第40話 魔法の授業
俺は今、カトリーヌ様と公爵家の馬車で王宮に向かっている。
マルティーヌ様の病気を治してから数週間ほど経った。マルティーヌ様は順調に回復され、魔法の授業をしても差し支えないほどになったので、俺が呼ばれたのだ。
「私も一緒に行けるなんて本当に光栄だわ。私にも回復魔法の指導をしてくれるのでしょう?」
「カトリーヌ様の為になるかわかりませんが、指導させていただきます」
「謙遜することないわよ、マルティーヌ様のご病気もアルバンの病気も治してしまったんですもの。私なんかよりよほど凄い使い手よ。私、今日をとても楽しみにしていたのですわ」
「そう言っていただけて嬉しいです。ありがとうございます……」
マルティーヌ様を治したあの日、リシャール様と公爵家に帰り、カトリーヌ様に今までの流れを説明した。
そうするとカトリーヌ様は、病気が治ったことにとても喜ばれて、また、自分も一緒に回復魔法を学べることを殊の外喜んでおられるのだ。
リシャール様が言うには、新しいことが大好きな好奇心旺盛な性格らしい。
確かにカトリーヌ様の視線が、たまに獲物を狙うような目になっていることがあるんだよな。できれば距離を取りたくなる……まあ、悪い人ではないんだけど……
そんな少し気まずい時間を耐えていると、王宮にたどり着いた。どこで授業を行うのだろうか?
カトリーヌ様とともに案内されて進んでいくと、一つの応接室に着いた。中にはアレクシス様とマルティーヌ様がいる。
「陛下、王女殿下、お久しぶりでございます」
「ああ、そこまで改まらなくとも良い。久しぶりだな、カトリーヌ」
「カトリーヌ様、お久しぶりです」
カトリーヌ様が挨拶をしているが、俺は従者ってことになってるから喋っちゃダメだ。カトリーヌ様の後ろに立って静かに待つ。
しばらく挨拶と他愛もない話をして、一度話が途切れた。そこで陛下が人払いをする。
「では皆下がってくれ。カトリーヌの教える技術は門外不出なのだ。皆に聞かれないようにとのことだ」
「その通りですわ陛下。ですが、私の従者は魔法を教えるのに必要ですから、残してくださると助かります」
「そうか、ではカトリーヌの従者以外は下がるんだ」
そう言うと皆納得したのか下がっていく。そうしてドアが閉められて部屋には四人だけになった。
「レオン、ソファーに座っていい」
「ありがとうございます。失礼いたします」
俺は少し緊張して、ソファーに座った。
「最初だから私もここへ来たが、次からはマルティーヌだけだからな。マルティーヌが人払いをするんだ。今回理由を説明したから、次からはスムーズに人払いできるだろう」
「はい。ありがとうございます、お父様」
マルティーヌ様は体調が完全によくなられたようで、少しふっくらされてとても可愛らしくなっている。
豪奢なふわふわとした金髪に、キラキラとした薄いピンクの瞳。お人形のような可愛さだ。いや、人間らしさが加わってお人形より可愛いかもしれない。
笑顔になると破壊力が十倍だ……
そんな馬鹿なことを考えていると、アレクシス様に呼びかけられた。俺は少しビクッとしながらも、考えていたことを悟られないように、平然とアレクシス様の方を向いた。
二人がけのソファーに向かい合って座っていて、俺の前にマルティーヌ様、カトリーヌ様の前にアレクシス様が座っている。
「レオン、来てくれてありがとう。これからは一週間に一度ほどお願いしたいが大丈夫か? カトリーヌも大丈夫だろうか?」
「ええ、私はいつでも来られますわ」
「はい、私もいつでも大丈夫です」
「ではこれからは週に一度、回復の日に来てもらうので良いか?」
「かしこまりました」
えーっと確かこの国は一週間が五日で、火の日、水の日、風の日、土の日、回復の日を繰り返してるんだったよね。
そういえば、まだ一年が何日か何ヶ月かって知らないな。話に出て来たこともない。レオンの記憶や年齢があることから一年という区切りがあるのはわかるけど、それ以上細かいことはわからない。
ずっと何週間や何日で話してだんだよな。まあ、そのうち知る機会もあるだろう。
とりあえずは、一週間をしっかりと覚えておこう。
「それでは早速今日の授業を始めてもらおう。今日は私も聞かせてもらう」
「はい、では授業を始めさせていただきます。まず皆さんは、イメージで魔力の消費量が抑えられることをご存知でしょうか?」
「イメージで、ですか? 確かにイメージをしっかりしないと魔法が発動しないと教えられますが、イメージで消費魔力量が減るのは聞いたことがありませんわ」
マルティーヌ様が不思議そうに首を傾げている。
「私もそんな話は聞いたことがないな」
国王であるアレクシス様が知らないとなると、知られていないってことだな。
この世界では、発現する現象をイメージして魔法を使うことはあっても、なぜその現象が発現するのかについてはイメージしない。後者をイメージすると消費魔力量が減るのだ。
まずはそこからだな。
「マルティーヌ様は、回復属性の魔法を使って傷を治されますよね? ではなぜ傷が治るのかご存知ですか?」
「何故ですか? それは魔法を使ったからです」
マルティーヌ様が当然のことのように言っている。
この世界は魔法が存在してそれがすごく便利なものだから、なぜその現象が起こるかの理由を深く考えた人がいないのだろう。理由は魔法だからで全て完結してしまうのだ。
「ですが回復魔法を使わなくても、いずれ傷は治ります。それは何故だか考えたことはありますか?」
「回復魔法を使わなくても傷が治るのですか!?」
え!? そこから!?
