第7話 知ってしまった秘密。

 

 「はぁ〜。」


 お風呂に入って両手をぐっと伸ばす。肩が凝っているのか、少し違和感を感じる。テスト期間だからろくに運動をしているわけでもないので、スッキリしない。別にテストが嫌いなわけではないのだけど、あの空気感が少し苦手だ。緊張感があって少し気詰まりする。それもあって今日のお風呂はいつも以上に癒される気がする。今日はテスト期間ということでいい香りのする入浴剤を入れる許可ももらったので、確かラベンダーか何かの匂いがする入浴剤を入れた。明日もテストだから、早めに上がって勉強をしないといけないのであまり長く入ることができないのが残念だ。

 今は5月後半だから、世間一般の家庭ではそろそろシャワーだけ浴びて浴槽には浸からないという家庭が増えてくる頃かもしれない。沢渡家は年中風呂に入る派だ。そのおかげでこのような安らぎを享受している。水道代がかさみそうだが、収入が多いというわけでもないはずの沢渡家のどこにそんな理由があるのかは謎だ。多分姉さんだろうと思う。彼女は謎なところが多すぎるから、きっとそういう何か不思議な点は大体彼女が関わっていると私は勝手に思っている。


不意にガラリとドアが開いた。


「や、ただいま。私も入ってもいいかい?」


 風花だ。まあそんなところだろうとは思っていた。姉さんなら服を脱ぐ前に私に聞いてくるし、母さんなら無言で入ってきてニコニコでこっちを見てくる姿が微笑ましいだけだ。と、いうかここに移動してきて、洗面所で着替えたりしていたはずなのに全く気づかなかった自分に少し驚いた。


「帰ってたんだ。おつかれさま。」


とりあえず風呂に入ることを許可したので、風花は風呂に入ってきた。浴槽に浸かる私をよそに風呂場の椅子に座って、髪の毛を洗っている。


「フンフンフーン。」


鼻歌なんか歌ってご機嫌そうだ。何かいいことでもあったんだろうか。


 「明日はテストが終わった記念に一花さんがケーキを買ってきてくれるそうだよ。今から楽しみで仕方ないんだ。」


私が理由を尋ねる前にあちらから勝手に話してくれた。とても嬉しそうにしている。彼女と暮らすようになってから早一ヶ月弱、まだ謎なことは多いがいくつか分かったことがある。そのうちの一つが彼女は甘いものが大好物な大の甘党だということである。ミステリアスな彼女の意外な、というか可愛らしい部分が見つけた私はなんだか微笑ましいような気分だった。因みに私は彼女とは相容れない大の辛党だ。甘いものが全く食べれないというわけではないが、そんなに積極的にも食べない。


 「今日のテストはどうだった?風花先輩。」


 「制服を着ていない時は風花と呼んでくれと言っているじゃないか。つれないな。」


 私のした小さな意地悪に大袈裟にしょげて見せる彼女に苦笑しつつ、彼女の好きな呼び方で彼女を呼ぶ。


 「ふーか。」


 風花は少しにやけてから、また口を開いた。


 「今日のテストか。そうだな、特にこれといって自信のない教科はない。しかし流石に先生たちが全力で作ったものだからか少し考えなければならないところはあったけどね。」


 「全く謙遜しないね。」


 「時雨には嘘がつけないからね。」

 

 嘘つきじゃん、と私は思う。彼女は言いたいことがあってもいつも巧妙に隠すし、肝心なところでは多分決して頼ろうとはしてくれない。でもそれは別に嘘をついているわけではないのかな、と思い直す。嘘をついているんじゃなくて言わないだけだ。それって結局嘘をついておるのと本質的には似たようなものだとも思うのだけど、あえて深くは追求しない。みんなそういうところは妥協して生きているんだと思う。人と風呂に入っただけでこんなことを考えるなんて今日の私は随分センチメンタルな気分の様だ。


 体を洗い終わった風花がお湯に入ろうと湯船に足を踏み入れたので場所を開けようと思って隅っこの方に移動したら、湯船に座った風花が


 「ここにおいでよ。」


と自分の膝を叩いて笑った。私としてはかなり恥ずかしいことなのだが、断る理由も特にないので膝の上にお邪魔する。恥ずかしくて何もわからなくなってきた。何だろう、この太ももに当たる柔らかい感触は。膝に乗せるだけならまだしも体に腕を回してきて、私の方あたりに顔をうずめている。そう、これも彼女と一緒に暮らすようになってから判明した事実である。彼女は人とくっつくのが好きらしい。台所にいてもソファにいても所かまわず抱き着いてきたりする。人との距離が近い。全く無防備なひとだ。

 

 頼むから他の人には絶対やらないでほしいな、その分自分にたくさんくっついていいから。なんて言わないけど。


 勝手にフラフラどっか行って消えたらやだな、と不意に思った。私が色々と複雑な心境であることをまるで察していないかのような調子でスリスリと頭を押し付けてくる彼女の手にするりと手を絡めると、風花は一瞬止まってから殊更嬉しそうに頭をぐりぐりしてくる。

 だから


「痛い。」


と言ったら少ししょげていて、またしても何だか面白かった。



 風花は自室に戻り、私は風呂を上がって牛乳を飲んでいたら、リビングに姉さんが来た。私が、


 「やほ。」


と言うと、少し掠れた声で


 「やほ。しぃちゃん。」


と返してきた。ろくに外にも出ていないのに声が掠れるような何があったというのか、少し気になったので聞いた。


 「ね、どうして声掠れてるの?体調悪い?大丈夫?」


 案の定姉さんは少し、いやかなり焦ったような顔をして、


 「いやあの、ちょっとあって。いつかは話すから、もう少し待ってよ。」


と慌てだした。


 「いや、何もないなら別にいいけど、ね。」


 双方ぎこちなくなってしまった。姉さんが


 「お風呂入ってくるねっ。」


と言ってその場を立ち去ってくれたのは私にとっても好都合だったのかもしれない。

 姉さんが慌てて立ち去ろうとしてパサリと何かを落とした。どうやらポケッとに入ってらしい何かのメモだ。


 *伊月零新衣装案* 

・最初がクールだったから、新しいやつはちょっと可愛い系。

・ショートパンツにダボダボのTシャツとか良き。

・メガネ着脱したい。



と他にも何か書いてある。私がそれを拾って立ち尽くしていると、姉さんが戻ってきた。一瞬何かを探すようにしてからすぐ私の手元に目をやりほぼ引ったくるようにして紙を取った。耳も顔も真っ赤だ。


「み、見た!?」


「いや、ほぼ見てない。」


と私が返すと、


「そっかぁ。」


と安心した様子で言ってから、


「じゃあ、お風呂入ってくる。」 


と言って去っていった。

見ていないというのは嘘だ。私は『伊月零』をよく知っている。今人気のvirtual YouTuberのうちの一人だ。確かどこかの事務所に所属している。そんな人の新衣装案を何故姉さんが持っているのか。聞きたいことはたくさんあるけど、『いつかは話すから』という姉さんの言葉が頭に浮かんで自分から聞く気になれなかった。

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