第43話 日本での暮らし
「レオンは前の世界で何をしていたの? 働いていたのかしら?」
「いや、俺はまだ学生だったんだよ。前の世界は二十二歳まで学ぶ人が多かったんだ」
そういうと、マルティーヌはとても驚いたようでポカーンとしている。この世界は最長で15歳までだからな。それに15歳で成人だし、二十二歳まで学生って聞けば驚くよな。
「二十二歳まで学ぶなんて……凄いですわね。でもそんな歳まで学んでいられたということは、レオンは貴族だったのですか?」
「ううん、前の世界に貴族はいなかったんだ。明確な身分制度はなかったよ」
「それは……私には想像するのが難しいですわね……本当に違う世界なのですね。食べ物とかも違うのかしら?」
「そうだね、この世界より発展してたと思うよ。でもこの世界も最近急速に発展してるみたいだから、そのうち追いつくんじゃないかな?」
日本は食文化に関してはかなり発展してたからな……本当に美味しいものがたくさんあった。ラーメンもカレーもお寿司も大好きだったなぁ。それに甘いものも、ケーキ、クッキー、アイスも大好きだった…………
俺は懐かしくなり、思わず思考を日本へ飛ばしていると、マルティーヌ様は少し悲しそうな顔をした。
「悲しいことを、思い出させてしまったかしら……?」
「違うよ! ただ、懐かしいなって思っただけなんだ。思い出したら食べたくなってきちゃったよ」
「どんな食べ物ですの? 作り方を教えてくだされば王宮の料理人に作らせますわ!」
マルティーヌが一転、とても楽しそうな顔になりそう聞いてきた。
そうだなぁ。俺が何となくの作り方を知っていて、何かこの世界で作れそうなものがあるかな?
シチューとか、パスタとかかな。この世界にあるのだろうか?
「例えばシチューってある? ミルクスープのもっと重たい感じの料理なんだけど。あっ……牛乳ってこの時期にはここまで持って来られないか」
「シチューというのは初めて聞きましたわ。私、冬に飲むミルクスープが好きなのです! ぜひ食べてみたいです。牛乳は、レオンが作った製氷機を使わせますので大丈夫でしょう」
確かにあれを使えば大丈夫だな。あれって実用化されたのか? まあ、王女様ならいくらでも使えるのか……流石王族だ。
「じゃあ、一つはシチューで決まりだね。あとは、この世界にパスタってある?」
「パスタ……ですか? 初めて聞きましたわ。さっきから不思議な発音の言葉ですのね」
シチューとかパスタはこの世界にないから、日本語の発音のままで翻訳されないんだな。
「この世界にはまだないんだね。パスタは材料もすぐ揃うし作れると思うよ」
「本当ですの!? では今度、その二つの料理を料理長に作ってもらいましょう。次のお茶会は料理の試食会ですわね!」
マルティーヌが満面の笑みで、凄く嬉しそうにそう言った。またお茶会やるのね……まあ、喜んでくれるならいっか。
俺も思わず笑顔になった。
「それは楽しそうですね」
「ではレオン、レシピを書いてくださる? レオンが考えたことは公にしない方がいいでしょうから、誰が考えたかは明かさずに、料理長にレシピだけ渡しますわ」
「誰が考えたか追及されない?」
「それは大丈夫ですわ。私は第一王女ですもの」
マルティーヌは、少し得意げに胸を張ってそう言った。
さっきからいちいち可愛いな! ふぅ〜、落ち着け俺。
俺の方が精神は大人なんだ。たとえ体に精神が引っ張られてたとしても、大人だからな。
「じゃあ、レシピ書くね」
俺は、マルティーヌがさっきの護衛の方に頼んで、持ってきてもらっていた紙とペンを受け取り、レシピを書き始めた。
えっと、多分シチューは、この世界のミルクスープに、小麦粉を入れればできるはず。炒めた野菜に小麦粉を振り入れてまた炒め、そこにいつものように牛乳や水を入れて、味付けをすれば大丈夫なはずだ。
それからパスタは、まず麺だけど、小麦粉に油と卵と塩を入れればいいんだよな。一度だけお母さんと作ったんだ。でも分量は覚えてない…………
小麦粉は、うーん……とりあえず両手で取って四回分くらいにしとこう。確か油は少なかったはずだから、スプーンに半分弱くらいかな。卵は一個で、塩は少々。こんな適当でできるのだろうか?
…………分量は試行錯誤してくださいって書いとこ。
とにかくこれらを混ぜて、捏ねて固まればいいんだよな。そして一つに固まったら、小麦粉をまぶして十分ほど休ませる。休ませたら丸い木の棒で、二ミリくらいまで伸ばして、また小麦粉をまぶして三つ折りくらいに折り畳み、細く切っていく。この時は……二ミリくらいの細さでいいかな?
あとは茹でるだけだ! 茹で時間は……全くわからない。五分とかかな? とりあえず五分前後、最適な茹で時間は麺によって変わるって書いとこ。
よしっ! これであとはソースだけど、何パスタがいいだろ? これで出来上がるのって、少し太めのもちもち生パスタだよな。それなら塩味とかよりも、トマトとかの方が合いそうかな。あとはクリームとか。
うーん、トマトにしよ! 俺の完全な好みだ。それに今の時期ならトマトはあるだろう。
トマトソースの作り方も一応書いた方がいいかな? でもピザがあるんだし、トマトソースはあるよな?
