俺はしばらく海を静かに眺めて、それからロジェの方に振り返った。ロジェは目をキラキラとさせて海に見入っている。
ふふっ……子供みたいな顔だ。
「ロジェ、海を見た感想は?」
「あ、レオン様。凄いです! こんなにも広くて綺麗だなんて、見られて良かったです」
「ロジェ、子供みたいにキラキラした顔で見てたよ」
「なっ……そんな顔はしていないはずです」
ロジェは必死に否定している。そんなに否定しなくてもいいのに。もういつもの無表情に戻ってしまった。
まあ、最近はかなり表情が変わるようになったしいいか。前より仲良くなれたよな。一緒にいて気まずさも感じない。
俺は、ロジェの方からリュシアンの方に視線を戻した。
「リュシアン、海広くて凄いな」
使用人に聞こえないように、小声でそう言った。
「レオン、凄いな! こんなにたくさんの水があるなんて、すごく広くて綺麗だ」
やっぱり初めて見ると感動するよな。俺は懐かしさに感動だ。
しばらくして皆が感動から戻ってきたところで、俺たちは港の近くにある市場へ行くことにした。そこまでは、馬車で数分なのですぐに着く。
俺たちは馬車から降りて、市場に足を踏み入れた。
おー! 活気がある。もうたくさんの人が周りにいるから、敬語を使わないとだよな。
「リュシアン様、気になるお店があったら寄ってもいいですか?」
「ああ、どんどん寄ろう! 私もたくさんの店を見たいからな」
市場では木箱のようなものに水を入れて、そこに魚や貝、タコなどが種類ごとに分けて入れられていた。
まずはタコの唐揚げを食べたいから、タコを買いたい。後はフィッシュフライのための白身魚だけど、なんの魚がいいんだろ? わからないからさっき食べたサワラでいっか。
それとフライをするならアジフライもいいよな。アジもあったら買おう。後はブリを食べたいからブリだな。ブリの塩焼きは俺の大好物だったんだ。
そんなことを考えながら歩いていると、タコを売っているお店があった。
「リュシアン様、タコを買ってもいいですか?」
「ああ、ではあのお店に行こう」
「かしこまりました」
俺はお店に行き、おっちゃんに声をかけた。
「こんにちは、タコを買いたいんですけど」
俺がそういうと、お店のおっちゃんが怪訝な顔でこちらを見てきた。
「もしかして貴族様か……?」
「俺は違うけど、こちらはタウンゼント公爵家のリュシアン様だよ」
「タウンゼント公爵家って、領主様じゃないか! こんなところに来てもらえるなんて、ありがたいことで」
おっちゃんは、急にリュシアンに向けてぺこぺこと頭を下げ始めた。この辺に貴族が来ることはないのだろうか?
「急に来て悪いな」
「いえいえ、ありがたいです」
「この辺に貴族様が来ることってないの?」
「こんな小さな街に貴族様が来ることなんか、ほとんどないに決まってるだろ。タウンゼント公爵家の方も、代官様のところに来るだけだったしな」
そうだったのか。じゃあ俺はまた規格外なことをしたんだな。そして、それにリュシアンを巻き込んじゃったのか。
ごめんリュシアン……でもこれからもこういうことあると思う。
「それで、タコを買いたいんだけどいいかな?」
「おう! 今日は生きのいいのがあるぞ。そこの箱のが一番だな」
「じゃあ良さそうなのを三つお願い。あと、サワラとアジとブリが欲しいんだけど、どこに行けばあるかな?」
「それなら三つ隣のところが、生きのいいのがよく揚がってるぞ」
「そうなんだ、ありがとう!」
そうして俺は、タコを買ってロジェに持ってもらい次の店に行く。
「こんにちは! サワラとアジとブリが欲しいんだけど」
「はいよ! 何匹ずつだい?」
「うーん、サワラは三匹、ブリは一匹、アジは六匹でお願い。いいのを選んでね」
今度は元気なおばちゃんだった。おばちゃんは俺たちの服装は全く気にしていない。商人の子供くらいに思ってるんだろうか。
「これでいいかい?」
「うん! 美味しそうだね」
「そうさ、うちの人は漁がうまいんだ」
そうして上機嫌のおばちゃんから魚を買って、とりあえずミッションクリアだ。
俺はロジェが持っている木箱の中に、バレないように精製した氷を入れた。これで時間を気にしなくてもいいだろう。
よしっ! 次は食べ歩きかな。この市場は魚を買うだけではなく、歩きながら食べられるようなものが売っているのだ。
「リュシアン様は何か買いたいものがありますか?」
「私はよくわからないからレオンについていくよ。全てが新鮮で楽しいからな」
「それなら次は食べ歩きをしませんか? 流石にリュシアン様はダメでしょうか?」
「いや、今日くらいはいいだろう」
やった! リュシアン様の従者の方は少し止めたそうな顔をしていたが、リュシアンが楽しそうにしているので、止めないことにしたようだ。
何を食べようか。魚を捌いて焼いたものや、タコを串に刺して焼いたもの、貝を焼いたものなどがある。
うーん、悩むけど貝が食べたい!
