第7話 準貴族のお爺さん
俺とマリーは夜営業の中でも比較的忙しい開店から一時間ほどだけ手伝う。
夜ご飯は自宅で食べる人が多く、お店に来るのはほとんどお酒とおつまみを楽しみにくる人だけなので、あまり忙しくないらしい。
夜のメニューは、エールと日替わりのおつまみセットの二つだけ。みんながその二つを頼むので、接客はとても楽のようだ。
そんなことを考えていると、一人お客さんが来た。
「いらっしゃいませ、お好きな席どうぞ」
「エールとおつまみセットを頼む」
「はい。すぐ持ってきますね」
このお客さんのように常連さんで、メニューもわかっているので説明の必要もない。
この後は、五人のお客さんが来て客足が途絶えた。
「レオン、マリー、二人はもう下がっていいわよ」
母さんに呼ばれた。これで俺たちの仕事は終わりだ。
俺とマリーが厨房に行くと、母さんが俺たちの夜ご飯を渡してくれた。
この後は、夜ご飯を食べて体を拭いて寝るだけだ。母さんと父さんはお客さんが帰ってからご飯を食べて寝る準備をして寝る。
「マリー、夜ご飯食べようか」
「うん! お腹空いた!」
そんな話をしながらリビングに行き、二人で夜ご飯を食べ始めた。
「「いただきます!」」
今日の夜ご飯はパンと野菜たっぷりのスープだけど、この世界の夜ご飯は軽くが普通らしい。
夜ご飯は沢山食べないで、反対に朝とお昼ご飯は沢山食べる。
仕事を頑張れるように、夜以外を沢山食べる習慣があるようだ。
もぐっもぐっ……パンは硬いけどスープにつければ割といける。
「お兄ちゃん、木苺の料理ほんとに美味しかったね」
「パンケーキね」
「パンケーキ? そういう名前なの?」
「そう、お兄ちゃんがつけたんだ。覚えやすいだろう?」
別の名前をつけても絶対にパンケーキって呼んじゃうから、もうパンケーキって名付けたことにした。
味は全然パンケーキじゃないんだけど……
「うん! パンケーキまた食べたいなぁ」
「また作るよ。木苺も採りに行かないとね」
「うん! 私がいっぱい採るよ!」
そんな会話をしながら夜ご飯を食べ、体を拭きすぐに寝室に向かった。
マリーは疲れたのかベットに入った途端に眠ってしまったようだ。
寝室は一つしかなく家族全員で寝ているのでちょっと狭いが、それも良いなとマリーの寝顔を見ながら思った。
そして、俺も疲れていたのかそのまますぐに眠りに落ちた。
次の日の朝、朝の鐘で目が覚めた。
「うぅ〜ん、ふぁ〜よく寝た」
俺は目が覚めてベットの上で起き上がり、びっくりして動きを止めた。一瞬ここがどこだかわからなかったのだ。
そうだ……俺なぜか異世界でレオンになったんだっけ。本当に夢じゃなかったんだなぁ
そんなことを思っていると、隣から声が聞こえた。
「レオンぼーっとしてどうしたの?起きたなら顔洗ってきなさい」
「母さん、おはよう。起きるよ」
母さんと父さんもベッドから起き上がっている。今起きたところのようだ。マリーはまだスヤスヤと寝ている。
母さんと父さんはすぐ下に降りていった。俺もその後に続き下に降り、顔を洗ってリビングの椅子に座った。
昨日はなんか現実感がなかったけど、本当に俺はずっとこの世界で生きていくんだなぁ。
そんなことをしみじみと考えていると、母さんがマリーを起こして連れてきて、父さんが朝ご飯を持ってきてくれた。
「じゃあ食べましょうか、いただきます」
「「いただきます」」
