第27話 帰還

 冒険者ギルドはアンドルのパーティー……というよりファラフの帰還に沸く。

 内心絶望的だと考えていた者たちも、帰還を信じて疑わなかったかのような言葉を掛けた。ファラフは軽く手を挙げて応え、アランはいちいち会釈を返す。アンドルはその全てを無視してカウンターへと向かい、憮然とした表情でニコの前に立つ。


「よく戻った。被害は無いんだな?」

「ああ。強いて言えばファラフの装備くらいだな」

「良かった。無事の帰還に感謝する。それで、状況はどうだ?」

小鬼ゴブリンの群れは最低でも2,000頭。豚鬼オークは100以上。大鬼オーガは見ていないが、比率的に数十頭はいるだろう。この数字は俺たちが視認できた範囲内だけのものだ。実際にはその数倍と考えた方がいい」


 7年前の大発生で確認された小鬼ゴブリンは1万頭以上、豚鬼オークは800頭前後、大鬼オーガは100頭弱。今回もそれに匹敵する数を前提とするべきだ、アンドルはそう告げている。周囲の冒険者たちも既に帰還の喜びなど忘れ、固唾を飲んで見守る。


「やはり……大発生で間違いない、と?」

「だろうな。援軍呼ぶか?」

「行政にも軍にも報告は上げてるが……援軍派遣の可否は先方次第だろう。いずれにしても数日かかる。侵攻ルートはどうだ?」

「分からん。ただ、奴らは川沿いに東を目指している。指揮系統が存在するかのような動きを見た。従来の知見には無かったはずだが、情報はあるか?」


 アンドルは状況を淡々と報告する。


「いや、知らない。それとな……調べようにも資料を奪われた」

「はぁ?強盗でも入ったのか?」

「まあ……似たようなものだ。異端審問部隊に強襲された。今朝な」

「教会?ギルドで魔女でも囲ってんのか?」

「詳細は不明だ、例の依頼絡みという可能性もある。ここだけの話だが……教育所の所長が彼らに拉致されたという疑惑まである」

「チッ……どうなってんだよ。で?俺らはどうすればいい?サーシャは出られるのか?」


 当然、アンドルたちも状況を楽観していたわけではない。しかし想定以上にまずい。実力ナンバーワンのバルテリはルクシア支部の招集で遠征中、今リゼにいる現役の銀級はサーシャ一人のみ。軍部に太いパイプを持つらしい教育所所長は行方不明。頼みの綱の支店長は領主への請願だか何だかで不在。町を守ろうにも戦力が全く足りていない。おまけに過去の資料まで奪われた。


「お前たちはひとまず休め。朝になったら総出で防衛陣を敷く。サーシャは後発隊と情報収集に当たっている、彼らが戻るまでは待ちだ」

「ちょ、そんな呑気にしてていいの?防衛戦やるにしても戦略は?」


 ファラフの疑問も当然。支店長がいない今、ギルドの戦略判断は副支店長のニコとガラムが担うことになるはず。


「俺らじゃ力不足だからな。応援を呼んである――ああ」


 ちょうどその時、二階から降りてくる一団の姿。


「いいタイミングだ。おい、お前らちょっと聞け。今後の方針について説明する」 



****



 方針会議を終え階下に戻ると、アンドルやファラフ教官の姿が。良かった!無事戻れたんですね。ミハイルさんに感謝です。時刻はもう深夜……みんな相当に疲労が溜まっていそう。

『ユーキもね。相当まいってるでしょ』


「オランゲ先生、お願いします」

「僕から説明していいのかい?」

「ああ、頼むぜ。俺っちの話じゃ説得力ねーし、ガハハ!」


 ガラムさん、会議中に何故か少しずつ衣服を脱ぎ始め、今は上半身裸です。暑いらしい。それを誰も気にしてない。いつものことなんでしょうか。

『あの変態、なかなかいいカラダしてるわよね……ムフフ』


「じゃ、簡潔に。まず、防衛線の設定について。これは当初の予定通りリゼ川北岸とします。具体的な場所は町から南東に1km、川幅が最も狭まる地点。僕が調べた限り、過去の大発生の際にリゼに被害をもたらしたケースでは毎回この場所から侵入されている。最重要地点と言えるでしょう」


 リゼ川はほぼ真東に向かって流れていますが、リゼの町周辺では微妙に南へと蛇行しています。北側に堅い岩盤層があるらしく、その場所だけ川幅が急激に狭まる。中流域は両岸が平均700m程度離れていますが、そこだけは300mもありません。その分川の流れは急で、流されればまず助からない。なので人は間違っても渡ろうとはしませんが、鬼にとっては関係ないのでしょうか。


