第3話 異世界の食事

 やっと掃除が終わった……綺麗になった玄関を見て満足していたそのとき、大きな鐘の音が聞こえてきた。これがお昼の鐘か……そう思っていると家のドアが外側に大きく開きマリーが出てきた。


「お兄ちゃん終わったの? お昼の鐘が鳴ったからもう開店だよ!」

「お、終わったよ。綺麗になってるでしょ?」

「本当だ。じゃあそんなとこに立ってないで早く中を手伝って!」

「分かった分かった。今行こうと思ってたんだ」


 マリーは逞しく育ってるな……そう思いながら家に入ろうとしたらまたマリーに怒られた。


「お兄ちゃん! ドアを固定してからでしょ」

「そうだった、ごめん忘れてたよ」


 食堂に入る前に玄関のドアを大きく開いて、ストッパーで固定した。この国でお店が開いている時は、ドアを開けっぱなしにしておくことが多いらしい。そうでない店もあるけど、お店の明るさの為や文字が普及してないが故の習慣のようだ。

 そうしてお店のドアを開けたら、すぐに一人のお客さんがやって来た。


「もう開店したのか?」

「はい! いらっしゃいませ!」


 マリーがお客さんに、にっこりと笑顔で答える。お客さんはそんなマリーを見て顔がだらしなくニヤけている。マリーは本当に看板娘としての役割を果たしているみたいだ。俺も頑張らないと! そう思い、お店の中に入った。

 そうするとどんどんお客さんが入ってくる。うちは結構人気の食堂みたいだな。俺は次々とお客さんを席に案内していった。


 うちの食堂の昼メニューは、ステーキセットか豚肉の野菜炒めセットの二つだけだ。固いパンにスープと水がセットの内容で、メインをステーキか豚肉の野菜炒めか選べる。

 結構がっつりメニューなので男性客が多く、ステーキの方が頼まれる割合が高い。

 また新しいお客さんだ。かなりガタイの良いおじさんが来た。


「いらっしゃいませ、ステーキか豚肉の野菜炒めどっちにしますか?」

「ステーキを頼む」

「はい、ステーキ一つ!」


 この世界は、日本のように丁寧な接客は必要とされてない。笑顔で働いてれば高評価な店になるくらいだ。


「レオン、ステーキよろしく」

「うん!」


 俺の仕事は注文を聞いて出来上がったら、先に注文したお客さんから順番に食事を出していくことと、テーブルの片付けだ。セットのパン、スープ、水はマリー担当だから俺はステーキか豚肉の野菜炒めを出せば良い。

 器とカトラリーは木製だから割る心配はないけど、お客さんの数が多くて結構大変だ。


「レオン、野菜炒めとステーキ三つできたよ」

「はい、持ってくね!」


 そうして忙しく仕事をしていると段々客足が収まってきて、最後のお客さんが店を出てお店は閉店となった。

 お店は閉店時間が決まっているわけではなく、お客さんが来なくなったら閉店になる。なので日によって閉店時間はまちまちだけど、皆お昼の鐘が鳴ると食堂に来るからそこまで差は出ないようだ。


