「好きなタイプは?」「物静かな文学少女」そう答えた翌日、活発幼馴染は物静かになりました。

依澄つきみ

エセ文学少女

「ねぇ登也とうや、登也って好きなタイプとかあるの?」


 突然部屋を訪ねてきた幼馴染の少女【武田めぐり】。栗毛色ののボブヘアーを携え、淡麗だがどこかあどけなさもある童顔の彼女は、なんの脈略もなくこの質問を投げかけた。


「いきなりだな。う〜ん、好きなタイプねぇ……最近だとこれかな」


 そう言って俺は、腰掛けていたベッドから体を離し、部屋の隅に置いてあるアニメのDVD収納箱から1本のアニメを取り出すと、めぐりの眼前に突きつけた。


「これが俺のタイプ──物静かな文学少女だ。どうやら俺はこの手のキャラに弱いらしい」


 メガネをかけ、両手で持つ本で赤らめた顔を隠す少女。この少女こそ、俺の心を鷲掴みにした女性である。

 めぐりは俺が突きつけたアニメのカバーを手に取り、なんの意味があるのか、そのカバーの表裏をぐるぐると見始めた。


 そして小さく「ふぅ〜ん。なるほど」と呟くと、にこりと微笑みながら俺に1歩近づいた。


「ねぇ登也、このアニメって面白い?」

「それだけは保証する。なんだったら貸してやろうか?」


「うんうん借りる借りる! それじゃあ登也! 私このアニメを見なければいけないのでこれにてさらばするであります!」


 満面の笑みを浮かべながら敬礼するめぐり。そして俺が言葉を発する間も無く、彼女は勢いよく部屋を飛び出していった。

 相変わらず慌ただしいというか活発というか。とにかく変なやつだ。


「ま、そんなところが安心してしまう俺も、多分変なやつなんだろうな」


 自身への嘲笑を浮かべながらベッドに潜る。そして明日の通学路はあのアニメの話で盛り上がるだろう。

 そんな想像をしながら、俺は静かに目を瞑った。


 にしてもなぜいきなりタイプだどうだという話になったのだろうか? 

 その考えが解決するまもなく、俺の意識はプツリと途絶える。



 そして翌日。いつもの朝、いつものように学校へ向かう準備を済ませた俺は、いつものように玄関を開けた。そしていつものように、玄関で待ってくれているめぐりが挨拶を放った。


「おっはよ〜登也とうや! 早く行かないと遅刻しちゃうぞぉ!」


 昨日まではこうだった。

 朝っぱらとは思えないあどけなくはつらつとした笑顔を浮かべ、ハイテンションな挨拶を送ってくる。これが日常だった。


「めぐり……お前どうしたんだそれ?」


 今日の彼女を見た瞬間、俺の頭は困惑で一色となった。しかしそれをだれが攻められようか。それほどまでに昨日までとは違っていたのだから。


 おしゃれに整えられていた髪はストレートになっており、言っちゃなんだが地味目になっている。そして二宮金次郎かと言わんばかりに片手に本を持ち、しているところなんて見たことがないメガネをかけていた。


 困惑する俺をよそに、彼女は自身のペースで無機質に、無表情に挨拶を投げた。


「オハヨウ、イコウ」


 なんだか無理をしているような態度と表情。そして何より、感情の全くこもってないカタコト挨拶。

 昨日の今日だ。これがどういった理由なのかは理解できた。恐らく俺がタイプだと言った『物静かな文学少女』を演じているのだろう。


 なぜかは知らないが。


 しかしとにかく、めぐりがあのアニメキャラを模して演じているのであれば、明らかに失敗していると俺は言いたい。

 徐に鍵をかけ、呆れたようにため息をついた。


「うん……なんか違う」


 ✳︎


 40分というなんとも微妙な距離の通学路を終え、教室にたどり着いた俺たち。クラスメイトたちはやれ昨日見たテレビの話題だの、やれ趣味の話などで盛り上がっていた。

 ありきたりな光景である。


 しかし、その光景はめぐりが入ってきた瞬間に瓦解し、空気が張り詰めた。


「ミンナ、オハヨウ」


 静かで端的な挨拶。他の者であればなんの変哲もないものだが、ことめぐりに至っては異常な光景である。


「た、武田さんが元気ない!? しかもメガネまで!」

「もしかして今日学校に雷落ちるんじゃ!!」

「めぐりぃ! 辛いことあるんなら相談して!」


 まるで要人が暗殺未遂にでもあったかのような騒ぎよう。めぐりはクラスのムードメーカーだ。いつもの彼女なら『やっほ〜みんな〜! おっは〜!』と言って教室に入っている。そのことから考えると、こういう反応になるのはまぁ頷ける……のかな?


