第9話 楽しい予定、かくしごと


 「はぁ〜。もうくったくただよぉ。」


肩の体操をしてゴキゴキと音を鳴らしながら七緒が呟く。帰り道、風花の合流をファミレスで待つことを朝決めて今はそのファミレスにみんなで向かっているところだ。そんなに肩が凝るようなことがあっただろうかと思いつつ、前を歩く志貴と、志貴にぼやく七緒を観察した。


 「そうだな。着いたら美味しいものでも食おうぜ。」


志貴も同意する。今月の私のお小遣いは大して残っていないのに、パーっと打ち上げというのはいささか厳しい。無論普段であれば所持金が極端に減るということはない。そもそも私はあまりものを買う方ではない。精々友達と出かけた時の食事代に消えるくらいだ。だがしかし、その時は事情が違った。私の好きなゲームシリーズの最新ソフトが発売されたのだ。5000円くらいのまあまあ高い買い物だったが、後悔はしていない。していない、のだがそれとこれとは事情が違う。

 一瞬どうしようかと考えたけどすぐにどうでも良くなった。まあどうとでもなるだろう。風花に貸してもらうというのもありかもしれない。ふと浮かんだ思考を一瞬で切り捨てた私がぼーっと風景を眺めながら歩いていると、不意に誰かにちょんと袖をつままれた。


「なに。」


特に相手の方を見るわけでもなく私が返事をすると、相手もさして気には留めていない様子で、


「ソフト、今度、貸して。」


とだけ言った。弓弦だ。彼女は時々心を読んだかのように的確なことを言う。今もまるで私が最新ソフトのことを考えていたことを知っていたみたいに。


「いいよ。」


私も言葉少なに返す。基本大して口数が多いわけでもない私たちの会話には沈黙が多い。それが居心地悪いというわけではないが、弓弦が饒舌になる相手なんて雅くらいだし、私は誰に対してもあまり積極的に話せないのだ。弓弦が隣を歩く雅と会話を始めるのを見て、私が前を向くと、志貴と七緒が爆笑したところだった。

 何かの予感がしてふと後ろを向くと、少し離れたところからヘルメットを被ったおじさんがスポーティーな自転車でこちらに向かってきていた。


 「みんな、自転車が来てるから左に寄ろう。」


私が声をかけるとみんな後ろを振り返って、自転車を認識し、私に軽く礼を言って横に寄った。自転車が私たちの右を通り過ぎて、軽く片手を上げ、


「ありがとう。」


と言って去って行った。どんどん小さくなっていく自転車を眺めながら、小さくため息をつく。こういう気付ければどうってことはないけれど、気づかなかったときに気まずいことを、何となく私は事前に察知できる傾向にある。それはとても便利なものではあるけれど、常に周りをよく意識している必要があるので少し疲れる。


 「しーぐれっ!」


 「お疲れ?」


いつのまにか七緒と志貴が横に並んでいた。察しのいい二人だ。いつのまにかこっちに寄ってきていた。気配を消してきたのか、私がぼんやりしすぎなのか、どちらにせよ二人の顔を見たらなんだかほっとして疲れが吹き飛んで、  


 「今、お疲れじゃなくなった。」


 二人が弾けるように笑った。



 駅の近くにファミレスは空いていた。中学、高校が終わるのはもう少し後だし、昼はもうすぎているという微妙な時間帯だからだろう。予約の表に名前を書くまでもなく、六人席に通してもらえた。ドリンクバーだけで粘っているらしい男性、コンピュータを開いて何か作業をしており職業は不詳。や、カチカチと私にはおよそ実現しえないような速さでゲーム機を操作している不登校か何かと思われる女子。突っ伏して寝ているおじさんとそのおじさんをゆさゆさと揺らして遊ぶ女児。よくわからないが奇妙な客が多い。


 「ねぇ、あれ、京さんじゃない?」


ふと、七緒が私に呼びかけた。その声につられて七緒の指差す方を見ると、確かに姉さんの後ろ姿だった。


 「そうだね。」


と私がいうと七緒は楽しげに


「だよねぇ。挨拶してくる〜。」


と言った。けど、何で姉さんがここにいるんだろう。彼女は一人でこういうところには来ないだろう。相手がいるのかも知れない。

 それに今日は全くそんなそぶりを見せなかった。出かけるときは大抵そう言ってくるからきっとただのお出かけではない、けど恋人関係は姉さんには恋人が既にいることを私も知っているから隠す必要はない。それ以外で私に隠したい何か…そう、たとえば昨日のことに関係する相談を誰かとしているとか。

 もちろん本人に聞かないと確証は得られないけど、その可能性もゼロではない。

 もしそうならきっと、あんなに隠したがっていた私に秘密がバレてしまうのは嫌だろう。そこまで考えてから私は、歩き出そうとしていた七緒の手を掴んだ。驚いて振り向き、何で?という顔をする七緒に対して、静かにするようにと口に人差し指を当てて伝え、衝立で見えなかった姉さんの話し相手を見ようとソロソロと衝立から顔を出した。姉さんの話し相手の顔は二人がいる場所がそう遠くないお陰で良く見えた。姿勢が良く、物静かそうな顔で笑っている。黒めがちな瞳に髪。一眼でわかる美人な女性だ。でも彼女の恋人じゃないし、見覚えもない。

 これ以上見ていたらバレるだろうし不自然だ。私は覗きをやめて七緒を引っ張り、三人が座っている席の方へ向かった。




 「さっきはどうして声掛けなかったの?」

 

オレンジなような紫なような不思議な色をした液体をドリンクバーで錬成してきた七緒が首をかしげた。因みに本人曰く、謎の液体はブドウスカッシュとオレンジジュースを混ぜたものらしい。美味しいのか,それ。


 「最近の姉さんは私に隠したいことがあるみたいだから。」


私の答えにみんな納得したようなしていないような反応を見せた。それもそうか。私だって曖昧すぎてよく理解できないが、それが私に言える全てだ。それ以上でもそれ以下でもない。私がそれ以上何かを言うつもりはないことも、姉さんに声をかけるという意思もないということも悟ったのか、


 「そうか。」


と七緒は静かに呟いた。



「で、いつ行こうか。」


口火を切ったのは、私の隣にいつの間にか腰掛けていた風花だった。弓弦と雅はそれに驚くでもなく思案するそぶりを見せ、志貴は


「お、風花さん。こんにちは。」


と笑い、七緒は


「うぉびっくりしたぁ。」


と驚いた。それを気にせず、


「来週の水曜日でよくね?」


と志貴が言う。今日が火曜日だから、大方一週間後だ。その辺りに我が校の創立記念日がやってくる。確かにこの上なく丁度良い日だ。


 「ボクは行けるよ〜。」


予定帳を開くまでもなく七緒が答えた。雅や弓弦も特に予定は無いらしい。みんなの意見が一致したところで、取り敢えず日程が決まった。


 「じゃあ、月崎駅から行こうか。」


取り敢えず、スタジオパークは電車でないと行けない。近いとはいえその程度の距離はある。思えば私達は普段通学で駅を利用しないので、駅に行くのは少し久しぶりのことになる。

 これにはみんな一も二もなく同意し、集合時間は開園時間が9時なので、7時に決まった。

 


 そこまで決まれば、その他のことはまた追々決めるものとして、取り敢えずテスト終わりの休息を楽しむことにしたのだった。

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