第4話 普通の森

「母さんと父さんは夜メニューの準備をするから、レオンとマリーは遊んできて良いわよ」

「そうだね。気をつけるんだよ」


 母さんと父さんのその言葉に、マリーが今思い出したかのように椅子から立ち上がり叫んだ。


「忘れてた! お兄ちゃん、今日ニコラお兄ちゃんとルークと森に行く約束してたの!」

「そうなの?」

「うん、お兄ちゃん忘れたの?」

「い、いや覚えてたよ。早く準備しないとね」


 俺は内心焦りながらマリーにそう答えた。確かにレオンの記憶を探ると……約束したみたいだ。

 この記憶って、自分から思い出そうとしない限り出てこないから少し不便なんだよね。……まあ、ないよりは全然マシだからありがたいけど。


 ニコラとルークは隣にある道具屋の子供達だ。いわゆる幼馴染で仲が良く、頻繁に一緒に遊んでいるらしい。ニコラが俺と同い年で、ルークがマリーと同い年なところも仲が良い理由だろう。


「今日は森に行くの? 獣よけの鈴は絶対に持っていくのよ」

「もちろん、忘れないから大丈夫だよ。たくさん果物採ってくるね!」


 獣よけの鈴とは、森に行く時に必ず持っていくものらしい。日本でいう熊よけの鈴みたいな物だろう。レオンの記憶では森に魔物がいるということはなく、小動物や熊がいるぐらいみたいだ。それも森の深いところにいるので浅いところではほとんど出会わず、獣よけの鈴を付けていれば一切出会わないらしい。

 異世界には魔物がいるのが定番だけど、この世界にはいないのかな。あれは物語の中だけだったのか……まあ、いないならそれは良いことだ。実際魔物と戦うなんて無理だし怖すぎる。


「お兄ちゃん、準備しよう!」


 マリーは俺の手を引いて、階段を上がり二階の物置部屋に入った。森に行くときは革製のブーツに履き替えて、ナイフと皮袋に入った水、収穫したものを入れる背負い籠を持って行くらしい。

 今の俺の服装は、ゴワゴワしたTシャツのようなものと同じ素材で作られた紐で結ぶタイプのズボンだけど、服はそのままで森に行くようだ。


 よしっ、準備できた。ナイフを腰につけてるのってなんか緊張するな。子供でもナイフを持つところが異世界だ。


「マリー、準備できた?」

「できたよ!」

「じゃあお水を入れたら行こうか」


 飲み水は井戸の水なので、水を汲むのにも井戸に行かなければいけない。井戸はポンプ式ではなく紐で引き上げるタイプなので、水を汲むのも大変だ。

 俺は井戸に着くと桶を落とし水を入れ、ぐっ……ぐっと勢いよく紐を引いた。予想以上に重くて手が痛くなる。


 ふぅ〜、やっと上まで来た。八歳の体だと井戸の水を汲むのも一苦労だ。水を皮袋に入れ、森に行く準備は完了だ。


「じゃあ、マリー行こうか!」

「うん!」


 俺達は厨房のドアを開け、父さんと母さんに挨拶してから家を出た。


「行ってきます!」

「いってらっしゃい。気をつけるのよ」

「暗くなる前には帰ってくるんだよ」

「はーい!」


 家を出ると隣の家に向かう。隣の家はうちと同じような作りで、食堂部分が道具屋になっている感じだ。ナイフや皮袋、麻袋など日常で使う様々な道具を売っている。


「こんにちは! ニコラとルークいる?」

「あら、マリーちゃんいらっしゃい」

「おばさん、こんにちは」

「レオンも来たのね。ニコラとルーク、もうすぐ来ると思うからちょっと待っててね」


 お店のカウンターにはニコラとルークの母さんがいた。おばさんって呼んでるけど、うちの母さんと同い年くらいのまだ若い人だ。少しふくよかで優しい笑顔が印象的で、今もレジ代わりのカウンターの中で椅子に座って、にっこりと笑いかけてくれている。


「今日はおじさんいないの?」

「ベンは仕入れに行ってるのよ、ごめんなさいね。森から帰ってきたときにはもう家にいると思うから会えるわよ」

「やった〜! 私おじさん大好き!」

「うふふ、それを聞いたらベン大喜びよ」


 ベンとはニコラとルークの父さんで、凄く明るくて元気な人だ。マリーはおじさんが大好きでよく会いに来ているらしい。ちなみにおばさんの名前はサラだ。


「レオンとマリー、お待たせ」

「ニコラ! 大丈夫、そんなに待ってないよ」


 ニコラが扉を開けてお店の方に来た。ニコラは緑の髪に緑の瞳で、日本人の俺からすればかなり奇抜な色だけど、この世界では普通の色だ。レオンの記憶から、ルークは青の髪に青の瞳らしい。こっちも凄い色だよね……


