その少女、弟子にして後の嫁
しん
第1話 運命の始まり
「(……もう、終了なのか…。なんか、寂しいな…)」
俺は、スマホに表示されている時間を見ながらそう思った。
『ユグドラシル』
DMMO-RPGと呼ばれる、フルダイブ型のRPGゲームの1つ。
人間種から亜人種―――エルフやゴブリン、さらには異形種――スケルトンやゾンビ、蟲など、数百を超える様々な種族を自由に選択でき、職業は2000を超え、それらを個人の自由に出来ることから、国内最高峰の人気を誇っていた。
その中の一つのギルド『アインズ・ウール・ゴウン』に俺は所属している。
俺の所属に関してはかなり揉めたらしいが、ギルド長がみんなを本気で説得してくれたおかげで入ることができた。最盛期には全ギルド中トップ10に入るほど、42人の小規模からはありえないところまで登りつめたこともあった。
ちなみに、加入条件は
『異形種である』
『社会人で働いている』
の2つである。
因みに社会人ではあるが、どちらかというならパートに近い。
というか、この世の中で雇える場所の方が珍しいくらいだ。
「(早くログインしないと…残業なかったら余裕出来たのに…)」
俺は家に帰るなり、即座に『ユグドラシル』を起動した。
時間を見ると、もう23時を過ぎている。最悪のタイミングで残業にあてがわれるとは…
――――『ユグドラシル』のサービス終了日に…。
『ふざけるなっ!』
『(ビクッ)』
『…あ、【ぶらぶらぶらっど】さん!ご、ごめんなさい!ログインしていたのに気づかなくて…。ついカッとなって…』
『こちらこそ、突然テレポートしちゃって…どうしました?なんかトラブルでもあったんですか?』
ログイン完了直後…ギルド『アインズ・ウール・ゴウン』の本拠地『ナザリック地下大墳墓』の9層にある円卓の間にテレポートした途端、誰かが机を殴ったのが見えたからだ。
その人は骨だけなのに、超豪華な物を身にまとっているスケルトンタイプのアンデットプレイヤー、このギルドの長であるモモンガさん。因みに俺は男で『至竜』のアバターである。
褐色肌に白髪、白翼と一見すれば誰でも『天使』だと想像できる姿だが、服装は黒い強化スーツに赤い羽織を着ているような姿になっている。このギルドを作った最強プレイヤー『たっち・みー』さんから貰ったものを、俺の好きなように作り変えているのだ。
カルマ値はここでは珍しく+100、このギルドでは珍しく清楚なイメージの部類であった。本来ならもう一つ別の姿があるのだが、それはまた置いておこう。
『えーと、ぶらっどさん。お見苦しいところをお見せしました。もう大丈夫ですので』
『そ、そうですか…』
『そういえば、何故ぶらっどさんはここに…?今日、残業でログイン難しいって…』
『やっぱサービス終了で居ても立っても居られなくて…気合でギリギリ間に合わせました。おかげで体がクタクタですよ』
『そうですか…お疲れ様です。最後まで残ってくれたぶらっどさんに会えないかと思っていました』
『なに言ってるんですか。モモンガさんに助けてもらって、ギルドへの加入も手助けしてもらって、モモンガさんには感謝してもしきれないんです。むしろこの程度では恩は返せてませんよ。……望めるなら、ずっとモモンガさんをサポートして、傍に居たかったですよ』
『いえいえ…そんな…』
お礼をそのまま言うと、モモンガさんは照れ出した。骸骨が照れる光景がすごいシュールというのは黙っておこう。
『他のギルメンの方々には会えましたか?』
『ええ、ついさっきまでヘロヘロさんがいました…同じく仕事で愚痴ってましたよ』
そうだったのか、もっと早くログインしとけば良かった。悲しいことに、もうギルメンの…俺の恩人達はほとんどがギルドどころかユグドラシルを引退している。別れの挨拶くらいしとけば良かったと今になって反省している。
『ああ…そうだ、ぶらっどさん。どうせ最後なんですし玉座の間に、行ってみませんか?』
『良いですね!行きましょう!というかモモンガさんが座ってる姿を一回スクショしときたかったんですよ!』
『いやいや…そんな似合いませんよ』
『いや違和感ないですから!ほら、どーせならギルド武器も持って行きましょうよ!』
『ええっ!?い、いやそれは流石にマズイのでは……』
『いいんですよ!誰も居ませんしどーせ最後なんですから!』
ニコニコマークを出しながらモモンガさんをゴリ押すと、少し考えた後に…
『わかりました。もう終わりですもんね…。では、最後にれしらむさんにカッコいいところをお見せしましょう!』
『流石モモンガ様!』
と、モモンガさんがギルド武器『スタッフ・オブ・アインズ・ウール・ゴウン』を手に取った。
名前の通り、杖だ。だが、ゲーム内では超高性能の武器だ。
モモンガさん用に合わせて作ってあり、杖の先にある絡み合った7匹の蛇がそれぞれ神器級アーティファクトを咥えている。まあギルドどころか『ユグドラシル』が終わる今となってはもうしょうがないものなのも、俺もモモンガさんもわかっていた。
『…どうせなら、玉座までは歩いて行きましょうか』
『ええ、そうですね』
モモンガさんにそう言われ、テレポートでいくのをやめて歩くことにした。
『………』
『モモンガさん?どうしました?」
『あ、いえ。その…ぶらっどさん。彼らも玉座の間に連れて行ってもいいでしょうか?せめて最後くらい……仕事をさせてあげたくて』
