閑話 奇跡(アレクシス視点)

 私は先ほど見た光景が、夢じゃないかと未だ疑ってしまう。

 私の娘マルティーヌは、冬ごろに体調を崩し、後何日保つかわからないとまで言われていた。

 実際部屋に行った時のマルティーヌは、命の灯火がすぐにでも消えてしまいそうなほど衰弱していた。


 しかし、レオン様が回復魔法を使ってマルティーヌの全身が優しい光に包まれると、どんどんマルティーヌの顔色が良くなっていく。

 数分後、光が消えた時には呼吸は安定し、明らかに衰弱した様子がなくなったのだ。確かに痩せてしまっているのはそのままなのだが、生気が戻ったとでも言うのだろうか。


 そのまま少しの間眠った後は、元気に私たちと会話ができるほどまで回復していた。奇跡だとしか思えない。

 リシャールに話を聞いた時は半信半疑だった。しかし、このまま助からないのならば、最後に賭けてみようと思ってレオン様に頼むことにしたのだ。

 レオン様には感謝してもしきれない。あれだけの力があるとなれば必ず争いの種になるだろう。私は必ずレオン様の助けになろう。



 その日は最近あまり眠れていなかったのと、マルティーヌが助かった安堵でぐっすりと眠れた。

 朝方目が覚めたが、まだマルティーヌが治ったことは伝わってきていない。そろそろだろうから、私も知らなかったフリをしなければならないな。


 ベッドの上で寝たふりをしていると、しばらくして外が慌ただしくなり、私の従者が足早にベッドに近づいてきた。


「陛下、まだ少し早いですが至急の連絡がございます」

「なんだ?」

「マルティーヌ様のご病気が治られたとのことです!」

「なんだと!?」


 私は慌てたように飛び起きた。不自然ではないだろうか……?


「それは本当なのか!?」

「はい。すぐにお召し替えをしてマルティーヌ様の部屋へ行かれますか?」

「ああ、すぐに頼む」

「かしこまりました」


 バレてないみたいだ、良かった。私は意外と演技力があるのかもしれない。


 従者に素早く着替えさせてもらいマルティーヌの部屋に行くと、ちょうど私の妻で第一王妃のエリザベートと、マルティーヌの双子の兄で第一王子のステファンが来たところだった。


