第44話 新しい従業員

 月日が流れ、季節は秋の終わり頃になった。俺は夏から秋にかけては、家の手伝い、マルティーヌへの授業や、偶にお茶会などをして過ごした。

 そしてタウンゼント公爵家から、三日後に公爵領へと出発するので、二日後には公爵家へと来てほしいと連絡が来た。


「母さん、父さん、俺二日後からしばらくの間、公爵家の皆さんと公爵領に行くから、家を空けるね」

「公爵領!? 王都から出るってことなの?」

「そうだけど……言ってなかったっけ?」


 あれ? 色々あって忘れてたかも……


「聞いてないわよ! そういうことは早く言いなさい!」

「それで、公爵家の方々と行くのかい?」

「うん。まだ誰が行くのかは知らないけど、公爵家の皆さんと行くよ」

「それなら心配はいらないだろうけど……これからそういうことは早く言うのよ」

「ごめんね、ついうっかりしてて……」


 俺は、ははっと苦笑いしながら、何とか母さんの追及を躱した。


「でも、ちょうどタイミングが良かったかもしれないわね」

「そうなの? 何かあるの?」

「うちで働いてくれる人が見つかったんだよ。ちょうど明日から来てくれることになってる」

「そうなの!? それは良かった!」


 俺がいないとマリーが大変だから、そこだけが心配だったんだ。


「どんな人なの?」

「ちょうど今年成人した、十五歳の男の子よ。料理に興味があって、仕事の合間に教えて欲しいって頼み込んできたのよ」

「やる気はありそうで、優しそうないい子だったよ」


 それは良かった…………うん? ちょっと待って。

 男なのか? それに料理人になりたい……

 ということは、うちの店を継ぎたいってことか? もしかしてマリーが危ないんじゃないか!?


「ねぇ、本当にその子を採用しちゃったの?」

「そうよ? 何でそんなこと聞くのよ。一度会ったけど、いい子だったわよ」

「でも、男の子だとマリーが危ないんじゃない? 同性で仲良くなれる、女の子の方がいいんじゃないの?」


 俺は必死にそう母さんに言ったが、全く受け入れてもらえない。


「危険なんてないから大丈夫よ。それに、確かにマリーの婿に来てもらうのもいいかもしれないわね」


 何でそんな話になるんだよ! 俺は今真逆の話をしてたはずなんだけど!!


「ロアナ、流石にそれは気が早いよ」


 おお! 父さん頑張れ!!


「でも確かに、二人の相性が良ければいずれはありかもしれないね。この食堂も継いでもらえたら嬉しいし」


 父さーーん!! 味方じゃなかったの!?

 まあ確かに俺が継がないとなると、この食堂はマリーが継ぐことになるわけで、そうすると婿に来てもらわないとダメなんだよな…………


 しょうがない! 俺がその男を見極めてやる!! マリーに釣り合わないところを見つけたら、絶対に反対してやるんだからな!!



 俺はそう決意して、次の日を迎えた。今日はその男が初めて出勤してくるのだ。

 俺が厳しい顔でドアを睨んで立っていると、マリーに邪魔だと言われた。


「お兄ちゃんそんなところに立ってると邪魔! 早く準備手伝って!」

「マリーごめんな。でも新しい従業員には最初が肝心なんだ! 最初に舐められたらダメなんだ!」

「もう、何を言ってるの!? 早く準備して! それに、お兄ちゃん以外はもう会ったことあるからね」

「え!? マリーももう会ったのか?」


 俺が慌ててそう聞くと、マリーは少し不機嫌そうに答えた。


「うちに一度来たんだから当たり前でしょ。お兄ちゃんは出かけていなかったんだよ」

「その時、何もされなかったか? 嫌なこととかなかったか?」


 俺が慌ててそう聞くと、マリーは俺がうざくなったのか、少し怒ったような顔になった。


「凄くいい人だったよ。その日仕事を手伝ってくれて手際も良かったし、お兄ちゃんより頼りになるかも」


 マリーはそう、低く静かな声で言った。

 ガーン……マリーにそんなこと言われるなんて……

 最近出掛けてばかりであまり構ってやらなかったのがいけないのか? マリーも反抗期なのか? 

 俺がそんなことを考えながら呆然と突っ立っていると、食堂のドアが開いて茶髪に茶色い瞳の、優しそうな青年が入ってきた。


「こんにちは」

「あ! イアンさん!」


 マリーがその青年の元に駆けていく。もしかして、そいつが新しい従業員?


