閑話 不思議な子供(フレデリック視点)
俺はフレデリック・タウンゼント。タウンゼント公爵家の三男で近衛騎士団に所属している。
公爵家の人間として外面は取り繕ってるから、強くて優しい貴公子なんて言われるが、実際はそんなんじゃない。
気心の知れた友達の前では、雑で好奇心旺盛な性格で、平民同士の遠慮のない距離感が好きだったりする。
あの日もいつものように、休みの日に王都の外れに探索に行き、平民の食堂で食事でもしようと思っていたんだ。
馬に乗って王都の西の外れに着き、馬を預けて平民の服に着替えようと、王都に何ヶ所か借りている部屋に行こうとした途中で、子供とぶつかってしまった。
俺はまだ、馬に乗るための簡易の鎧を着ていたので、怖がらせないように謝って、そのまま立ち去ろうとしたが、その子供が突然平民には似つかわしくない言葉遣いで話しかけて来た。
難しい敬語を使っていて、明らかに食堂の息子ではありえない。
それどころか商人の中でも、貴族とやり取りのある豪商しか、平民で使える者はいないような言葉遣いだった。
俺は、その場ではその子供の言い訳に納得したように見せていたが、その子供を怪しみ、他国のスパイだったらまずいと思ってその子供のことを調べさせた。スパイなら教育も受けてるだろうと思ったのだ。
この国は十数年前に戦争は終わり、他国とは停戦協定を結んでいるが、やはり相手を陥れたいと考える奴らはいくらでもいる。
念には念を入れた方がいいと思い、公爵家の影を使って調べさせた。
そうすると、母親、父親、妹は至って普通の平民で、あのレオンという子供も、特別不審な点はないという結果だった。生まれも育ちもあの家のようだ。
どういうことだ……? じゃあどこであの言葉遣いを覚えたんだ?
そう思い、レオンの生活圏内に没落貴族や豪商が実家の者がいて、レオンと頻繁に会っているかも調べさせた。
しかしそんな人もいなかった。
ますますわからない、今度食堂に行き直接話してみようと思っていた時、王都の中心街でレオンとばったり遭遇した。
中心街にいることにも驚いたが、マルセル殿といることになにより驚いた。マルセル殿は魔法具開発者として有名なのだ。
俺は、もしレオンがスパイで、マルセル殿が騙されているのだとしたらまずいと思い、二人をお茶に誘った。
そして今がその帰り道、やはりレオンという少年はおかしい。
敬語もだが、所作や食べ方までもしっかりと躾された貴族の子供と同等だ。それに読み書きもできるという。
どこで学んだのかが全くわからない。
ただスパイではなさそうだった。
そもそもスパイなら、平民なのにあんなに疑われることばかりしないだろう。
とにかく不思議でよくわからない。しかし、有能なことは確かだろう。話していてとにかく頭の回転が早く、大人と話しているようだった。
それに俺の勘だが、これから何か大きなことをやらかしてくれる気がする。
できれば目の届くところに置いておきたいな。まずは教材を届けるついでに、どれほどの学力があるのか確かめたい……
それと、王立学校もうちの屋敷から通わせるのがいいかも知れない。
あの子は優秀だが、自分の優秀さに気づいていなさそうなところがあった。経済など少し難しい話題を何気なく振ってみたが、普通に受け答えしていて、それが平民では異常だということに気づいていなそうだった。
隣のマルセル殿の方がよほどハラハラしていたよ。
この国にも危険な貴族はたくさんいるし、他国もまだまだ危険視しなければいけない。
あの子はそういう輩にすぐに騙されてしまうに違いない。そうなった時、あの子の頭脳が敵のために使われるのは脅威になる可能性がある。さらに、タウンゼント公爵家側の勢力にとってレオンが有益な存在だと知られれば、レオンが消される恐れもある。
やはり、監視下に置きたい。
ここは父上と母上、兄上達にも話をしておいた方がいいだろう。
俺はそのまま実家に向かうことにした。
その日の夕食の席、俺はタウンゼント公爵家で久しぶりに家族と顔を合わせて食事をしていた。
いつもは騎士寮に住んでいるので、実家で食事をすることは少ないのだ。
