第2話 状況確認

「あ、アルベド……俺の声、聞こえるのか…?」

「はい、ぶらぶらぶらっど様。しっかりと、一言一句聞き漏らしてはおりません」


 どうなっているんだ一体?何故NPCが意思をもって、好き勝手に会話をしているのだ?

 

「じ、GMコールが利かないのだが…」

「…申し訳ありません。モモンガ様。無知な私をお許しください。私では、じーえむこーるというものにお応えすることができません」


『モモンガさん、これどゆことでしょうか?状況が理解できない…』

『お、俺もですよ…。あ、伝言メッセージ使えるんですね!』

『はい、みたいですね。てことは魔法も多分ですけど使えます』


 何がどうなっているのか理解不能であった。このいくら国内最高峰のゲームだからって、ここまで自由であるはずがないのはプレイヤーであれば理解している


「この失態を払拭する機会を頂けるのであれば、これに勝る喜びはございません」


 と、アルベドがそうこちらに謝罪してきたと同時に異様な光景が目に飛び込んだ。


『…モモンガさん、今、アルベドの胸見つめてました?』

『へっ!?い、いやそんなこと…』


『なんか体から鎮静効果の光が飛び出てましたよ?まあ同じ男として気持ちは分かりますが…』

 

 この骸骨ギルド長、あろうことか近寄ってきていたアルベドの胸をジーっと見つめてたんですよ。


『そ、そんなことより…何か異常が発生しているんですかね』


 露骨に話逸らしたよこのギルド長…まあ、先ずは周囲の安全確認だよな。


「セバスよ」

「はっ」

「大墳墓を出て、ナザリックの周辺地理を確認せよ。プレアデスを護衛で1人連れて行け」

「かしこまりました。慈悲深い配慮に感謝いたします、モモンガ様」

「プレアデスは9階層に行き、侵入者が来ないか警戒せよ」

「承知しました。モモンガ様」


 そうモモンガさんが命令を下すと、セバスとプレアデスのみんなは玉座の間から去った。さて、俺のやるべきことは…


「…それじゃモモンガさん、俺は自分が育てたモンスターに会いに行きます。何かあれば伝言メッセージで」


「は、はい。わかりました」


「そんじゃあ…指輪が使えるかどうかわかんないけど…」


 と、指に嵌めている黄色い指輪を起動させてみる。


 


「…成功した。よし、アイテムも使えるようだな。…これだけとかいうオチだったら最悪だが」


 俺は転移したあとにあの子がいるであろうところまで向かう。

第九階層「ロイヤルスイート」…。

 白亜の城を彷彿とさせる荘厳と絢爛さを兼ね備えた世界。見上げるような高い天井にはシャンデリアが一定間隔で吊りさげられている。広い通路の磨き上げられた床は大理石のように天井からの光を反射して輝いている。

 第九階層はギルドメンバーの住居としてギルドメンバーの私室やNPCの部屋だけではなく、客間、応接室、円卓の間、執務室等で構成されている。また、この階層には他にも様々な施設がある。


 今回、ここを訪れたのは自分が使っていた私室だ。

 というより…少し改造をして、野原と昼のような風景が見える育成スペースを設けているようにしている。


 その中に、その姿は見えた。

 強靭な獅子の肉体がある胴体部、背面や腕部などに立ち並ぶ黄色の甲殻…腹部や首回りなどを中心に生え揃った白色の体毛、それと背面から出ている二対の翼。

 

 ドドドドドドドドド!!!


 ものすごい勢いで来たんだけど!?…と、思ったらその強靭な前足で俺の目の前で急ブレーキする。


「…【イナズマ】…俺が分かるか?」

「クォン…!」


 それは、現実であれば神話に出てくる怪物"鷲獅子グリフォン"だ。

 俺のことが分かるのか鳴き声を上げ、巨大な顔を近づけてくる。普通なら失神ものだが不思議と怖くない。それどころか、手を刺し伸ばすと吸い寄せられるように嘴を擦り始めた。

