第53話 港街と海の幸
次の日の朝。
昨日は大変だった。昼食の後は、俺の知識に興味を持った皆さんに質問攻めに合い、魔法についても聞かれ、気がついたら夜だった。
すごく疲れた。本当なら、今日は一日休みたいと思うところだが、俺はテンションが上がっている。
なぜなら、今日は港街に行く日なのだ!!
海の幸楽しみだ。久しぶりに海や船も見れるかな? 塩も作っているのだろうか?
俺はワクワクしながら朝の準備を終えた。
一緒に港街に行くのは俺とリュシアン、フレデリック様とリシャール様、カトリーヌ様だ。他の人は家でのんびりしている方がいいらしい。海の幸を食べなくていいなんて! 日本人としては考えられない。
ロジェも、パッと見はいつも通りの無表情に見えるが、いつもより顔が緩んでいるし、海に行くのを楽しみにしているのが伝わってくる。
「ロジェ、やっと海に行けるね」
「はい。レオン様にお仕えしていて良かったです!」
ロジェはいつもの無表情はどうしたんだと言いたくなるほど、目が輝いている。
お仕えして良かったって言われても、理由が海に行けるからって誰に仕えてても一緒じゃん! 俺は海に負けてるんだな。なんか落ち込む……
俺が落ち込んでいるとその理由がわかったのか、ロジェがちょっと慌てたように見える。慌てるロジェなんて珍しいな。
「あ、あの、レオン様にお仕えするのはとても楽しいです。レオン様は使用人のこともよく考えてくださいますし、感謝も伝えてくれますし、とてもやりがいがあります。さらに海に行けるなんて、レオン様にお仕えできて良かったです」
ロジェはそんなふうに思ってくれていたのか。俺はかなり嬉しくなった。まあ、理由の最後は海だけど……それは聞かなかったことにしよう。
「ロジェがそんなふうに思ってくれていたなんて嬉しいよ。これからもよろしくね」
「はい。これからも誠心誠意お仕えいたします」
「じゃそろそろ時間だから行こうか?」
「そのようですね。では参りましょう」
そうして俺とロジェは、屋敷の玄関ホール横の応接室に向かった。俺が一番乗りだったが、すぐに五人全員が集まった。最後はリシャール様だ。
「皆集まってるな。では行こうか」
馬車に乗って港街に向かう。港街までは馬車で三時間ほどかかるらしい。日帰りでは大変なので、今日は港街で一泊するようだ。
「その港街は大きな街なのですか?」
「そうだな……そこまで大きくはないが活気はある。塩を作っていたり漁をしている者がほとんどだから、無骨な男が多い。皆肉体労働をして食べる量も多いから、食堂はたくさんあるな」
俺の疑問にリシャール様が答えてくれる。そういう感じか。職人の街って感じなのかな。
「海の幸は、その街の人達は食べるんですか?」
「ああ、皆毎日食べているそうだ。ただ内陸に住んでいる者はその美味しさを知らないから、買おうとも思わないし食べに来ようともしない。だから他の街に売られることはほとんどない。干物なら遠くへでも売れるんだけどな。需要がないから売れないんだ」
確かに干物なら売れるもんな。すごく美味しいのに勿体ない。皆食べてみれば美味しさに気づくはずなんだけどなー、初めて見る人は見た目もダメなのかな?
確かに地球でも、海の幸を食べない地域では見た目が気持ち悪いとか言われてたよな。食べれば美味しいとわかってくれると思うんだけど。
「海の幸が他の街に売れたら、街はかなり発展しますよね」
「私が公爵だった頃に一度やろうとしたことがあるんだが、干物を王都に持って行ってもあまり流行らなかったんだ」
そーなのか? でもなんでだろう……食べてもらえればハマる人もいると思うけどな。
「食べてもらったなら、干物にハマる人はいなかったんですか?」
「少しはいたんだが、そこまでたくさんの人には受け入れられなかったな。食べづらいとか食べる場所が少ない、臭いとか言ってたな」
まあ確かに骨はあるけど、骨が少ない魚もいるし身がたくさんある魚もいると思うけど。そういう魚は干物にならないのかな?
俺の干物のイメージはアジだもんな。確かに骨は多くて食べるのが大変だ。
臭いは、生臭いってことか? 焼けばなくなると思うけど……干物の作り方でも変わりそうだよな。
俺は干物の作り方なんて知らないからなー、本当に使える知識が少ない。スマホさえあれば! どれだけスマホに依存していたかがよくわかるよ。
この世界で気づいても意味ないんだけどね……
とにかくほとんどの人にとって、無理して食べるほど好みの味ではないってことだよな。確かに食べ慣れてないと、干物の美味しさには気づけない気がする。
「リシャール様は海の幸好きなんですか?」
「ああ、私は好きだな。ただ干物よりも港街で食べる料理の方が好きだ」
「私も好きだぞ。肉とはまた違う味わいで良い」
「私も大好きですわ。ただ干物はあまり食べませんわね」
リシャール様とフレデリック様、カトリーヌ様も好きらしい。リュシアンはまだ食べたことがないのだろうか?
「リュシアン様は食べたことがありますか?」
「父上も母上も好んでは食べないので、食べたことはないな。今日は楽しみだ」
「そうなのですね。私もとても楽しみです。たくさん食べましょう」
「そうだな!」
そうして馬車に揺られること三時間、港街に着いたようだ。馬車の窓を開けると、潮風が吹いてくる。
凄い……! 海の匂いがする!
