第26話 救出
リーダーで前衛のミハイル、山育ちの狩人ケケ、斥候もこなす魔術師ネルソン。サブメンバーとして青銅級を4人ほど育てている。今回は
「どう読む?」
「大発生は間違いないだろうねぇ。あの規模の群れは僕も見たことがないよ」
「だよなぁ。間に合うか?」
「それは何を指してだい?町の防衛なら間に合うはずだ。パーティー救出は難しいかもしれない。君だって分かっているだろう」
パーティー最年長の魔術師ネルソンはミハイルの願望を込めた質問にあっさりと応じる。そう、もしも南岸に残されたパーティーがいるとしたら、救出できる可能性は低い。リゼ川を防衛線とすれば、町の安全はある程度堅い。口には出さずとも、ギルド側も同じような認識だろう。
南岸にいる可能性があるのはあの「悪童」アンドルのパーティー。新人アランと実質銀級のファラフが同行していると聞く。ファラフだけなら逃げきれる可能性もあるが、緊急時に足手まといが二人もいればどうなるか。リゼのギルドは有望な若手を失う可能性が大きい。ミハイルは改めてその事実を受け止め、ため息を吐く。
「ファラフもあんな奴、放っときゃあいいのになぁ」
「新人が巻き込まれたんだよ、教官役としてはそうもいくまい」
「そんで自分が死んじゃダメだろよー」
「……お前ら、見る目無えな。あいつらは生き残る。特にアンドルは」
それまで黙っていたケケの一言。こいつはこういう話には鼻が利く。狩人ならではの目線、相手の生存能力を見抜く力、そんなところか。
「ほー?ま、お前が言うならそうかもな。でもあの悪童はそれほどのタマか?」
「言動の粗さにばかり目が行くが、奴の本質はそこじゃない」
「そんなもんかねぇ。ま、可能性がある方が仕事の遣り甲斐もある」
日が暮れ、徐々に闇へと変わる空。一行はあと数キロで昼間の目撃地点に到達する。夜の戦いはできれば避けたい。人間の戦闘はどうしても視覚に依存する。たかが
「……戦闘音?」
対岸の異常にケケが気付く。もう少し下流域だろうか。小鬼の進軍だとすれば、まずい。昼間よりもリゼに近づいたことになる。
「行くぞ!走れ!」
ミハイルは一行に檄を飛ばし、真っ先に走り出す。
****
(まずい!!!)
雄叫びと共に一斉に東へと向き直った鬼の群れ。ファラフは死を予感する。彼我の距離はたったの50m、彼らは数秒で到達するだろう。こちらはほぼ裸に無手。一瞬、自決が頭を過ぎる。
(まだだ。いつでも死ねる。もう少し)
幸い、まだ気づかれた兆しは無い。じっと身を潜め、機会を伺う。相手の動きに乗じれば生還の目はある。
(闇に紛れ、魔力隠蔽状態で小鬼の中に紛れればワンチャンある)
問題はアンドルとアランだが、この状況では合図も出せない。彼らの機転に掛けるしかない。そう思った瞬間、鬼たちの気配が変わった。同時に背後から魔力を感じる。
(クソ!逸ったか!逃げろ!逃げてくれ!)
湿地帯に伏せたファラフの頭上を複数の魔力塊が通過し、群れの全面で爆ぜた。<
だが、鬼たちの注意を引くには十分すぎた。即座に
(これは……チャンス!……まさかこれを狙って?)
数百頭の
転ぶもの、泥沼に嵌るものも多数。彼らを踏みつけて走り続ける後続。そこへ再度撃ち込まれる<発破>の術式。小鬼の進軍は大混乱だ。
(今!)
ファラフは隠蔽術式を維持したまま立ち上がり、周囲の
先頭の小鬼たちは間もなく森へと到達する。アンドルたちは逃げられただろうか。後方からはまだまだ小鬼が押し寄せる。
(アンドル、アラン、どこだ?………………いた!)
森の端を猛然と走る二人。その目指す先を見て、思わず笑みがこぼれた。そうだ、それでいい。
やはりあの男――アンドルはなかなか使える。
****
耳障りな雄叫びと乾いた爆発音が鳴り響く。明らかな戦闘状況。あの悪童か?