 やばいな…感触が本物だ。まだ状況が分からないが、現実だとすれば愛着と興奮が沸き上がってくる。よしよし♪


『ぶらっどさん』

『うおっ!?も、モモンガさん?どうしました?』


 突然モモンガさんから連絡が来て思わずキョドッてしまった。


『第4、第8守護者を除く全守護者を第六階層の円形闘技場に集めるように命令を出しました。今俺も円形闘技場にいるのでねもさんも来てくださいね』

『わかりました。では、すぐ行きますね』

『はい!』


 モモンガさんとの会話が終わった後、ずっとこちらを見つめていた相棒に改めて向き直る。


「呼ばれっちゃったけど…ここに置いていくの可哀そうだし、一緒に来る?」

「クォンッ!」


 その前に、"もう一つの姿"についても確認をしなくては…。

 そう思い相棒に少し離れるよう指示して、頭の中であの姿になるよう連想してみる。すると……


「!?」


 唐突に体が光りだし、先程まで人型だった姿はみるみる変わっていく。

 視点が高くなり、あれほど大きかった相棒を見下ろす形となっている。それは竜だ。巨大な胴体と尾に鋭い爪を備えた巨大な足。先程まで手だったものは腕を含め、しなやかな二対の翼に変わっていた。身体全体が白い羽毛に覆われており、鳥型のドラゴンのような姿に変化していた。これが、至竜としての自分のもう一つの戦闘スタイルなのである。


『これが、竜という形態なのか…なんだか新鮮だな…』


 人生で他の種族になるというのは絶対にないので、この体験は貴重になる。今の異常事態、これからこの形態に慣れていく事も重要であると確信した。そしてそのまま、第六階層の円形闘技場に転移する。



〜第6階層 円形闘技場〜



「うわぁ…広いし懐かしい…。よくここでPVPの練習してたな…」


ナザリック第6階層、闘技場。

 ここでは侵入者の撃退、及び対人戦であるPVPの練習として使われる場所だ。

 空はあるが上空200m地点まで続く不可視の壁があり、それ以上先にいけないようになっている。時間と共に太陽が昇ったり落ちて昼夜状態を変更することができ、特に夜空の作り込みは、ブルー・プラネットさんが最も気合を入れて作った理想の世界の具現だ。


「あっ!ぶらぶらぶらっど様!ようこそいらっしゃいました!」

「よ、ようこそおいでくださいました」


 闘技場に着くとなにやら熱気が溢れてた。炎系のモンスターでも召喚したのか?そう感じたと同時に誰か話しかけ来る、ダークエルフの双子だ。


 陽気な方が『アウラ・ベラ・フィオーラ』、男の格好をしているが女の子。

 内気な方が『マーレ・ベロ・フィオーレ』。女の子の格好をしているけど男、いわゆる男の娘というものだ。


「アウラにマーレ、久しぶりだな。暇があったらまたお邪魔するからその時はまたゆっくり遊ぼうな」


「はい!…って、竜形態でいらっしゃったんですか!?うわぁいつ見てもカッコいい!!」


 確かアウラはビーストテイマーだったな。竜形態に変身している自分に目を光らせている。それ以前に、この原因不明なことになる前にしたこともNPCは覚えているのか?


 「あら、わたくしが1番でありんすか?」


 ゴスロリっぽく全体的に赤黒い服を着たこの子は『シャルティア・ブラッドフォールン』。

 こんなナリをしてるがれっきとしたヴァンパイアだ。確か、ヴァンパイアの中でも真祖って部類だったな。NPCの中でも屈指の強さ、守護者の中ではトップを張れる。


「ああ…我が君…。私が唯一支配できぬ愛しの君…」


 んん?ちょっと待てシャルティア、なにをしようとしてんの。モモンガさんに抱きついてさ。つか!なんでモモンガさんも満更でもない、みたいな雰囲気なのかよおい!


「…偽乳」

「ハァ⁉︎」


 そのままアウラとシャルティアは口喧嘩を始めてしまった。


「ソウゾウシイナ。御方々ノ前デ騒ギスギダ」

「おお!コキュートスか。相変わらず武士道精神だな」

「オオ、ブラブラブラッド様。イエ、アナタ様ニ比ベタラ、私ナゾハマダマダデゴザイマス」


 次にきたのは全身水色の、昆虫の顔と昆虫特有の牙の超でかい版見たいのがついてて体は腕4本の超ゴツい武士、みたいな感じのカッコいいのがきた。名前は『コキュートス』。第五階層の守護者である。


「騒々しくないでありんす!この小娘が私に無礼を働いたから!」

「真実を言ったまでだよ!」


「…アウラ、シャルティア。そろそろ止めないか?話が進まん」


「「も、申し訳ございません…!」」


 俺が注意すると2人ともすぐ大人しくなった。


「みなさん、お待たせして申し訳ありません」


 アルベドと一緒にもう1人入ってきたのは、赤スーツにメガネという格好をしている『デミウルゴス』。第七階層の守護者にして、防衛時におけるNPC指揮官って設定の悪魔だ。


