第26話 救出

 鋼鉄級冒険者アイアンタグミハイルは3人組パーティー、「調達屋」のリーダーだ。この3人は同期で、ギルド加入当初から採集依頼を中心に受注していたために自然とこの名が付いた。現在では全員が鋼鉄級となり、魔物討伐なども含めてリゼ支店の中心的メンバーになっているが、愛着のあるパーティー名を今更変えたくないという理由で「調達屋」を名乗り続けている。

 リーダーで前衛のミハイル、山育ちの狩人ケケ、斥候もこなす魔術師ネルソン。サブメンバーとして青銅級を4人ほど育てている。今回は緊急クエの指名依頼とあって、サブも含めて全員参加だ。


「どう読む?」

「大発生は間違いないだろうねぇ。あの規模の群れは僕も見たことがないよ」

「だよなぁ。間に合うか?」

「それは何を指してだい?町の防衛なら間に合うはずだ。パーティー救出は難しいかもしれない。君だって分かっているだろう」


 パーティー最年長の魔術師ネルソンはミハイルの願望を込めた質問にあっさりと応じる。そう、もしも南岸に残されたパーティーがいるとしたら、救出できる可能性は低い。リゼ川を防衛線とすれば、町の安全はある程度堅い。口には出さずとも、ギルド側も同じような認識だろう。

 南岸にいる可能性があるのはあの「悪童」アンドルのパーティー。新人アランと実質銀級のファラフが同行していると聞く。ファラフだけなら逃げきれる可能性もあるが、緊急時に足手まといが二人もいればどうなるか。リゼのギルドは有望な若手を失う可能性が大きい。ミハイルは改めてその事実を受け止め、ため息を吐く。


「ファラフもあんな奴、放っときゃあいいのになぁ」

「新人が巻き込まれたんだよ、教官役としてはそうもいくまい」

「そんで自分が死んじゃダメだろよー」


「……お前ら、見る目無えな。あいつらは生き残る。特にアンドルは」


 それまで黙っていたケケの一言。こいつはこういう話には鼻が利く。狩人ならではの目線、相手の生存能力を見抜く力、そんなところか。


「ほー?ま、お前が言うならそうかもな。でもあの悪童はそれほどのタマか?」

「言動の粗さにばかり目が行くが、奴の本質はそこじゃない」

「そんなもんかねぇ。ま、可能性がある方が仕事の遣り甲斐もある」


 日が暮れ、徐々に闇へと変わる空。一行はあと数キロで昼間の目撃地点に到達する。夜の戦いはできれば避けたい。人間の戦闘はどうしても視覚に依存する。たかが小鬼ゴブリンと言えども暗闇では強敵だ。


「……戦闘音?」


 対岸の異常にケケが気付く。もう少し下流域だろうか。小鬼の進軍だとすれば、まずい。昼間よりもリゼに近づいたことになる。


「行くぞ!走れ!」


 ミハイルは一行に檄を飛ばし、真っ先に走り出す。



****



(まずい!!!)


 雄叫びと共に一斉に東へと向き直った鬼の群れ。ファラフは死を予感する。彼我の距離はたったの50m、彼らは数秒で到達するだろう。こちらはほぼ裸に無手。一瞬、自決が頭を過ぎる。


(まだだ。いつでも死ねる。もう少し)


 幸い、まだ気づかれた兆しは無い。じっと身を潜め、機会を伺う。相手の動きに乗じれば生還の目はある。小鬼ゴブリンは魔力感知以外の能力は高くない。加えて日没。


(闇に紛れ、魔力隠蔽状態で小鬼の中に紛れればワンチャンある)


 問題はアンドルとアランだが、この状況では合図も出せない。彼らの機転に掛けるしかない。そう思った瞬間、鬼たちの気配が変わった。同時に背後から魔力を感じる。


(クソ!逸ったか!逃げろ!逃げてくれ!)


 湿地帯に伏せたファラフの頭上を複数の魔力塊が通過し、群れの全面で爆ぜた。<発破クラック>……ごく小規模な爆発を起こす即発術式インスタント。攻撃としては到底戦力にはならない。致命傷どころか、傷を負った敵は皆無だろう。

 だが、鬼たちの注意を引くには十分すぎた。即座に小鬼ゴブリンの群れは術者目掛けて突進を開始する。先ほどまでの静寂が嘘のような、無秩序な狂走。


(これは……チャンス!……まさかこれを狙って?)


 数百頭の小鬼ゴブリンたちが我先にと殺到する。

 転ぶもの、泥沼に嵌るものも多数。彼らを踏みつけて走り続ける後続。そこへ再度撃ち込まれる<発破>の術式。小鬼の進軍は大混乱だ。


(今!)


 ファラフは隠蔽術式を維持したまま立ち上がり、周囲の小鬼ゴブリンとともに走る。走りながら周囲の小鬼を引き倒し、足を掛け、体当たり。混乱に拍車を掛ける。

 先頭の小鬼たちは間もなく森へと到達する。アンドルたちは逃げられただろうか。後方からはまだまだ小鬼が押し寄せる。豚鬼オークが紛れると厄介だ、そう思って振り返り、唖然とする。これは……数百どころではない。2,000か3,000か、あるいはそれ以上。紛れもない大発生だ。


(アンドル、アラン、どこだ?………………いた!)


 森の端を猛然と走る二人。その目指す先を見て、思わず笑みがこぼれた。そうだ、それでいい。

 やはりあの男――アンドルはなかなか使える。



****



 耳障りな雄叫びと乾いた爆発音が鳴り響く。明らかな戦闘状況。あの悪童か?


