第42話 王女様とお茶会

 マルティーヌ様に何度か魔法を教えに行って、しばらく経った頃、お茶会に誘われた。

 カトリーヌ様はエリザベート様とお茶会をするので、俺とマルティーヌ様の二人でのお茶会らしい。完全に人払いをされて行われるそうだ。


 なんで二人でなんだ……? 俺は疑問に思いながら王宮に向かった。すると、北宮殿の庭にある東屋に案内される。

 カトリーヌ様に教えてもらったが、この宮殿は四つに分かれていて、中央宮殿は王の執務室や謁見の間などがあるところ、東宮殿は役人の主な仕事場、西宮殿は騎士たちの主な仕事場、そして北宮殿が王族の住居になっているらしい。


 東屋には既にお茶やお菓子が準備されていた。俺は椅子に座ってマルティーヌ様を待つ。

 しばらく待つとマルティーヌ様が一人の護衛と共にやって来た。そしてマルティーヌ様が席に着くと、その護衛は声が聞こえない程度の所に下がった。


「レオン、こんにちは。本日は来てくださってありがとう」

「マルティーヌ様、お招きくださり光栄です」


 今日のマルティーヌ様は、お茶会仕様なのかいつもより豪華なドレスを着ていて、装飾品もたくさん身につけている。なんか、顔が整いすぎてて、服装と相まって現実じゃないみたいだ……

 俺は思わず、じっーとマルティーヌ様を見つめてしまった。本当にこんなに可愛い人って実在するんだなぁ。

 そして、それから少し経って気づいた。


 …………ヤバいっ! 見過ぎてたかも!


 俺は、慌てて目を逸らす。マルティーヌ様を見つめ過ぎないようにと、いつも気をつけてたのに。

 だって、気をつけなかったらずっと見ちゃうだろ?

 神様が相当頑張ったんだろうという完璧な容姿に、可愛らしい自然な笑顔だぞ! 何回見ても見惚れるんだよ! 


「レオン、もっと態度を崩していいと、いつも言っているのに」

「ですが……マルティーヌ様は王女様ですから」

「私がいいと言っているのだから、そんなのは関係ないわ。私はあなたともっと仲良くなりたいの」


 マルティーヌ様はそう言って、少し頬を膨らませて怒っている。

 最近はいつもマルティーヌ様に、態度を崩せと言われているのだ。何故だか俺は気に入ってもらえたらしい。

 それはすごく嬉しいんだが、流石に平民が王女様を呼び捨てで呼ぶとかおかしいだろ。

 でも、だんだん断りきれなくなって来てるんだよなぁ。


「ですが、周りの方の目もありますし……」

「それはそうですけど……でも、今日は私たち二人だけよ。二人きりの時はもっと態度を崩すっていうのはどう?」


 マルティーヌ様がいいことを思いついたと言わんばかりに、パァッと顔を輝かせてそう提案して来た。

 うっ……もう断る口実がない…………

 まあ、二人だけの時なら、周りの人に不敬だと言われることもないだろうからいいか。二人だけの時なんてほとんどないだろうし。


「わかりました。では二人きりの時だけですよ」

「ええ、それでいいわ! では私のことはマルティーヌと呼んでね。敬語もなしよ!」


 マルティーヌ様が、とても嬉しそうにそう言った。この笑顔には逆らえない!! 俺は苦笑しながら頷いた。


「はい」

「レオンと仲良くなれた気がして嬉しいわ! レオンとは王立学校でも同級生ですもの。私、王立学校をとても楽しみにしているの」


 そうか……王立学校でも同級生なのか。俺は知らないふりをしてひっそりと過ごしたい。

 でも公爵家から通うんだし、絶対目立つんだろうな。公爵家の勢力向上の手助けをするって言っちゃったから、もうしょうがないことだけど。

 でも、全属性のことや魔法のイメージのことはまだ隠しとくんだから、そこまで目立たずにいけるかな? いや、それは無理だろうな……


 俺が目立たずに隠れていられるのは、王立学校入学までだろう。そのあと学校では、公爵家の後ろ盾のある平民として頑張って、卒業したら全属性とかも公表するのかな? それで貴族位を貰うとか、とにかくずっと目立ちそうだ……

 今は庶民を謳歌しておこう。今しか謳歌できないだろうから。


「王立学校では、よ、よろしくね。マルティーヌ、と、同級生で、良かったよ」


 おぉぉぉ! なんかすごく話しづらい! 敬語の方が全然話しやすい。王女様に敬語を使ってないっていうのが落ち着かなすぎる。


「なんだかとても不自然よ? もっと気軽に話して欲しいわ。私とレオンは対等な関係だと思ってくれて構わないから」


 そんなふうに思えないから! 全然対等じゃないし!

