第28話 防衛
翌朝、リゼの町から南東に1kmほどの川岸。ギルドメンバー総動員で防御陣地を構築する。短時間での施工が必要なため、物理防御は簡易な木柵のみ。その代わり、川岸から段丘崖までの範囲を生活術式<
既に対岸には鬼の姿が目視で確認できるが、しかし奴らは一切こちらに興味を示さない。明らかに異常。
「なあ、これ意味あんのか?」
「今んとこ無いな。ま、奴らが急にこっち狙い出す可能性もあるんだろ」
「そんなもんかね」
崖の上では弓の得意なメンバーが一斉に矢を放つ。比較的川幅が狭いとは言え、対岸の動く標的までは300mほどの距離。どうにか届いた三分の一ほどがまばらに命中し、当たり所が悪かった何頭かの小鬼が倒れる。
それでも鬼たちの進軍速度は変わらない。攻撃したこちらに反応すら見せず、一様に東へと向かう。この程度の妨害では歯牙にも掛けない……弓を射た者たちはその姿に底知れぬ恐怖を覚えた。
「どうなってんだ、ありゃ……」
「あんなん鬼じゃねぇべ、得体が知れねぇ」
「やべぇよ、何か分かんねぇけど絶対やべぇって」
その時、鬼の群れが一斉にこちらを向いた、ような気がした。
同時に群れの中で何かが光った。一箇所ではない。複数の場所で煌めく閃光。防御陣地の見張りはそれが何かを一瞬で悟る。……信じたくは無いが。
「伏せろーーー!!!魔術だぁぁぁ!!」
「なっ!?鬼が魔法だと!???」
「はよ伏せろ!」
「<
機転の利く数人の術者が魔力障壁を展開するも、個々の即発術式程度では自分を守るのが精いっぱい。鬼の放った火球は見張り台と木柵、それに数人の冒険者を巻き込んで燃え上がる。
「うがぁぁぁぁぁ!火が!燃える!」
「誰か誰か助けてはやくはやく」
「やべぇよやべぇよ……」
鬼が魔術を使うなんていう話は聞いたことも無い。いや、おとぎ話にはあったかもしれないが。
「<
「動ける奴は動け!<
鋼鉄級以上の者たちはさすがに場慣れしている。ミハイルやアンドルのパーティーが即発術式を連発し、文字通りの火消しに回った。重傷者が数人いるようだが、死者は出なかったようだ。鬼からの追撃も無い。
しかし……300mを超えて飛来する術式は並みの技量ではない。少なくとも即発術式では無理だろう。鬼が人間のような術式分類を用いるかどうかは不明だが。
****
「ふむ……鬼が術式をねぇ……」
「オランゲ先生、何か心当たりは?」
「無い、こともないが……何の確証もない話になるよ」
「構いません。手がかりは必要でしょう」
防衛陣地後方の指揮所。丸太で組み上げただけの簡素な櫓だが、ここには一応気休め程度の結界も張ってある。ギルドから持ち出したテーブルの上に置かれた地図を眺めつつ、深刻な面持ちでニコが尋ねる。
「鬼の構造……どうやって動いているかはご存知でしょうな?」
「一応は。魔力核と呼ばれる球体が埋め込まれていて、生体反応は全て魔力に置き換えられているとか。正直難しすぎてよく分かりませんが」
鬼の身体構造については過去に幾度も分解調査された。しかし魔力核と呼ばれる中枢部分については、再現はおろか解析すらも不可能とされている。環境魔力――生体を離れ空気中に漂う魔力を吸収し、魔力によって身体を動かし、食物を消化する機能は持たない。増殖方法は魔力核の分裂、或いは特定の魔力溜まりから自然発生的に生まれるらしい。
「いや、それが分かっていれば結構。つまり魔力で動いているのですよ、鬼は。であれば、魔術を使っても不思議ではない。違いますかな?」
「それはまぁ、そうかもしれません。しかし術式を使う鬼など、聞いたこともありません」
一般的に、鬼はその身体機能を使って人々を襲う。爪や牙はもちろん、大柄な
また、魔術の行使には「そこに無いものを想像する力」、つまりある種の知能が不可欠だとされている。鬼が術式を用いるとすれば、これまで考えられていたよりも遥かに高度な頭脳を有していることになる。
「これは機密ですが――ああ、ここ数日でどれだけ機密流出の罪を重ねていることか。頭が痛いですなぁ。そう、それで……過去に例があるんですよ、実は」
「な……それは本当ですか?であればギルドの危険度認定も相当な見直しが――」
「いや、かなり特殊な例だとは思うんですがね。前回の大発生時、情報部は数体の
「……魔術が発現した、と」
「ええ。所長が言ってましたから、発現自体は間違いないかと。程度や術式の内容までは定かではありませんがね」
「なんと……」
「その際はかなり強引な発現だったようで、鬼の意思による発現可否は不明ということらしいです。あれらの肉体機能としては発現も不可能ではない、そういうレベルと聞いています」
機能として不可能ではない――恐らくは外部で術式を構築し、小鬼の肉体と魔力を使って強引に発動させた、そういう意味だろう。しかし、先ほど受けた攻撃は明らかにそんなレベルの話ではない。戦力として運用し……そう、まるで警告のような反撃だった。
――こちらに干渉するな、次は全員で撃つ。
小鬼の魔術行使を目の当たりにした冒険者たちは、各自の経験からこの攻撃にそのような意図を感じた。あれは気のせいではない。
あの時、鬼の群れは間違いなくこちらを向いた。そして、笑ったのだ。数千の小鬼が、一斉に。
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