第2話 元型・2(縁)~本当は待っている~

 1.


(不思議ね。ずっと住んでいた場所なのに、こんな色々なものがあるなんて知らなかったわ)

 

 目を輝かせて、少女は星空を見上げている。

 縁は少女に気付かれない程度に、ちらちらとその横顔に視線を走らせる。

 

 知っているか? 

「客」は気に入れば、何度でも「穢れ払い」のために、ここに来ることが出来るんだ。

 他の場所も案内するからまた来ればいい。

 

 そう伝えたかった。

 だが「穢れ払い」に含まれる微妙な意味を考えると、その言葉を言う勇気が出なかった。

 変な意味に捉えらえられるかもしれない。

 そうしたら、少女は二度と来なくなるかもしれない。


 もう一度、少女の横顔を見つめる。

 こんなに楽しそうで……、自分だってこんなに楽しいのだ。

「また」と言わなくとも、また来る。

 きっと。

 そう思っていた。


 だがいつまで経っても、少女が来るという知らせは来なかった。

 少女と一緒に来た場所で一人で座っていると、心が締めつけられ、泣きたい気持ちになった。


 何故、来てくれないのだろう。

 こんなに待っているのに。



 2.


「縁」


 呼ばれて縁は、瞳をゆっくりと開く。

 背後から抱きしめていた里海の手が、縁の目元にそっと触れた。


「どうしたの? 何か悲しいことでもあった?」


 縁は邪険な仕草で里海の手を振り払い、ついでに目元をぬぐう。


 良かった。

 夢だった。

 あんな悲しい思いは絶対にしたくない。

 だから、良いのだ。

「神さま」と出会わなくて。

 会えば心が引き裂かれるような思いをするのだから。


 手を振り払われても、懲りずに頬に唇をつけてくる里海に、縁は言った。


「里海、結婚はしても、お前は九伊の本家の当主にはならないかもしれない」


 縁の言葉に、里海は驚いたように首をかしげる。


「なぜ?」


 縁は里海の腕の中で体の向きを変え、微笑みながら里海の目を覗き込んだ。


「お前、俺のことが好きなんだよな?」

「愛しているよ」


 里海は言った。


「君への思いで、時々どうにかなってしまいそうな気持ちになる」


 神妙な面持ちの里海の言葉に、縁はこみあげてくる笑いを抑えつける。

「誰かへの思いでどうにかなってしまう」とは、何と滑稽な話だろう。

 そんなものは、一時の幻想にすぎないのに。


 だがそうは言わず、里海の顔に顔を近付けて囁いた。


「じゃあ、俺のやることに文句は言わないな?」

「君のやること?」


 驚いたように里海が聞き返すと、縁は紅い唇を奇妙な形に吊り上げた。


「神を殺すんだ」

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る