第21話 タウンゼント公爵家

 アンヌさんに食堂まで案内してもらい、中に入ると既に公爵家の方々は席についていた。

 俺は遅れてしまったかと慌てそうになったがなんとか抑えて、しっかり頭を下げ、にこやかに挨拶をした。


「初めまして、レオンと申します。この度は夕食にご招待いただき大変嬉しく存じます」


 俺はそう挨拶をした。どんな言葉遣いがいいか、さっきまで記憶を探って必死に考えていたのだ。

 公爵家の方々は一瞬驚いたような顔を浮かべたが、すぐににこやかな表情に戻り、一番奥に座っている壮年の男性が挨拶を返してくれた。


「レオン君よく来てくれたね。そんなに緊張しないで座ってくれ」


 多分この人がフレデリック様のお父様だろうな。

 アンヌさんが席まで案内して椅子を引いてくれたので、俺はできるだけ優雅に見えるように気をつけながら、椅子に座った。

 緊張しないでって言われても無理だ……雰囲気が高貴すぎて自然と背筋が伸びる。

 何かやらかさないように細心の注意を払わないと……


「それでは食事の前に簡単な自己紹介をしておこう。まず私だが、タウンゼント公爵家の前当主、リシャール・タウンゼントだ。そしてそこにいるのが私の妻カトリーヌ」


 やっぱりこの人がフレデリック様のお父様か。貫禄があるな……


「リシャールの妻カトリーヌ・タウンゼントですわ。レオンさん、よろしくお願いしますね」

「よろしくお願いします」


 フレデリック様のお母様だとは思えないほど若く見える。凄いな……この世界は、貴族の間では美容法も確立しているのかも。


「そしてそこにいるのが、次男のジュリアンと三男のフレデリックだ。長男は公爵家を継いで領地にいるので、ここにはいない。また長女も既に嫁に行っているのでいない。また機会があったら紹介しよう」

「次男のジュリアン・タウンゼントです。以後お見知り置きを」

「はい。よろしくお願いします」

「私のことはもう知ってるだろうが、三男のフレデリック・タウンゼントだ。改めてよろしく」

「よろしくお願いします」


 皆さんオーラは高貴な雰囲気で近寄りがたく思うが、優しく笑ってくれているので、良い人たちなのかなと思う。

 でも、貴族はポーカーフェイスも上手そうだし、今はまだ信用しすぎないほうがいいかな……


「では自己紹介も終わったことだし、まずは食事を楽しもう」


 リシャール様がそういうと、使用人の方が食事を運んできてくれた。

 まずはスープと籠に入ったパンが運ばれてきた。


「では、食事に感謝していただこう」

「「「いただきます」」」


 リシャール様の後に続いて、みんなで食前の挨拶をして食べ始めるようだ。俺は出遅れたので、小さな声で「いただきます」と言って、食べ始めた。

 まだパンとスープしか運ばれてきてないから、この世界の貴族の食事はフルコースのようだ。カトラリーも左右にたくさん並んでいて、日本でお父さんに連れて行ってもらった、フランス料理と似ている。


 俺は他の人が外側のカトラリーから使っているのを横目で確認して、カトラリーを手に取りスープを一口飲んだ。

 美味しい……!! かぼちゃのポタージュスープのような味だ。

 パンも食べてみる…………ふわふわでめっちゃ美味しい。幸せだ……やっぱりパンは柔らかくないとな。



 そこからは合間に他愛もない話をしながら、料理を楽しんだ。どの料理もとても美味しく、貴族の食事が急速に発展しているというのも頷ける内容だった。


「レオン君、満足してもらえたかな?」


 リシャール様にそう尋ねられた。


「はい! とても美味しかったです」

「それは良かったよ。では少し真面目な話をしてもいいかな」


 リシャール様がそう言って、真剣な顔になった。

 そうだ、呑気に料理を楽しんでたけど、なんで今日ここに連れてこられたのかまだ何も聞いてないんだった。

 ……急に緊張してきた


「はい。大丈夫です」

「レオン君、君に折り入って頼みがあるんだ」

「頼み、ですか……?」


 貴族が俺に頼むことって何だろう?? 俺に頼まなくてもなんでも手に入りそうだけど……


「今この国にはたくさんの貴族がいるんだが、ちょうど勢力が二分している。一つが私たちも属する勢力で、平民とも助け合い、身分関係なしに有能な人材は取り上げるべきだという考え。もう一つは歴史ある今の貴族家を大切にし、もっと貴族と平民の身分を厳格にするべきだという考え」