「いただき……ます……」
マリーはまだ眠いようで、目を擦ってなんとか目を覚まそうとしている。
朝ご飯は、パンと目玉焼き、肉野菜炒めのようなものだ。どれも塩味だが素材の味で美味しい。
「今日は何か予定はあるの?」
母さんがそうマリーに聞くと、マリーは予定を思い出して目が覚めたようだ。
「今日はルークと屋台に行く予定なの!」
「あらそうなの、それは楽しみね」
母さんは優しい笑顔でマリーを見つめている。
マリーはルークと出かけるのか。ならちょうどいいな。一人で街を見て回りたいと思ってたんだ。
「お兄ちゃんも一緒に行く?」
「ううん、俺は他に予定あるからいいよ」
「そうなの? じゃあまた今度ね!」
「うん。今度は一緒に行こうね」
俺は朝ご飯を食べた後、洗濯を手伝い家の掃除をした。そしてお昼には営業の手伝いをして、自由時間になった。
「じゃあ、行ってきます!」
「気をつけるのよー」
「はーい!」
俺はお小遣いで貯めていたお金を持って外に出た。気になるものがあったら買ってみたかったのだ。
しかし鉄貨5枚しかなかったので、買えるとしてもちょっとした食べ物くらいだろう。お金も稼ぎたいよなぁ。
知識を売るにしても適正に買い取ってくれる人が必要だし、物を作るのは元手がないし……今は無理そうだよなぁ。
そんなことを考えながら、俺は家から森に行くのと反対方向に歩いていった。
レオンは家から遠くには行ったことがないからこの街のことはよくわからないが、こちら側にちょっとした広場がありそこに屋台があるらしい。
まずは広場に行き、そこから少し行ったことのないところにも行ってみることにした。
20分ほど歩くと広場についた。家から広場までは大通りをずっと歩けばたどり着く。そしてそのまま広場の向こう側に大通りが続いている。
広場の奥の通りに行ってみようかと思ったが、広場の左右にも大通りよりは少し細い道があることに気づいた。
なんとなく、狭い道の方が面白いお店があるような気がして、俺は左側の道を行ってみることにした。
左の道をしばらく進んでいると、殆どがただの住宅のようだがたまに工房のようなものがある。
看板にトンカチとノコギリの絵が描いてある工房や、服の絵、糸の絵、木の絵など様々な絵が掛けられている。家具工房や、服飾工房、紡織工房、木工工房などだろうか?
中からは話し声や大きな音が聞こえてくる。
そんな工房と住宅を通り過ぎしばらく歩いていると、文字が書かれている看板があった。平民はほとんどの人が文字を満足に読めないから、看板は絵が主流なのに……
そう考えつつ何気なく看板の文字を読むと、魔法具工房と書かれていた。
魔法具工房!? 魔法具なんてあったのか! 魔法具ってもしかして日本にあった機械みたいなものかな? それなら俺の欲しいものが色々あるかもしれない!
俺はとても気になり、どうしても魔法具を見てみたくなったので、失礼かと思いながらも工房を覗いてみることにした。
「こんにちは〜、誰かいますか?」
声をかけてみたが誰も出てこない。物音もしない。
「こんにちは〜! 誰かいませんか〜!」
今度は少し大きな声で呼びかけてみた。すると奥のドアが開き人が現れた。
「そんなに大きい声を出さんでも聞こえとるわい」
かなりのお爺さんだった。顔はシワが寄ってて、髪は薄く腰が曲がっている。
このお爺さんが魔法具を作っているのだろうか?