「リュシアン様、ホタテを食べませんか?」
「ああ、今日の昼にもあったやつだな。私もあれは好きだった」
「では行きましょう」
俺はホタテを売っているお店に向かった。
「こんにちは。ホタテをもらえますか? 個数は……」
何個だろう? 従者と護衛の方たちも食べるかな? 聞いてみるか。
「皆さんは食べますか?」
「いえ、私たちは遠慮させていただきます」
「いや、お前たちも食べればいい。たまにはいいだろう」
「ですが……」
「せっかくだから皆で食べればいいじゃないか。リュシアン様、ありがとうございます」
護衛のジャックさんがそういうことで、皆で食べることに落ち着いた。
「結局何個だい?」
「五個でお願い!」
「五個だね。今から焼くからちょっと待ってな」
お店のおばちゃんは五個のホタテを焼いてくれた。そして、鉄串のようなもので身を貝殻から外して塩をかけてくれる。めちゃくちゃ美味そう!
「ありがとう!」
「リュシアン様どうぞ。あ、毒見をした方がいいでしょうか?」
「私がします」
リュシアン様の従者の方が少し食べて確認した後、リュシアン様にホタテを渡した。
「ありがとう。ではいただこうか」
「はい!」
俺は思いっきりホタテにかぶりついた。身が大きくて一口では食べきれない。
うっま〜! 旨味がじゅわ〜っと出てきて口の中が幸せ。少しの塩味だけだから、素材の味が生かされて美味しい! やっぱり海の幸は新鮮さと焼きたてだな。
俺は大満足で食べ終えた。最高だった。
「リュシアン様、とても美味しかったですね!」
「美味しすぎてびっくりしたぞ! お腹が空いていたらもっと食べたかった」
「では、ホタテも買って帰りましょう。すみません、ホタテを二十個ください」
「はいよ、ありがとね」
俺はホタテを買って、また次のお店を見に行こうとした時、ふとホタテの貝殻が、大量に箱に詰められているのが目に入った。
この貝殻ってどうするんだろ?
「おばちゃん、この貝殻ってどうするの?」
「これかい? これは海岸に捨てちまうよ」
捨てちゃうの!? じゃあ海岸にはたくさんの貝殻があるってこと?
「その海岸にはたくさん貝殻があるの?」
「ああ、山になってるよ」
「そうなんだ、ありがと」
貝殻って結構使い道あるんじゃなかったっけ? テレビで見たことある気がする。確か焼いて粉状にして畑に撒けば、肥料になるんじゃなかったかな?
多分だけど、試してみればわかるだろう。もし肥料が作れたら、この街の特産品になるかもしれない。
そうすればもっと海産物も注目されて、王都でも食べられるようになるかも!
とりあえず貝殻を持って帰りたいな。
「おばちゃん、この貝殻もらってもいい? 持って帰る箱がないから箱も一緒に。少しお金も払うけど」
「本当かい!? こんなものをお金払って引き取ってくれるなんて、断る理由がないよ」
「ありがと」
貝殻はリュシアンの従者の方が持ってくれた。多分十キロ以上あると思うけど、結構力持ちなんだな。
「レオン、あんなものを買ってどうするんだ?」
「ちょっと思いついたことがありまして、試してみる予定です。とりあえずたくさん買いましたし、代官邸に戻りましょうか?」
「そうだな。結構時間が経っているからな」
そうして俺たちはたくさんの戦利品を抱えて、代官邸へと戻った。
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