 でも、もう普通に話そう。頑張れ俺。クラスの女子と話した時のことを思い出すんだ!


「わかったよ」


 今の自然に言えたんじゃないか!? 一言だけだけどな……でもいける気がする。慣れてきたぞ、さすが俺!


「じゃあ、これからは楽しくお話ししましょう! 私、レオンに聞きたいことがたくさんあったのよ」

「うん。聞きたいことって何?」

「レオンの好きな食べ物はなんですの?」

「好きな食べ物?」

「そうですわ! レオンのこと何も知らないのですもの。基本的なところから聞かなくては」


 確かに、俺たちって魔法の練習ではよく会ってるけど、基本的に魔法の話しかしないからな。

 俺の好きな食べ物ってなんだろ? 日本にいた時だったら、お寿司だったんだけどな……あとピザとか。

 この世界ってピザあるのかな? あるかもしれないけど見たことないから、答えるのは危ないか。

 うーん、この世界にあるものだったら……フレンチトーストかな。久しぶりに食べた甘い食べ物が、かなり強く記憶に残ってて、フレンチトーストが大好きになったのだ。


「フレンチトーストかな。マルティーヌは?」

「あら、レオンは甘いものがお好きなのですね! 私も好きですわ。ただ私の一番好きな食べ物は、やはりピザですわね」

「ピザ!? ピザってあるの!?」


 俺は思わず勢いよくそう聞いてしまった。


「ありますけど、なんでレオンが知っているのですか? 最近王宮の料理人が開発したものですのよ」


 やっばい…………久しぶりにやっちゃったよ。つい興奮して……


「え、えっと、そう、タウンゼント公爵家でたまたま聞いたんだ。ははっ……」


 俺はそう誤魔化そうとしたが、マルティーヌの疑いの視線は緩まなかった。むしろもっと強くなっている。


「ピザは、まだ北宮殿でしか作られていないはずです。リシャール様もカトリーヌ様も、北宮殿でご飯を食べられることはありませんから、知らないはずですわ」


 うっ…………どうしよう。どうすれば誤魔化せる?

 俺が、背中に冷や汗をダラダラとかきながら、内心でめちゃくちゃ動揺していると、マルティーヌ様は少し難しい顔をした。


「私、ずっと聞きたいことがあったのです。お父様には、絶対にレオンに聞いてはならないと言われているのですが、気になって仕方がないのです。それに、レオンは何を聞かれたからといって、怒ったりするような人には、私には思えません」

「聞きたいこと……?」


 アレクシス様が、俺に聞くのを止めていることがあるってことか? なんだ? 別に何を聞かれても怒ったりしないけど……


「何を聞かれても怒るようなことはないよ?」

「そうですか…………私はその言葉を信じます。では、質問をしても良いですか? これを私が聞いたことは、秘密にしてもらえますか?」


 そんなにやばいこと聞かれるの……?

 なんか緊張してきた…………俺は少しドキドキしながら、一度ごくっと唾を飲み込んで答えた。


「今から話すことは、他の人には言わないことにする」


 俺がそういうと、マルティーヌ様は俺を真剣な表情で見つめた後、少し息を吐いて覚悟を決めたようだった。


「ありがとうございます。……では、レオンは全属性の魔法を使えますよね?」

「うん」


 それはみんな知ってるんじゃないのか?


「そしてたくさんの知識を持っている。それも私たち王族が知らないようなことも」

「う、うん……」

「私たちはそんな存在を一人知っています。使徒様ですわ」

「使徒様の話は、俺もリシャール様から聞いたことがあるよ。でも俺は使徒様じゃないよ?」


 これも既に伝えてあるよな?


