第2話 定例の決まり文句、繋がらぬコール

 屋上で昼ごはんを食べ終えてから教室に戻り、残り15分くらいの昼休みは寝て過ごすことに決めていた。しかし、心配事が頭をよぎって寝るに寝れそうもない。仕方なく一度教室の外に出て、メッセージアプリを起動させ、一番上にある名前を迷わずタップした。数回コールがなっても応答はなく、それでもしばらく耳に当てていれば、「お掛けになった電話は…。」

という定例の決まり文句が流れただけだった。

 そのことに、なんとなくホッとした気分になって電話を切るボタンを押した。その名前の下にある名前には今日は絶対にかけるつもりはない。


教室に戻ると、私の席には友人の志貴が座っていた。その正面に弓弦、弓弦の横に雅。私が三人に近づくと、志貴が真っ先に気付いて振り向いた。


 「おー。時雨、お疲れ。」


雨宮志貴は基本的に大雑把だけど、空気を読んでくれるタイプなのでそこはすごく助かる。今日のような日は特に志貴の気遣いに助けられていることを実感する。朝から無気力モードな私の世話を甲斐甲斐しくやいてくれているのはこの志貴である。


 「…。おつかれ。」


そして三澄弓弦は雅にご飯を食べさせてもらって満足げな顔をしている。彼女は基本的に無口なので話そうとしなくても全く気にはならないし、楽だ。


 「お疲れ様。」


葉月雅は優雅な人、と言えばいいのか、いつも穏やかな顔で笑っていて誰に対しても優しい人だ。まさに聖人君子。


 何となくこのメンバーで過ごすことの多い四人だ。たまに風花先輩もいる。優しい三人に甘えて、


「疲れたぁー」


と無許可で志貴の上にのって机に突っ伏すと、志貴の手が頭の上にのるのを感じた。そのまま撫でられるままにしていると、クスクスと笑い声が聞こえて、見たら雅だった。


 「何さ。」


尋ねると雅は、


 「ごめんね。なんか猫ちゃんみたいで可愛くて…。」


と申し訳なさそうに微笑んだ。そんな表情を見せられたら怒るかも失せるというものである。結局私は


「まぁいいけどさ。」


というにとどめた。




穏やかな時間ほど早く過ぎてしまうもので、私の頭痛の種を忘れさせてくれた昼休みはあっさりと終わった。五限が始まり、再び戻ってきた頭痛の種を忘れて、授業に集中、授業に集中、明日はテスト、と頭の中で唱えて何とかして目の前の授業に集中しようと努力してはみるもののイマイチ集中し切らない。

 諦めてとりあえずノートだけ取りつつ先生の顔をジーッと見ていたら、いつもなら


「お、沢渡どした。俺の顔じっと見て。まいっか。じゃあ沢渡、ここ読め。」


と言ってくる吉岡先生も今日は私を当てなかった。


 


 そんなわけで一日中私の事情を知る人から気を遣われているからか、何となく気まずさを感じながら何とか一日を終えて帰宅し、母に挨拶するのもそこそこに2階に上がってベットに飛び込んだ。


「はー」


 つい、ため息が出てしまう。いつも通りを愛する私は、変則的な出来事に弱い自覚がある。制服がシワになる、と思いながらもなんとなく起き上がれずに置いてあった漫画をパラパラとめくっていると、コンコンとドアをノックする音が耳に入る。


 「どーぞ。」


 別に入っちゃっていいと言っているのにいつも律儀にノックしてくるお母さんはニコニコと笑みを浮かべながら持っていたお盆を机におくと、出て行った。


「ありがと。」


基本的にあまり言葉を発することのないお母さんは表情はとても豊かだ。今日は慰めのつもりなのか、わざわざケーキと紅茶を用意しておいてくれたようだ。私とは八歳ほど離れた姉に言わせればこれでも怒ると滅茶苦茶怖いのだと言う。私の言葉にまたニコニコと笑ってバイバイと小さく手を振ると母は出て行った。風花先輩に言わせれば、ちっちゃくて可愛い人という評価の母は確かに童顔で可愛らしい。


 そんな母が置いていったお盆にはよく見ると紅茶とケーキ以外に紙も置いてあった。


『お疲れ様。大変なことがあったらいつでも私たちに相談してね。』


その手紙を見て、お菓子を食べ終わったら、愚痴りに行こうと決めて、ベットから起きて、着替えることにした。


 ケーキはチョコレートケーキで、甘すぎないところが美味しい私の大好きな店のやつだった。一口食べるとしっとりしていてとても美味しい。紅茶もすっきりとした爽やかなフレーバーのもので私好みの飲みやすい味がした。


 お菓子を食べ終わって、お盆を持ってリビングに行くと、ソファに座って、お母さんが縫い物をしていた。ヒョイと後ろから覗き込むと布と綿で作る可愛らしい熊のぬいぐるみのページが開かれた縫い物の本が置いてある。


 「風花にあげんの?」


と私が聞くと、図星なのか気配に気づいていなかったのかお母さんはビクッと肩を震わせてから勢いよくこちらを振り返り、コクコクと頷いた。


 「へぇ、良いなあ。」


と返すと、お母さんは少し自慢げにほぼ完成したクマのぬいぐるみをこちらに突き出した。もうすぐ風花の誕生日がやってくるからだろうか。


「風花といえば、あの人テスト前日なのにどこ行っちゃったんだろ〜。お母さん、朝見てたりしない?」


我が部屋の隣にある部屋の主である風花を早起きの母さんなら目撃していたりはしないかと淡い期待をかけて聞くものの、お母さんも首を横に振って心配そうな顔をするだけだった。姉さんにも電話で聞いてみたほうがいいかもしれないと思ったが、一瞬でその考えはなくなった。姉は生活リズムめちゃくちゃなのでおそらく風花を見ていないどころか、姉が寝た一時間後くらいに風花が出て行ったくらいではないのか。その頃姉はぐっすりだろう。


 母の自分のことのように心配そうな顔を見たら最早心配しても仕方ないという気分になってきた。帰ってこないならそれはそれ。明日のテストは自分にとっても大切だから、いつまでも風花のことを気にしてなんていられない。


 「よし、お母さん、私勉強してくるね。」


ひとしきり私の愚痴を聞いてくれたお母さんは小さくガッツポーズを決めて微笑むのであった。



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