第39話 王女様

「マルティーヌ、大丈夫か?」

「お、とう、さま……?」


 アレクシス様が呼びかけると、微かに目を開けて掠れた声を出した。

 マルティーヌ様は多分俺と同い年くらいだと思う。金髪に薄いピンクの瞳の女の子だ。今はかなり痩せてしまって、やつれているので分かりづらいが、多分凄く可愛い子だと思う。

 俺と同い年ってことはまだ九歳くらいだろう。そんな歳で病気で苦しんでいるなんて……

 息も荒いし、体を少し動かすのだけでも凄く辛そうだ。ご飯もあまり食べられないのだろう。ベッド近くのテーブルにパン粥のようなご飯があるが、ほとんど食べられていない。

 部屋には薬草の匂いが充満しているので、薬師も最善を尽くしているのだろうが、あまり効果はないのだろう。


 これはなんの病気だろう……とりあえず回復魔法で全身を覆って調べてみればわかるかもしれない。


「レオン君、娘を、マルティーヌを助けてあげられるか?」


 アレクシス様は少し涙ぐんだ声でそう俺に問いかけてきた。


「はい。まだわかりませんが、全力を尽くします」

「うん。君が最後の希望だ。マルティーヌをよろしく頼む」


 アレクシス様はそう言って俺に席を譲ってくれた。俺は椅子を少しベッドに近づけて、座った。


「マルティーヌ様、これから回復魔法をかけますので全身を楽にしていてください」


 俺がそういうと、マルティーヌ様は少し頷いてくれたような気がする。

 よしっ! 俺は気合を入れて回復魔法を使った。


 マルティーヌ様の全身を回復魔法で覆うと、たくさんの悪い何かがあることがわかった。この反応はアルバンさんの時とは違うから、ウイルスではない気がする。悪い細胞がある感じかな。ということは癌とか?

 それに…………移動している? 

 悪い細胞は、血液の流れとともに移動しているような様子を見せているのだ。いや、血管に沿って悪い細胞があるのか?

 よくわからないけど、これって血液の病気ってことだよな。うーん、俺には医学の知識がないからわからない。俺が医学部に行っていれば、もっとこの能力を役立てられたのに! 

 まあ、今は何の病気かを診断する必要はないんだ。とにかく治せばいい。俺はもう一度気合いを入れた。


 とにかくこの悪い細胞を、全て取り除くか正常に戻せばいいんだよな。俺は全て正常に戻るようにイメージしながら、回復魔法をどんどん使っていった。


 うっ…………これかなり魔力を消費する…………


 やっぱりイメージが曖昧すぎるな。でも医学の勉強なんて今更できないし、しょうがないから魔力量で勝負だ。

 魔力が足りるかギリギリだけど、体が小さいからなんとかなるかも……


 俺は遠のきそうな意識を必死に保たせて、魔力を注いでいった。


 どのくらいの時間が経ったかわからない。俺にとっては何時間にも思えたけど、実際は数分しか経っていないかもしれない。

 やっと治療が終わった。確認しても、どこも悪いところはないようだ。

 治せたんだ…………良かったぁ。

 そう思って安心したところで、目の前が暗くなって俺は意識を失った。




 あれ? ここどこだ? 

 目が覚めたらやけに豪華な天井が目に入った。俺、公爵家に泊まってたんだっけ……?


 違う! 治療してそのまま意識を失ったんだ!

 どうなったんだろう? 成功したのか?

 俺は焦って勢いよく起き上がった。するとそこは、まだマルティーヌ様の部屋だった。

 俺はソファーに寝かされていて、反対側のソファーにはアレクシス様とリシャール様が座っている。


「レオン君、気がついたのか?」

「突然意識を失ったから驚いた。多分魔力切れだろうと寝かせておいたんだが、大丈夫か?」

「は、はい。もう大丈夫です! それよりもマルティーヌ様は? 治しきれたとは思うのですが……」

「マルティーヌはまだ寝ている。レオンが意識を失った後、少し話をしたらすぐに眠ってしまったんだ。ただ、体がすごく楽になったと言っていたから、多分治ったんじゃないかと思う」


