閑話 王女様の病状(リシャール視点)

 昨日の出来事には本当に驚いた。まさかあのような奇跡を目の当たりにできるとは……

 アルバンはあと四週もつかどうかだと、薬師から聞いていたのだ。それをあの一瞬で治してしまうとは。

 レオン様は絶対に使徒様で間違いない。あのような神にも等しい偉業を成し遂げるなんて……未だにこの目で見たものが信じられない。


 私は昨日の出来事が衝撃的過ぎて、一睡もできなかった。いや、あのような光景を見たものは皆そうなるだろう。とにかく早く王宮に行き、陛下に知らせなくては。

 もしかしたら、王女様の命も助かるかもしれない。



 私は早めに起床し素早く準備をして、王宮に行こうとした時だった。部屋のドアがコンコンと叩かれた。

 従者がドアを開けるとそこにいたのはアルバンだ。


「大旦那様、おはようございます。朝早くから申し訳ありません」

「いや、いいんだ。それより体調はどうなんだ?」

「本日はその報告に来た次第です。体調はすっかり良くなりまして、体力は落ちていますが今日からでも働ける程でございます。私のことを気にかけてくださり、本当にありがとうございました。これからも誠心誠意お勤めしたいと思います」


 なんと……! 今日から働けるほどだと!?

 昨日はあんなに衰弱していたのに……なんという効果だ。

 だが確かに、痩せたのは戻っていないが、顔色も良く、これから普通に食事を取れればすぐに戻りそうだな。


「いや、礼ならレオン君に言ってくれ。私は何もしていない」

「かしこまりました」

「私はこれから、陛下に昨日のことを報告するのだが、もしかしたらアルバンに直接話を聞きたいと言われるかもしれない。そのように言われたら登城してもらうがいいか?」

「はい。私に否やはありません」

「わかった。ではそのつもりでいてくれ」



 そのあと私は王宮に辿り着き、足早に陛下の執務室へと向かった。


「陛下、おはようございます。速やかにお耳に入れたいことがございます。人払いをお願いいたします」


 陛下の執務室に入り、私はすぐにそう言った。


「リシャールがそこまで焦ってるのは久々に見るな。みんな、少し席を外してくれないか」


 そうして人払いをされた部屋で、陛下と向かい合ってソファーに座っている。


「それでどうしたんだ? そんなに慌てて」

「陛下、落ち着いて聞いてください。昨日屋敷にレオン様が来たのですが、レオン様は回復魔法で病気まで治せるようです」

「病気を!? それは本当か!?」


 陛下が思わず立ち上がって驚いている。そこまで驚くのも無理はない。今まで病気には薬草などで対処するしかなく、かかったら治らない病気も多かったのだ。


「陛下、本当です。公爵家の執事アルバンが、高熱と咳が続き衰弱し、薬師にはあと四週ほどだろうと言われていました。しかし昨日の夜、レオン様が回復魔法を使ったところ、完全に回復いたしました。まだ体力は戻っておりませんが、本日の朝にはもう働けると言っていたほどです」

「なっ…………そんなことができるのか?」


 疑問に思われるのも無理はない。私もこの目で見てなお信じきれていないのだから。


「疑問に思われるのも当然だと思います。しかしこの目でハッキリと確認いたしました」

「それじゃあ……マルティーヌの病気も治るかもしれないのか!?」

「私もそう考えて、陛下に報告に来た次第です。レオン様に確認したところ、依頼があれば魔法を使うのは構わないとのことでした」

「本当か!? それで、レオン様はどこにいるんだ? もしそんな力が知れ渡ったら、まだ身分もないレオン様にはとても危険だ」

「はい。レオン様に危険が迫るのを出来るだけ避けるために、一応無闇に魔法を使わないようにとは言っておきました。しかし、昨日の力を見るとレオン様は使徒様で間違いないでしょうから、私たちが心配せずとも自分で解決される気もします。しかし不意をつかれるなど、もしものこともあり得ますから、レオン様の警護はより厳重にしてあります」