「ケケ、見えるか?」

「ああ。対岸、南東方向距離700。小鬼ゴブリンは……凄い数だ。あれは相手にできない」

「ネルソン、届くか?」

「少しばかりきついかな。いいや、それもアリか」


 勝手に納得したネルソンが、川に向かって走りながら魔力を循環させる。かなりの密度だ。


「昏き闇を払う者よ。暁の空に輝く者よ。今こそ我にその威を示せ。<閃光フラッシュ>!」


 詠唱と共に術者の手を離れた魔力塊が飛翔し、川の上空で弾ける。

 同時に強烈な光が辺りを照らし、数秒掛けてゆっくりと収まっていく。ネルソンは目潰しに使われる即発術式インスタント<閃光>を詠唱術式レリックとして再構築し、照明代わりに打ち上げたのである。上空高くに届かせる魔力放出と合わせ、言うまでも無い高等技術。


「見えた!……おいおい、どうなってんだこりゃ」


 土手の上から見下ろす対岸、リゼ川南岸は混沌と化していた。まず目に入るのは無数の小鬼ゴブリン。数百どころではない、恐らくは数千頭に達するであろう鬼たちの姿。更にはその中に混ざるひと際大きな鬼……豚鬼オーク。術式で照らされた範囲すべてで、奴らが走り回っている。


 そして………………いた!彼らは生きている!


「前方!目的パーティー発見!」

「おい!見えてるか!こっちだ!そうだ!川を渡れ!」


 

 走り回る小鬼たちの前面、川に向かって疾走する人影。すぐ背後には鬼の集団が迫る。間に合うか?


「ネルソン、援護は?」

「直接攻撃は無理だ。届かない」

「術符出せ。早く。火炎系でいい」


 ケケがネルソンの手から引っ手繰るように術符――術式陣サーキットが形成された紙片を奪い、やじりに突き刺す。そのまま大弓を引き絞り、魔力を込めて斜め上に放った。


「次!」


 敵地への到達を確認する間もなく、ケケは次々に術符付きの矢を射る。数瞬の後、敵地に広がる炎が援護の成功を伝えた。


「うおぅ、すげぇな。お前この距離届かせるのか」

「狙いも何もない、力任せの射ち込みだ。誰にでもできる」

「いやいや、ないわー」


 大弓の射程は最大500m程度とされるが、現在地から対岸まではおよそ700m。腕力の問題でどうこうできる距離ではない。これが鋼鉄級「狩人」ケケの力量、後方で見守る青銅級の4人は級位以上の実力差を思い知る。


 術符により火炎術式を付与されたこの援護射撃の効果は抜群だった。術式自体は小火ぼやにもならない規模だが、小鬼たちの注意は突然降ってきた炎に奪われ、追撃の手が緩む。3人はその隙に川へと飛び込むことに成功した。

 程なくして、全身ずぶ濡れの人影が川から上がってくる。


「無事か!アンドル、アラン、ファラフ!」

「ああ。……ミハイルか。手間をかけた。ケケ、お前の弓だな。あれは助かった」

「気にするな、悪童。少し休め」


「……ところでファラフお前…………服は?」

「ああ!忘れてた。アハハ、どうしよ?」


 先ほどまで全身泥まみれだったファラフ。川を渡る間に泥は落ちたが、泥と一緒に下着も流れてしまった。

 ――要するに、一糸纏わぬ姿。

 アランはすぐ目を逸らし、「調達屋」サブメンバーの青銅級冒険者たちも恥ずかしそうに俯いている。一方でアンドルやミハイルたちは全く動じていない。ファラフ本人も隠そうとすらしない。


 この差は遠征経験の有無が大きい。鋼鉄級ともなれば、年に数回はそこそこ長い期間の遠征依頼が入る。主に商隊や要人の護衛任務だ。遠征の間、パーティーメンバーは野営で寝食を共にする。人間には食事や睡眠だけでなく、水浴びや排泄も必要だ。そしてそれらは安全のため、メンバーの見える範囲で行うことになる。街道の野営地点には排泄中の女性を狙う山賊が沸く、これは常識。異性の裸程度で興奮していては身が持たない。冒険者にとって性欲や羞恥心のコントロールは死活問題に直結する。


「とりあえず火を焚こう。小鬼の動向は?」

「は、はい!今のところ川を渡るつもりは無いようです!」 


 ファラフの裸に動揺した初心ウブな若者たちは、彼女から目を逸らすために対岸を注視していた。必要以上に目を凝らして。

 炎に釣られなかった鬼たちは当初こちらへ向かって走っていた。ところが川を目の前にすると向きを変え、東へと逸れていく。鬼が水を嫌がるという情報は無いが、今のところ川を渡ってまで追撃するつもりも無いらしい。


「そういえば、さっきも急に東に向かったよね。あたし死んだかと思ったー」

「あの動きはおかしかったな。まるで統率されているかのような雰囲気だ」

「うん。嫌な感じがする」


 戦闘が始まる前、待機状態から一斉に向きを変えた鬼の集団。一種の軍隊行動にも見えなくはない。このような動きは過去の大発生の際にも聞いたことが無い。


「間もなく後発隊が到着すんだろ。集合場所は決めてなかったけど、さっきの<閃光>がいい目印になったはずだ」

「そしたら3人はギルドに戻って報告だねぇ。よろしく頼むよ」

「ああ、服どうしよ。アンドルなんか丁度いいの無い?」

「無ぇーよ。誰かマントでも持ってんだろ?」


「・・・・・」


「え、無いの?誰も?マジで?そんなんあたし完全に変質者じゃん!

あ、もしかしたらワンチャン暗くて見えないかも?いや、無いわー」 



 数十分後に後発隊が到着し、彼らが救援物資として持参した毛布を受け取るまで、ファラフは露出狂の変質者状態。緊迫感が漂う中、数人の若者たちにとっては眠れぬ夜となった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る