第47話 代官邸
それからしばらく馬車に揺られ、暗くなり始めた頃に少し大きな街に着いた。
公爵領の街は領都以外は代官が管理していて、小さな街だと代官邸もこじんまりとしているが、大きな街なら結構豪華な建物らしい。代官邸は公爵家で建てるものらしいので、権威を示す意味もあるのだろう。
この街は結構大きな街で代官邸も広いので、俺たちが泊まっても余裕だそうだ。
街中を馬車で通り過ぎ、代官邸の敷地に入り玄関前で馬車が止まった。使用人が先に降り、次に俺、フレデリック様と先程と同じ順番で馬車を降りる。
代官邸の前には、代官らしき少し豪華な服を着た人と、その後ろにたくさんの使用人が並んでいた。結構使用人もたくさんいるんだな。
さっき馬車の中で聞いたが、大きな街の代官は、基本的に下位貴族の三男以下らしい。王宮で役人として働くのではなく、貴族に雇われて代官になる者も結構いるそうだ。この街の代官もそのうちの一人で、男爵家の三男だった人らしい。準貴族ってやつだな。
屋敷の前で頭を下げていた男性が顔を上げた。四十代くらいに見えるおじさんだ。お腹はでっぷりしていてかなり太っている。
「お待ちしておりました。公爵家の皆様にお越しいただけて、大変光栄でございます。精一杯のおもてなしをさせていただきますので、どうぞごゆるりとお過ごしくださいませ」
おじさんは、にこやかな笑みを浮かべてそう言った。すごくフレンドリーに見えるけど……なんだか裏があるような笑顔だ。なんでそう思うんだろうか?
なんか、嘘っぽい笑顔なんだよな。権力者に媚びへつらうようなというか……
とりあえず、あまり近づかないようにしよう。
「モルガン、久しいな。一日だけだがよろしく頼む」
「リシャール様、お久しぶりでございます。お元気そうで何よりです。では中へどうぞ。お部屋にご案内いたします」
このおじさんはモルガンさんというのか。俺たちはモルガンさんの先導で屋敷の中に入る。屋敷の作りは、公爵家の王都の屋敷とあまり変わらなかった。あの屋敷より、質素で小さいというだけだ。俺はこのくらいの方が落ち着く。
というか、この屋敷でも日本にあったら十分に豪邸だよな。俺もこの世界の価値観に染まって来たようだ。
俺たちが泊まる客室は二階にあるようで、階段を登っていき奥の部屋から、リシャール様達が案内されていく。
「リシャール様はこちらのお部屋をお使いください。カトリーヌ様はこちら、フレデリック様はこちらです」
次は俺かと思ったが、俺の部屋は案内されない。なんでだ……?
「モルガン、レオン君の部屋はどこなんだ? レオン君のことは私たちと同じ扱いにするように伝えたはずだが?」
「承知しております。しかし大変申し訳ありませんが、客室はこの三部屋しかないのです。なのでレオン様には、空いている使用人の部屋を使っていただくことはできないでしょうか?」
「使用人の部屋だと? 他にも部屋があるではないか? そこは客室ではないのか?」
リシャール様がそう聞いた時、僅かにだがモルガンさんの顔に焦りが浮かんだように見えた。しかし、俺はまだ背が低いから下から表情を覗けるので気づいたが、他の人は気づいていないだろう。
「そこは、物置として使っているのでございます。皆様がいらっしゃる時は今まで三名を超えたことがありませんでしたので、他のお部屋は物置として有効活用した方がいいかと思いまして…………勝手なことをして大変申し訳ございません」
客室にもできる部屋を物置にしてるなんて、おかしな話だ。本当にそうなのだろうか?