 それなら良かったぁ。俺はやっと緊張から解き放たれたような気分になった。


「レオン、本当にありがとう。君には感謝してもし足りない。何か欲しいものはないか? 私にできることならできる限り叶えよう」

「ありがとうございます」


 そう咄嗟に言われても難しいな……なんだろう? 今一番欲しいものは……

 魔法具が使われた便利な屋敷が欲しいけど、それはこれから自力でも手に入れられるものだからな。

 やっぱり自分や家族を守るためにも、地位と力が欲しいよな。俺の能力はこの世界で異端みたいだし。


「あの……できれば自分と家族を守るために地位と力が欲しいです。俺の能力は貴族や他国からも狙われると聞いたので」


 俺はそう言ってチラッとアレクシス様を見ると、かなり驚いたような顔をしていた。

 もしかして望みすぎだろうか? やっぱり相応のお金とかの方が良かったかな。

 俺がワタワタと慌てながら、要求を変えようと口を開きかけた時、アレクシス様が言った。


「あまりにも子供らしくないことを言うものだから、少し驚いただけだ。そんなに慌てなくていい」


 アレクシス様は苦笑しながらそう言った。


「君の願いはできる限り叶えよう。しかし貴族の地位は王立学校を卒業しないと与えられないから、それからになる。力の方は、レオンと家族には影の護衛をつけておくから心配しなくていい」


 良かった! それなら安心だ。自分はなんとでもなるけど、家族を人質に取られたらまずいと思ってたんだよな。

 ひとまず安心だ。


「ありがとうございます!」



 そこまで話した時、ベッドの方から音が聞こえてきた。

 マルティーヌ様が起きたのだろうか? 陛下がすぐにマルティーヌ様の方に駆けていく。


「マルティーヌ、目が覚めたのかい?」

「お、と、…………」


 声が掠れてしまって上手く出せないようだ。陛下が水を飲ませてあげる。ゆっくりだけど水は飲めるみたいだな。


「お父様、ずっと苦しかったのに、苦しくなくなっているのです。気持ち悪くもないですし、体もだるくないです」


 マルティーヌ様はそう言って不思議そうにしている。まだ自分の力で起き上がれるほどには回復してないようだが、ご飯を食べられるようになればすぐに元に戻るだろう。本当に良かったな。


「マルティーヌ、本当に良かった……マルティーヌの病気はね、そこにいるレオンが治してくれたんだ」

「レオン……?」


 二人の視線が俺に注がれた。


「マルティーヌ様、初めまして。レオンと申します」

「あなたが私の病気を治してくれましたの?」

「はい。回復魔法で治しました」

「本当にありがとう。私とても辛かったのです。今はとても楽になりました」


 マルティーヌ様はそう言って微笑んだあと、少し不思議そうな顔になった。


「でも、回復魔法でってどういうことですか……?」

「マルティーヌ、レオンは特別な力を持っていて、回復魔法で病気を治すことができるんだ。ただこの力が知られると大変だから、内緒にできるか?」


 マルティーヌ様はしばらく考え込んでいたが、やがて静かに頷いた。


「かしこまりました。レオンは命の恩人ですもの。レオンのことは内緒にいたします」


 分かってくれて良かった。それにしても王女様だとやっぱり大人っぽいんだな。お淑やかって感じだ。


「あの……レオンは病気を治せるってことですよね?」

「そうだけど、それがどうしたんだい?」

「それなら私に、回復魔法を教えてくださいませんか!」


 マルティーヌ様が目をキラキラとさせて俺にそう頼んできた。え? どういうこと? なんで急にそんな話になったんだ?

 というか、さっきまでのお淑やかな雰囲気が飛んでいったような……?


 俺が混乱を極めていると、アレクシス様もなぜか同意している。


「それはいいかもしれないな。マルティーヌは魔力量が五で回復属性だ」

「はい! 私も病気の方々を治せるようになりたいですわ!」

「レオン、マルティーヌに魔法を教えてくれないか?」


 え? 気づいたら俺がマルティーヌ様に魔法を教えることになってるんだけど!?

 なんでこうなった…………まあ、教えるのはいいんだけど、魔力量も足りないだろうしできるようになるとは限らないよな。というかできるようにならない可能性が高い。


「あの、教えるのはいいのですが、できるようにならない可能性も高いですよ?」

「ああ、それはわかっている。レオンは特殊だからな。ただ可能性があるなら教えてあげて欲しい。マルティーヌもやる気になっているからな」


 マルティーヌ様の期待の眼差しがグサグサと突き刺さる。これは断れないよ……


「はい。それで良いならお教えします」

「本当に!? レオン、ありがとう」


 マルティーヌ様が満開の笑顔になった。

 かっ……かわいい…………

 俺は思わずそう思ってしまったが、ブンブンと首を横に振って考えを振り払った。九歳の子供になんてことを考えてるんだ! あれ? でも俺も九歳だからいいのか……?


