第19話 夕食会への招待

 それから数日間はマリーとニコラ、ルークと一緒に森に行ったりと、いつも通りの日常を過ごしていた。

 今も昼営業の真っ最中だ。

 そろそろ客足が少なくなっていているので、もう少しで営業も終わりだろう。

 お腹空いたなぁ、早くお昼ご飯食べたい。

 そんなことを考えていると、一人お客さんがやってきた。


「いらっしゃいませ! ってフレデリック様?」


 そこにはフレデリック様がいた。

 しかし、質素な服を着ていて、親しみやすい笑みを浮かべている。フレデリック様の正体を知らない人が見たら、少し裕福な平民くらいにしか思わないだろう。


「レオン、今日は君に話したいことがあってきたんだ」

「なんでそんな格好を??」

「いつもの服だとみんなに怖がられるし、普通に接してもらえないからな」


 そんな理由で平民の格好をする貴族なんて、普通いないだろ。

 というかこの人って全く貴族っぽくないよな。最初にぶつかった時もにこやかだったし、他の貴族だったら無礼者って斬られてもおかしくないんじゃないか?

 いや、もしかしたらこの世界の身分制度って、あんまり厳格じゃないのかもしれないな……王立学校を平民も受験できるし、銀行を平民も使えるし、よく考えたらおかしいよな?

 俺にとっては良いことなんだけど……でも身分制度があることに変わりはないんだから、気をつけるべきだな。


 俺がそんなことを考え込んでいると、フレデリック様が不思議そうに俺の顔を覗き込んできていた。


「レオンどうしたんだ? もしかして似合ってないか?」

「ち、違います! ただ貴族様もこんな格好をすることがあるんだなと思って……」

「レオン、俺が貴族ってことは公には内緒だからな」

「は、はい!」


 俺は慌てて口を手で塞ぎ、激しく首を縦に振った。


「ところで、まだ営業中だよな? お昼を食べてもいいか?」

「はい、ぜひ食べていって下さい。ステーキと豚肉の野菜炒めから選べますが、どちらが良いですか?」

「そうだね、ステーキを頼むよ」

「かしこまりました。少々お待ちください」


 俺はそう言ってカウンターに行き、父さんと母さんにステーキセットを頼んだ。

 そして、お客さんが帰った席を片付けに行こうとしたところで、マリーに呼び止められた。


「お兄ちゃん、ちょっと来て」


 マリーはひそひそ声で俺を呼んでいる。俺も声のボリュームを落として、マリーのところに行った。


「マリー、どうしたの?」

「あのお兄さんと知り合いなの?」

「お兄さんって、さっき話してた人のこと?」

「そう、なんかお兄ちゃんがいつもと違う感じで話してたから、大丈夫かなと思ったの」


 俺がフレデリック様に敬語で話してるから、不安に思ったのか? マリーは優しいなぁ。

 俺は顔が緩むのを必死に抑えながら、マリーにフレデリック様のことをどう伝えればいいか迷っていた。

 貴族ってことは秘密だと言われたし……


「マリー、あの人は俺のお友達だから大丈夫だよ。ただ偉い人だから、失礼なことをしないようにしてただけなんだ。だから心配しなくてもいいからね」

「そーなの? なら良かったの」

「マリーもあの人には失礼なことしちゃダメだからね。あの人の対応はお兄ちゃんがするから、マリーは他のお客さんをよろしくね」

「わかった!」


 フレデリック様は信用できる人だと思うけど、まだわからないからな。できる限り俺が対応した方がいいだろう。

 失礼なことをして不敬だと言われても困るし……


 そんなことを考えていると、ステーキセットが焼き上がったらしい。


「レオン、ステーキお願いね」

「うん! 持っていくよ」


 俺はフレデリック様の席にステーキセットを持っていった。


「お待たせいたしました。ステーキセットです。ごゆっくり召し上がって下さい」

「ありがとう。ではいただくよ」


 フレデリック様は木製のフォークだけで、どことなく優雅さを醸し出しながらステーキを食べていく。

 俺がフレデリック様の正体を知ってるからかもしれないけど、内から出る気品のようなものは服を替えても隠せないんだな。


 しばらくして、フレデリック様はご飯を食べ終えたようだ。


「ごちそうさまでした。レオンちょっといいか?」

「はい、なんでしょうか?」

「レオンのことをうちの家族に話したら、ぜひ会ってみたいという話になってね。今夜の夕食に招待してもいいだろうか? 夕食の後に教材も渡そうと思うんだが」


 夕食に招待って、フレデリックさまの家に? それってタウンゼント公爵家にってことだよな!? なんで俺が!?

