魂恋 ~たまこい。男娼として育てられたツンデレな男の娘と「生き神」として敬われている内気な女の子が、想いが成就するトゥルーエンドを目指す話~

苦虫うさる

第一章 元型(縁)~神さまを殺すルート~

第1話 元型・1(縁)~神さまが憎い~

 1.


禍室かむろは、元々は『神室』と書いた、という説があるんだ」


 事が済んだ後、里海はよく寝物語に九伊ここのいの家と「禍室」にまつわる話をした。


「神さまが、穢れを払うために籠る『室』だったらしいよ。『神室』は、荒ぶる神の御霊を肉体に収めることで鎮めるんだ」



 表面上は興味がないように小馬鹿にした態度を取りながら、寡室縁かむろえにしは、自分がその話に強く惹き付けられるのを感じた。

 それが癪に触り、わざと皮肉で挑発的な口調で言葉を返した。


「俺は本当は、お前じゃなく神さまとやるための存在なのか」


 六星里海むつせいさとみはそういった縁の傲慢で横柄な態度を愛おしむかのように、薄闇の中に浮かび上がる白く透き通るような肌を撫でた。


「禍室の最も重要な役目は、本来は、ご神体である九伊の本家の穢れを払うことだ。禍室に穢れが溜まれば溜まるほど、九伊の神は清浄になる」

「清浄、か」


 縁は嘲笑の下に、憎悪を瞬かせながら呟く。


 縁は暗闇の中で映える、妖艶で蠱惑的な美貌を持つが、九伊家に対する嘲りや憎しみに身を震わせるとき、さらに美しさが際立つ。

 里海はその姿を、うっとりとした眼差しで見つめた。


「君はそうやって、九伊家に対して怒りや憎しみをぶつけている時が一番美しいな」


 縁は大して嬉しくなさそうに素っ気なく答えた。


「生まれたときからこんなところに閉じ込められて、淫売まがいのことをさせられているんだ。ありがたがる気持ちにはなれないな」

「九伊の本家は、君や僕にとっては、仕えるべき神さまだからね。仕方がないよ」


 里海は布団の上に広がった縁の光沢を帯びた黒い髪を指ですき、指の隙間から流れる様に見とれながら言った。


「そのおかげで、僕は君に会えたわけだし」


 里海は、手の中にある長い黒髪に唇をつけながら、ふと呟いた。


「縁、僕は、神さまのお婿さんになるかもしれないよ」


 里海の言葉に、縁は僅かに視線を動かす。


 縁は範囲が広い黒目が、光線の加減で青みがかって見える不思議な目の色をしていた。

 初めて禍室を訪れる「客」たちは、その目の色も縁の神秘さを増していると言って喜んだ。


「結婚するのか?」

「ショック?」

「別に」


 里海の言葉に、縁は肩をすくめる。

「客」としては面倒がなく、自分を崇め奉仕してくれるところを重宝しているが、里海は縁にとってそれ以上の存在ではなかった。

 恋人のように振る舞われると、わずらわしく感じる。

 縁は自分をここに閉じ込めているものと同じぐらい、自分の体に群がる「客」たちを憎んでいた。


 禍室としての務めが始まった三年前、随分抵抗し、逃げ出そうと思ったこともあった。

 だが、生まれた時からここに閉じ込められ外界のことは何ひとつ知らず、奇妙な風習や寝床で行うことのみを叩きこまれて生きてきたのだ。

 幼いころから心身に染み込まれてきたものが、何よりも強力な鎖となって、自分をこの暗い獄に繋いでいる。

 縁は自分をこんな場所に産み落とし、禍室に仕立て上げた母親を嫌っていたが、それでもこの境遇を憎みながら死ぬまで逃れられなかった母親の気持ちはよく分かる。

 自分たちの内部には、「禍室である」という以外の要素がない。

 それ以外のアイデンティティを形成させないことが、禍室を「室」に閉じ込め、「禍室」そのものにするために長い年月をかけて培われた知恵なのだろう。

 そう思うと笑いがこみあげてくる。


 里海は話を続けた。


「九伊の本家の一人娘の婚約者として、白羽の矢を立てられたんだ。本家の当主は、いま、体を悪くされている。万が一のことがあったら、その娘一人しか跡を継ぐ者がいないからね」