「ああ、病気が治せるなどと知られたら、いつどこで誘拐されるかわからない。警護を厳重にし、レオン様の家族親族にも影をつけておいた方がいい」

「心得ております。それで、マルティーヌ様の容体はどうなのでしょうか?」


 マルティーヌ様は、この国の第一王女でちょうどレオン様と同い年の姫様である。マルティーヌ様の双子の兄が第一王子であるステファン様だ。

 マルティーヌ様は冬の頃から体調を崩されて、現在は起き上がるのも困難な状況だと聞いている。レオン様に治していただけるといいんだが……


「マルティーヌは高熱が続き、吐き気もひどく、最近はご飯も満足に食べられないそうだ。薬師はもう長くないと……」


 陛下が目に涙を浮かべながらそう話されている。

 そんなに病状が進んでいたとは……もう少し猶予があると思っていたのだが、一刻も早くレオン様に見てもらうべきだろう。


「陛下、すぐにでもレオン様に見てもらってはどうでしょうか?」

「ああ、でもあの状態から回復させるのなんて可能なのだろうか……」

「陛下が弱気になってどうするのですか! マルティーヌ様を励さなければダメでしょう」


 こんなに弱気になっている陛下はらしくない。それだけマルティーヌ様は危ない状況ということか。

 これは、今日すぐにでもレオン様に来てもらった方がいいかもしれない。そう思っていると陛下が何かを決意した目で言った。


「そうだな。レオン様を王城に招待したい。今すぐ来ていただく事はできるだろうか?」

「かしこまりました。すぐにでもレオン様に、来ていただきましょう。私が今から屋敷に行き、レオン様と共に戻って参ります」

「しかし、どうやって城に入れる? できる限り目立たないようにしなければいけない。北宮殿に入ると嫌でも目立つ」


 北宮殿は、王族の皆様の住居だ。

 この王宮は、王の執務室や謁見の間などがある中央宮殿、役人の主な仕事場である東宮殿、騎士たちの主な仕事場である西宮殿、そして北宮殿に分かれている。

 この中でも北宮殿は警備が厳しく、使用人もあまり入れ替わらないのでよそ者がいるとすぐにわかるのだ。


「できる限り目立たぬよう、私の従者見習いとして同行させましょう。マルティーヌさまのご病気が治れば、少なからず目立つことはしょうがないです。調べればレオン様にたどり着く者もいるでしょうが、私たちで守り抜きましょう」

「そうだな、ではそうしよう。まずはレオン様を連れてこの執務室に来てくれるか。それから私の客人ということで北宮殿に案内しよう」

「かしこまりました。では屋敷に戻りレオン様をお連れします」

「ああ。リシャール、ありがとう」


 陛下が私に頭を下げている。


「陛下、それはマルティーヌ様が治られた時に、レオン様にしてあげてください」

「そうだな。よろしく頼むよ」



 私は足早に執務室を出て、屋敷に戻った。まだ昼を少し過ぎた頃だから、レオン様は屋敷にいるだろう。

 そう思っていたのだが、屋敷に帰ってみるとレオン様は既に帰ったという。ロジェが公爵家の馬車で送っていったそうだ。


「レオン君が屋敷を出たのはいつ頃だ!?」

「まだそれほど経ってはいません」

「今すぐ追いかけて戻って来てもらってくれ、馬車ではなく馬に乗れる者が行くんだ。依頼があると伝えればわかるだろう」

「かしこまりました」


 使用人がすぐにレオン様を追いかけてくれたようだ。できる限り早くしてくれよ。

 でも街中ではあまりスピードは出せない。馬なら馬車より早いとは言っても、そこそこの時間はかかるだろう。

 私は落ち着かない気持ちになりながら、屋敷でレオン様を待った。

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