第6話 木苺パンケーキ
厨房に行くと父さんは夜メニューの準備を継続していたが、母さんが木苺を持ちスペースを開けて待ってくれていた。
「母さんありがとう」
「いいのよ、レオンの料理に興味があるもの」
「父さんもすごく楽しみだ」
「そんなに期待しないでね? 美味しいか分からないから」
そんなに期待されても困るよ。砂糖もないんだし、作り方も曖昧だから上手くできるか分からないし……
うっ……期待の眼差しが凄い……頑張ろう
「じゃあ始めましょう。木苺の他には何を用意すればいいの?」
えっと、確かパンケーキは小麦粉と卵と牛乳と砂糖で作れるんだった気がする……多分…………もっと料理しとくべきだった……
あれ? でも牛乳ってあるのかな? 冷蔵庫ないのに牛乳なんてなさそう。
「えっと、牛乳ってある?」
「牛乳はここには無いわね。保存ができないし、冬ならある時もあるけど今はないわ」
やっぱりそうだよな……牛乳がないとすると、水で作るしかないかな? 小麦粉と水と卵で作るパンケーキもあったはず。ただ、その場合は砂糖で甘くするから美味しいんだよな。砂糖ないから、小麦粉と水と卵に木苺で味付けしたものになるけど、それって美味しいのか?
まあ、何事も挑戦だな。
「母さん、小麦粉と卵と水が欲しいんだけどある?」
「あるわよ」
母さんは、すぐに食材を準備してくれた。
「これで全部ね。これをどうするの?」
「えっと、器で全部を混ぜ合わせるんだ」
「パンと似てるわね。作るのはパンなの?」
「パンには似てるけど違うんだよ」
俺はそう言って、器に卵と水を入れて混ぜ、そこに小麦粉を入れていった。結構ドロドロな感じだった気がするから、このくらいかな?
俺がそんな適当な感じで作っていると、母さんが青ざめた表情で俺を止めた。
「レオン! 待ちなさい。そんなに水をたくさん入れてドロドロじゃない!」
「この料理はこれでいいんだよ」
「でも、無駄にならないかしら?」
「大丈夫だよ……こういうレシピってないの?」
「ないわね。パンを作るときは固まるように水は少ししか入れないし、卵も入れないわ。小麦粉は基本的にパンを作るときにしか使わないし、卵は茹でるか焼くかするだけよ」
それはこの世界料理が発展してないはずだよ……覚えてるものは少しずつ作ろう。卵ってめちゃくちゃ便利なのに。
「でも、俺のレシピはこれでいいんだよ」
そう言っても、母さんはまだ不安そうだ。まあ、レオンは今まで料理なんてしたことないんだから、不安なのも当然だよな。
困っていたら父さんが助け舟を出してくれた。
「ロアナ、レオンがやる気になってるんだからやらせてあげればいいじゃないか。無駄にならないように少しずつ作ればいい」
「それもそうね。レオン少しずつよ」
「うん! ありがとう!」
父さんありがとう……! 今度何か絶対お礼する! 俺ができることなんて少ないけど絶対!