「それは本当ですの? 何か理由があって隠しているとかではないのですか? 多分他の方々は、レオンのことを使徒様だと思っています。ただ、何か理由があって身分を明かせないのだろうと。なのでレオンに使徒様のことを問うのは、禁忌のように扱われています」


 そんなことになってたのか!? まあ、確かに全属性で様々な知識を持っている子がいたら、そう思うのも当たり前か……


「俺は本当に使徒様じゃないよ。使徒様なんて存在、聞くまで知らなかったんだから」

「では、全属性魔法が使えるのは置いておくとしても、どこで知識を得たのですか?」


 どうしよう……本当のことを言ってもいいのだろうか? 使徒様ってことにした方が楽なんだろうけど、嘘をつくのも嫌なんだよな……

 マルティーヌ様は本当のことを知っても俺を嫌ったりしないかな? 既にアレクシス様やリシャール様の庇護を受けているような状態だから、マルティーヌ様に嫌われたとしても大きな影響はないと思う。


 …………でも嫌われたくないな。せっかく仲良くなれてるのに。


 でも嫌われたくないからと言って、嘘をつくのは違うよな。こうやって真正面から聞いてきてくれたんだから、俺もそれに応えたい。何となくはぐらかすのは嫌だ。


 信じてもらえるかわからないけど、本当のことを話してみよう。

 よしっ! 俺は気合を入れてマルティーヌ様の目をしっかりと見て、話し始めた。なんとなく緊張から敬語に戻ってしまう。


「これから話すことは誰にも話したことはありませんし、できれば他言無用でお願いしてもいいですか? あまり、たくさんの人に知られたいことではないのです」

「わかったわ。ここだけの話として、誰にも言わないことにします」

「ありがとうございます。私は…………別の世界で生きた記憶があるんです。こことは全く違う世界で成人過ぎまで生きて、多分爆発か何かに巻き込まれて、気づいたらこの世界で八歳のレオンになっていました。私の知識の元は、全て前の世界で得た知識です」


 俺がそういうと、マルティーヌ様は理解できないような顔をしたあと、難しい顔をして考え込んだ。


「レオンは、別の人として生きた記憶があるということよね?」

「はい」

「そしてそれは、この国やこの世界の他の国ではなく、別の世界の国ということかしら?」

「その通りです」

「そんなことがあり得るの…………?」

「私も他の人からこんな話を聞いたら、信じられないと思います。でも事実なんです」


 マルティーヌ様は、それからしばらく考え込んでいる。こんな話をしたら気味悪がられるだろうか。それともあり得ないと笑われるだろうか。


 しばらく居心地の悪い時間が続いた。俺は緊張で冷や汗をかきながらもじっと座って待っている。

 それから結構な時間が経ち、やっとマルティーヌ様は顔を上げた。考えはまとまったようだ。


 俺の目をまっすぐに見て、何かを決意したような凛とした顔で告げる。


「私はあなたの言葉を信じることにするわ。そして、誰にも言わないことにする」


 そこまで言うと、マルティーヌ様は少し恥ずかしそうなツンとした顔になり、言葉を続けた。


「誰にも言えない秘密を持って生きるのは、大変だと思うわ。私には何でも話してくれていいわよ。まずは……レオンの前の世界での生活について、聞かせて欲しいわ」

「マルティーヌ様…………」


 俺は九歳の女の子のその言葉に、思わず泣きそうになった。自分で思っていたより、この世界で気を張っていたのかな。やっぱり、母さんにも父さんにも言えないっていうのが、結構堪えてたんだよな。

 俺は何となくホッとしたような、本当の自分を曝け出してもいい場所を見つけたような気がして、体の力が抜けた。


 優しいようなちょっと誇らしいような顔で、可愛く笑っているマルティーヌ様を見て、俺も笑顔を浮かべた。


「マルティーヌ、俺の昔の話を聞いてくれる?」

「ええ、当然ですわ。私達は友達ですもの!」


 マルティーヌはとても綺麗な、満開の笑顔でそう答えた。

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