第20話 時計とお風呂

 豪華な馬車での優雅な時間の末、タウンゼント公爵家にたどり着いた。

 まず驚いたのは敷地の広さだ。

 門から屋敷まで馬車で数分かかる。その途中では、いくつかの建物や綺麗な庭をたくさんみることができた。

 そして屋敷にも驚きだ。窓からチラッと見えただけだが、とても大きい建物で三階建てほどの高さがあり、とにかく横に大きい建物だった。


「レオン、私の後ろをついてくるんだ」

「は、はい! わかりました」


 俺は急に緊張してきて、変な汗が出てきた。

 馬車のドアが外側から開き、フレデリック様がまずは外に出たので、俺もそれに続いて馬車から降りた。


「おかえりなさいませ、フレデリック様」

「ただいまアルバン。レオン、執事のアルバンだ」

「アルバンです。よろしくお願い致します」

「は、初めまして、レオンと申します。こちらこそよろしくお願い致します」


 俺が挨拶を返すと、アルバンさんは少し驚いたような顔をして、頭を下げてくれた。

 この世界の人って、普通に頭を下げてお辞儀をしている。日本人の俺としては親しみやすいからいいけど、なんでこんなに日本と共通点があるんだろう……? 俺がこの世界に来たのと関係あるのかな……


「レオン、君は客人として招かれているから、何かあったら遠慮なくこのアルバンか他の使用人に伝えるといい」

「はい、ありがとうございます」

「では、メイドに客室まで案内させます」

「ああ、よろしく頼むよ。レオンまた夕食の時に」

「はい、また夕食で」


 なんとかにこやかに挨拶をしたけど、フレデリック様行っちゃうの!? ここで一人にされるの不安でしかないんだけど!?


「レオン様、メイドのアンヌでございます。お部屋にご案内いたします」

「レオンです。よろしくお願いします」


 俺はペコリと頭を下げて挨拶をした。アンヌさんは多分四十代くらいの年齢で、おば様という言葉が似合う優しい雰囲気の人だ。


「まあまあ、頭をお上げください。レオン様は御客様なのですから、使用人に頭を下げる必要はありませんよ」

「でも、俺は平民ですし……」

「それでも御客様であることに変わりはありませんよ。ではお部屋はこちらですわ」


 俺はアンヌさんについて客室まで歩いたが、客室にたどり着くまで驚きの連続だった。

 まずエントランスはとても広く、天井には大きなシャンデリアがあった。一つ一つに光球が使われていて、電気を消す時もつける時もめちゃくちゃ大変だろう。シャンデリアが下まで下がってくるような仕組みはあるんだろうけど、それにしても光球の数が多くて大変そうだ。

 そしてエントランスを抜けて階段を上がったが、床には全て絨毯が敷かれていて、フカフカで歩きやすい。

 二階の廊下には、花瓶に花が生けられていたり、絵が飾ってあったりと豪華だった。

 

 そんな日本でも、物語の中でしか見たことがないような家の中を歩き、客室にたどり着いた。


「レオン様、こちらでございます」

「ありがとうございます」


 アンヌさんが扉を開けて待ってくれているので、俺は部屋の中へ足を踏み入れた。

 部屋を入った先の空間には、ローテーブルとソファーがあり、部屋の左側は間にある目隠しで、見えないようになっている。

 そちら側を覗いてみると、ベッドと小さなテーブル、それから扉が二つあった。


「レオン様、これからの予定を確認してもよろしいでしょうか?」

「は、はい!」


 俺は慌てて入り口の方にいるアンヌさんのところに戻った。


「ソファーにお座り下さい」

「ありがとうございます。アンヌさんは座らないんですか?」

「私は使用人ですので、御客様の部屋でソファーに座ることはできません」

「そうなのですね、わかりました」


 やっぱり貴族の使用人は大変そうだな……


「ではこれからの予定ですが、夕食会まであと二時間ほどですので、その間に湯浴みを済ませていただいて、お髪を整え、服を着替えていただきます」


 ちょっと待って……なんであと二時間ってわかるんだ? もしかしてこの世界って時計あるの!?