「よしっ! こんな感じでいいと思う」
俺は、いい感じのドロドロ具合になったので手を止めた。後はここに木苺を入れれば完成だ。
そこで俺は顔を上げると、唖然とした顔をしている母さんと父さんと目があった。
「レオン……? もしかしてそれで完成なのかい? それを食べるのかい?」
父さんに恐る恐る聞かれた。
「違うよ! これはまだ途中だよ。これから木苺を入れて焼くんだ」
「そうなのね、まだ途中ならおいしそうに見えなくてもしょうがないわね」
母さんがそんなことを言った。そんな得体の知れないものを見るような目で見なくてもいいのに! まあ、確かにこのままでは不味そうだけど……
これは早く完成させたほうがいいな。
俺はさっき卵を溶いた器を水で濯ぎ、そこに木苺を入れて木べらで潰し始めた。そのまま入れてもいいけど、潰したほうが味が染み込みそうだと思ったのだ。
もう俺にとってもどんな味になるのか分からない。
しばらく木苺を潰して、そこそこの量になったところでさっき混ぜた器に木苺を入れた。そしてまた混ぜ合わせる。
混ぜ合わせたら、そのままの木苺も何個か入れた。実の食感があったほうが良いかもしれないからな。
「よし! できたよ! 後は焼くだけなんだけど、フライパン使っていい?」
「ええ、いいわよ。このフライパンを使いなさい。火はつけるからちょっと待ってね」
そう言って母さんは、手を竃に入れてある薪にかざすと『火種』と一言呟いた。すると、さっきまで全く燃えていなかった薪が燃えている。
俺は驚いて言葉を失いながらも、これが魔法か……! と思った。レオンの記憶にはあったが実際に見たのは初めてだ。
凄い! かっこいい! 異世界だ! と俺は心の中でテンションマックスになっていた。
レオンの記憶では母さんも父さんも属性は火だが、魔力量が少なく一日に一度くらいしか使えないらしい。
俺も早く魔法を使ってみたい! 教会に魔力測定に行くのがすごく楽しみだ!
そんなことを考えながら竃を見つめて立ち尽くしていると、母さんに話しかけられた。
「レオン? ぼーっとしてどうしたの? 早く焼かなくていいの?」
俺は魔法への妄想を膨らませていたところから我に返った。そうだ……今はパンケーキを作ってるんだった。
「ごめん母さん、魔法かっこいいなぁって思ってたんだ」
「レオンも八歳になったんだからすぐに使えるようになるわよ。今度教会に行きましょうね」
「うん! 楽しみ!」
俺が満面の笑みでそういうと、母さんは苦笑いをしながら言った。
「今は魔法じゃなくて、料理を完成させないとよ」
「はーい」
俺はとりあえず魔法への興奮を抑えて、料理に集中することにした。
この厨房は大人が立って使えるタイプの竈なので、踏み台を置いてもらって竃の前に立ち、パンケーキを焼こうとした。
しかし、焼こうとして気付いた。バターがあったほうが美味しくできそうだ。牛乳がなかったからないかな?
「母さん、バターってある?」
「バター? あまり使わないからどうだったかしら」
母さんが棚を探している。そんなに忘れられてたようなバター大丈夫なのか? 冷蔵庫とかないし……
そう思っていたら、バターが見つかったようだ。
「あったわよ! 後ちょっとしかないけど大丈夫?」
見たらスプーンで一掬い分くらいはあったので足りるだろう。
「大丈夫だよ!」
腐ってないのかと思ったが、見た目は普通だし匂いも変じゃないから大丈夫だろう。
そう考え、俺はフライパンにバターを入れ火にかけた。そしてバターが溶け始めたので、先ほど作ったものをフライパンに流し入れた。少し量が多かったので二回に分けることにしたから半分だけだ。
たしか、プツプツと泡が出始めたらひっくり返すんだよな。
しばらく待っていても、プツプツと泡が出てこない。でも、もう焼けてる気がするんだけど……俺は裏側を見てみたが、結構焼けている。もうひっくり返した方がいいよな。これ以上は焦げそうだ。
別のもう少し大きな木べらを持って来て、ひっくり返そうとする。しかしうまくいかない。これ難しいな……
しばらく格闘していると、父さんが助け舟を出してくれた。
「それをひっくり返すのか? 父さんがやるよ」
「ほんとに? 父さんありがと」
父さんにフライパンと木べらを渡すとヒョイっと簡単にひっくり返した。
凄いさすが料理人だ!