「皆お疲れ、お腹空いたなぁ」

「私達もお昼にしましょうか」

「お昼! やったー! 凄くお腹空いてたの」


 レオンの家族は、食堂の昼営業が終わってからお昼ご飯になるらしい。俺もお腹が空いてたから早く食べたい。


「レオンも食べるわよね?」

「うん! お腹空いた!」

「じゃあ皆でご飯にしましょうか。今日はステーキが二枚残ってるから半分ずつ食べられるわよ」

「やった〜! 最近野菜炒めばっかりだったから嬉しい!」


 いつもお昼ご飯は昼営業の残りを食べるみたいだけど、そうなると必然的に野菜炒めが多くなる。マリーは最近、野菜炒め飽きたとずっと言っていた。

 今は満面の笑みでステーキを待っている。父さんはそれを見て苦笑しながら言った。


「マリー、今から焼くからもうちょっと待ってて。マリーの分は大きめにしてあげるから」

「大きめ!? やったー!」

「あらあらマリーはステーキが好きなのね」


 母さんまで笑っている。俺も思わず笑ってしまった。すごく素敵な家族だ。日本の家族のことを思い出すと悲しいけど、この家族の一員になれて良かったと思った。


「父さん! 俺も大きめがいいな!」

「レオンもかい? じゃあ大きくしてあげよう」

「もう、二人とも子供なんだから」


 父さんと母さんが顔を見合わせて笑っている。


「じゃあ二人ともリビングで待ってなさい」

「「はーい!」」


 俺とマリーは二人揃って返事をして、リビングに向かった。

 リビングには机と四人分の椅子があり、マリーと俺は隣同士でマリーの前が母さん、俺の前が父さんが定位置らしい。

 いつもの定位置に座った。


「お兄ちゃん、ステーキ楽しみだね!」

「そうだね。美味しいよね!」

「うん! 私ステーキ大好き! もう四日間もステーキ残らなくて食べてないんだよ。ちゃんと数えてたんだ!」


 そう言ってマリーは、腰に手を当てて自慢げに胸を反らしている。顔も得意げだ。

 俺の妹、か、可愛い……! もう兄バカ一直線になりそうだ。


「マリーは偉いね。ちゃんと数えられたんだ」


 そう言いながらマリーの頭をポンポンと撫でてあげると、マリーはとても嬉しそうに笑った。可愛い……!

 俺がマリーの可愛さにデレデレしていると、リビングのドアが開き父さんと母さんが入ってきた。


「ご飯できたわよー」

「はい、これマリーとレオンのステーキだよ」

「きゃ〜! やった!!」

「美味しそう!!」


 そこには焼き立てのとても美味しそうなステーキがあった。この世界に来てから初めての食事だ。口に合うといいんだけど……でも匂いはめちゃくちゃ美味しそう。じゅるり、思わず涎が垂れそうになる。


「パンとスープと水もね。はいどうぞ」

「二人は野菜炒めも食べるかい?」

「私はステーキだけでいい!」

「俺は野菜炒めもちょっと食べたいかな」

「はい、これレオンの野菜炒めね」


 他の料理も美味しそうだ! 早く食べたい。


「じゃあ食べましょうか、いただきます」


 俺はその言葉に心底驚いた。この世界でも「いただきます」と同じような意味の言葉があるのかな。それが翻訳されてるとか? 

 よく分からないけど……、とりあえず便利だからいいか。考えてもわからないし。とにかく今は食べよう!


「「「いただきます!」」」


 俺はまずステーキをフォークに刺した。この世界は個人でナイフを使う習慣はないようで、ステーキは食べやすいサイズにすでに切られている。

 ぱくっとステーキを一口食べる。


「美味しい!」

「お兄ちゃん美味しいね!」


 ほんとに美味しい。日本で食べた牛肉のステーキと同じ味だ。この世界の食べ物は日本と変わらないのかもしれない。

 でもレオンの記憶では、食事のレパートリーは少ないようだ。ということは、素材は同じだけど調理法が発展してないってことなのかもしれないな。このステーキもすごく美味しいけど、塩味だけだ。

 パンとスープも食べてみよう。ぱくっ……硬っ!? めちゃくちゃ乾燥したフランスパンって感じだ。まあ、良く噛めば食べられるし味はいいけど、食べづらさはある。

 スープは……ごくっ、うん。不味くはないけど塩味だけだから少し物足りなく感じる。やっぱり出汁がないからかな。

 野菜炒めはどうだろう? これは……普通に美味しいな。日本でも食べ慣れた味だ。日本でも野菜炒めは塩味だったからかもしれない。


 うん、高望みしなければ普通に美味しいご飯だ。これは本当に良かった。食事が口に合わなすぎてキツいってことはなさそうだ。

 もっと美味しいご飯についてはこれから考えよう。そんなことを考えながら食べていると、いつの間にか食べきっていた。


「美味しかった。ごちそうさま」

「私も食べきったよ。美味しかった!」


 横を見るとマリーも食べきっていて、満面の笑みで満足そうにしている。それを父さんと母さんもニコニコと見ている。

 幸せだな、この異世界でこの家族を大切にしていこう。そう思った。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る