 しかしこの事態を引き起こした当の本人めぐりは、ここまでのことになるとは思っていなかったのだろう。耳の先端まで真っ赤に染め、プルプルと口元を震わせていた。なんなら目に涙まで浮かべている。


 だが俺の手前引くわけにはいかないのだろう。めぐりは俺が見せたアニメカバーのように、持っていた本で自身の顔を隠し、震える声でしかしカタコトのまま返事をする。


「ダ、ダイジョウブ。モンダイ、ナイナイ」


 穴の空いたボロ船に指差して大丈夫と言っている程度の安心感しかないこの状況。当然全員からの怪訝な目線を向けられるものだと思っていたのだがーー


「まぁ、めぐりがそういうなら大丈夫か」

「それにさ……」

「うん、だよな」


 その場にいた全員は顔を見合わせ、一斉に頷き声を放った。


「「「これはこれで可愛いし」」」


 全会一致の適当集団! 結果的にめぐりは助かったわけだが、クラス的にはそれでいいのだろうか? 

 そんなことを思いながら、俺は自席へと着いた。


 安心したように小さく息を吐いためぐりも同じくして自席へとついた。すでに表情が崩れている時点でもうダメな気がするが、呆れを通り越してこれからどうするのか気になり始めたので、指摘はせずにスルーすることにした。




 人間、そう簡単に変わるものではない。昨日までの自分が、たった1つのきっかけで別人になるなどあり得ないのだ。表面的に変わっていても、必ずどこかは昔のままなのである。例えるなら、活発少女が翌日、完璧に物静かな文学少女に変化することなどあり得ないのだ。


 まぁ何を言いたいかというと、件の彼女武田めぐりだが、結局というかやはりというか……ポンコツを晒し続けていた。


「めぐり、トイレ行こ!」

「ヨシ、イク」


 常に本を持っているのが文学少女だと思っているのだろうか? トイレに向かう際も片手に持ち運び、そして数分後戻ってきた彼女はどこか違和感があった。

 その違和感の正体はすぐさま判明する。


「めぐり、あんたあのメガネ伊達だったんだね」

「ん? なんでそんな……あ、トイレに忘れた! 待ってこれは無し!」


 本を持っていくのも忘れ、文学少女にあるまじき猪突猛進でトイレに向かっていっためぐり。途中でその設定を思い出したのか、急ブレーキをかけて歩き出した。

 もう辞めりゃいいのに。


 メガネをかけ戻ってきためぐりはバレないようにか鼻で息を吐き、本を開いた。じっと文字を見つめる彼女の後ろ姿は、内情を知らなければ確かに文学少女に見えるのかもしれない。窓から入り込む風も、それを後押しするかのように彼女に吹きつけた。


 しかし、そんな彼女の態度は友人のたった1言で呆気なく瓦解する。


「めぐりその本さ、しおりもなんも挟んでないのになんでそんなすぐ開けるん?」

「……ドユコト?」


 動揺するめぐり。確かに手に持っている本は一瞬で目的のページに開かれていた。友達の発言から察するに折り目もついてなそうだ。あのめぐりが以前開いていたページを暗記しているとは思えない。

 では他の方法は何かないか? 例えば折り目がついてるとかであれば一瞬で開けるだろうが……


「あぁ、なるほど」


 この納得感は、直後の友達の言葉によってさらに高まった。


「それにさめぐり、その本上下逆じゃない?」

「え? ……あっ、これはあれだよ! 読み込みすぎて今回は逆から読んでみようぜ的な発想に至った……ノヨ」


 確信を突かれ、動揺しまくっためぐりは、文学少女であれば絶対に言ってはいけないNGワードである、『的な』を使ってしまった。

 普段は口を開かず、いざ話したかと思えばその都度辞書が必要なレベルの難解ワードを口にする。それが俺の好きな文学少女だ。よって的なは絶対に言ってはならないワードなのである。