「ルークもあと少しで来るから」

「ニコラお兄ちゃん、今日は果物採ろうね!」

「そうだな。いっぱい採ろう」

「うん!」


 ニコラはマリーを実の妹のように可愛がってくれている。今も顔を優しげに緩めてマリーの頭を撫でている。ニコラは歳の割にしっかり者で、頼りにできるやつだ。


「ごめん! 待ったー? 靴が上手く履けなくてさぁ」


 ルークがそんな言葉を口にしながらお店の方にやって来た。


「ルーク大丈夫だよ。靴履けたの?」

「もう完璧だぜ!」


 ルークは腰に手を当てて胸を反らし、えっへんと得意げにしている。ルークはニコラと違って少しやんちゃな男の子だ。でもレオンの記憶からして、優しくて素直な良い子のようだ。


「ルーク遅いよ! もうっ、早く行かないと果物採る時間無くなっちゃうでしょ」

「ごめんごめん、俺がマリーの分も採るの手伝うからさ」

「ほんとに!? やったー、ありがと」


 マリーは最初、眉間に皺を寄せて怒っていたけど、ルークが果物を採るの手伝うと言った途端満面の笑みになった。レオンの記憶で食べたことがある甘いものは森の果物しかなかったから、果物は貴重な甘味なんだろう。


「じゃあ行こうか。獣よけの鈴は持った?」

「持ったよ!」


 ニコラが最後の確認をして出発になった。レオンの記憶で王都は塀で囲まれているとかはなく、住宅などが密集している場所を過ぎると畑や牧場が広がり、家はポツポツと建っているだけになる。

 家の前を通っていた踏み固めただけの道路をずっと進んでいくと畑や牧場が見え始め、そのまま少し進むと右に逸れた道がある。その道を十分くらい進むと森に辿り着くのだ。俺達は黙々と歩き、子供にしては速い速度で森に着いた。


「少し休憩してから果物を見つけようか」

「ニコラお兄ちゃん、私はまだ大丈夫だよ。早く果物見つけようよ!」

「ちゃんと休んでからな。疲れても家まで歩かないといけないんだから」

「……そっか。は〜い」


 俺達はニコラの言った通り少し座って休憩することにした。森まで歩いて三十分くらいだけど、子供の体では結構疲れるのだ。


「兄ちゃん! 果物いっぱい採れるか?」

「今はまだ本格的に暑くなってないからな。採れるものも少ないと思う」

「なんだよ、ちぇ〜」

「ニコラお兄ちゃん、果物採れない?」


 マリーがまだ採れるものが少ないと聞いて涙目になっている。それを見たニコラは慌てて言った。


「い、いや、今の時期でも採れるものもある! なあレオン」


 そこで俺に聞くの!? マリーが涙目で俺を見上げてくる。えっと、レオンの記憶で今の時期に採れるものは……木苺だ!

 この世界って植物とか動物とか、日本と一緒のものが多いな。少し違うものもあるけど似ているものが多い。


「マリー、今の時期は木苺が採れるよ。探してみよう?」

「本当!? 木苺好き! 甘くて美味しいよね」

「木苺採れるのか!? やったぜ、俺あれ好きなんだ」

「じゃあ、今日は木苺を探すことにしようか」

「うん!」


 マリーが満面の笑みで頷いてくれた。機嫌が治ったみたいで良かったな。俺はホッと息を吐き、ニコラをジト目で見つめた。ニコラめ、俺を犠牲にしやがって……そう思って見つめていたら、ニコラと目が合い目線で謝られた。


 俺はその様子を見て精神年齢二十歳として情けなくなり、ニコラを責めるのはやめた。

 なんかレオンの体になってから、行動や思考が子供に戻ってる気がする。もしかしたら少しレオンに引っ張られてるところもあるのだろうか。……まあ今は子供なんだし、レオンに引っ張られてるくらいが丁度良いかな。


