第3話   犯行の動機

キクチマモルの劇団を去ってからの経歴から現在の所在地までモリモト刑事を中心に徹底調査を行ったが全く掴めなかった。その間、第二、第三の強盗事件が関東圏で発生、いずれも宝石店を狙った犯行で、監視カメラに映し出された姿、目撃証言から“キュビズムの男”キクチマモルによる犯行と断定された。


 捜査会議の中で三つの事件の共通性が挙げられた。

1,犯行がいずれも白昼堂々、多くの目撃者がいること。

2,大量の宝石を盗むことはせず、せいぜいスーツのポケットに入る程度なこと。

3,犯行の際、声を出さずにパントマイムで伝える。

という事である。これを受けてモリモトが考察を述べた。

「どうも、単純な宝石目当てではないですね。こんなリスクを負うにしては持ち去る宝石が少なすぎる。」

他の出席者からは

「なんだか、この監視カメラの映像を見ていると前衛的なパントマイム劇を観させられているような気がします。」

「全体の動きや逃げる場面での走り方もなんかも無駄な動きが多すぎませんか。芝居がかっているというか。・・・」

等の意見が出た。薄々皆、感じていることをメジロが口にした。

「我々や目撃者はキクチにとっては観客なんじゃないか?そして被害者は共演者。盗みが目的というよりも自分の芝居を多くの観客に観てもらうのが目的なんだ。」

「まさに“劇場型の犯罪”ですね。」

タナカがうまいことを言った風に振舞ったので皆、苦笑した。


 メジロの仮説が正しければ、確かにキクチマモルの目的は達成されたように見えた。この監視カメラ映像は各テレビ局で連日放送され、動画サイトでの再生回数もうなぎ上りだった。そして多くの人々がこのキュビズム的パントマイムに魅了されたのである。多くの演劇評論家がこの動画のキクチマモルの芝居を称賛し、埋もれていた悲劇の天才と持ち上げた。外国の著名な演出家もキクチの芝居を、“人間誰しもが持つ様々な顔、側面、表と裏、光と影、それらすべてをキュビズム的なメークとパントマイムによって見事に表現している”と絶賛した。そうなると、かつてキクチが所属していた劇団の関係者も手の平を返すようにキクチマモルのメークを褒めたたえたのである。

 その様子をメジロはなんだか嬉しく思った。自分が認められたような気分だった。だが首を横に振って呟いた。

「いや、キクチは犯罪者なのだ。」


 会議の翌日、昼飯の後、メジロは自分のデスクでしばし瞑想した。そして、サトウが去り際に言ったキクチをおびき寄せるアイデアについて考えてみた。それはキクチに大きな舞台を用意すれば必ずおびき出せるというものだった。(舞台となる宝石店と日時を指定し、そのことをキクチ宛に発信して罠を仕掛けて待つ。・・・だが、その様な分かり易い罠に乗るほど馬鹿ではないだろう。そんな事はサトウさんだって判っているはずだが?)

しばらく自問自答してから目白は深呼吸した。(そうか。キクチが本当に欲しいのは宝石ではなく、自分を見てくれる観客の喝采だ。結果的に捕まっても観客の万雷の拍手を得られればキクチは本望なのだ。その事をサトウさんは言いたかったのではないだろうか?サトウさんはキクチが単なる宝石目的ではなく芝居目的だと、はじめから気がついていたのだ。)

メジロはデスクにあったコピー用紙にボールペンを走らせ考えを整理していく。(大々的に新聞をはじめとしたマスコミやSNSを通じて日時を指定してこちらから挑戦状を出し、舞台を用意する。しかも観客席を設けて前売りのチケット販売までするのだ。“警察対キュビズムの男”これは受けるぞ。ここまで舞台が整えばヤツは危険を冒してでも現れるに違いない。何故なら彼は役者なのだ。舞台に穴を空けるなんて不名誉な事はしないだろう。)

ペンを止め、しばし瞑想の後、メジロはマスコミ各社を集めるようタナカ刑事に指示を出した。


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