食事の席には、父上と母上、次兄が揃っていた。
この国の貴族は、基本的に15歳から自分の子供が15歳になるまでの期間、当主として領地にいて領地経営をする。
なので公爵家現当主である上の兄上とその妻と子供は、領地にいるのでここにはいない。
当主を子供に譲ると王宮で働くことになるので、王都の屋敷に戻ってくる。よって父上と母上はここにいる。
食事中は最近の近況などを話し、一通り食事が終わって食後にワインを飲んでいる時、父上が話すきっかけをくれた。
「それでフレデリック、何か話があるんだったか?」
「はい、父上。平民のレオンという少年について話があります」
貴族は家族同士でも、特に父上に対してはしっかりとした言葉遣いが必要だ。俺は平民のような家族関係が羨ましいが、この家は他の貴族家と比べると家の中の身分は厳格ではないし、家族仲も良いので良い家に生まれて良かったと思っている。
「平民だと?」
「はい。その平民は王都の西の外れで食堂をやっている家の長男で、歳は八歳。私が王都の西の外れに行った時、不注意でぶつかってしまって、その時に知り合いました。そして今日中心街で再会しまして、カフェでお茶をして来たところです。レオンは、まず最初に知り合った時、綺麗な敬語を使っていました。平民ではありえないような言葉遣いで、私は公爵家の影を使わせていただき、その平民を調べましたが怪しいところはなく、かと言って誰かに学んでいる様子もないとのことでした」
綺麗な敬語を使う平民、というところにやはり皆不信感を覚えるようで、最初より真剣に話を聞く体制になっている。
「そして今日ばったりと中心街で出会いまして、カフェで食事をしたところ、食事のマナーもよく躾けられた貴族の子と同等でした。他愛もない話の中に難しい話も織り交ぜましたが、全て理解し的確に返されまして私も驚きました。また、読み書きもすでに出来るようです」
「それはどういうことだ? うちの影が調べたのなら、怪しいところがないというのも間違いのない情報だろうし、学んだ様子もないというのは本当なのだろう。それならば学ばずとして全て完璧にこなすということか? そんな子供が本当にいるのか……」
父上がとても混乱している、他のみんなも同じように混乱しているようだ。
でもわかる、俺もまだ混乱してるくらいだ。
「それで父上、レオンは王立学校に行きたいようなのです。もし学校で有能さがわかり、他の勢力の貴族家や他国のものに目をつけられてしまっては、損失が大きい可能性があります。私が教材を用意する約束をしたので、もし王立学校に入学となった時には、うちの屋敷から通わせるのはいかがでしょう」
「ふむ、確かにそこまで有能な人材なら、早めに確保しておくべきだな。うちの勢力を後押しする人材になるやも知れん」
「はい。それにリュシアンがレオンと同じ歳に王立学校に入学するので、学校での様子もわかりますし、レオンなら良い友人になると思います」
リュシアンとは上の兄上の長男だ。ちょうどレオンと同じ年に王立学校に入学する。
「そうか、リュシアンと同い年なのか。そのレオンという平民がそれほど有能なのならば、リュシアンにも良い友となるだろう。レオンが王立学校に行くことになったら、家から通うことを許可しよう。それから、一度会ってみたいから今度連れてきてくれ」
「ありがとうございます。では予定を合わせて連れてきます」
「ああ、楽しくなりそうだな」
ああ…………父上の好奇心を刺激しちゃったみたいだ。父上は珍しいもの新しいものが凄く好きなんだよな。
まあ、認められたから今日のところは良しとしよう。
「ああ、それとフレデリック、レオンに一応見張りはつけておけよ」
「かしこまりました。影を一人つけておきます」
すぐに信用することはできないので、俺も影をつけるつもりだった。父上から申し出てくれたのはありがたいな。
そんな話で夕食はお開きになった。
レオンがこの国にとって有益となればいいんだが。そう思いながら、俺は騎士寮へと戻った。
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