「ちょっと予定の前に一つ質問してもいいですか? もしかして時計ってあるんですか?」

「時計ですか? ございますよ。この屋敷には全ての部屋に時計がございます。また、使用人は小型の時計をいつも持ち歩いております」


 まじか!? この世界に時計ないのかと思ってたよ。俺の家になくてここにあるってことは、時計も高いってことだな。

 待って、これで一日が何時間かわかるんじゃないか!?


「この部屋の時計ってどれですか?」

「こちらでございます」


 アンヌさんがベッドの方の小さなテーブルに置かれていた置き時計を持ってきてくれた。

 地球の時計と全く一緒だ……一から一二までの数字と、短針、長針、秒針がある。

 ここでも日本との共通点だ……もしかして一日も二十四時間なのか?


「今は、十六時五分であっていますか?」

「はい、その通りでございます」

「一日は二十四時間ですよね?」

「そうですが……それが何か?」

「いえ、時計が珍しかったので確かめてみただけです。話を逸らしてすみません」


 この世界って日本との共通点が多すぎるんだよなぁ。なんか作為的なものがある気がする……

 まあ、とにかく時計が存在していたのはよかった。出来るだけ早く買いたいな。


「では、まずは早速湯浴みをしてくださいますか?」

「湯浴みってどこでするんでしょうか?」

「そちらにある左側のドアがお風呂でございます。右側はお手洗いです」

「お風呂!? お風呂があるんですか!?」

「はい。ございますよ」

「入ってもいいんですか!?」

「入っていただかないと困ります。夕食会のための準備ですので」


 やった!!!! やっとお風呂に入れる! 異世界で初めてのお風呂だ!


「そうですよね、すみません。では入ってきます」

「はい。お手伝いさせていただきます」


 お手伝い……? もしかして洗ってくれるってことですか?


「いえ、一人で入れますので!」

「でもお風呂の使い方などもありますし、お手伝いしないわけには参りません」


 うぅ……そう言われるとこの世界のお風呂の使い方なんてわからない……


「じゃあ、よろしくお願いします」

「はい。お手伝いさせていただきます」


 アンヌさんがドアを開けて入った先は、脱衣所のようなところで、長椅子やテーブルなどが置かれていた。

 その奥の扉の先がお風呂のようだ。服を脱いでお風呂の方に入る。

 アンヌさんはメイド服が濡れないように、分厚いエプロンのようなものを着て、腕を捲っている。


 うわぁ〜、久しぶりのお風呂だ! お風呂は五人くらいが体を伸ばして入れるほど大きな湯船があり、その周りは石のようなものが敷かれていた。

 湯船の中にはお湯がたっぷりと入っていて、湯気で曇っている。


「アンヌさん、お湯はどうやって作ってるんですか?」

「水道のお水で湯船を満たし、そこに火魔法を使えるものが魔法を使い適温まで温度を上げております」

「そうなんですね、ありがとうございます」


 魔法でやってるのか。でもこのお湯を温めるには、火属性の魔力が最低三はないとダメだろうから、お風呂専用に使用人を雇ってるってことか? 

 水魔法で凍る寸前の水を作れたから、お湯も作れるんじゃないかと思ってやってみたけど、常温以上にはならなかったんだよな。多分温めるのは水属性の魔力じゃダメってことなんだと思う……魔力はやっぱりよくわからない。