モモンガさんは廊下に待機していた老人ながらに百戦錬磨の雰囲気を持っている執事と、それに並ぶように立っていたメイド服のNPCを見ながらそう言った。この者達は全員ギルドメンバーが作ったものだ。確か、執事が『セバス・チャン』で、メイドたちは『プレアデス』だったか。
『問題ないですよモモンガさん。今日で最後なんですよ。折角ですから思うようにやっちゃってくださいよ!』
『ありがとうございます!では…』「つき従え」
モモンガさんがチャットを切り上げ再びNPC達に向き直る。にしても、モモンガさんがNPC達を後ろに従わせ歩く姿は、まさに支配者と呼ぶにふさわしい風格をしていた。
しばらく歩いた先に巨大な扉が見えてきた。その先が玉座の間である。
『では、どうぞ。ギルド長』
『感謝するぞ、ぶらっど よ』
ここからはお互い、残された僅かな時間を互いの設定通りの、ロールに当てることにした。
別に、何の打ち合わせもしていない。2人して同じことを考えていただけだ。私は大扉を開き、その側に跪く。モモンガさんはそれを見て即興でロールプレイを演じてくれた。
玉座の間に入ると、まさしく最深部に相応しいオーラが漂っていて、頭上には旗―――かつて『アインズ・ウール・ゴウン』にいたメンバーのものが飾ってあり、目の前に続いている赤い絨毯の先には禍々しさの具現化、とも言うべき椅子が置いてあった。
『では…モモンガ様、お手を』
『うむ』
モモンガさんの手をとり、玉座の前までゆっくりと連れてきた後、玉座に座らせる。
そして私も玉座のすぐ側に立った。反対側には、このナザリックにいるNPC達の頂点に位置するアルベドがいた。
このアルベドというNPC…作ったタブラさんはとんでもない設定マニアで、アルベドを含む他のNPCの設定はとんでもないことになっている。ギャップ萌えだとかで、アルベドに関しては長ったらしい説明の後に『ちなみにビッチである』と書かれていた。
これは流石に…と大半が止めた結果、なぜか『モモンガを愛している』と書き換えられていた。因みに彼はこれを知ったときは少し後の事だとか。
「平伏せよ」
モモンガさんが何か言ったと同時に、この場にいた全てのNPCがその場に跪いた。
『あれ、私もやったほうがいいです?』
『いえ…ぶらっどさんはそのままでいいですよ』
『……本当に、いろいろありましたね』
本当にこのゲームは楽しかった。現実世界では無理なことをこのゲームで楽しむことが出来た。あっ…
『しまった、最後に自分のお供モンスター連れてくれば良かった…』
『大丈夫ですか?今なら間に合いますけど…』
『いやいいです、最後はビシッと終わりたいんで………もう終わるんですから…あ、後1分ですね』
『本当だ…。ねえ、ぶらっどさん』
『なんでしょう?』
『その…ここで聞くべきじゃないことかもしれませんが……このユグドラシル、楽しかったですか?』
『はい!』
モモンガさんの問いに、俺は即答で返す。
『このユグドラシルに会えて、モモンガさん達に会えて、このギルドに入れて、私は幸せでした。初心者の自分を、精一杯可愛がってくれて、本当に楽しかったし嬉しかったです。…モモンガさんは、楽しかったですか?』
『もちろんです!皆さんとの冒険の日々は…本当に……楽しかったです!』
30秒前。
『ぶらっどさん、本当に最後までありがとうございました』
『モモンガさん、こちらこそありがとうございました』
『それでは、またどこかのゲームお会いしましょう!』
思わず涙が零れそうになる…
…10秒前。
『では、さようなら。また、どこかで』
『はいモモンガさんも。また、どこかで』
23:59:55…56…57…58…59
0:00:00
「!?」
それは突然だった。0時を回った瞬間、目の前が真っ暗になってログアウトしたかと思えば、何かの映像が出る。なんだろ…黄色い髪の少女?
「(ん?)」「(…あれ?)」
画面がまた明るくなる…。
…なんでまだユグドラシルの中にいるんだ?午前0時まわったよね?ちゃんと。
何故……まだ玉座の間にいるの?と、とりあえずモモンガさんに聞いて……
「あ、ぶらっどさん。どうしましょう、GMコールが使え…いや、ちょっとまて、あれ!?なんでチャットが使えないんだ!?」
「それどころかコンソールすら開けませんよ…」
・・・・・
「「どういうことだぁー!?」」
と、2人の間抜けな声が玉座の間に響き渡った。
「どうかされましたか?モモンガ様。ぶらっど様」
混乱していると、今度は第三者の声が響き渡る。
…うん?様?
声のした方を見ると、アルベドが心配そうな顔を浮かべてこちらの様子を伺っていた。
「…え?」
「…は?」
またもや、2人して間抜けな声をすることになった。
同時刻 バハルス帝国 とある屋敷
「…これで、最後」
暗い部屋の中、一人の少女が小さいポーチに必要な道具を入れる作業を終えていた。そして、少女は振り返る。自分を慕っている双子の妹たち、この子たちの全てを守る為に…。
「私が頑張らなきゃ…」
満月に照らされる黄色い髪をたなびかせながら、少女は決意し旅立つ。この後に来る、予想だにしていない運命が来るとも知らずに…。
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