 この国ってそんなことになってたのか……俺にとっては後者の勢力が勝つと都合が悪いな……


「この国の仕組みは、数百年前に使徒様が作られたものなんだが、そこで貴族は特権を得る代わりに、平民の最低限の生活や身の安全は保証する。貴族が平民を支配するのではなく、互いに助け合って生きていく。と定められたんだ。しかし、最近はミシュリーヌ様を敬っている人も減り、この規約はもう守る必要はないって声がどんどん大きくなっているんだよ」


 また使徒様か……全属性を使ってたみたいだし、なんか気になるよな……

 それにしてもそんな決まりがあったのか。だからこの公爵家の皆さんは、平民の俺に対しても誠実に対応してくれてるんだな。


「フレデリックから君はとても優秀な平民だと聞いたよ。さっきまで君の様子を見てたけど、言葉遣いも食事のマナーもほとんどできている。君がどこで学んだのかってことは不思議だが、それは追及しないことにする。その代わり、私たちの勢力の助けとなってくれないかい? とにかく平民にも才能のあるものがいるという事実が大切なんだ。ここ何十年も大きな活躍をするような平民がいないことも、向こうの勢力が活気付いている原因なんだよ。レオン君、よろしく頼む」


 そう言ってリシャール様は頭を下げた。貴族が俺に頭を下げるなんて……! 俺は慌てながら、まずは頭を上げてもらおうと声をかけた。


「あ、あの、頭を上げてください!」


 えっと、どうしよう。とにかく身分制度を厳格にしたい派と、平民でも優秀な人材はどんどん拾い上げた方がいい派で、今は貴族が二分されてるってことだよな。

 それで、昔に神の使徒様によって貴族は平民を支配せず助け合って生きていくように決められたけど、信仰心がほとんど残ってない今では、それを守る必要もないという声が大きくなっている。

 まとめるとこんな感じだよな。

 あれ……? でも貴族なら平民は支配して、自分たちの力を強くしたいって思うのが普通じゃないのか?

 なんで貴族の間で勢力が二分してるんだろう……?


「あの……一つ聞いてもいいですか? リシャール様はなぜ平民を守るような勢力に属しているのですか? 貴族なら貴族の力を強めたいと思うのが、一般的ではないんですか?」

「私は、強い力で押さえつけるのは国の未来のために良くないと考えているんだ。国を作っているのは結局人だ、それも多くの平民だ。貴族の力が今以上に強くなり平民が抑圧されれば、いずれ国がダメになると考えている。私たちの勢力は、私と同じような考えの者がほとんどだ」


 素晴らしいな…………自分の力を強くすることを考えるのではなくて、国の未来を考えてってことか。

 この国の貴族は悪い人ばかりではないみたいだ。この人のためなら力を貸したいな。

 それに俺にとっても公爵家が力を貸してくれるのなら、心強い。


「あの、大きな助けになることはできるかわかりませんが、ぜひ手助けさせてください」

「本当か!? レオン君、ありがとう」


 リシャール様がまた頭を下げてくれた。

 貴族はみんな腹黒くて、平民を見下してるのかと勝手なイメージを持ってたけど、そんなことはないんだな。

 まあ、タウンゼント公爵家の方々にもそういう部分はあるんだろうけど、理不尽に平民を見下しているようなことはないようだ。

 この人たちなら信頼できるかも知れない……


 俺の属性のことも、明かしてもいいかな。せっかく俺のことを頼りにしてくれてるのに、嘘をついてるっていうのも心苦しいし、何よりこれを知った上で守ってほしいという打算もある。