確かに貴族だと、傷ができてもすぐにお抱えの魔法使いが治してしまうので、自然治癒を見たことがない可能性もある……
貴族の使用人も見苦しくないように、見えるところの傷はすぐに治してしまいそうだ。
平民は軽い怪我くらいでは治癒院に行かないから、自然治癒も普通なんだけど……
でも平民はそれを知っていても、研究するような余裕がないし、その原因を突き止めようなどと考える人もいないのだろうな。そもそも教育をほぼ受けていないから。
「回復魔法を使わなくても傷は治ります。回復魔法はその手助けをしているようなものなのです」
「そうなのですね……」
「はい。そして、自然治癒する仕組みを理解し、回復魔法を使う時にそれをイメージすることで、消費魔力量が抑えられます」
そこからは俺が知ってる限りの自然治癒の仕組みを説明した。人体の仕組みもほぼ分かってなかったので、説明するのはとても大変だったが、なんとか理解してもらえたと思う。俺の拙い知識だが、何も知らない状態だった今までに比べたら、遥かにマシになっただろう。
「なんとなくわかりましたわ!」
「私も理解できました。実際にやってみたいわ」
ふぅ〜。やっと理解してもらえた…………一時間以上かかったよ。
今度は実践だけど、貴族や王族の皆さんに傷をつけるわけにはいかないし、自分の指でも切るしかないか……
「何か刃物があれば、指を少し切って試してみるのがいいと思うのですが、持っている方はいますか?」
「ああ、私が持っている」
そう言ってアレクシス様は、上着の裏から小さめのナイフを出して貸してくれた。
これってもしもの時のための暗器っていうやつ?
怖っ……気にしないのが一番だな……
俺は少し恐々とそのナイフを受け取り、自分の指を切った。
「ではマルティーヌ様からやってみてください。イメージをしっかりと固めてくださいね」
「はい!」
マルティーヌ様が魔法を使うと、俺の指先は少しだけ光り、光が消えた時には傷は綺麗さっぱりなくなっていた。
「魔力の消費量はどうでしたか?」
「凄いですわ! いつもよりかなり少ない魔力しか使っていません。いつもなら一回しか魔法を使えないとしたら、後四回は使えそうですわ!」
ということは、五分の一ほどの魔力しか消費してないってことか。よかった〜。成功だ!
そのあとカトリーヌ様もやってみたが、同じように消費魔力量を抑えることができたようだ。
なんかすごく疲れた…………何も知らない人に一から教えるのってこんなに大変なんだな。日本の義務教育すごいよ。
今日はもう終わりにしよう。一度にたくさんのことをやりすぎても、訳がわからなくなるだろう。
病気を治す練習は次回からだな。といっても、教えたからといってできるとは限らないんだけど……一番の問題は魔力量なんだよな。
風邪とかなら、何回かに分けて少しずつ治癒すれば、治せるようになるかな? まあ、それも次回やってみてからだ。
今日はこれでやっと終わりだ。疲れた……
「それでは今日はここまでにしましょう。次回までに練習しておいてください」
「はい! レオン、本当にありがとう! あなたの魔法はすごいわね。教えてもらえて嬉しいわ」
「マルティーヌ様にそう言っていただけると嬉しいです」
「そんなに他人行儀じゃなくてもよろしいのに……マルティーヌと呼んで、敬語もなしでいいのよ? レオンは私の先生なのだから。私はレオン先生と呼んだほうがいいかしら?」
いやいや、王女様に向かってそれは無理だろ! それに先生なんて呼ばれるほどのことはできないし。
「マルティーヌ様を呼び捨てなどできません。今まで通りでお願いします」
「そうなの……? まあ、今はまだしょうがないかしら。これからよね」
マルティーヌ様が少し不満げな顔をした後、なんだか不穏なことを言った。これからも、マルティーヌ様を呼び捨てで呼ぶようなことにはならないと思います!
