第48話 使用人の噂話

 夕食は公爵家の方々がいるからか、終始和やかなムードで進んだ。食事も王都の屋敷で食べるものより少し劣るが、そこそこに美味しく満足できる味だった。


「レオン君、部屋はどうだろうか? 不便なことはないか?」

「はい。お風呂がないことが少し残念ですが、特に不便はございません」

「風呂か……それなら私の部屋で入るといい」


 え? リシャール様の部屋でお風呂を借りるってことか? そんな図々しいことできるわけない!!


「いえ、先程ロジェにお湯を用意してもらい、体を清めたので大丈夫です。お気遣いありがとうございます」

「そうか? それならいいんだが……」

「はい。今晩一日だけですし、なんの問題もありません」

「それなら良かった」


 ふぅ〜、なんとか理解してくれたようだ。リシャール様の部屋のお風呂なんて、落ち着いて入れるわけない。

 それからリシャール様は、モルガンさんとこの街の財政の話に移ったようだ。


 俺は少し疲れたから先に休んでもいいかな? リシャール様はまだ話が長引きそうだし。あまりモルガンさんと同じ空間にいたくない。

 そう思っていると、カトリーヌ様とフレデリック様が先に部屋へ戻ったので、俺もそれに続いて部屋に戻ることにした。


「旅の疲れもありますので、お先に部屋へ戻らせていただきます」

「ああ、レオン君また明日」

「はい。リシャール様もごゆっくり休まれてください」


 そう言って食堂から退出した。なんか、この屋敷にいると気が休まらなくて疲れるな。やっぱり他人からの悪意って怖い。俺は改めて、今までの人たちがどれだけ良い人たちだったかを思い知った。


 部屋に戻って夜着に着替える。

 ふぅ〜、もう寝ようかな。


「レオン様、お茶でもお入れしましょうか?」

「う〜ん、今日は疲れたからいいや。もう寝ることにするよ」

「かしこまりました。では私も下がらせていただきます」

「うん。ロジェ、いつもありがとう」


 平民の俺に真摯に仕えてくれているロジェが本当にありがたい存在だと気づき、俺は思わずお礼を述べた。

 すると、ロジェは少しだけ顔を綻ばせた。


「レオン様にお仕えするのは、私の仕事ですから」


 言葉はそっけないんだけどな。まあ、それがロジェだから、そこはもう気にしてない。

 でも本当に、俺に嫌な顔一つせず仕えてくれるのはありがたいな。



 俺はロジェが部屋を出てからベットに横になったが、平民というだけであそこまで見下してくる貴族がいることに驚いて、なんとなく眠れないでいた。

 やっぱり実際に会うと、身分の差を見せつけられて衝撃だな。


 そんなことを考えながらベッドの上でゴロゴロとしていると、外から誰かの話し声が聞こえて来た。

 使用人だろうか? 若い女の人の声なので、新人のメイドさんかもしれない。


 俺はなんとなく話の内容が気になって、魔力を耳に集めて聴力を強化した。身体強化魔法を耳に使うと、少しだけ聴力がアップするのだ。あくまでも少しだけなので使い勝手は良くないのだが、こういう時は有効だ。


 おおっ……聞こえるようになった。


「私、公爵家の方々にバレるんじゃないかってヒヤヒヤしちゃったわ」

「私もよ。まあ、帰られるまで気は抜けないけどね」

「そうよね。でも、モルガン様も客室の家具を売るなんて、何を考えているのかわからないわ」

「それがね……誰にも言わないで欲しいんだけど、家具を売ったお金を自分で使ってるらしいわよ」

「え!?」

「声が大きいわよ!」

「こ、ごめん。それよりも本当なの?」

「ええ、モルガン様と執事が話しているのを聞いた使用人がいるんですって」

「執事もグルってこと??」

「いや、話によると執事は止めたらしいわよ。私たち平民じゃモルガン様には逆らえないわよ」

「それもそうね」


 そこまでは何とか聞こえたが、それ以上は遠くに行ってしまい聞こえなくなった。


 なんかすごいこと聞いちゃったな……

 俺への嫌がらせで部屋を貸せないのかと思ってたけど、そんな事情があったのか。

 モルガンさんは、この街のお金を着服してるってことだよな。家具を売ってまでってことは、税金の中抜きとかもしてるのか?

 どうやってやるんだろ? 

 よくわからないけど、収穫を少なく報告して差額分を着服するとか、そんな感じかな。とにかく犯罪だ。

 そしてモルガンさんは、代官としても有能じゃないってことだな。有能どころか有害だ。


 これはリシャール様に報告するべきだな。

 俺はリシャール様に面会できるか確認してもらうため、ロジェを呼ぶことにした。いつもならベルを鳴らせばいいが、この部屋からだと聞こえない可能性があるので、ロジェの部屋がある方の壁をノックすることになっている。

 コンコン。俺がノックをすると数秒後にロジェが部屋へとやって来た。早っ!


