第16話 再会

 乗合馬車がある広場に向かって歩いていて、広場が見えて来たと少し気を緩めた時、一瞬よろめいて前から歩いて来た人にぶつかってしまった。


「すみません! お怪我はないですか?」

「ああ、大丈夫だ。あれ? たしか君は……食堂の子じゃなかったかい? 確かレオンだったよな。なんでこんなところに?」


 俺はそう言われて、慌ててぶつかった人の顔を見て驚いた。異世界に転生した日、食堂の前でぶつかった男の人だったのだ。


「あの時の、たしか…………フレデリックさん?」

「覚えててくれたのか」


 良かった名前思い出せて……もう会うことはないと思ってたから忘れかけてたよ。


「またぶつかってしまって、すみません」


 俺が謝っていると、マルセルさんが俺に何かあったことに気づいて戻って来てくれた。


「レオン、どうしたんじゃ?」

「マルセルさん、この方にぶつかってしまって……」

「申し訳ない…………え?」


 マルセルさんは一緒に謝ってくれようとしたが、フレデリックさんを見て何故か固まっている。どうしたんだ?


「あなたは確か、マルセル殿では?」

「は、はい。マルセル・ロンコーリと申します。フレデリック様に会えるとは光栄でございます」


 マルセルさんがすごく丁寧な口調でフレデリックさんに挨拶している。マルセルさんのファミリーネーム、ロンコーリって言うんだなぁとか、俺はどうでもいいことを考えていた。


「マルセル殿とレオンはどんな関係が?」

「はい。私は今レオンの家の近くで魔法具工房をやっておりまして、レオンが家を訪ねて来て知り合ったのです。フレデリック様はレオンを知っているのですか?」

「ああ、以前休みの日にレオンの家のあたりに行った時に、食堂の前で偶然会ったんだ。レオンとはもう一度話してみたいと思っていた。ちょうどいいからこれから少し話さないか? マルセル殿もいいか?」


 えっと……マルセルさんが敬語で話してるってことは、少なくともマルセルさんより身分が高いってことだよな。ということは確実に貴族ってことか……

 絶対断れないじゃん!!


「はい。少しなら話す時間はありますが……マルセルさんは大丈夫ですか?」

「ああ、大丈夫じゃ。フレデリック様、是非ご一緒させてください」

「よし、じゃあ行こうか。そこのカフェでいいだろう」


 


 そうして俺たちはカフェに行き、飲み物だけを注文した。そして今、飲み物が運ばれて来たところです。はい。気まずいです!!


 カフェに来てからまだ一言も話していない。マルセルさんは緊張してるし、この人そんなにすごい人なの??

 俺は何も分かってないから無闇に話すこともできない。何が地雷か分からないのって怖いな。

 そんなことを思いながら戦々恐々としつつ、なるべく所作を心がけて紅茶を飲んでいると、やっとフレデリックさんが話しかけてくれた。


「レオン、ちゃんとした自己紹介をしてなかったが、私はフレデリック・タウンゼント。近衛騎士団所属の騎士だ。二度も出会うなんて君とは縁があるみたいだな」

「あ、ありがとうございます。俺はレオンです。王都の外れにある食堂の息子です」


 俺はすごく緊張してなんとか答えを返した。

 この世界ってどのくらい貴族の力が強いんだろうか? 良い貴族も悪い貴族もいるって言ってたけど、この人はどっちなんだ……!


