第13話 初めての馬車
次の日、俺は朝起きてからウキウキと出かける準備をしていた。なぜなら今日は中心街に行く日だからだ。
とりあえず少しでも中心街で浮かないように、一番新しい服に着替えて、森に行くときの革靴を履いた。
ボロくて継ぎ接ぎの服に、草を編んだ靴よりはマシだろう。この辺の人たちは良く言えば物を大切に使うので、服が破れても直して使う。最後はその服を雑巾にして擦り切れて使えなくなるまで使う。
なので継ぎ接ぎがない服は貴重なのだ。
その貴重な一着を着て、革靴を履き、腰には小さな麻袋にお小遣いを全部入れてくくりつけた。
お小遣い全部といっても小銅貨数枚分、日本円で何百円分にしかならないが、無一文よりはマシかと思ったのだ。
よし、準備完了! 早く行こう!
まだ朝早いが、そわそわしてしょうがないのだ。
マルセルさんのところに行って早すぎても、魔法具を考えてればいいしな。
そう考えて、俺はマルセルさんのところに行くことにした。
「じゃあ母さん父さん行ってきます! マリーも行ってくるね、食堂よろしくね」
「気をつけるのよ」
「気をつけるんだよー」
「お兄ちゃん、帰ってきたらお話聞かせてね!」
「うん! 行ってきます!」
マリーは俺が中心街に行くと聞いて、ずっと一緒に行きたいと駄々をこねていた。しかし、母さんが今日のお昼を木苺のパンケーキにすると言ったら、急に言わなくなった。
マリーは時々大人びているが、やっぱりまだ子供だなぁとほっこりした。マリーに何かお土産でも買えたら買ってきてあげよう。
そんなことを考えながら歩いていると、マルセルさんの家にたどり着いた。
いつものようにドアを開けようとすると、今日は鍵がかかっているようだ。
流石に早すぎたかもしれない……
俺はドアをコンコンと叩いて少し大きな声で呼びかけた。
「マルセルさん! おはようございます!」
それからしばらく待っていると、ドアが開きマルセルさんが出てきてくれた。
「レオン、早すぎじゃよ」
「ワクワクして居てもたってもいられなくて……」
「はぁ、まあ向こうでのんびり出来るし良いかのぉ」
マルセルさんは呆れたような表情でため息をひとつ吐きそう言った。
「本当は昼の鐘の乗合馬車でいいかと思ったんじゃが、一つ早い馬車に乗れるじゃろう、今からすぐに行くのでいいか?」
「はい! すぐに行く方がいいです!」
「ちょっと待っておれ」
そう言ってマルセルさんはまた家の中に入っていった。準備がまだだったんだろう。
それから数分後、マルセルさんはいつもの服よりもかなり上等な服を着て出てきた。
布の質も柔らかくてかなり良さそうだし、色合いも鮮やかだ。
こんな姿を見ると、マルセルさんが準貴族だっていうのが理解できるな……いつもはただのお爺さんって感じだからな。
こんなこと本人には言えないけど。
俺がそんなことを考えながらボーッとしていると、マルセルさんは怪訝な顔で俺の顔をのぞいていた。
「レオン? 何をボーッとしとるんじゃ。まさか似合わないとでも思っとるんじゃなかろうな」
「そ、そんなことないです! ただ本当に貴族みたいだなーって思っただけで……」
「この格好は貴族の中では一番下のものじゃよ。平民でも裕福な商人はもう少し良いものを着ていたりするぞ」
「そうなんですね……」
そう考えると俺の家は結構貧しいんだろうなぁ。まあでも、王都に住めてるんだから地方よりはマシかもしれないけど。
「じゃあ行くぞ、乗合馬車乗り場は広場の近くにあるんじゃ」
「はい! あっ……乗合馬車っていくらかかるんですか?」
俺は馬車のお金のことを全く考えてなかったことに気づき、恐る恐るそう尋ねた。
「中心街までなら銅貨一枚くらいじゃよ」
「銅貨一枚!?」
どうしよう既に予算オーバーだ。俺は小銅貨数枚しか持ってないのに……
俺がどうすればいいかとおろおろ悩んでいると、マルセルさんがそれに気づき呆れたように言った。
「レオン、お主に払わせるわけがないじゃろ。そんなに慌てなくても大丈夫じゃ。そもそも今日は全部わしが払うつもりじゃよ」
「え!? それは、凄くありがたいですけど、いいんですか……? 俺なんてただの他人なのに……」
「ただの他人だなんて思っとらんよ。そう思ってたら中心街にわざわざ連れて行くわけないじゃろ。わしは結婚してないから子供も孫もいないんじゃ。レオンを見てると孫がいたらこんな感じだったのかと思うてな、嬉しいんじゃよ」
マルセルさん……なんていい人なんだ!!