「ケケ、見えるか?」
「ああ。対岸、南東方向距離700。
「ネルソン、届くか?」
「少しばかりきついかな。いいや、それもアリか」
勝手に納得したネルソンが、川に向かって走りながら魔力を循環させる。かなりの密度だ。
「昏き闇を払う者よ。暁の空に輝く者よ。今こそ我にその威を示せ。<
詠唱と共に術者の手を離れた魔力塊が飛翔し、川の上空で弾ける。
同時に強烈な光が辺りを照らし、数秒掛けてゆっくりと収まっていく。ネルソンは目潰しに使われる
「見えた!……おいおい、どうなってんだこりゃ」
土手の上から見下ろす対岸、リゼ川南岸は混沌と化していた。まず目に入るのは無数の
そして………………いた!彼らは生きている!
「前方!目的パーティー発見!」
「おい!見えてるか!こっちだ!そうだ!川を渡れ!」
走り回る小鬼たちの前面、川に向かって疾走する人影。すぐ背後には鬼の集団が迫る。間に合うか?
「ネルソン、援護は?」
「直接攻撃は無理だ。届かない」
「術符出せ。早く。火炎系でいい」
ケケがネルソンの手から引っ手繰るように術符――
「次!」
敵地への到達を確認する間もなく、ケケは次々に術符付きの矢を射る。数瞬の後、敵地に広がる炎が援護の成功を伝えた。
「うおぅ、すげぇな。お前この距離届かせるのか」
「狙いも何もない、力任せの射ち込みだ。誰にでもできる」
「いやいや、ないわー」
大弓の射程は最大500m程度とされるが、現在地から対岸まではおよそ700m。腕力の問題でどうこうできる距離ではない。これが鋼鉄級「狩人」ケケの力量、後方で見守る青銅級の4人は級位以上の実力差を思い知る。
術符により火炎術式を付与されたこの援護射撃の効果は抜群だった。術式自体は
程なくして、全身ずぶ濡れの人影が川から上がってくる。
「無事か!アンドル、アラン、ファラフ!」
「ああ。……ミハイルか。手間をかけた。ケケ、お前の弓だな。あれは助かった」
「気にするな、悪童。少し休め」
「……ところでファラフお前…………服は?」
「ああ!忘れてた。アハハ、どうしよ?」
先ほどまで全身泥まみれだったファラフ。川を渡る間に泥は落ちたが、泥と一緒に下着も流れてしまった。
――要するに、一糸纏わぬ姿。
アランはすぐ目を逸らし、「調達屋」サブメンバーの青銅級冒険者たちも恥ずかしそうに俯いている。一方でアンドルやミハイルたちは全く動じていない。ファラフ本人も隠そうとすらしない。
この差は遠征経験の有無が大きい。鋼鉄級ともなれば、年に数回はそこそこ長い期間の遠征依頼が入る。主に商隊や要人の護衛任務だ。遠征の間、パーティーメンバーは野営で寝食を共にする。人間には食事や睡眠だけでなく、水浴びや排泄も必要だ。そしてそれらは安全のため、メンバーの見える範囲で行うことになる。街道の野営地点には排泄中の女性を狙う山賊が沸く、これは常識。異性の裸程度で興奮していては身が持たない。冒険者にとって性欲や羞恥心のコントロールは死活問題に直結する。
「とりあえず火を焚こう。小鬼の動向は?」
「は、はい!今のところ川を渡るつもりは無いようです!」
ファラフの裸に動揺した
炎に釣られなかった鬼たちは当初こちらへ向かって走っていた。ところが川を目の前にすると向きを変え、東へと逸れていく。鬼が水を嫌がるという情報は無いが、今のところ川を渡ってまで追撃するつもりも無いらしい。
「そういえば、さっきも急に東に向かったよね。あたし死んだかと思ったー」
「あの動きはおかしかったな。まるで統率されているかのような雰囲気だ」
「うん。嫌な感じがする」
戦闘が始まる前、待機状態から一斉に向きを変えた鬼の集団。一種の軍隊行動にも見えなくはない。このような動きは過去の大発生の際にも聞いたことが無い。
「間もなく後発隊が到着すんだろ。集合場所は決めてなかったけど、さっきの<閃光>がいい目印になったはずだ」
「そしたら3人はギルドに戻って報告だねぇ。よろしく頼むよ」
「ああ、服どうしよ。アンドルなんか丁度いいの無い?」
「無ぇーよ。誰かマントでも持ってんだろ?」
「・・・・・」
「え、無いの?誰も?マジで?そんなんあたし完全に変質者じゃん!
あ、もしかしたらワンチャン暗くて見えないかも?いや、無いわー」
数十分後に後発隊が到着し、彼らが救援物資として持参した毛布を受け取るまで、ファラフは露出狂の変質者状態。緊迫感が漂う中、数人の若者たちにとっては違う意味で眠れぬ夜となった。
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