「じゃあ木苺を見つけよう」

「そうだね」


 俺達は森に入り手分けして木苺を探した。しかし森に入ると言っても本当に森の外縁部だけで、すぐに森の外に出られるところまでしか入らない。森で迷ったら危ないからだ。

 奥に入ると川が流れているけど、そこまで行くのはもう少し大きくなってからと決まっている。


「木苺あったよ!」


 マリーの叫び声が聞こえてきた。俺はその言葉を聞いて慌ててマリーがいるところに向かうと、たくさんの木苺が実っている木が見える。

 ニコラとルークも駆けて来て、目をキラキラと輝かせている。ニコラは大人びて見えるけど、こういうところは子供らしくて可愛いな。


「収穫しようか。マリー麻袋持ってきたからこれに入れてね」

「うん、ありがとうお兄ちゃん! たくさん嬉しい」

「そうだね。頑張って採って母さんと父さんにもあげようか」

「うん!」


 マリーは小さな手で一生懸命木苺を収穫し始める。俺もマリーと一緒に収穫を始め、ニコラとルークも逆側から収穫を始めている。

 結構たくさんあって大変だな。でもこの世界に甘いものってほとんどないみたいだし、果物を食べてる記憶も森で採ったものぐらいしかないから貴重なのだろう。頑張って採ろう。


 それから一生懸命に収穫を続け、麻袋がいっぱいになったところで手を止めた。


「そろそろ終わりにしようか。もう袋いっぱいだし」

「ほんとだ。いっぱいだね!」

「こっちもかなり採れたから大丈夫だ」

「俺がいっぱい採ったんだ!」


 三人とも木苺がたくさん採れて瞳がキラキラしている。俺も思わず顔に笑みが浮かぶ。


「休憩しながら少し食べちゃう?」

「うん、食べる!」

「じゃああそこの石に皆で座ろう」


 腰掛けられる程度の高さの石に皆で座り、木苺を食べることにした。色は濃いし美味しそうだけど味はどうだろう……ぱくっ…………すっっぱっい!! 

 なにこれ、めちゃくちゃ酸っぱい! 確かに甘さはある。だけどそれを上回る酸っぱさが強くて甘さをほとんど感じない。

 皆は食べられるのか? そう思って横のマリーを見てみると、ニコニコと美味しそうに食べている。


「マリー、酸っぱくないの?」

「なんで? 甘くて美味しいよ!」

「ほんとに? ニコラとルークは?」 

「甘くて美味しいな」

「めっちゃうまいぜ! やっぱり木苺最高だな!」


 皆本当に美味しそうに食べている。何でだろう……苺と言ったらもっと甘くて瑞々しいんじゃ。

 そうか、俺は日本でたくさん甘いものを食べてたからこれが酸っぱく感じられるんだ。生まれてから甘いものといったら森の果物しかなければ、これが甘いものとなるんだろう。


 皆はそれで良いかもしれないけど、俺はもう甘くて美味しいものをたくさん知っている。甘い果物も食べたいし、ケーキ、クッキー、チョコレート、思い出すだけで食べたくなる。

 砂糖があれば簡単なお菓子なら作れるかもしれない。砂糖を見つけないと、これは急務だ。そんなことを考えていると、皆が休憩を終えて立ち上がっていた。


「今日はまだそんなに時間が経ってないから、薪も拾って帰ろう」

「そうだな。俺が一番拾うぜ!」

「一番は私だもん!」


 三人がそんな会話をして薪拾いを始めている。薪といっても地面に落ちている枝を拾うだけだけど、結構重労働だし重くて持って帰るのも大変だ。


 なんで俺達がそんな薪を拾って帰るのかというと、薪を持って帰るとお小遣いが貰えるからだ。うちは食堂なので、薪は大量に消費する。基本的には購入しているけど、結構な金額になるので少しでも節約するために、森に行くと枝を拾ってきて薪がわりにするのだ。

 他の家でも節約のために森から拾ってきている家も多いようで、ニコラとルークの家もその一つらしい。


「お兄ちゃんも早く拾ってよ!」

「ごめんごめん、今拾うよ」 


 マリーに急かされて俺も薪拾いを始めたけど、背負い籠がどんどん重くなるし中腰なのも辛い。でもマリーやルークが弱音を吐かずにやってるから、年上の俺が弱音を吐くわけにはいかない。俺も頑張らないと。

 この世界の子供は強いな。そう思いながら薪拾いを続けた。



「そろそろ遅くなってきたから帰ろう」


 ニコラのその言葉を皮切りに、皆で帰る準備を始めた。この世界には時計がないので正確な時間は分からないけど、太陽の位置で大体の時間は分かるらしい。


「よし、皆大丈夫か?」

「うん、大丈夫!」

「俺もまだまだ歩けるぜ!」

「俺も大丈夫だよ。帰ろうか」


 帰りは皆で黙々と家に向かって歩いた。そして行きよりも少し時間をかけて家まで辿り着いた。

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