「九伊は、神の癖に死ぬのか」


 里海の言葉に、縁は闇の中で皮肉な笑いを浮かべた。

 里海は珍しく、縁のことを諫めるように微かに首を振る。


「今の当主は、穢れを払われたことがないんだ。神は清浄なゆえに弱い。穢れを定期的に払わなければ、現世にはいられない」


 縁は薄く笑った。


 ちょっとした毒にも耐えられないひ弱な神とは、滑稽だ。

 自分の中の積もり積もった憎悪をぶつけたら、一瞬で死ぬのではないか。


「九伊の娘には会ったことがあるのか?」


 縁の言葉に、里海は頷いた。


「可愛らしい子だったよ。かなり内気で、余り話さなかったな。年は十六って言っていた」


 縁の顔から表情が消えた。


 十六。

 同い年だ。


 その娘は広大な屋敷に住み、生まれながら尊ばれ大切にされ、生き神としてかしづかれて生きている。

 それに比べて自分は、生まれたときから暗い家に繋がれ、九伊家の敷地から出ることも許されず、見知らぬ人間たちに体を弄ばれている。

 元を辿ればひとつになる家系に生まれながら、この差はなんだ。


 見たこともないその娘に対する、焼けつくような怒りと暗い憎悪が胸から吹き出そうになる。


 縁は目を閉じた。

 そうすると娘の姿が浮かんでくるようだった。


 小柄な細い体。

 顔立ち自体は、なかなか整っていて可愛い。

 だが内気でひっそりとしているために、ほとんど誰の目にも止まらない。

 恥ずかしそうに下を向いていることが多い。


 娘が顔を上げた。

 まるで縁が見ていることに気付いたかのように、大きな瞳が向けられた。陽射しを浴びて、明るく輝く優しいげな茶色の瞳が縁の姿を捕らえた。


 次の瞬間。

 少女ははにかんだように少し微笑んだ。


(笑った……)


 縁は、ずっと胸を焼き続けた九伊家に対する怒りも憎しみも忘れて、しばしばその顔に見とれた。

 一瞬後、ハッとする。


(何だ、今のは……)


 忌々しげに眉をしかめて、首を振った。


「そのうち、彼女は君のところに来るよ」


 里海の言葉に、縁は視線を向けた。

 里海は、縁の顔をずっと見つめていた。


「さっきも言ったろう? 神は清浄なゆえに弱い。穢れを定期的に払わなければ、現世にはいられない。君の下に穢れを払いに来る」


 縁は唇を歪めた。


「神が、俺のところにやりに来るのか」

「少なくとも婚礼の前には、『穢れ払い』をするからね」


 縁は悪意に満ちた笑いを、繊細な美貌に浮かべた。


「結婚する前に、お前の妻と俺が寝るのか。お前はそれでいいのか?」

「君とそんな形でも繋がれるなんて、僕は嬉しいよ」

 

 里海は縁の髪に、恭しく口づけをしながら言う。


 九伊の人間は、総じて気が狂っている。

 縁は半ば蔑むように半ば忌々しげに笑った。


「神」である娘が来たら、どうしてやろう。


 里海の愛撫を受けながら、縁は気晴らしに考える。

 自分がこれまでに受けた苦痛と屈辱を、ひと晩で可能な限り味合わせてやろうか。

 どうせ何も知らない、知る必要もなかった初心な娘だろう。

 口にすることも憚られることをされたら、口外にすることはないはずだ。

 案外、それがきっかけに暗い世界に堕ちてくるかもしれない。

 そうしたら、自分の思い通りに仕込み、いたぶってやろう。


 そんなことを夢想しながら、縁は目を閉じて笑った。

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