「あそこを渡るのか……いや、もしかすると上流から流されて?」

「ええ、恐らく。北岸の農村地帯を狙った結果、蛇行地点に流れ着いたと考えられます。あそこは崖になっていて見通しが利かない。過去の例では発見が遅れたのでしょう。……ただ、先ほど奇妙な話を聞きました。鬼が東に向かっているとか」

「うん、間違いないよ。北岸に渡ったあたしらを追わずにね」


「それは……統率されていると?」

「ああ。さっきニコにも言ったが、軍のような動きに見えた」

「そうですか。軍のような……過去には無い動きですね。そうですか、そうですか」


 鬼はふつう、見境無しに人を襲います。人間の気配があれば周囲の状況など目もくれず、一目散に襲い掛かる。それが集団であればなおさら。

 なのに目の前のアンドルたちを放置して東へ向かった。信じられません……あの時、屋台でオランゲ先生の話を聞いていなければ。これはつまり――


「そうですか……いやはや。こんな時に自説の補強材料に出会うとは……人生分かりませんね」

「自説、とは?」


「これは聞き流してくださいね。……何人かには話したかもしれませんが、僕は鬼を過去の対人兵器、もしくはその名残りだと考えています。つまり本来は何らかの目的を持って動くもの。現在の鬼の一般的な姿、つまり人間を見境なく襲うというものは『本来与えられるべき役割』を与えられていない、言わばイレギュラーなのではないか。そして今回の姿こそが――」


「兵器としての鬼の本来である、と」


 鬼は過去文明の対人兵器である。前に屋台でオランゲ先生から聞いた話です。兵器であれば命令を聞くように作られていても不思議ではない。しかし必要はあるでしょう。そうなると今回の大発生は。


「要するに先生はこの大発生が人為的だと言っているんだな?」

「ええ、アンドル君。話には聞いていましたが……見違えますね」

「ふん。……俺の話なんてどうでもいい。それで?対処はどうする?」


 お?なんかアンドルが照れてます。照れたりするんですね、あいつ。

『ぶん殴ってやりたい』


「ふふふ……話を戻します。仮に統率者がいるとすれば、その者を討伐するという話になるでしょう。しかし鬼の大群の中から手掛かりなしにそれを発見することは非常に難しい。よって、もどかしいですが対症療法的にならざるを得ません」

「そりゃあ……普通の防衛戦、ってことだよな?」

「はい。前述の場所に陣を築き、鬼の北岸侵入を阻む。他の地域からの侵入には遊撃的に対応する。この限られた人員ではそれが限界でしょうね」

「別の場所から大量に侵入されたら?」

「住民だけは守る。役所あたりに籠城して援軍を待つしかありませんね。今その辺り――避難場所や誘導経路をジャミン先生が行政と調整しています。朝には布告できるでしょう。ま、無用になることを祈りますが」


 統率されていようがいまいが、鬼の行動を読むことは難しい。結局は守るべきものを確実に守る、そういう戦いになるのでしょう。万一避難完了前に町まで侵入されればひとたまりもない。鬼は人間を徹底的に嬲ります。リゼは地獄になる。


「前回はどう対応したんだ?」

「ギルドと領軍で北岸への散発的な侵入に対処しつつ、最終的には東方軍500人が南岸の群れに突入、相応の被害を出しつつ壊滅させました。ああ、トットの指揮でしたね」

「うわぁ……たしかにトットならやりそう」


 ファラフ教官はトットさんの戦い方をよく知っていそうな雰囲気。店長とギルドメンバーという以上の何かがある気がします。それにしても500人で数千の鬼に突撃ですか……何と言うか。


「人的被害は農村部と兵士のみでしたから、リゼの町は比較的安全でした。鬼もやみくもに襲ってくるばかりでしたし」

「農村部はたまらんがな」


 まったくです。孤児院にも親を亡くした子がたくさん入ってきました。お陰でボクらの食事が……いや、そうじゃない、そうじゃないけど食事が。

『うん、あれはきつかった本当に』


「仮に人為的な発生として、目的は何だ?」

「……東には何がありますかな?」

「大河イグニス、それと沿岸の砦だな」


 全員が息を飲む。もうここまで状況が揃えば、としか考えられません。


「まあ、そういうことでしょうね」

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