「エリザベート、ステファン、マルティーヌが治ったと言うのは本当か!?」

「私もさっき聞いたところなので存じませんわ」

「父上、マルティーヌに会えばわかることです」

「そうだな」


 そう話をして、マルティーヌの部屋に入るとベッドに体を起こしているマルティーヌがいた。

 一晩寝たことで、より顔色が良くなっている。本当に良かった。


「マルティーヌ、治ったと言うのは本当なのか?」

「お父様、お母様、お兄様。朝起きたら体が楽になっていたのです。もう大丈夫ですわ」

「マルティーヌ! 本当なの!? もう辛くないの?」

「はい、お母様」

「マルティーヌ……良かったわ…………」


 エリザベートはそう言って泣き出してしまった。ステファンも涙ぐんでいるようだ。

 本当に良かった…………レオン様がいなければ、マルティーヌを失った悲しみの涙になるところだったのだ。それを嬉し涙に変えることができたのはレオン様のおかげだ……


 私がそう思って安心感に顔を緩ませていると、エリザベートがこちらをジーッと見ていた。何かを疑っているような顔だ。

 なんだろうか? 私は何かおかしな言動をしてしまったのだろうか? 上手く演じられたと思っていたんだが。


「アレクシス、この後話がありますわ。朝食を共にいたしましょう。ステファンもよ」

「かしこまりました。母上」

「それは別にいいが……何の話だ?」

「それは朝食の時に」


 エリザベートはそう言ったっきり、またマルティーヌの方に視線を戻して色々と話している。

 まさか昨日のことがバレてしまったのだろうか……

 まあ、エリザベートやステファンには、いずれレオン様のことは話そうと思っていたからいいんだが、自分の態度でバレたのはなんだか釈然としない。

 私はこれでも一国の王だ。心の中で何を思っていてもそれを表には出さないようにできるし、秘密にすることも慣れているのだが……



 それからしばらくマルティーヌと話をして、私たち三人は部屋を退出した。

 部屋を出ると、さっきまで笑顔で嬉しそうにしていたエリザベートが、急に私を追求するような顔になった。


「では、あなたの部屋で朝食にいたしましょうか」

「……ああ、では私の部屋へ行こうか」


 私は内心では少し動揺しながらも、それを顔には出さないようにし、にこやかな笑顔で二人を部屋へと誘った。


 部屋に着くと、すぐに使用人に命じて朝食の準備をさせる。なんだか雰囲気が気まずいので早く説明してしまいたかったのだ。

 エリザベートとステファンは口も硬いし、これから協力してもらうこともあるだろうから、話しておいたほうがいい。特にこれからマルティーヌはレオン様と関わるのだからな。


 朝食の準備が終わると使用人は全員下がらせた。レオン様のことは機密事項だ。できる限り知る人間は少ない方がいい。


「まずは朝食を食べようか?」

「ええ、食べた後は私の質問に答えてもらいますからね」

「わかってる」


 そうして少し気まずい朝食を終えて、そのまま本題に入る。


「それで、エリザベートは私に何を聞きたいのだ?」

「マルティーヌのことです。マルティーヌはもう長くないと薬師から聞いていました。あれほど急に治るなんてあり得ませんわ」

「それを、なぜ私に聞くんだ?」

「あなたは昨日の夜、リシャール様とマルティーヌの部屋を訪れたそうじゃないですか。その次の日にマルティーヌの病気が治るなんてタイミングが良すぎますわ。それに、マルティーヌの部屋でのあなたの態度、何か秘密がある時のものでしたもの。他の方は騙せても私は騙せません。さあ、あなたの知っていることを私にも説明して頂戴」


 さすがエリザベートだ。さっきの態度は完璧だったはずなのに気付くなんて。


「全て話す……マルティーヌが治った理由は、病気を治せる回復魔法使いに頼んだからだ。昨日リシャールの従者としてついてきていた、レオンという名の少年がその魔法使いだ」

「まさか! 本当にそのような魔法を使える者が存在するのですか?」

「ああ、話すと長くなるんだが…………」


 そこからはエリザベートとステファンに、レオン様の存在を初めて知った時からの顛末を、隠さず全て話した。


「まさか……全属性だなんて……レオン様は使徒様なのですね」

「いや、本人は使徒ではないと言っている。私とリシャールは、十中八九レオン様は使徒様だと思っているが、本人が否定している以上、あまり言わない方がいいだろう。何かの理由があって身分を明かせないのかもしれないからな」

「それもそうですわね。私も気をつけます」


 エリザベートは深く頷いている。理解してくれたようで良かった。


「ああ、それからレオン様の身は、能力が知られれば狙われる危険もあり、非常に危ない。レオン様のことについては他言無用だ」

「かしこまりました」

「ステファンも誰にも話してはいけないよ」

「分かっています。ですがレオン様は、私の同級生になるのですよね?」

「ああ、そうだよ」

「それならば、レオン様と関わることも多いでしょうから、レオン様の能力を私が知っていることは、本人には話してもいいですか?」


 確かにそうだな。本人にまで隠す必要はないだろう。


「それは構わない。今度レオン様が王宮に来た時に、私からも言っておこう」

「よろしくお願いします」

「では、レオン様のことについてはこれぐらいでいいか?」

「いえ、私も是非レオン様にお礼を言いたいですわ。マルティーヌの命の恩人ですもの。レオン様と会う機会を作ってくださいませんか?」

「私も会ってみたいです!」


 うーーん、今度マルティーヌに魔法を教えに来る時に、少し会う機会を設ければいいか。


「じゃあ、今度レオン様がマルティーヌに魔法を教えに来る時に、授業の後で会う機会を設けよう」

「ありがとうございます! レオン様に何かお礼の品を用意しなくては。あなたはレオン様の欲しいものなどを知っていますか?」

「いや、知らないな。無難に装飾品や服でいいんじゃないか?」

「それもそうですわね。レオン様に相応しいものを用意しますわ」


 エリザベートがすごく張り切っているな……凄いものを贈りそうだが、マルティーヌの命の恩人なんだ。どんなに高価なものを贈ったって安いものだろう。


「レオン様が来る日が決まったら、また連絡する」

「楽しみにしていますわ」

「私も楽しみです」


 家族の笑顔が守られて良かった。レオン様には本当に感謝しなければいけないな。

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