「レオン様、どうされましたか?」

「リシャール様に話しておきたいことがあるんだけど、今から面会ってできるかな?」

「今からだと失礼になるかと思いますが、明日ではダメなのでしょうか?」

「うん、できる限り早く伝えた方がいいと思う」

「かしこまりました。私が面会できるかお聞きして来ますので、レオン様はこちらでお待ちください」

「わかった」


 そう言ってロジェは部屋を出て行った。面会できなかったら明日伝えることになるけど、多分早い方がいいだろう。

 それから数分後ロジェは部屋に戻って来た。


「レオン様、面会して頂けるようです。いつ来てくれてもいいとのことですので、今すぐ行きますか?」

「うん。すぐ行こう」

「かしこまりました」


 そうして俺は少し緊張しながら、ロジェの後に続いてリシャール様の部屋に向かった。


 コンコン。


「レオン様がいらっしゃいました」


 ロジェがそういうと、リシャール様の従者の方がドアを開けてくれた。リシャール様はソファーに座って、俺を待っていてくれたようだ。


「リシャール様、こんな時間に申し訳ありません。お時間をとって頂きありがとうございます」

「いや、全然いいんだ、気にしないでくれ。それで、こんな時間に面会に来るということは何かあったのか?」

「はい。ですが他の方に聞かせてもいい話か、判断できません」


 俺はそう言って、この部屋にいる従者の方や護衛の方に目を向けた。


「そうだな……皆少し下がっていてくれ」


 リシャール様がそういうと、皆心得ているように下がっていく。いつも思うけど、公爵家で働く方々ってレベル高いよな。


「それで、なんの話だい?」

「はい。モルガンさんのことなんですが……」


 俺はそこから先ほど聞いた噂話と俺の推測を話した。

 平民を見下していることについては、とりあえず黙っておくことにした。貴族としては、特に問題がない可能性もあるからな。


 俺の話を全て聞くと、リシャール様は難しい顔をして考え込んでしまう。

 そして、しばらくすると徐に口を開いた。


「レオン君、このことはとりあえず他の人には言わないでくれるか? 私がしっかりと対策を考える。実際の証拠を押さえてからだが、モルガンには代官をやめてもらい、王都で罪を問われることになるだろう」


 罪に問うには、実際にお金を着服していた証拠が必要なようで、少し慎重にやらないといけないらしい。

 まずは家具を売った先のことを調べて、その後に余罪についても調べるそうだ。

 とりあえずリシャール様に任せておけば大丈夫だろう。


「今回はレオン君のおかげで助かったよ、感謝する。モルガンの本性を見抜けなかったのは私の責任だな……」


 リシャール様はモルガンさんの本性を見抜けなかったことで、自分を責めているようだ。

 でも人の本性を見抜くのは難しいよな。最初は誠実だったけど、仕事をしていくにつれて欲に流されるってこともあるだろうし。


「確かにリシャール様の責任もあるかもしれませんが、人の本性を見抜くのは難しいですから、代官が好き勝手できないような仕組みが大切だと思います」


 俺がそう言うと、リシャール様は少し興味を持ったようだ。


「ほう。例えばどんな仕組みが良いだろうか?」


 やばい……リシャール様が興味を持っちゃったよ。

 例えばどんな仕組みだろう? 俺はそういうことに詳しいわけじゃないんだよな。安易に言わなきゃよかった!

 うーん…………


「そうですね。例えば権力を分散するとかはどうでしょうか? 農業地区をいくつかに区切ってその中で長を決め、その地区の長に収穫量を提出させるんです。そして提出先を代官邸と領都の公爵邸の二箇所にしておけば、誤魔化すことは出来なくなります」


 こんなんでいいんだろうか? 結構適当な思い付きで言ったんだけど……

 というか、こんなことは既に行われてるか?


「確かに一考の余地はありそうだ。クリストフと話し合うことにしよう」


 おおっ、意外と好印象? 俺はホッとして、静かに息を吐き出した。


「では、モルガンのことは私に任せて欲しい」

「はい。私に口を出す権利はありませんから。聞いてしまった噂話が、無視できるような内容ではなかっただけなので」


 俺がそう言って苦笑すると、リシャール様も少し苦笑して答えてくれた。


「旅の疲れを癒すどころか、疲れさせてしまって申し訳ない。部屋に戻って休んでくれ」

「はい。失礼いたします」


 その後すぐにリシャール様が使用人を呼び戻し、俺はロジェとともに自分の部屋に戻った。

 リシャール様に話して少しスッキリしたからか、その後はぐっすりと眠れた。

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