それなら、トマトソースにベーコンや鶏肉を入れたものを、ソースにして欲しいって書いておくか。そしてそのソースをパスタにあえて完成っと。
できた! なんか曖昧な部分ばかりだけど、プロの料理人なら作ってくれるはず。
「マルティーヌ、書けたよ」
「レオンありがとう! 次はこの料理の試食会兼お茶会ね! 楽しみだわ」
「俺も楽しみだよ」
マルティーヌがあまりにも嬉しそうなので、俺は苦笑いしてそう言った。
「では、今日はそろそろお開きにしましょうか」
「そうだね、また次の授業で」
「ええ、次の授業の時にお茶会の日程を伝えますわね」
そうしてその日のお茶会は終わった。
それから二週間近く経った今日。二度目の二人きりのお茶会が開催されている。
俺は今、前回と同じ東屋の席に着いたところだ。目の前には既に料理が並んでいる。まだ出来立てなのか少し湯気が上っていて、とても美味しそうだ。
「マルティーヌ様、とても美味しそうですね」
「レオン、今は二人きりなのだから敬語はなしよ!」
そうだった……あれから二人きりになることなんてなかったから、すっかり忘れてたよ。
「ごめん……忘れてたよ」
「もう! 忘れるなんて酷いですわ!」
マルティーヌが少し拗ねた様子で頬を膨らませて、プイッと横を向いている。怒ってるんだけど可愛い。
「本当にごめん、それよりもとても美味しそうにできてるね」
「そうでしょう!?」
俺が食事に意識を持っていくと、さっきの怒りは無くなったようだ。よかった。
「料理長が新しいレシピにとても張り切っていましたの。満足できる仕上がりになったそうですわ。私も今日初めて食べますの!」
「マルティーヌも初めてなの?」
「ええ、このお茶会まで食事には出さないように言っておいたのです。折角ですから、レオンと驚きを分かち合いたかったのです……」
マルティーヌはそう言いながら少し恥ずかしくなったのか、顔が赤くなり声が小さくなっている。
可愛い……! もう語彙力が無くなってるけど、とにかく可愛いんだ! それしか言えない。
俺は内心悶えながらも何とかそれを表に出さないようにし、にこやかな笑顔を浮かべてマルティーヌに言った。
「それは、嬉しいよ。ありがとう」
「いっ、いいんですっ! 別にレオンのためとかじゃなくて…………自分のためですからね!」
マルティーヌは精一杯誤魔化してるが、バレバレだ。でもわざわざ指摘はしない。俺は大人だからな。
「そうだね。それより冷めちゃうから早く食べよう」
「ええ! さっきからとてもいい匂いでお腹が空いてましたの」
「じゃあ、いただきます」
「いただきます」
俺はまず、トマトパスタから口に入れた。う〜ん! 美味しい!
日本のパスタとはちょっと違うけど、これでも充分美味しいな。料理長凄い。幸せ…………
マルティーヌをチラッて見てみると、とても驚いた顔をしたあと、顔が緩んでいるから美味しいのだろう。気に入ってもらえたようでよかった。
「レオン、これはとても美味しいですわ!」
「良かった。料理人さんたちも腕が良いんだね。俺の記憶の味と似ているよ」
「本当ですの? では、私は今レオンの前の世界の料理を食べているのですね。何だか嬉しいですわ!」
マルティーヌ、本当にいい子だよなぁ。どうしたらこんな子に育つのだろうか? 王族の教育が凄いのかな……
まあ、今は食事だな。
よし、シチューも食べてみよう。俺はスプーンでシチューを一口分掬い、口に入れた。
おおっ! シチューの味だ。なんだか安心する味だな。俺は添えてあったパンを千切って、シチューにつけて食べる。
う〜ん、幸せ!
俺がシチューを堪能していると、マルティーヌもシチューを食べ始めたようだ。
「これは……ドロドロとしていて本当に美味しいのかと思いましたけど、予想以上に美味しいですわね。パンによく合いますわ!」
気に入ってもらえたようでよかった。
それからしばらくは、少し会話をしながらも夢中になって食事をした。そして、俺とマルティーヌはとても満足のいく食事を終えた。
「レオン、あなたのレシピは素晴らしいわね! 他にもあるの?」
「うーん、他にもたくさんあるけど、この世界でもすぐに作れそうなもので、俺がレシピを覚えてるものってなると、あんまりないかも」
「そうなのですか? レオン、レシピを思い出すのですわ!」
そんな無茶な。醤油と味噌、麺つゆとか調味料がないから難しいんだよなぁ。
あれ? でも貴族の方々に、醤油とか味噌があるかを聞いたことはないよな。もしかして、高いけどあるっていう奇跡起きる!?
俺は少し興奮気味にマルティーヌに尋ねた。
「マルティーヌ、醤油とか味噌ってこの世界にある? 調味料なんだけど!」
「す、すごい勢いですわね……でも聞いたことありませんね。一応、料理人やお父様にも確認しておきますわ。みそとしょーゆですか?」
マルティーヌが「発音しにくいです」と言いながらそう言っている。
「うん、たしか大豆っていう豆から作られてるんだ」
「聞いておきますわ」
「ありがとう!」
マルティーヌが俺の勢いに、ちょっと引いていたことにも気づかないくらい、俺は興奮していた。醤油と味噌があったら食べたいものがたくさんある!!
「では、結果は次の授業の時にでもお教えします」
「うん! よろしくね」
この日のお茶会はそう言って終わった。
俺はウキウキと次の授業の日を待ち、やっと訪れた王宮で聞かされた。「誰も醤油や味噌という調味料は知らないそうですわ」という言葉を。
かなり落ち込んだ。少しあるかもって期待したから、なおさらに落ち込んだ。
醤油や味噌の作り方なんてわからないよ!! どうすればいいんだ!!
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます