第4話  開演前

 メジロが新聞をはじめ報道でキクチマモルに指定した当日の午後七時(上演時刻)まであと一時間。指定したS公会堂の舞台には宝石店のセットが組まれていた。芝居のタイトルは「ピカソ男キクチマモル公演・警官と泥棒」。舞台上には出入り扉とガラスのショーケース、カウンターを模したセットだけがあった。背景はラフな線の書き割りで表現されている。そしてショーケースの中には餌となる本物の宝石が用意されていた。念のためのキクチをおびき寄せる餌だった。

 観客席はキクチのパフォーマンスを生で観たい客で満席だった。多くの演劇関係者が来ており、その中には今回の舞台アドバイザーを務め、メジロが招待したサトウケンタの姿もあった。勿論、劇場の中の要所要所は私服の警官が陣取り、関係者出入り口は勿論、劇場のあらゆる出入り口には制服の警官が配置されている。

宝石店員役に扮したタナカ刑事が舞台袖で待機し、その横にメジロがいた。

「刑事長。奴は来ますかね?」

タナカはまだ疑心暗鬼らしい。

「大丈夫。奴はきっと来る。これだけの観客が自分の芝居を見に来てくれているんだ。役者冥利に尽きるはずだ。それに宝石も本物を用意しているんだからな。」

「はぁ。・・・」

「只、くれぐれも言っておくが、観客は奴の芝居を観たくて協力してくれているんだから直ぐに逮捕するような無粋な真似はするなよ。」

「わかっています。奴がショーケースから宝石を奪って店を出たところで逮捕ですね。」

「そうだ。現行犯逮捕だ。扉を開けて出たタイミングでこちらも取り抑える。我々としても、これだけの観衆の前で恥はかけないからな。」

 開始まで後十分となり、タナカが舞台の上の宝石店内に入った。場内も静まりかえる。その時、モリモト刑事が舞台袖にいるメジロの側に来て小声で言った。

「刑事長。キクチマモルなんですが。」

「どうした。」

「どうやら二年前に脳梗塞で亡くなっていますね。」

「なに?」

驚いてメジロが言った。では、キクチが犯人ではないのか?

「亡くなる少し前に記憶障害でS町を徘徊していたところを保護されたようです。それから、その手の施設に入れられていたんで我々も足取りが掴めなかったんですよ。それが、やはり今回の事件の動画を見てそこの職員から連絡があったので会いに行ってみたんです。」

「なるほど。」

「で、この預かってきた写真を見てください。」

そういうとモリモトは手にしていた数枚の写真をメジロに手渡した。

「えっ。」

写真を見てメグロは激しく動揺した。そこには多面体の姿かたちをしたキクチマモルと思われる遺体が写し出されていた。右顔を上にして横たわっているが両目は正面を向いている。

「どうゆう事だ。メイクでなく実体が多面体になっているじゃないか!」

「ええ。職員の話によれば、この施設に送られた時からこの状態で、皆が怯えるから独房に隔離していたらしいんです。」

目白は天を仰いだ。

(キュビズムに傾倒したあまり、肉体が精神に取り込まれたのか?まさか、そんな事が?)

モリモトが付け加える。

「施設でそのまま荼毘に付したようですが、その後にどうも遺留品の引き取り手があったようで。」

「引き取り手?」

「ええ。どうやらその記憶障害の男の行方を捜していた人物がいたんです。それがどうもサトウケンタらしいんです。」

それを聞いてメジロは絶句した。

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