俺、絶対マルセルさんに恩返ししよう。魔法具頑張って考えよう! それに、マルセルさんになら俺の属性のこと言っていいかもしれないな……
そう思ったら俺は少し気持ちが軽くなった。やっぱり誰にも言えないっていうのは辛いからな。
今は中心街を楽しんで、帰ってきたら話そう。
「マルセルさん! ありがとうございます!」
俺が満面の笑みでそう言うと、マルセルさんは少し照れたのかそっぽを向いてしまった。
「別にいいんじゃよ。ほらそろそろ着くぞ」
「はーい!」
乗合馬車乗り場は、広場より少し家から離れた方向にあった。
何台か馬車があり、様々な方面に馬車が出ているらしい。御者がどちらの方面に行くかの看板を持っているが、文字が読めない人のために声にも出してくれているようだ。
俺たちが行くのは中心街なので、中心街行きの馬車のところに行く。
「二人じゃが乗れるか?」
「はい、一人銅貨一枚です」
「こいつの分もで銅貨二枚じゃ」
「ありがとうございます。どうぞ」
お金を払うと馬車に乗ってもいいらしい。
馬車は布のようなものが掛けられている幌馬車で、馬は二頭いる。馬車の後ろ側から入るようだ。
馬車の中に入ると左右に木でできた長椅子がついていて、中には四十代くらいに見える夫婦と、まだ十代後半くらいの女性が座っていた。
俺とマルセルさんが椅子に座ると、夫婦が話しかけてきた。
「こんにちは、今日は観光ですか?」
「わしらは少し用があって行くんじゃよ」
「あらそうなんですね。私たちは観光で行くんです」
「それはそれは、ぜひ楽しんでくだされ」
夫婦の奥さんとマルセルさんがそんな会話をしている。
観光で中心街に行けるような人もいるんだなぁ。でも確かに夫婦の格好は綺麗に染めてある服で継ぎ接ぎもない。マルセルさんのより少し劣るが良い服を着ている。
平民の中では裕福な人たちなんだろうな。
それに比べてもう一人乗っている女性は、俺の家と大差ないか俺の家より貧しそうだ。
俺は一着だけあった継ぎ接ぎのない服を着ているが、この女性は中心街に行くのに継ぎ接ぎだらけの服を着ている。
そんなに貧しいのに何をしに行くんだろう?
俺が不思議そうに見ていたのに気づかれたのか、女性と目があった。
「君、何か用?」
「あ、えっと…………中心街に何をしに行くのかなぁと思っただけで……ジロジロ見てごめんなさい!」
お姉さんは少し機嫌が悪そうだったから、俺は慌てて謝った。
「別に謝らなくてもいいわよ。私は仕事を探しに行くの、別に珍しいことじゃないわ。この辺は仕事が少ないから中心街に仕事を探しに行く人は多いわよ。貴族や商家の下働きとか仕事はたくさんあるからね」
「そうなんですね……ありがとうございます」
俺がなんとなくお礼を伝えると、お姉さんはふいっとそっぽを向いてしまった。機嫌を損ねたんだろうか……? もう話しかけない方がいいよな。
それにしても、中心街に仕事を探しに行く人ってそんなにいるんだな。貴族の下働きとか言ってたけど絶対辛い仕事だろ、理不尽な貴族とかだったら最悪だし……
俺、絶対頑張って王立学校に入ろう。
そんなことを考えていると馬車が動き出したようだ。馬車に乗るの初めてだからワクワクする!
そんな呑気なことを考えていられたのは最初だけでした。馬車乗り心地悪すぎ!!
とにかく揺れる、お尻が痛い! 快適な車を経験したことのある俺には辛すぎる。
でもみんな平然と乗ってるし、文句言えないし!
もう早く着いてくれ!!!
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます