第2話 出会い

 さて、これからどうするか。母さんは寝てろって言ってたけどもう寝られそうにない。とりあえず、家を探検してみるか! 記憶と実際に見るのは全然違うからね。

 そう思ってベッドから降りようと足を下ろしたところで、ベッド脇に靴が置いてあることに気づいた。家は土足みたいだ。


 靴を履いてみると、草のようなものを編んで作られていることがわかる。ちょっとチクチクするけど今は我慢だ。この世界にこんな靴しか無いなんてことはないだろう。

 ベッドから降りて部屋に一つだけあったドアを開けてみる。そろりと顔を出して部屋の外を覗くと、右側は行き止まりとなっていて窓が開けられていた。そして正面にはもう一つ部屋があり、左側には下り階段があった。

 まずはもう一つのドアを開けてみることにする。


「失礼しまーす」


 小さな声でそう言ってそっとドアを開けた。なんとなく他人の家をこっそり覗いてるような気分になってしまう。

 もう一つの部屋は物置部屋みたいなものだった。今の俺が見てもよくわからないので、ここは入らない方がいいかな。


 次は下の階に行こう。そう思ってギシギシとうるさい階段を下っていくと、真っ直ぐな短い廊下があり、廊下の突き当たりにドアが一つ、右側にドアが二つ、左側にドアが一つあった。

 右側のドアから開けてみると一つ目のドアはトイレで、二つ目のドアは机と椅子が置いてありリビングのようだった。


 中に入ってみると、リビングの奥にもドアがあることが分かる。鍵がかかっていたので開けてドアを開くと、小さな庭と井戸があった。隣の家や後ろの家とは木の柵で遮られていて、家の前の道からも庭に入れないように木の柵があるので、中庭のような感じだ。


 タライなどが立て掛けられていて、家と木の柵を繋ぐように紐が通っているので、洗濯もここでするのだろう。レオンの記憶では、このタライを使って布で体を拭くようだ……

 それだけなんて耐えられない。この世界にはお風呂がないのかな。もしそうだったらどうすればいいんだ……

 でも絶対お風呂はどこかにあるはず、そう信じたい。この世界に慣れてきたらお風呂探しをやろうかな。


 次は階段側から見て、左側にあったドアを開けて見ることにした。左側のドアからは物音がしているので、母さん達がいるのかもしれない。

 少し緊張しつつ左側のドアを開けると……、そこは厨房で母さんと父さんが料理をしていた。


「レオンどうしたの? まだ寝てなくていいの?」

「母さん、もう良くなったから大丈夫だよ」


 改めてよく見てみると、綺麗な母さんだ。金髪に琥珀の瞳でまだ二十代だろう若さ。レオンの記憶では優しいけど怒ると怖い母さんだ。


「レオン、大丈夫かい? 階段から落ちて頭を打った時はどうしようかと思ったよ」

「父さん、心配かけてごめんね。もう全然元気だから大丈夫!」

「そっか、本当に良かった」


 父さんは心底ホッとしたように顔を緩めている。父さんは茶髪に茶色い瞳ですごく優しそうな雰囲気の人だ。そして実際、家族思いでとても優しい。


「ジャン、手を動かさないと開店に間に合わないわよ!」

「ごめんロアナ、すぐやるから」


 父さんと母さんを見て、レオンは思わず苦笑いをしてしまった。この家族は母さんが強いみたいだね。

 でも、父さんが母さんのことを大好きなのは見ていればわかる。今も怒られながらも顔はにこにこしているし。


「母さん、マリーは?」


 俺は妹にも実際に会ってみたかった。市ヶ谷涼介には下の兄弟がいなくて、弟や妹が憧れだったのだ。


「マリーは食堂の掃除をしてくれているわ。レオンも体調が大丈夫なら手伝ってきなさい」

「うん」

「マリー! レオンも手伝ってくれるわよ!」


 そう母さんが食堂の方に呼びかけた。食堂と厨房は、間にカウンターはあるけど繋がっているのだ。


「やった! 一人じゃ大変だったの〜」


 そんなマリーの声が聞こえてくる。俺は厨房からさっきの廊下に戻り、廊下の突き当たりのドアを開けた。そこが食堂につながっているのだ。


「お兄ちゃん頭大丈夫? もう痛くない?」

「もう大丈夫だよ。心配かけてごめんね」

「もうお兄ちゃんたらドジなんだから〜」


 マリーはそう言いながら、頬をぷくっと膨らませた。俺はその様子に、思わずまじまじとマリーを見つめてしまう。

 マリーは茶髪に琥珀の瞳で、お人形さんのように顔が整ってる。これは可愛すぎる。犯罪に気をつけなければいけないな……

 マリーは五歳だけど立派に店の手伝いをしていて、すでに店の看板娘になりつつあるらしい。俺は変な輩からマリーを守ることを心に誓った。もうすっかり兄バカだ。


「お兄ちゃん、お兄ちゃん! ボーッとしてどうしたの? やっぱりまだ頭痛いの?」


 やばい、マリーを凝視していたのが体調が悪いように見えたらしい、マリーを心配させてしまった。


「もう全然大丈夫だよ。さあ、お兄ちゃんも仕事するかな!」

「ほんとにー?」


 マリーは疑うような眼差しを向けてきたが、俺がうんうんと首を縦に振っていると納得してくれたらしい。


「じゃあ、お兄ちゃんは玄関の外の掃除してきて。私は中の掃除してるから」


 そう言ってマリーは外を掃く用の箒を渡してくれる。


「わかったよ。じゃあ掃除してくる!」


 俺はそう言って箒を手に持ち、食堂にある外へ繋がっているドアを開けた。


「うわぁ〜!」


 思わず大きな声を出してしまってから、慌てて自分の手で口を押さえた。

 でもまだ感動が引かない。レオンの記憶から知識としては知っていたけど、実際見るのは全然違う。凄い、本当に異世界だ!