疑問に思っているとお爺さんから話しかけてくれた。
「それでお前さんは何用じゃ。こんなところに用がある奴なんておらんと思っていたがのぉ」
「魔法具に興味があって……」
「なんじゃと、お前さんは文字が読めるのか?」
あっ……! 文字読めるのダメなんだっけ、普通に読めるからつい読んじゃうんだよなぁ。
ど、どうしよう……でも色々教えてもらいたいから文字が読めることにした方がいいかな。
「近くに文字を読める人がいて教えてもらったんです」
本当はそんな人いないと思うけどそう言ってみた。
「そうなのか、それは幸運じゃったのぉ」
「文字が読めるのってそんなに珍しいんですか?」
「平民では珍しいぞ、文字が読めるのは余裕がある商人くらいじゃ」
「そうなんですね。俺は幸運だったってことですね」
あははと笑いながらそう答えると、お爺さんはまた俺に疑いの目を向けてきた。
「お主はその話し方も教わったのか?」
「話し方……?」
「そうじゃ、さっきから適切な敬語を使っておるじゃろ」
あ…………つい年上の人には敬語使っちゃうんだよなぁ。気をつけてたのに!
「ええ、文字を教わった人に教えてもらったんです」
「それにしても自然に身についておるのぉ、平民で使う敬語はもっと崩れたものじゃろ? 商人では綺麗な敬語を使う平民もおるが…………お主本当に平民か?」
なんか凄い疑われてるよな。これってまずいのか? どうしよう……俺が冷や汗をかいているとお爺さんが表情を少し緩めた。
「まあ、師が良かったんじゃろうな」
お爺さんは俺を疑うことをやめたようだ……良かったぁ。俺は心底ホッとしてそっとため息を吐いた。
そういえばさっきから平民とか平民じゃないとか言ってたり、お爺さんも敬語を理解してるみたいだけど、お爺さんって平民じゃないの?
「お爺さんは何者ですか? 平民じゃない……とか?」
「わしか? わしは一応貴族じゃ。ただ準貴族だから平民と変わらんよ」
やっぱり……! 嫌な予感がしてたんだ。でもなんで貴族がこんなところに? それに準貴族ってなんだろう?
「準貴族ってなんですか……?」
「準貴族は貴族の子供のことじゃよ。その家の当主になれば貴族になれるが、次男以下は貴族になれず準貴族のままのやつが多い。わしもその一人じゃ」
「なるほど、そうなんですね」
そんな仕組みがあるのか。長男は家を継いで貴族になるが、そのほかの子供は準貴族のまま。じゃあ準貴族の子供は?
「準貴族の子供はどうなるんですか?」
「それは平民になるんじゃよ。そうじゃないと貴族が増えすぎるじゃろ」
「貴族も結構大変なんですね……じゃあ次男以下に生まれたら貴族になる道はもうないってことですか?」
「いや、一代限りの爵位がもらえれば貴族になれるぞ。騎士爵と言ってな、子供に爵位を継がせることができないものじゃ。何か大きな功績を挙げたりするともらえるんじゃよ」
「そうなんですね」
貴族も大変なんだな。貴族に生まれれば一生安泰なのかと思ってたよ。そんなことを考えていると、お爺さんが呆れた目でこちらを見ていることに気づいた。
「何ですか?」
「はぁ、お主自分のおかしさに気づいてないのか?」
「おかしい……? 何か変なことでも言いましたか?」
「違う。変なことを言わなすぎるのじゃ。お主はまだ七、八歳ってところじゃろ。それなのに貴族の仕組みという難しい話題を的確に理解し、疑問点を質問してくる。明らかに平民の子供じゃないじゃろ」
やっっばい……! つい情報を得られるのが楽しくて質問しすぎた。もう誤魔化せないかな? 教えてもらったとか言っても無理があるか?
そんなことを考えながら俺が内心焦りまくっていると、お爺さんから話を進めてくれた。
「まあ、何か理由があるんじゃろうから言いたくないのなら言わなくても良い。わしはもう歳じゃ。最後に面白い子供に出会えて良かったと思っておくわい」
「えっと……ありがとうございます?」
「だがな、わしはいいが他のやつの前ではあまり異質なところは見せん方が良いぞ。悪い奴もたくさんいるんじゃからな」
「はい!」
凄く良いお爺さんだ。良かった……これからはもっと気をつけよう。
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