「今日はお兄ちゃんがいるから紹介するね! これがお兄ちゃん」

「初めまして、イアンです」

「初めまして、マリーの兄!! でレオンです」


 俺が「兄」をことさら強調して挨拶をすると、マリーが俺を睨んできた。何でだマリー。お兄ちゃんのことは嫌いになったのか? 

 俺は泣きそうになりながら、このイアンとか言う青年の粗を探してやろうと躍起になった。


「ロアナさん、ジャンさん、今日から頑張ります!」

「ああ、イアン、よろしく頼むよ」

「イアンよろしくね。とりあえずマリーと一緒に、食堂の仕事を覚えてくれる?」

「はい! マリーちゃん教えてくれる?」

「うん! まずは机をこの布で拭くの…………」


 マリーがイアンに付きっきりで仕事を教え始めた。イアンは時折相槌を打ちながら真剣に聞いている。

 真面目じゃないか……


 とりあえず仕事を始めるようだ。手際良く掃除をしていく。かなり丁寧にやってるし、実際綺麗になっている。

 仕事もできるじゃないか……


 母さんと父さんに呼ばれて、今日の昼メニューの味見をするそうだ。食べると、とても美味しいと満面の笑みだ。

 いい奴じゃないか……


 ……悪いとこがないじゃないか! 


 いや、いいことなんだけど、いいことなんだ。うちで働く従業員がいい奴なのは喜ばしいことだ。

 でも、何だかマリーが取られたみたいで寂しいじゃないか。


 俺は少しシュンと落ち込んで、とぼとぼと動き出して手伝いを再開した。

 すると、イアンが俺の方に寄ってきた。なんだ? 何か俺に文句があるとか? マリーは俺のものだとか言われるのか? 俺が頭の中で、そんな被害妄想を繰り広げていると、イアンが話しかけて来た。


「レオン君、君は凄く優秀で王立学校に行くんだろう? 凄いよ、尊敬するよ! 俺がこの食堂を守るために頑張るから、レオン君は食堂のことは気にせずに学校で頑張ってね」


 うぅ…………なんていい奴なんだ!!

 俺はこんなにいい奴に剣呑な視線を向けていたなんて……! イアン君ごめん! 俺の負けだ。君のことはしょうがないから認めることにするよ。


「イアン君、ありがとう。食堂とマリーを頼むよ」

「ああ、任せておいてくれ」


 イアンはそう言ってにっこりと笑った。うぅ……いい奴すぎて俺がダメなやつに思えてくる……

 俺も仕事頑張らなきゃ!


 そこからは、俺もしっかりと食堂の手伝いを頑張った。イアン君にも仕事を教えて、仲良くなれた気がする。

 でも、マリーがお兄ちゃん離れをしちゃったみたいで悲しいけどな。さっきから俺よりイアンに話しかけてるし。

 悲しいけどしょうがないよな。うん……


 俺はそんな複雑な感情を抱えつつ、何とか仕事を終えた。これからはイアンも一緒にお昼を食べるようで、お昼の後は料理を教わるらしい。

 俺は何となく、今日だけは一緒にお昼を食べたくなくて、用事があるから出かけると言って家を出た。



 家を出て何となく広場の方にとぼとぼと歩き始めると、後ろからマリーに呼び止められた。


「お兄ちゃん!」

「え? マリーどうしたの?」


 俺は困惑してそう聞くと、マリーは少し心配そうな顔で言った。


「なんか、今日のお兄ちゃん途中から元気がなかったから、体調悪いのかなって思ったの。大丈夫?」


 マリーは本当に心配してくれているようで、少し首を傾げて見上げてくる。

 うぅ…………マリー!! 俺の異変に気づくくらい、気にしてくれてたなんて……! 

 俺は嬉しすぎて、さっきまでの複雑な気持ちなんて吹き飛んだ。とにかく嬉しい!

 俺はマリーをぎゅっと抱きしめて言った。


「マリー、お前は本当にいい子だな。自慢の妹だ。お兄ちゃんは、マリーのお兄ちゃんで良かったよ」

「急に何言ってるの?」

「ううん、お兄ちゃんはマリーが大好きだよってこと」

「マリーもお兄ちゃんのこと大好きだよ!」


 マリーがそう言ってにっこりと笑った。

 イアンがいい奴で、マリーのこの笑顔を守ってくれるならマリーをあげてもいいだろう。俺はそう思った。

 俺がずっと守ってあげられるわけでもないからな。まあ、出来る限り守り続けるけど!!


「お兄ちゃんまたお出かけしちゃうの?」

「うーーん、やっぱり後で行くことにする。うちで一緒にお昼食べようか」

「うん!!」


 俺はマリーと仲良く家に戻った。

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