 やっぱり俺ってなんか疑われてるのかな……言動がおかしいとか? でも今更子供っぽくしてもおかしいし……

 でも、そもそも断ることなんてできないよな。もう行くしかないってことだ。

 行くしかないのか……胃が痛くなりそうだ……


「はい、あの、両親に外出していいか聞いてきてもいいですか?」

「いいけど、私も一緒に行こう」

「え、でも貴族ってことは内緒なんじゃ……」

「それは不特定多数の人には内緒だけど、君の家族はその限りではない。子供を預かるのには、身分を明かさないとだからな」

「それは、ありがとうございます」


 俺とフレデリック様はカウンターまで歩いていき、俺が父さんと母さんを呼んだ。もうお店に他のお客さんはいない。


「父さん、母さん、ちょっと話があるんだけど」

「レオン? どうしたの?」

「どうしたんだい?」

「あのね、今日このフレデリック様のお家にお呼ばれしてて、これから出かけてもいい?」


 俺がそういうと、二人は少し警戒した顔でフレデリック様を見た。


「この人はレオンの知り合いなの?」

「あなたはどなたですか?」

「ご挨拶が遅れて申し訳ありません。私はフレデリック・タウンゼントと申します。王宮で近衛騎士団に所属している者です。レオンとは先日知り合いまして、本日は夕食に招待したいのですがよろしいでしょうか?」


 フレデリック様のその言葉を聞いて、二人の顔はみるみる真っ青になっていき、2人ともその場に跪いた。


「た、大変申し訳ありません」

「申し訳ありません」


 母さんと父さんはそう言ったっきり頭を下げている。


「頭を上げて下さい。そんなに怖がらなくても、不敬だなどということはありませんよ。それで、レオンを招待しても良いでしょうか? 夕食に招待ですので、今日は屋敷に泊まってもらい、明日には必ずここまで送り届けますので」


 父さんと母さんは不安そうな表情で俺とフレデリック様を見つめていたが、貴族に逆らうことはできないのか、俺への招待を了承した。


「はい、レオンをよろしくお願いします」

「ありがとうございます、安心してください。じゃあレオン、このまま行くけどいいか?」

「はい、大丈夫です。母さん、父さん、行ってくるね。心配しなくても大丈夫だから」

「気をつけるのよ」

「うん、じゃあ行ってきます」


 そうして俺はフレデリック様に連れられて店の外に出た。

 大丈夫とは言ったけど、心配だ……なんで公爵家の方々が俺になんて会いたいんだ?

 フレデリック様は良い人そうだけど、まだよくわからないし……公爵家の方々なんて怖すぎる……


「レオン、あの馬車で行くからな」


 うちの食堂から少し離れたところに一台の馬車が置いてあった。外見はしっかりとしているが質素な感じの箱馬車だ。


「あれは、なんの馬車ですか?」

「公爵家の馬車だ。お忍びで来たい時に使うものなんだ」

「そんな馬車もあるんですね」


 馬車に近づくと、御者の人が扉を開けてくれた。


「じゃあ、先に乗ってくれ」

「い、いいんですか?」

「ああ、どうぞ」

「ありがとうございます」


 恐る恐る馬車に乗り込むと、外側と違って内側はとても豪華な作りだった。

 床にはフカフカのカーペットが敷かれていて、クッション性のある椅子、高級で中はとても明るかった。


「凄い……!」

「ははっ、一応公爵家だからな。これでもそんなに豪華じゃない方なんだが」

「す、すみません!」

「いいんだ。座ってくれ」

「はい、失礼します」


 やっぱり公爵家は凄いな! フカフカの椅子は座り心地いいし、馬車の揺れも直接響かないから楽だ。

 それよりもこれから公爵家か……何を言われるんだろう? 平民の子供としてはおかしすぎて疑われてるんだろうか……

 どんどん不安になってきた……


「そんなに不安そうにしなくても大丈夫だぞ」

「本当ですか? なんで俺は呼ばれるんでしょうか?」

「ただ両親が会いたいって言ってるだけだから」

「でも、フレデリック様の両親って公爵様なんじゃ……」

「いや、もう兄上が公爵を継いでるから、父上は前公爵だ。この国は息子が15歳になると爵位は譲って王宮で働くのが通例なんだ」


 そうなんだ。でも、現公爵でも前公爵でも俺にとっては変わらないんだけど……どっちにしても貴族だ。


「それでもなんで俺に会いたいんでしょうか……? フレデリック様もなんで気にかけてくださるんですか?」

「それは…………」


 何だこの間! めっちゃ気まずい! 言いにくいことでもあるのか……?


「レオンの信頼を得るためには正直に言った方がいいかな。最初は疑ってたんだ、他国のスパイなんじゃないかって。でも話してみると違うみたいだし、君のことを調べさせてもらったけど怪しいところはなかったから、疑いは晴れた。でもスパイじゃないとすると、君は平民にしては優秀すぎる。話していると頭もいいし、頭の回転も早い、話す相手によってスムーズに態度を変えているし、マナーもしっかりしている。公爵家としては君を味方に引き入れたい。これで納得してくれたか?」


 やっぱり疑われてたのか……! 調べられてたなんて一切気づかなかったし……

 でも今は完全とまでは行かなくても疑いは晴れていて、俺の優秀さを評価してくれてるってことか。


 これは、積極的に友好関係を築くべきかもしれない。

 やっぱりこれから貴族の世界に入っていくなら、身分の高い後ろ盾は必須だよな。

 公爵家に後ろ盾になってもらえたら、これからがかなり楽になるかもしれない。

 優秀さも積極的にアピールした方がいいかもな。


「疑いが晴れて良かったですし、そこまで能力を買ってもらえて嬉しいです。ありがとうございます」


 そのあとは、フレデリック様と他愛もない話をして、馬車の時間を過ごした。

 フレデリック様の方も打算ありで俺に近づいていることがわかり、少し安心してリラックスすることができた。相手が近づいてくる理由がわからない時が一番不安なのだ。

 俺は公爵家の方々も、フレデリック様のような気さくな方だったらいいなと考えながら、馬車に揺られた。

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