 おおーこうしてみると圧巻だ。全員ではないとはいえ、守護者達が一箇所に集まるのをみるとなんか感慨深い。


「では皆、至高の御方々に、忠誠の儀を」


 アルベドがそういうと、横一列に並んでいた守護者達が順に跪く。



「第一、第二階層守護者。シャルティア・ブラッドフォールン。御身の前に」


「第五階層守護者。コキュートス。御身ノ前二」


「第六階層守護者。アウラ・ベラ・フィオーラ」


「お、同じく第六階層守護者。マーレ・ベロ・フィオーレ…「「御身の前に」」


「第七階層守護者。デミウルゴス。御身の前に」


「守護者統括、アルベド。御身の前に。第四階層守護者ガルガンチュア及び第八階層守護者ヴィクティムを除き、各階層守護者、御身の前に平伏し奉る。ご命令を、至高なる御身よ。我らの忠義全てを御身に捧げまする」




「…面をあげよ」


 忠誠の儀とやらが終わった後に私の横にいたモモンガさんは突然そう言い放った。それと同時に、スキル『絶望のオーラ』も。あのモモンガさん、地味にチクチクするんですが…。


「よく集まってくれた。感謝しよう」


「感謝など勿体ありません。我らはモモンガ様とねも様にこの身を捧げた者たち。御方々からすれば取るに足らないものでしょう。しかしながら、我らの創造主たる至高の御方々に恥じない働きを、誓います」

「「「「誓います」」」」」


 …守護者の忠誠心の高さすごすぎる。これ、まじで下手な行動できなくなるやつ。仮に見限られて守護者達全員で敵対されたら、いくら俺とモモンガさんとはいえ対処しきれない。


「な、なるほど。それでは…ここに集めた理由だが…」


「遅くなって誠に申し訳ありません。モモンガ様。ぶらぶらぶらっど様」

「ただいま、周辺探査から帰還いたしました」


 モモンガさんがそういうと同時に、シャルティアが入ってきた時と同じようなもの、転移門ゲートという魔法でセバスと、プレアデスの…あれはソリュシャンだったかな?その子が入ってきた。


「いや、むしろグッドタイミングだ。それじゃ…セバス、皆にも聞こえるように説明してくれるか?」


「承知致しました」


 セバスが説明をしてくれたが、俺らはその内容に耳を疑った。

 周囲1キロは草原になっており、ナザリックの特徴というかいやらしさの根源でもあった毒の沼地は見る影もなく消えているという。

 人工建築物は一切なく、生息していると予測される小動物は戦闘能力も皆無だと思われるらしい。


「草原というのも、草が鋭く凍っており歩くたびに突き刺さるとか、毒をまとって歩くたびにダメージを受ける、というのもないのか?」


「はい、単なる草原です」


 うーん、やっぱりユグドラシルというよりは現実リアルに近い世界に来たってことか?


『モモンガさん、何が起こるかわからない以上、警戒するに越したことはないと思います。臆病と思われようがとにかく警戒に警戒を重ねるべきです』


『そうですね…。この世界の平均的なレベルもわからない以上は、下手なことはできませんもんね』


 うん、モモンガさんとも意見は一致した。そんじゃあ…


「このナザリックの補佐として命ずる。各階層守護者達、警備レベルを…2段階引き上げてくれ。もし侵入者がいた場合は、たとえ我々に不敬な態度をとった場合も殺さずに捕らえてくれ。デミウルゴスとアルベドには第10階層まで含めた警備体制の見直しを頼む。何かあれば俺、またはモモンガさんまで必ず相談に来るように」