俺は少し疑問に思いながらも、ここで口を出すとややこしくなりそうなので黙っていた。
「モルガン、部屋はあるのだからしっかり客室として整えておくんだ。あと二つか三つは客室を増やしておけ。今までは、たまたま三名以下だっただけだ」
「かしこまりました。大変申し訳ございません」
「それで、今日はどうするか……」
リシャール様が悩み始めてしまった。俺は平民なんだし、別に使用人の部屋でも構わない。
俺は慌ててそう伝えた。
「リシャール様、私は使用人の部屋でも構いません」
「いや、でも君をそんな扱いにするのは流石に……」
「ですが、身分的に私が部屋を使って、他の方が使用人部屋を使うなんてもってのほかですし。今日一日だけですから」
俺がそういうと、リシャール様はかなり悩んでいるようだったが、結局了承してくれた。
「では、本当にすまないが、レオン君は使用人部屋を使ってくれるか?」
「はい」
そうして話が終わり、俺は公爵家の方々と分かれ、ロジェとともに使用人の部屋に案内された。
「こちらをお使いください」
モルガンさんは一応丁寧な言葉を使ってはいるが、俺を蔑むような目で見てくる。
ああ、この人は平民を見下すタイプの貴族なんだな。もしかしてさっきの客室の件も、平民の俺を豪華な客室に入れたくなかっただけなんじゃないか?
「ありがとうございます」
俺がそういうと、モルガンさんは俺を強く睨んでから去っていった。
あの人ってバカなのかな?
リシャール様が、わざわざ自分と同じ待遇にするよう要請してくるという意味を理解してないんじゃないか? さっきもリシャール様は、俺に使用人部屋を使わせることを躊躇っていた。少し考えればかなり大事な客人なんだと予想がつくだろう。
その客人にあんな目を向けたりすれば、俺がリシャール様にチクったら一瞬で終わりってことに気づかないのだろうか。多分、貴族である自分は平民には何をしても構わない、という思考が根付いているのだろう。
モルガンさんは、リシャール様達の前では上手く隠していたのかもしれないけど、タウンゼント公爵家の敵対勢力に属しているんじゃないか? そのことはリシャール様に伝えた方がいいかもしれない。
はぁ〜。一泊だけだけど、めんどくさくなりそうだ。
そこまで考えたところでロジェが部屋にやって来た。
「レオン様、隣の使用人部屋を貸していただけましたので、私はそちらに泊まります。何かありましたらすぐにお呼びください」
「うん、ありがとう」
「それにしても、公爵家の客人であるレオン様にこのような部屋を使わせるとは」
ロジェはわかりやすく顔を顰めていた。感情を出すなんて珍しいな。
「それに、この部屋は少し埃っぽいですね」
「そうなんだよ。簡単でいいから掃除をしてくれる?」
「かしこまりました」
この部屋に入った時から思っていたが、かなり埃っぽいのだ。多分掃除もされていないのだろう。
こんなにわかりやすく嫌がらせをしたら、自分を追い込んでるって気付かないのだろうか。ちょっとバカすぎて逆に怒る気になれない。
俺がリシャール様に、先程の言動やこの部屋の実態を告げれば、モルガンさんはすぐにクビになるのかもしれないけど、あの人が代官として優秀ならそれはしない方がいいのかな? 俺が一晩我慢すればいいだけだしな。
でも、タウンゼント公爵家の勢力とはぶつかる考え方だから、クビにしてもらった方がいいのだろうか? 俺はまだ、貴族の実態をよく知らないからわからないんだよな。勢力と仕事は別かもしれないし。
とりあえず様子見だな。
ロジェが部屋をきれいに掃除して、体を拭くために桶に水を入れて持って来てくれた。
「レオン様、この部屋はお風呂がありませんので、本日は体を拭くだけで我慢していただけますでしょうか?」
「拭くだけで大丈夫だよ、ありがとう」
俺はロジェに手伝ってもらいながら、体を清め家の中で着る服に着替えた。
それからしばらくして夕食の時間になったようで、この屋敷の使用人が食堂まで案内してくれた。使用人の方達はモルガンさんに逆らわないようにしているだけで、俺を積極的に害そうとかは考えていないようだ。まあ、同じ平民だし、そんなリスク高そうなことしないよな。
食堂に行くと、既にモルガンさんは座っていて公爵家の方々がいなかったので、また何かされるんじゃないかと身構えたが、すぐにフレデリック様が来てくれたことで事なきを得た。なんか疲れる……
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