「お風呂専用の使用人がいるのですか?」

「そうではございません。貴族様に雇われている使用人、特に下働きは火魔法のレベル三以上のものを優先的に雇うのです。火魔法は魔法具にすることができませんからね」


 優先的に雇ってるのか……貴族ってお風呂好きなんだな。

 俺なら水魔法と火魔法ですぐにお湯を作れるんだけど、湯船がないからなぁ……そんなものを設置する場所もないし……そもそも湯船ってめっちゃ高いんだろうな……

 うちではお風呂は無理だな。そもそも家族みんなが、そんな邪魔なものいらないって言いそうだし……

 俺がそんなことを考えていると、アンヌさんが椅子を持って来てくれていた。


「レオン様、こちらにお座りください」


 ダイニングテーブルに合わせたような大きさの椅子があり、そこに座るようだ。

 俺が座ると、アンヌさんは湯船から桶でお湯を汲んで、少しずつ俺の体と頭にかけてくれた。


 めちゃくちゃ気持ちいい〜。シャワーがないから、桶でお湯をかけないといけないんだな。

 これは手伝ってくれる人がいないと大変だ……


「アンヌさん、貴族の方達はみんなメイドさんに手伝ってもらって湯浴みをするんですか?」

「皆さん手伝い付きで湯浴みをされますが、八歳ごろからは男性は従者の手伝いで、女性はメイドの手伝いです。お子様は皆メイドがお手伝いさせていただいております」

「俺は八歳ですが……」

「存じております。ですがちょうど空いている従者がいなく、まだ八歳ですので私が付かせていただきました。従者の方がよろしかったですか?」

「いえ、大丈夫です」


 結構年配のメイドさんだと思ってたけど、こういう手伝いもあるからなんだな。


「ではお髪に石鹸をつけて洗っていきます。目を閉じていてください」

「はい」


 気持ちいい〜。美容院で髪を洗われてるみたいだ……眠くなるな…………


「お加減いかがでございますか?」

「気持ちいいです」

「それは良かったです、では流しますね」


 ふぁ〜、気持ちよかった……


「お体はご自分で洗われますか?」

「はい。自分でやります」

「では私は外で待っておりますので、ごゆっくりどうぞ」


 俺は布を濡らして石鹸をつけて、身体中をゴシゴシ洗った。たまにピュリフィケイションをやってはいるが、やっぱり実際に洗うのはいい。

 入念に洗ったあと桶に水を汲んで綺麗に洗い流し、湯船に浸かった。


「あ"あ〜、きもちよすぎる〜」


 久しぶりのお風呂だ。大量のお湯に浸かるのはやっぱり良い……貴族最高だな……


 俺は十分お風呂を堪能して脱衣所に戻った。

 するとアンヌさんが、タオルやお水を用意しておいてくれたので、体を拭き水を飲んで、置いてあったバスローブのようなものを着てお風呂から出た。


「寛げましたか?」

「はい。とても気持ちよかったです」

「それは良かったです。それではお着替えとお髪のセットをしても良いでしょうか?」

「それはいいんですけど……他に服なんて持ってませんが?」

「レオン様が夕食会に出席するとき用にと、フレデリック様が服を用意してくれております。ですのでそちらにお着替えください」


 服まで用意してくれてるの!? なんかもらいすぎで逆に怖い気がしてきた……俺そんな期待に添えるほど有能な人間じゃないと思うんだけど……


 ではこちらにお着替えください。

 そう言って渡された服は、色鮮やかで布も多く使われていて、肌触りも抜群のいかにも高そうな服だった。

 この服がいくらなのかなんて怖くて聞けない……


 着てみると、着心地も抜群で凄く体に馴染む。俺サイズとか教えてないし、というか俺も自分のサイズを知らないのに、サイズ感も合ってるし……もうあんまり考えないことにしよう。


「とてもよくお似合いです。ではこちらの椅子に座ってください」

「はい。ありがとうございます」


 そこは化粧台で、壁に鏡がかかっていた。

 俺は初めて自分の顔をしっかりと見た。今まで水面に映った顔は何度も見ているが、ここまではっきりと見たことはなかったのだ。

 やっぱり綺麗な金髪に飴色の瞳だ……顔も整ってるし、これが俺だなんて信じられないよな。日本人の俺は良くも悪くも、どこにでもいそうな普通の顔だったから、ギャップが凄い……


「ではお髪をワックスで少し整えますね」

「はい。よろしくお願いします」


 アンヌさんは前髪を少しかき上げるような形で分けて、髪型を整えてくれた。


「終了でございます。ではそろそろ時間ですので、食堂までお送りいたします」

「よろしくお願いします」


 俺はこれから会う公爵家の方々に少し緊張しながらも、勇気を出して立ち上がった。

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