「レオン君にはまず王立学校に入ってもらって、そこで好成績を残して欲しい。王立学校にはこの屋敷から通うと良い。公爵家の庇護があると周りがすぐに理解できるだろう。そして卒業後は王宮で国のために働いてもらいたい」


 公爵家の屋敷から通うって、ここに住むってことか!? それは毎日緊張で倒れそうだ……なんとか断れないか……


「屋敷に住まわせてもらうのは悪いです! 中心街に部屋を借りるので大丈夫です……」

「遠慮しなくていいんだ。君の後ろ盾をはっきりと示すためにも、君の安全のためにもこの屋敷から通った方がいい」


 そこまで言われたら断れないじゃないか……


「はい……ありがとうございます」

「気にしないでくれ。ところで、レオン君は魔力量と魔法属性はもう測定したのか?」

「はい、測定しました。魔力量は五で、魔力属性は…………」


 どうしようか、全属性だと言ってもいいだろうか。ここで隠すことは簡単だけど、そうしたらこの後ずっと隠して生きていくことになるんじゃないか。

 いずれ何かの拍子にバレたら信用を失うかも知れない……

 やっぱり今伝えるべきだよな……


「レオン君? どうしたんだい?」

「あの…………魔力属性は…………全属性なんです……」

「え? なんて言ったんだ?」

「全属性……全ての属性魔法が使えるんです」


 俺がそういうと、全員が大きく口を開けて、ポカーンと固まっている。貴族でもこんな顔することあるんだなぁ。


 それからしばらく待っていると、皆さんが段々とフリーズから戻ってきた。


「えっと、全属性が使えるってそれは事実なのか……?」

「はい。使ってみましょうか?」

「ああ、使ってみて欲しい。話を聞いただけでは信じられなくてな」


 俺は全ての属性魔法を使ってみせた。


「本当に使えるとは……もしかして、使徒様なのですか!?」


 また来たよ、使徒様。俺は使徒様じゃないんだって。

 神様になんて会ったことないし。

 使徒様じゃないよな……? 多分違うはずだ……


「使徒様じゃないです! なんか使徒様との共通点は多いんですけど、神様には会ったことないです」


 そういうと、リシャール様はまた考え込んでしまう。


 しばらくして、考えがまとまったみたいだ。


「レオン君、君が全属性持ちのことは周りには内緒にしてくれないか? あまり広く知られないようにしたほうがいいと思う。君は魔力測定の時は何属性になったんだ?」

「回復属性です」

「じゃあレオン君はしばらく回復属性ってことにしてくれ。レオン君が地位を得たら公表してもいいと思う。とりあえず、王立学校卒業までは秘密だな」

「かしこまりました。バレないように気をつけます」


 そこで話はとりあえず終わり、お開きの雰囲気となった。


「よし、じゃあ今日の話はこのくらいにしようか。レオン君、これからよろしく頼むよ」

「はい! こちらこそよろしくお願いします」


 そう言って、リシャール様、カトリーヌ様、ジュリアン様は食堂から退出して行った。

 フレデリック様は残って俺のところに来てくれた。


「レオン、公爵家のために力を貸してくれてありがとう」

「いえ、俺にとってもありがたいことなので全然いいんです」

「しかし、レオンが全属性だったとは本当に驚いた」

「隠しててごめんなさい……あんまりたくさんの人に言わないほうがいいかと思って」

「ああ、賢明な判断だな。これからもまずは王立学校卒業までは隠すべきだろう」

「わかりました」


 フレデリック様も怒ってないみたいでよかった……


「これから教材を渡したいんだが、大丈夫か?」

「はい! よろしくお願いします」

「じゃあ、応接室まで行こう」


 やった! やっと教材をもらえる! この世界の情報を手に入れるのは凄く苦労してるから、学べるのは嬉しいのだ。

 日本にいる時はあんなに勉強嫌いだったのにな……


 しばらく歩いて応接室に着き、俺とフレデリック様、俺のメイドとしてついてくれてるアンヌさん、フレデリック様の従者の方の四人で応接室に入った。

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