「父さん凄いね! かっこいいよ!」
「そうか? 嬉しいなぁ」
父さんはすごく嬉しそうにニコニコしている。
「それにしても良い匂いになってきてるね」
「うん! 美味しそうでしょ」
さっきから結構良い匂いが漂ってきている。パンケーキの匂いではないけど……でもとりあえずよかった、匂いは成功だ。
「確かに良い匂いがするわね。焼く前の状態はすごく美味しくなさそうだったのに」
母さんはストレートに言い過ぎなんだよな。まあ、あれじゃあしょうがないけど、俺はまだ半分残っている焼く前のパンケーキを見てそう思った。
そろそろいいかな? 木べらで裏面を確認してみるとしっかり焼けているようだ。
「よし! これで完成だよ! お皿ある?」
「これを使いなさい」
「ありがとう!」
母さんが出してくれた器にパンケーキを盛りつけた。
そして、もう一つも同じように焼いた。とても良い匂いだ。お腹が空いてくる。
「夜の営業までもう少し時間があるから、みんなでおやつとして食べちゃおうか?」
「そうね。でも竃の火が大きいままで心配だから、お行儀悪いけど厨房で食べちゃいましょうか。母さんはマリーを呼んでくるわ」
「ほんとに!? やった!」
「レオン、父さんと四人分に切り分けておこうか」
「うん!」
そんな会話をして母さんはリビングにマリーを呼びに行って、俺と父さんはパンケーキを切り分けて四つのお皿に盛りつけた。
ちょうど盛り付け終わった時、厨房のドアが開きマリーが入ってきた!
「お兄ちゃんの料理できたの!? すごく良い匂い!」
「できたんだよ。食べてくれる?」
「うん! 楽しみだったの!」
美味しければいいんだけど、俺はドキドキしながらみんなにフォークを配った。
「じゃあ食べようか。いただきます!」
「「「いただきます!」」」
俺は恐る恐るパンケーキを口にした。もぐっ……もぐっ……悪くない!
明らかにパンケーキではないけど、これはこれで美味しい! ちょっとだけモチモチとしてるような、どっちかというとお好み焼きみたいな食感だ。そのまま木苺を食べた時よりは酸っぱさもあまり気にならなくなってる。
成功と言えるかは微妙だけど、まあ、不味くないなら成功だろう。割とクセになるかも。
俺は安心してパンケーキを食べていると、みんなが静かなことに気づいた。
みんなを見てみると、父さんと母さんはパンケーキを一口食べて固まっている。マリーは黙々と食べ続けている。
美味しくなかったのかな……?
「みんな、もしかして美味しくない……?」
俺は心配になってそう声をかけた。結構美味しいと思ったんだけど、口に合わなかったかな?
そう思っているとみんながぶんぶんと激しく首を横に振っている。
「レオン、違うんだ! 美味しくてびっくりしてただけだよ。食感が面白くていいね」
「そうよ。さっきのがここまで美味しいなんて驚いちゃって。絶対に美味しくないと思ってたもの」
「お兄ちゃん! これ美味しいよ! 食感が好き! また作ってね!」
驚いてただけか……よかった。俺はすごくホッとして息を吐いた。
でもこの料理でここまで驚いてくれるんだったら、日本の料理を食べたら驚きっぱなしだな。俺はそんなこと思いながら緊張に強張った顔を緩めた。
「美味しいって言ってもらえてよかった」
「本当に美味しいわ、材料も簡単だしアレンジもできそうね」
「レオンは料理の才能があるんじゃないか? これからも思いついたものがあったら作ってみるといいよ」
「ほんとに!? ありがとう!」
親の贔屓目とか入ってると思うけど、嬉しいな。もっと美味しいものを作れるように頑張ろう。
俺が思いついたわけじゃないからちょっと複雑だけど、みんなが喜んでくれてよかった。
「もう終わっちゃった。お兄ちゃん、すっごく美味しかったよ!」
「マリー美味しかった? よかったよ。また作るからね」
「うん! また木苺採りに行こうね!」
「そうだね」
マリーは本当に美味しかったようだ。満足そうに笑っている。
その時、夜の鐘が聞こえてきた。
「もう時間なのね。夜の営業始めるわよ」
「そうだね。レオンとマリー、食堂の方お願いしてもいいかい?」
「「うん!」」
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