マルティーヌ様が少し不満げだがなんとか納得してくれたところで、やっと終わりの雰囲気が漂って来た。帰ったら休もう、そう安堵していたら、その雰囲気をぶち壊した人がいた。
「レオン、君のイメージは回復魔法以外もあるんだよな? 火魔法のイメージも教えてくれないだろうか?」
アレクシス様がにこにこと有無を言わさない笑顔で見つめてくる。え? 今からですか? もう疲れたので帰りたいんですけど……
うぅ…………流石に断れない。
俺は泣きそうになりながら了承した。
「かしこまりました」
そこからは空気の概念と酸素についての説明をした。
……また一時間くらいかかったよ。
けどその甲斐あって、やっと理解してもらえたようだ。この世界になかった概念を説明するのって本当に難しい。
「では小さなファイヤーボールを作ってみてください」
「ああ、おおっ! これは凄い。十分の一ほどまで魔力の消費量が抑えられているな」
アレクシス様はそう感心したあと、少し難しい顔をして黙り込んでしまった。
この方法をどこまで知らせるかで悩んでいるのだろう。安易に広めては、敵を強くする可能性があって危険だからな。
「レオン、君はこの方法を広めることについてどう思う?」
「はい。広く大勢の方に広めようとは思っていません。敵も強くなりますし、危険だと思います。ただ今日のように、信頼できる人には教えてもいいと思っています」
俺が決意を込めた目でそういうと、アレクシス様は納得したようで少し表情を緩めた。
「そうだな、私もそれがいいと考えていた。君が王立学校を卒業したら、魔法の使い方を教える教師をやって欲しいと思う。もちろん私の信頼できる人にだけだ」
王立学校を卒業したらって、まだ入学もしてないのに進路決定ですか!?
そんな先のことはよくわからないけど、でもアレクシス様は信頼できると思う。悪い話じゃないよな……
「先のこと過ぎて今はまだ確実なことは言えませんが、お引き受けしてもいいと思っています」
「本当か!? ありがとう。では、それまではあまり知られないように気をつけてくれ」
「かしこまりました」
「それから先のことというが、そんなに先ではない」
なんでだ……? 王立学校は五年間あるんだよな?
「まだ五年以上先ではないのですか?」
「違う。王立学校は毎年冬の終わりに卒業試験をするが、全学年の生徒が受ける。それで受かったものは卒業となるから、一年生でも卒業試験に受かれば一年で卒業だ。大体は皆、三年や四年くらいまで受からないが、一年で卒業する者もいる。私はレオンは一年で卒業するんじゃないかと思ってる」
そんな仕組みなのか……面白いな。
というか、なんか期待の目で見られてる。俺ってそんなに頭がいいわけじゃないんだよ。
ただ日本で勉強してきた記憶と、成人した思考力があるだけなのに。卒業試験、必死で頑張らなきゃかも……
「そうなのですね、頑張ります」
「ああ、就職先はいくらでも用意できるから頑張ってくれ。私の側近にしてもいいな……だがすぐには流石に無理だから、宰相の補佐につけるのもありか……」
なんだか俺の関知しないところで就職先が決まりそうだ。ありがたいけど、すごくありがたいんだけど、急すぎるし早すぎるよ!
「まあ、まだ一年以上あるから考えておく。それで今日これからなんだが、私の妻とマルティーヌの双子の兄が、君にお礼を言いたいそうなんだ。それからお礼の品も贈りたいらしい。この後会ってもらえるか? 二人は君の能力のことは全て知ってるから、心配はいらない」
その二人ってことは……王妃様と王子様!?
また凄い人たちだ……もう開き直ってくる。いちいち緊張とかしてたら身がもたない。
「はい。しかし、お礼はアレクシス様から貰ったので十分なのですが……」
「まあ、お礼の品を決めるのにすごく張り切っていたから、貰ってあげてくれ」
アレクシス様が苦笑しながらそう言った。王族が張り切ったお礼品って、もらうのが怖いんですけど! もらってもどこに保管しとけばいいかわからないし、俺は庶民なんです!
俺が戦々恐々としていると、アレクシス様がベルを鳴らして従者を呼び、二人を呼んでくるように頼んだ。
俺は二人が来るまで、できるだけ動揺を顔に出さないように頑張って気合を入れた。
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