…………なんか懐かしい匂いだ。
馬車は街の中をしばらく進むと、他の家よりは少し豪華な家に辿り着いた。この街の代官邸のようだ。
大きな街ではないので、代官邸も今まで泊まってきた街のものと比べて、こじんまりとしている。ただ、俺たちが泊まれるだけの部屋はギリギリあるようだ。部屋がないというのも他の人が来なかった理由らしい。それに、部屋はあっても豪華な部屋ではないからな。
代官邸の前には、日に焼けて健康そうなおじさんがいた。かなりがっしりとした体型だ。
「皆さんお久しぶりです。坊ちゃん方は初めましてですね。トニーと申します」
「私はリュシアンだ」
「私はレオンです。よろしくお願いします」
トニーさんは平民の代官らしい。小さな街の代官にまで貴族を雇うことはないようで、平民の中では優秀で人望厚い者を公爵邸で教育して、代官として育てるらしい。
「皆さんには狭い家だとは思いますが、精一杯おもてなしさせて頂きます」
「トニーありがとう。一泊だけだがゆっくりさせてもらうよ」
「ではお部屋にご案内いたします」
そうして案内された部屋は、豪華ではないが綺麗に掃除された部屋だった。ただ、貴族がいない代官邸は下水道を通してないようで、トイレは家にいくつかある汲み取り式のものでお風呂はなかった。まあ、田舎の小さな街ならしょうがないな。
とりあえずトイレ一つを完全に綺麗にするくらいなら、俺の今の魔力量があれば、半分程度消費するだけで綺麗になるだろう。トイレ一つは綺麗にしておくか。
それにしても、俺の今の魔力量はかなり増えたはずなんだけど、トイレを一つ綺麗にするだけで魔力を半分も使うなんて、ピュリフィケイションの効率が悪過ぎる。なんかいいイメージがないかな……
ちなみにトイレを綺麗にしたら、皆さんにとても喜ばれた。汲み取り式のトイレってかなり汚いし臭いからな、俺も嫌いだ。というかずっと使うのは耐えられない。
お昼の時間まではしばらく部屋で休むことになり、馬車の疲れを癒すために少しゆっくり休んだ。
そしてお昼になり、食堂にみんなで集まっている。これから料理が運ばれてくるところだ。
「皆さんは海の幸をご所望だと聞いておりましたので、料理人に海の幸をふんだんに使った昼食を作ってもらいました。楽しんでいただけたら幸いです」
やった! やっとお魚が食べられる!
流石に生は出てこないかな? でも新鮮なら生で食べる文化もあるかもしれない。生でなければ焼き魚とか?
ただの焼き魚でも嬉しい!
俺がうきうきして待っていると、料理が運ばれてきた。ここでの料理はコースではなく、一度に一人分が全て並べられるようだ。
ぱっと見て生はなさそうなので、その文化はないんだな。まあ、生はよほど新鮮で気を使ってないと危ないから、火を入れた方が安心でいいだろう。
俺はまずスープに口をつけた。
美味い……! この味って絶対海老だ!
海老出汁のスープだ。やばい、美味すぎる。久しぶりに出汁の味を食べた気がする……王都の料理も発展はしているけど、出汁はなかったからな。
俺はすぐにスープを飲み切ってしまった。
「レオン様はすごく美味しそうに食べますね。海老は今の寒くなってきた頃が一番美味しいんですよ」
トニーさんにそう言われてしまった。
は、恥ずかしい……でもめちゃくちゃ美味しいんだからしょうがない。
「すごく美味しいです! この白身魚はなんですか?」
俺は恥ずかしくて話を変えるために、そう聞いた。
「それはサワラですね。暑い時期がよく獲れるんですが、今の時期もまだ獲れます。どんな料理にも合うんですよ」
「そうなんですね。では次はこれを食べてみます」
サワラなんだな。美味しそう。
俺はフォークで一口分だけ取り、ぱくっと口に入れた。
う〜ん、美味い! これバター焼きだ。めちゃくちゃ贅沢だな。
俺はサワラのバター焼きも夢中で食べ切った。
後二品だ。一つはタコの足をそのまま塩焼きにしたもの。もう一つはホタテを焼いたもののようだ。
まずはタコから。もぎゅもぎゅ……かなり弾力があるタコだ。でも噛めば噛むほど旨味が出てきて美味い! これはタコの唐揚げにしたら絶対美味しいと思う。
揚げ物ってないのかな? あんまり浸透してないのだろうか? でも素揚げは一度食べたことあるし、調理法としてはあるよな。それなら、俺が唐揚げを作ってもそんなに変じゃないはずだ。
後で厨房使わせてもらえるなら、タコの唐揚げ作りたい! 揚げ物するならついでにフィッシュフライもいいかも。今日の夕方にでも聞いてみよう。
最後はホタテだ。ぱくっ……美味っ!
これもバターだ。ホタテを焼いたところにバターを溶かしたのだろう。めちゃくちゃ美味い。残ってる汁まで美味しい。
ふぅ〜、とても満足だ。やっぱり俺は日本人だな。肉も好きなんだけど、海の幸が食べたくなるんだ。
俺は大満足で、昼食を終えた。
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