 言うなれば、論文発表の場において、『大体そんな感じです』と言ってしまうレベルのことである。


「明らかに無理してんだからやめりゃいいのに。何がしたいんだあいつ?」


 肩肘をつきながらぽつりと呟いた言葉が聞こえたのか、彼女はこちらをチラリと一瞥すると、しょぼくれた表情で席を立った。


「……ちょっと顔洗ってくるね」


 めぐりは友達に1言断りを入れると、本を片手にどこかへ歩いて行った。その足取りは重く、教室を出ていく直前、小さくため息をついたのがわかった。

 このままぶっ倒れでもしそうな雰囲気だ。


「大丈夫かよあいつ? ったく……」


 全く物静かな文学少女を演じれていないめぐりに、全く似合ってない彼女に、俺は俺の正直な感想を告げるため、めぐりを追うように席を立った。



 ※


 教室を出てトイレへと向かった武田めぐりは、顔から水滴を垂らしながら、鏡に映る自身を見つめていた。

 そしてぽつりと1言、嘲笑気味に言葉を漏らす。


「ははっ、似合ってないなぁ〜。私じゃないみたい。登也に見てもらいたくてこんな格好したけど、これで見てもらえても、それってどうなんだろ?」


 垂れる水滴を拭き取り、度の入っていないメガネを再びかける。そして手元においた本を手に取り、開きぐせのついた1ページを開き、再び閉じてトイレを出た。


「適当に家から持ってきたけど、どんな話なんだろ?」


 そう呟きながら廊下を歩き始めた彼女は、手元の本に気を取られ、目の前から来る通行人に気がつかなかった。

 ドンッ、と頭ごと体をぶつけよろめくめぐり。自身の不注意によるものだとすぐに気がつき、謝ろうと顔を上げた。


「すいません! ちょっとぼーっとしてて……」


 謝るめぐり。しかし、ぶつかった相手がよくなかった。

 相手はガタイの良い男子生徒であり、たびたび問題を起こすことでき教師からも目をつけられている、2年上の先輩であった。


「なんだテメェ、ぶつかっといて謝るだけか、あぁ?」


 突然のことに体が硬直し、無意識に壁に背をつける体勢になってしまっためぐり。顔を青ざめさせながら両手で本を抱え、威圧的なその不良から目を逸らしていた。


「(どうしようこの状況。声を上げても先生いなかったら逆効果だし、こんな時、あのアニメの文学少女だったら……超能力で倒せるのか。そっか、役立たないなぁ)」


 チラリと前方を見た時、目の前の不良は拳を振り上げていた。ずっと何かを言っていたものの、その声が聞こえていなかっためぐりに無視されたと勘違いしたことで、ついには殴りかかってきたのだ。


 ──もう無理だ。

 そう思い、殴られる覚悟を決めて歯を食いしばる。そしてその瞬間、過去の似たような出来事を走馬灯のように思い出した。


「(そういえば、ちっちゃい頃にもこうやって殴られそうになったところを登也が助けてくれたっけ。ヒーローみたいでかっこよくて、多分あの時からだな、好きになったのは。──登也)」


