第2話 キクチマモルという男

 翌日の新聞やSNSニュースに“キュビズム強盗現る!”“ピカソ人間?”等といった見出しとその奇怪な姿を捉えた写真が紙面を飾った。この写真はメジロ達の期待通りに反響があった。この男を知っているという人物が名乗り出たのだ。

 名乗り出たのはサトウケンタという還暦手前の男で薄い頭頂部と深い皺が年齢よりずっと上の印象を受けた。

「どうも、この事件を担当しているメジロです。」

そう言ってメジロはサトウを見て“あれっ”と思った。

「あなた、昔、ケン坊シリーズで人気を博した子役のサトウケンタさんですね?」

「はい。本人です。」

サトウケンタは人気者だったが子役から大人の役への移行が上手くゆかずに人気が下降、テレビから遠ざかった人物で、現在は芸能界とは無縁の仕事をしていると聞いたことがある。かなり老けて見えるのは苦労したからだろうか?それでいて昔の可愛かった頃の面影があるのが却って残酷であった。いずれにしてもメジロの世代には感慨深い。

 サトウをソファに促し、メジロは早速本題に入った。

「アナタ、この強盗犯に見覚えがあるとか?」

サトウがおずおずと答えた。

「はい。子役時代に、私の演技指導をして下さっていた役者のキクチマモルに違いないと思うのです。」

「キクチマモル?あまり存じ上げませんが有名な役者さん?」

「いえ。とうの昔に引退されておりますし、どちらかというと脇役の人だったですから、忘れられた存在です。只、演技は秀逸でどんな役にもなりきる事が出来ると、当時の演劇界で評判になった方です。」

「ほう。その方にあなたは演技指導を受けていたんですね?」

「ええ。同じ劇団でしたので。」

「おいくつなんでしょう?そのキクチマモル。」

「あの当時、今から五十年ほど前の段階で、二十代前半だと思いますから、今、七十は超えているでしょう。」

「ふむ。で、なんでサトウさんはあの犯人がキクチマモルだと?」

「はい。キクチさんはある時から演技にキュビズム的アプローチを試みたのです。」

「演技にキュビズム?」

「はい。一つの役柄をいったんバラバラに解体し多面的に考察した上で、その人物像を再構築して演じるのです。」

「聞くだけでも凄い役作りですな。」

「特にあの方は演技の鬼でしたから。」

「で、上手くいったんですか?」

「はじめの頃は名演と評判でしたよ。しかし、ますますのめり込む内にメーキャップまで凝りだしてピカソやブラックの絵画技法を取りいえるようになりました。」

「それではお客さん、ついてこれないでしょう?」

「ええ。児童向け舞台の“こぶとり爺さん”までそんなメーキャプで登場しましたから子どもたち、泣いてしまって大騒ぎでした。」

それを聞いてメジロは、この才気と狂気の紙一重のような人物に興味を持った。自分と同じで生真面目なのだと感じた。サトウの話ではキクチは意固地にそのキュビズム的メーキャップに固執した為、劇団長と喧嘩になり劇団から追い出されてしまい、疎遠になったと言う。しかし、今回の事件の写真を見てキクチを思い出し、彼がキュビズム的メーキャップした姿に相違ないと思ったそうなのだ。

「そのキクチサンさんの素顔のお写真ありませんか?」

メジロの問いにサトウが頷き、古い一枚の写真を持っていたポーチから取り出した。

「これしか残っていないんですが。・・・」

その写真には、メジロにとっては馴染み深いケン坊シリーズの頃の幼きサトウとの姿と、柔和にほほ笑むキクチであるらしい若い男が並んで映っていた。至って特徴のないどこにでもいそうなスター性の欠片もない佇まい。全くオーラを感じなかった。これでは人気も出なかったろうというのがメジロの感想だった。メジロはこの写真をしばらく預かることにした。


「いろいろと参考になりました。」

メジロはサトウに感謝した。サトウは去り際に“もし本当にキクチであったなら”有効な彼をおびき出すアイデアを提供した。メジロはそれを聞いて“検討します”とだけ言った。


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