 俺がそんなことを考えて慌てていると、アレクシス様とリシャール様の間で、今後の話が進んでいた。


「魔法を教えると言っても、レオンを王宮に連れてくるのは目立ちすぎます。どうするのですか?」

「うーん、そうだね……タウンゼント公爵家で教えるのはどうだ?」

「うちの屋敷でですか?」

「ああ、レオンがタウンゼント公爵家に行くのは大丈夫だろう? だからマルティーヌも公爵家に行かせればいい」


 第一王女がそんなに頻繁に出かけられるのか?


「何か理由がないと、マルティーヌ様が頻繁にうちに来るのは違和感がありますが……」

「うーん、カトリーヌに魔法を教えてもらうという口実でいいんじゃないか?」

「確かにカトリーヌは、回復魔法では優秀ですが、普通はカトリーヌが王宮に出向きます……」

「そうか……じゃあカトリーヌの従者としてレオンを連れてきたらいい。身の回りの世話をする以外の従者なら男性もいるだろう?」

「そうですね。それなら良いでしょう」


 なんか俺は話にも入れず、王宮に来ることが決まってしまったみたいだ……

 まあ、いいんだけどね。


「ではレオン、カトリーヌの従者に扮して、マルティーヌに魔法を教えにきてくれるか?」

「かしこまりました」

「レオン、これからよろしくね」

「はい、マルティーヌ様」

「ではマルティーヌの体調が戻り次第、レオンには王宮に来てもらう。リシャールはカトリーヌにも話をしておいてくれ」

「はい。カトリーヌもマルティーヌ様に会えるとなれば喜ぶでしょう」


 そこでこの話は一旦終わった。次はこれからどうするかについての話だ。

 マルティーヌ様が病気だったことは一般的にはほとんど知られていないらしい。しかし、北宮殿で働く使用人や騎士はほとんどの者が知っているようだ。

 マルティーヌ様付き以外の使用人は、薬師の治療の甲斐あって治ったと言えば大丈夫だろうが、マルティーヌ様付きの使用人と騎士、薬師は納得できないだろうとのことだ。


「私はマルティーヌ付きの使用人と騎士、薬師には、真実を告げて秘密にするよう言うしかないと思うのだが。皆信用できる者達だろう?」

「ですが、それだとどこからか漏れる可能性が高いと思われます。明確なことは言わず、マルティーヌ様には、明日起きたら急に治っていたと、言ってもらった方がいいのではないでしょうか。そうすれば、奇跡が起きたとなるだけでしょう。誰も回復魔法で病気が治せるとは考えません」

「そのようなものか。確かに我らは、レオンの能力を知っているからレオンが何かをしたと思うが、そうでない者はまさか回復魔法で病気が治せるとは考えないだろうな」


 確かにこれで明日の朝、マルティーヌ様が治っていたからといって、リシャール様の従者の子供が治したとは誰も考えないだろうな。


「ではマルティーヌ、明日の朝までは体調が治ってないふりをしてくれるか? そして明日の朝になったら、寝て起きたら体調が良くなってましたと言うんだ」

「はい。私はそれでいいですが、私の病気はいつ死んでもおかしくないことくらい誰でもわかるような状況でしたわ。それが一晩で治るなんておかしいと思います」

「確かにそうだが、おかしいとは思っても誰が治したかまではわからないだろう。レオンのことを隠すのは王立学校を卒業するまでだから、時間稼ぎができればいいんだ」

「そうなのですね。では私は明日の朝に、寝て起きたら治ったことにいたします」

「ああ、頼んだ。また明日部屋に来る」


 アレクシス様はそう言って、マルティーヌ様の頭を優しく撫でた。


「じゃあ、そろそろ退出しよう。マルティーヌまた後で」

「マルティーヌ様、良くなられて本当に良かったです。またお元気な姿を見せてください」

「マルティーヌ様、またお会いできる時に、お元気な姿を拝見できることを心待ちにしています」


 そう声をかけて俺たち三人は部屋を出た。

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