 祈るように目を閉じた直後、顔面を思いきり殴りつけた鈍い音が走る。あたりにいた生徒のざわつきがさらに大きくなった。


 しかし、いつまで立ってもめぐりの頬には痛みが現れない。そっと徐に目を開き、眼前の光景を目撃した時、彼女は驚きのあまり、思わず声を漏らしてしまった。


「登也……?」


 彼女の目の前には、先ほどまでいなかったはずの幼馴染、登也がそこにいた。痛そうに頬を押さえ、小刻みに震えている。


「誰だテメェ? 何邪魔してんだおい」

「先輩こそ、何人の大事な幼馴染ぶん殴ろうとしてんですか? つか痛いんですけど。歯ぁ折れてない?」


 煽るような物言いをする登也にキレた不良は、彼の胸ぐらを思いきり掴みかかる。そして再び殴りかかろうとした時、少し奥の方から激しい怒鳴り声が響いた。


「──こらお前ら!! 何やってんだ!!」

「ヤッベ! クソが!」


 不良よりもさらにガタイのいい体育教師が怒鳴り声を上げながら近づく。それに恐れをなしてか、不良は登也を勢いよく突き飛ばし、教師とは反対の方向へと走っていった。


 突き飛ばされた登也は、打ちつけた背中を頬を撫でる手とは反対の手で労った。


「痛った〜っ。めちゃくちゃだなあいつ」


 不良というなの嵐が過ぎ去ったのを確認した登也は、ため息をつく。そして背後にいるめぐりの方に向き直り、彼女の体を見渡した。


「大丈夫かめぐり? 怪我は……してなさそうだな。庇った甲斐あって助かったよ」

「大丈夫って、こっちのセリフだよ! あぁあぁ、すごい赤くなっちゃってる! 早く保健室行かないと!」

「大袈裟だな」


 殴られた登也の頬を見て慌てふためくめぐり。おどおどとする彼女からは、もはや物静かな文学少女の様子など微塵も感じない。だが、そんな彼女に登也は思わず吹き出した。


「ははっ! お前文学少女演じる気ないだろ! でも、俺はそっちの方がいいと思うぞ」

「あっ…………!」


 完全に素に戻っていたことに気がついためぐりだが、今更戻しても仕方がないと判断したのか、小さくため息をつくと、質問を投げかけた。


「ねぇ登也、私の文学少女そんなにだめだった?」

「そうだな、幼馴染ボーナスで甘めに判定したとしても、赤点、というか逮捕だ。


「逮捕!? そこまでじゃないでしょ! ほら、眼鏡かけてるし本持ってるし」

「んじゃあその本の内容説明してくれ」

「うぐっ!」


 唸り声を漏らし頭を抱えためぐりは、登也にバレないようこっそりとあらすじを確認しようとしたが、余裕でバレて止められた。


「……いじわる」

「うるさい大根役者」

「そこまでひどくなかったって! せめて人参くらいだよ」

「そんな違う?」


 そしてその場でしばらく座り込み、他愛ない話をしていた2人。そして話題がなくなり一瞬の間が空いたのち、天井を見上げためぐりは小さく言葉を漏らす。


「登也はさ、やっぱり女の子は物静かな文学少女みたいな子じゃないと嫌だったりする?」

「えっ?」


 予期していなかった質問が飛来し、短い返答を返す登也。その質問を少し咀嚼し理解したのか、彼はすぐに返答を返した。


「あのな、好きなタイプってのはあくまでもおまけなんだよ。好きになった人がそうだったら余計に良いってだけに過ぎないの。少なくとも、俺はお前の文学少女は嫌いだ」

「うぐっ……嫌いまでいうか。確かに下手だったけどさ、そこまで言わんでもよくない?」


 嫌いだ、その言葉を投げられためぐりは眉をひそめ、顔を膝に埋めた。そんな彼女に、登也は自身が伝えたいことが伝わっていないことを理解し、小さくため息をついた。


「俺はな、めぐりの本心が文学少女的になりたがっているのなら受け入れてるさ。だけど、今回のは明らかに無理してたろ? だから嫌いなんだよ。俺はそんな無理したお前より、そのまんまの武田めぐりがーーなんでもない忘れてくれ」


 まずいことを言いかけた、そんな後悔を頭の中に渦巻かせながら、登也は彼女から目を逸らした。耳の先まで赤く染まっている。このままでは埒があかないと、彼は自身の別の意味で赤く染まった頬を叩き、隣の彼女に視線を向けた。


 そしてその目に映るめぐりの様子に、顔を真っ赤に染め、その表情を本で隠すような仕草に、登也は思わず笑みをこぼすのだった。


「お前、今が1番物静かな文学少女してんぞ!」

「う、うるさい!」


 変わらず顔を赤らめながら、本で彼を叩くめぐり。そんな彼女の態度がおかしく、吹き出す登也。

 もはや周囲の音は彼らには聞こえず、互いの音と、激しく打つ鼓動の音だけが彼らの世界を支配した。




 そしてその世界に他の音たちが現れ始めた頃、めぐりは眼鏡を外し、本をとじ、髪をおしゃれに整えていた。

 徐に立ち上がり、保健室を目指す道中、登也は彼女に問いかけた。


「もういいのか、そのメガネとか」

「いいの。だってこんなものなくても、を見てくれるって気づいたから……!」


 いたずらっ子のように、大きく歯を見せながら笑った彼女に、登也は赤くなった頬を撫で、小さく呟く。


「──あぁ、すごい痛い。引かないなこりゃ」


 小さくつぶやかれた言葉は、偶然か運命か、入り込んだ隙間風によって流された。そしてめぐりは、小さく微笑を浮かべ、隣の彼にも聞こえないほどの声量で言葉を漏らした。


「…………そうだね…………!」


 そう言った彼女の右手は、自身の赤く染まった頬を撫でるのだった。

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「好きなタイプは?」「物静かな文学少女」そう答えた翌日、活発幼馴染は物静かになりました。 依澄つきみ @juukihuji426

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