 まずドアを開けて目に入るのは、馬車が余裕ですれ違えるほどの大通りで、そこにはたくさんの馬車や人が行き交っていた。家は基本的に木造の家が多いみたいで、二階建てほどの家が所狭しと並んでいる。


 でも、この光景だけだとタイムスリップしたとも考えられるのか。ただここが異世界ということは、レオンの記憶に魔法があることから証明済だ。


 それにしても感動する。すごく綺麗な街並みというわけではなく、日本と比べたら発展してないし汚いけど、異世界という感動がそれを打ち消している。

 でも俺はずっとここで暮らしていかないといけないんだよな……そう考えると、感動が薄れてきてもっと綺麗なところがいいと思ってしまう。


 まあ、今そんなことを考えてもしょうがないよね。俺は気合を入れるために両手で自分の頬を叩き、右に一歩足を踏み出した。しかし丁度そちら側から歩いてきていた人がいて、思いっきりぶつかってしまう。

 そして、その反動で俺は尻餅をついた。


「いてて……、え?」


 痛みに耐えながらもぶつかってしまった人に謝ろうと上を向くと、俺は驚きで言葉を失った。

 そこにいたのは騎士だったのだ。フルプレートの鎧は着ていないけど、簡易の鎧を着て腰には剣がある。赤髪で茶色い瞳のかっこいい人だった。

 この世界に貴族がいるのかわからないけど、服や佇まいから絶対に偉い人だろうと思って、慌ててその場で正座して謝ろうとしたら男性が手を差し出してきた。


「君、大丈夫か? ぶつかってしまってすまない」


 そう言われて、一瞬何を言われたのか理解できずボケッとしてしまったが、慌てて立ち上がり謝った。


「こちらこそ申し訳ありません。ぶつかってしまって、お怪我はございませんか?」


 思わず日本にいた頃の癖で、敬語で丁寧に返してしまった。子供がこんな話し方をして変に思われただろうか……そう思い男性の顔を見上げると、男性は眉間に皺を寄せていた。

 やっぱり敬語はダメだったかと俺がわたわたと慌てていると、男性に聞かれた。


「君はその言葉遣いをどこで覚えたんだ?君はこの食堂の子供だろう? 学ぶ機会なんか無いと思うが……」


もしかして、子供とか関係なく丁寧な言葉遣いがダメなのか!? やばい、どうしよう……


「えっと……その……、近所のお爺さんが、教えてくれたんだ」


 そう言って誤魔化そうとしたけど、男性はまだ難しい顔をしている。どうしようかと焦っていると、ふと男性の顔が和らいだ。


「そうか、偉いな」


 そう言って俺の頭をポンポンと撫でてくれた。俺は心底ホッとして、思わずため息を吐いた。


「俺の名前はフレデリックって言うんだ。君の名前は? それと怪我は大丈夫か?」

「俺はレオンです。怪我は大丈夫です。ぶつかってごめんなさい」


 今度は丁寧にならないように気を付けて答えた。


「レオンか、今は時間がないから寄れないが今度食堂に寄らせてもらうよ」


 男性はそう言ってにっこりと微笑んでくれる。


「は、はい! 待ってます」


 俺もにっこりと笑うと、フレデリックさんはもう一度俺の頭をポンポンと撫でて去っていった。


「ふぅ、なんとか誤魔化せたかな」


 今回はやばかった。これから気をつけないと……

 というか、なんで敬語なんて話せたんだろう? 少なくともレオンが話せたなんてことはないと思うけど。


 よく考えてみれば、俺は皆の話してる言葉が日本語として完全に理解できるし、話す時も日本語を話すのと同じように話せる。

 文字はどうだろう? そう思って地面の土に文字を書いてみた。そうすると日本語を書くかのように異世界の言葉を書けるし、その言葉を読むことができた。

 これは……どういうことだ? 少なくともレオンの記憶では、レオンは読み書きができなかった。


 よく分からないけど、とにかく俺はこの世界の言語を、日本語と同じように話せて読み書きできるということだ。便利だし、とりあえずありがたいと思っておこう。でも気をつけてバレないようにしないとだよね。

 そんな考察をしていると、家のドアが開きマリーが出てきた。


「お兄ちゃん終わった?」


 そこで初めて気づいた。まだ掃除してない!俺は慌てて箒で掃き始める。


「も、もうちょっとかかるかなぁ」


 あはは、と乾いた笑いを浮かべながらマリーを見ると、マリーが疑いの目で見つめてきている。


「お兄ちゃんサボってたでしょ」

「そ、そんなことないよ! もう終わるからマリーは家の中に入ってて」


 マリーはジーッと俺を見つめていたが、納得したのか少し表情を和らげた。


「じゃあ早くしてね。開店になっちゃうから」

「わかったわかった。もうすぐ終わるから」


 マリーはそう言って家の中に戻っていった。

 やばい! 早く掃除しなきゃ! 俺は必死で掃除をした。

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