「君とマルセル殿は何をしに中心街に来たんだ?」


 どうしよう……この人が信用できるか分からないから、どこまで話していいのか。とりあえず銀行に行ったことは秘密にした方がいいよな。


「えっと、カフェに行きました。マルセルさんが連れて来てくれて、すごく美味しかったです」

「そうか、最近貴族の間では食文化が発展してるからな。そういえばこのお店はブルスケッタが美味しいんだ。食べられるか?」

「た、食べられますけど、いいです!」


 俺は慌てて断ったけど、フレデリックさんは笑顔で頼んでしまった。



「レオンは将来、食堂を継ぐのか?」


 フレデリックさんに何故かそんなことを聞かれた。

 俺はなんて答えようか迷ったけど、平民でも王立学校を受験する人は、受かるかは別にすればたくさんいると聞いていたので、それは言っても大丈夫かと思い素直に答えた。


「王立学校を受験しようと思ってます。受かるかは分からないんですけど……」

「ほう、そうなのか。なんで王立学校を? まあ受験するだけならたくさん平民もいるが、何か理由があるのか?」

「はい、マルセルさんの工房で魔法具が素敵だなと思って、役人になれば寮に魔法具があると聞いたので……」

「ははっ、確かに魔法具は便利だよな。やっぱりレオンは面白いな。普通の平民とは違う。大体の平民は、成り上がりたいからとお金がたくさん欲しいから、これしか答えない」


 なんかフレデリックさんがすごく笑ってる。俺の答え変だったか?? 魔法具に憧れるだろ! あんなに便利なんだから。


「笑っちゃってごめんな、それで勉強はできてるのか?」

「いや、それが教えてくれる人に心当たりがなくて……教材だけでも貰えるといいんですけど……」

「教えてくれる人は必要ないのか? もしかしてレオンは読み書きが既にできるのか?」


 あっ! また余計なこと言ったかも……俺は慌てて自分の手で自分の口を塞いだが、もう手遅れみたいだ。

 変に誤魔化さない方がいいだろう。


「はい、読み書きはできるんですが、どんな試験かも分からないので教材が欲しいんです」

「読み書きはどこで教えてもらったんだ? それに敬語も」

「近くに住んでたお爺さんが教えてくれたんです。それで覚えました」

「そうだったのか、君は運が良かったんだな」

「はい、ありがたいです」


 マルセルさんに言ったのと同じ設定で話したが、なんとか理解してもらえただろうか? フレデリックさんはずっと僅かに微笑んでいて、優しそうだけど本心がわからない。

 なんか俺を疑ってるような気もする……

 

「じゃあ教材は私が用意しよう」


 フレデリックさんが笑顔でそう言った。なんか企んでる可能性もあるけど、他の人に教えてもらえるアテもないし…………お願いしようかな。


「えっと、お願いしてもいいですか?」

「ああ、次に休みが取れた時、君の食堂に持っていこう」

「本当にありがとうございます!」


 そこまで話した時、先程頼んだブルスケッタが運ばれて来た。


「じゃあ少し食べようか」


 フレデリックさんはそう言って、一皿で運ばれて来たブルスケッタを、自分の取り皿にナイフとフォークで移し、優雅に食べている。

 俺もなんとか真似をして食べた。美味しい……!

 トマトとチーズが絶妙だ。


「やっぱり美味しいな。私はこれが好きなんだ」

「はい、美味しいです!」

「マルセル殿も食べてくれ、レオンとばかり話していて悪いな」

「いえ、いいのです。いただきます」


 マルセルさんはまだ緊張が解けないようだ。フレデリックさんてそんなにすごい人なのか……? もしかして俺やばい人に目をつけられてる……?

 後でマルセルさんに聞いてみよう。


 それからは他愛もない話をしばらくして解散となった。


「じゃあレオンまた、マルセル殿も今日はありがとう」

「はい。またよろしくお願いします」

「こちらこそご一緒できて光栄でした」


 そうしてフレデリックさんは去っていった。

 俺たちは二人とも疲れた様子で、広場まで歩き始めた。

 多分時間にすれば三十分くらいだったんだろうけど、その何倍も疲れた……


「マルセルさん、フレデリックさんって何者ですか?」

「フレデリック・タウンゼント様じゃよ。タウンゼント公爵家の前当主の三男じゃ。公爵家の爵位は継がないが、騎士としても優秀だから、騎士爵をもらうだろうと言われておる。実家の爵位は公爵じゃし、本人も騎士爵をもらうということで、貴族の間では有名な人物なんじゃ。それに、まだ18歳という若さですでに近衛騎士団に所属というのも異例じゃ」


 なんか、すごい人なんだな……というか俺にとっては貴族ってだけでみんなすごい気がして、違いがよくわからない……

 そもそも公爵って貴族の頂点でいいんだよな? 俺の記憶ではそうだけど……


「マルセルさん、貴族の爵位ってどういう順番なんですか?」

「貴族は下から男爵、子爵、伯爵、侯爵、公爵じゃよ。一代限りの騎士爵や準貴族は、実家の爵位によって変わるのじゃ」


 やっぱり俺が知ってる順番であってるんだな。

 そうするとフレデリックさんは……俺すごい人と知り合いになった気がする。

 でもこれが、いいことなのか悪いことなのかわからない。まあ、いいことだと思っとこう。そうじゃないと不安すぎる。


 その後、俺とマルセルさんはかなり疲れていたので、言葉少なに乗合馬車で帰った。

 とりあえず悪い人ではなさそうだったからと自分に言い聞かせ、俺は不安を押し殺した。

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