キュビズムの男

大河かつみ

第1話 キュビズムの強盗現る

 白昼堂々、宝石店に強盗が入った。故に人通りも多く目撃者は多い。また店内には監視カメラもついており、犯行の一部始終は録画されていた。しかも強盗は大胆にも素顔を隠していなかった。これなら、直ぐにでも容疑者を特定できそうなものである。

 しかし、捜査にあたったメジロ刑事(デカ)長は目撃者の証言を聴取している内に頭を抱えてしまった。というのも犯人を目撃した人々が語る多くの証言をまとめようとすると、整合性がとれなくなるのだ。

 強盗の顔の特徴を尋ねると、ある者は右顔しか見えなかったが、目は二つ、こちらを向いていましたと言うし、ある者は正面を向いていたが後頭部も同時にみえ、でも鼻は左向きでした等など、意味の分からないものばかりであった。そして見え方が目撃者によってまちまちなのだった。又、逃走経路についても走って逃げたことだけは共通していたが、ある者は、強盗は正面向かって右側を堪えず見ながら左に走っていったというし、ある者はこちらに向かって走っているようで実際は後方に消えていったと証言した。その様な訳で東西南北どちらに逃げていったかもよくわからなかった。メジロは仕方ないのでとにかく目撃者の証言を元にモンタージュ写真を作成することを部下のタナカ刑事に命じた。


 翌日、タナカがそのモンタージュ写真を携えてメジロのデスクにやってきた。「刑事長。これを見てください。」

その写真にある容疑者の顔を見て目白は愕然として言った。

「これはまるでピカソの絵だな!キュビズムの絵そのものだ。・・・」

「なんです?キュビズムって。」

タナカが尋ねた。

「なんだ。そんなことも知らんのか。キュビズムというのは、だな。つまり、その、えーと、ようするにピカソみたいな絵のことだよ。」

「はぁ。」

そこへ近くにいたモリモト刑事が助け舟を出した。

「キュビズムというのは、一つの対象を複数の視点で多面的に捉えて、一つの形に再構築して表現することですよ。」

メジロはほっとして言う。

「そう。つまりは君、そういう事だよ。」

「なるほど。ピカソの絵ってそういうものなんですね。でも、私のようなシロウトには子どものラクガキにしか見えません。」

タナカは正直に白状した。

「それより、問題はこの犯人像ですよ。」

モリモトが話を戻す。

「そうだった。」

三人で改めて写真を見直す。それは容疑者の顔を正面から捉えていながら、印象としては右顔のように見えるが後頭部も判る。それでいて目は正面に二つあるし、だけど鼻は左を向いていた。

「本当にこれで間違いないのか?」

目白の問いに

「はい。出来上がったモンタージュを目撃者全員に見せたところ、ほぼ間違いないようです。」

とタナカが答え、その後、しばらく三人で黙り込んでしまった。

次に監視カメラの映像を再生してみた。そこにはやはりあのキュビズムの人間が宝石店のカウンターで拳銃を突き付け店員から宝石を奪い取る様子が映し出されていた。

「これは何だ?」

「ホントにピカソの絵みたいですね。」

二次元的な表裏だけの人間のようだが様々な面で出来ているようでもある。不思議な事にこの男の周りの風景も同じように平面的でありながら多面的構成に変化して見える。この男の存在が周りの空気や景色まで変えているのだろうか。

「なんだか遠近感が掴めませんね。」

タナカが首を傾げて言った。

「それがキュビズムの特徴でもあるのです。」

モリモトはなかなか美術に詳しいらしい。

「それで目撃者が幻惑したんだな。逃走方向の整合性がとれないのはその為か。・・・」

メグロが呟いた。今、ここで見ている映像も二次元的で遠近法を無視している。店外のカメラで捉えた犯人が逃走している姿も右に向かっているのは間違いないが、右前方なのか右後方なのかまでは判らなかった。

映像から目を離し現実の風景を見ると、急に遠近がはっきりしてメジロはめまいを感じた。タナカも同様らしく、近くにあった椅子に座り込んだ。

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