「「畏まりました」」


『ナザリック隠蔽もした方が…多分いいですよね』


『ですね。念には念を入れておくべきです』


 またもや意見一致。この問題は…


「アウラ、マーレ。ナザリック地下大墳墓の隠蔽は可能か?」

「え、えーと…。た、例えば『壁に土をかけて隠す』とかですか?」


 おお、マーレのなかなかいい妙案。それについて色々考えていると、どこからか殺気が溢れ出たのがわかった。発信源なんか確認しなくてもわかる、アルベドだ。 


「栄光あるナザリックの壁を…土で汚すと?」


 いや普通の案を出しただけだよ?マーレが怯えてるじゃないか。守護者統括という序列があるから仕方のないことだが。


「…はぁ、アルベド。マーレは案を出しているだけじゃないか。他に案があるなら聞き入れるが、そうでないならいちいち突っかかるな」

「はっ、も、申し訳ありません。ぶらぶらぶらっど様!」

「モモンガさん、マーレの手が妙案です。ひとまずこれで行きましょう」

「そうだな…。だが、1つだけだとおそらく目立つだろう。マーレ、周辺にもダミーの丘を作り目立たぬようにせよ」

「はい!」


『と、俺が色々と指示を勝手に出しましたがこんなものでどうでしょう?』

『バッチリです!ありがとうございます!』


 やったね、モモンガさんに褒められたよ。ダンジョンで勉強しまくった甲斐があったかも。


「最後に問おう」


 他に言うことは何かないかと考えているとモモンガさんが口を開いた。


「お前達にとって、私とぶらっどさんはどういった存在だ?まずは…シャルティア」

「はい、モモンガ様は美の結晶。まさにこの世界で最も美しいお方であります。そして、ぶらぶらぶらっど様は正に全てに裁定を下す美しき天を支配するお方でありんす」


「コキュートス」

「モモンガ様ハ守護者各員ヨリモ強者デアリ、マサニ、ナザリック地下大墳墓ノ絶対ナル支配者ニ相応シキ方カト。ブラブラブラッド様ハ、ナザリックノ慈愛ナル堕天使。又、戦神トシテモ、コノ世デ最モ相応シキ方カト」


「アウラ」

「お二方とも、とても慈悲深く深い配慮に優れたお方です」


「マーレ」

「お、お二方とも、す、すごく優しくてかっこいい方だと思います」


「デミウルゴス」

「モモンガ様は懸命な判断力と瞬時に実行される行動力を有したお方です。ぶらぶらぶらっど様は至竜以上にこのナザリックを守ることに長けており、美しき戦いで右に出る者はいないと思っております」


「セバス」

「お二方とも、最後まで私達を見放さず残っていただけた慈悲深き方々です」


「最後になったが…アルベド」

「モモンガ様は至高の方々の最高責任者であり、わたくし共の最高の主人であります。また、わたくしの愛しいお方です。ぶらぶらぶらっど様は、このナザリックにおける絶対なる戦神でございます」


 ねえモモンガさんはともかく、俺の評価もめっちゃ高すぎない?戦神ならワールドチャンピオンであるたっち・みーさんじゃないか?俺は42人目でナザリックに合流したからタイマンのPVPは苦手だぞ?

 …それにしても、自分が決定したとはいえ、プレイヤー名をフルで聞かされるとこっちが恥ずかしいな。名前変更しておくか?


『それじゃあ、この場での最後の言葉はモモンガさんがどうぞ』

『はい、わかりました』「…各員の考えは十分に理解した。今後とも忠義に励め」



「「「「「「はっ!」」」」」」


『やっぱ忠誠心高すぎませんですかね俺達』

『ですね…。』



一方その頃、とある場所


「ハァ…ハァ…」


 私はバハルス帝国の冒険者、アルシェ・イーブ・リイル・フルト…。

 というより、冒険者になったばかりの貴族の娘。いや、もう"貴族"という皮を被った愚か者の娘と言った方が正しいかもしれない。


 何故、冒険者としてこのような危険な場所に居るのか?

 その答えは当然…愚かな両親から独立する為だ。もしあの二人がまだ貴族として、それ以前に人間としてまともな精神だったらどれ程良かったか…


 皇帝から見放され、それでも自分と家名を売る為に借金を作っている父。そのせいで私は、通っていた魔法学校を辞めてこうして金を稼いでいる。全ては愛する妹達を守るために…。


 帝国一の大賢者"フールーダ・パラダイン"様から才能を見透かされ、今日この日まで魔法を鍛えてきたが…学校で主席ともてはやされた自分がこのザマだ。降りしきる雨の中、モンスターから逃げるが目の前には崖が広がっている。下を見れば氾濫した川…落ちればひとたまりもない。

 浮遊魔法で逃げようにも追撃を振り切る為に魔力も失っていた。こうして考えている間にも、モンスター達が迫ってくる気配が漂う。他の冒険者も居たのだが、モンスターの強襲により離れ離れになってしまった…。


「こ、んな…ところ…でっ!?」


 しかし、運命は残酷だった。

 後退りをした瞬間、水分が含まれた土を踏んだ瞬間…バランスを崩す。そして重力に逆らえないまま、その濁流した川へと落ちて行った。当然、水の中を泳ぐなんて経験はない。ましてや、自然の猛威に叶うわけがない…。


「(だれか…助、けて…―――――――)」

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