第23話 騎士

 大司教さま?が言った通り、ギルドの封鎖は間もなく解除されました。

 ニコさんたち5人の職員は二階の会議室に立て籠もったまま、特に何もされることなく開放されました。ちょっと拍子抜けした顔のニコさんが面白かった。


 一方で、店長室や資料庫は酷い有様に。数十年分の資料が奪われ、金庫まで開けられてしまったようです。彼らは調査が終わり次第返却すると言っていますが、信用して良いのかどうか。斡旋部の部屋も棚が軒並みひっくり返され、足の踏み場がない惨状です。今日は依頼完了手続きと緊急以外のカウンター業務は全て休止し、ギルド内の復旧作業に充てられることとなりました。


「ユーキ、マルクスさんへの取り次ぎありがとう。一時はどうなることかと思ったが……。ああ、今日はもう帰れ。疲れてるだろ」

「いえ、掃除くらいなら手伝いますよ!」

「そうか……。それならむしろ別の事を頼みたい。今から書く手紙をマルクスさんに届けてもらえないか?事態収拾の礼状だ」

「構いませんが、それだけでいいんですか?掃除の方が大変そうですけど」

「そうでもない。<分類>、<整列>。ほらな」


 適当にまとめた書類を頭の高さから地面に放り投げ、同時に簡易な術式を発動するニコさん。書類は落下するまでの数舜でいくつかの束に分かれ、順番も入れ替わった。


「おおお、生活術式ですか!これは……予め資料に陣形成して……なるほど」

「便利だろ?ちょっと雑だが、これを導入してから書類仕事は格段に捗った。」

『見た目が悪いけどね……重要書類を地面に落とすなんて』


「各書類に入れ込む陣形成も<捺印>という生活術式で組めるから、魔力消費も極めて少ない」

「いいなぁ、生活術式……」

「そうか、お前は苦手なんだったな。ふふ、頑張れよ」

「はい……」

『頑張ってどうにかなるもんでもないのよね』


「じゃ、書状を頼む。ああ、今はまだだろうから……昼過ぎに向かってくれ」

「承知しました」



****



 昼過ぎ。ニコさんが書いた礼状を持参して教育所へ。入り口の領兵が「またお前か?」みたいな表情でしたが、気にせず通っちゃいます。


「所長、いらっしゃいますか?」

『いないわね』


 返事がありません。不在かな?扉は……開きます。不用心ですね。


「しょちょー、いらっしゃいませんかー」


 部屋の中は……無人。門番の話では所内にいるはずなんですが。

 所長室だけでなく、職員室、応接室と見て回りましたがご不在のようです。これは校庭や競技場まで探し回らないといけな――

『ユーキ!』


「動くな」


 ひえっ……首筋。ナイフ。これはまずい。

 ゆっくりと両手を上げ、抵抗の意思が無いことを示します。


 応接室近くの廊下。古い建物なので薄暗く、近くに人の気配はありません。助けを呼んでも無駄になりそう。

 まずいまずい。ヤバい。なんで。どうすれば。


『落ち着いて。大丈夫、深呼吸』



「……おや、ユーキくんでしたか」


 ん?その声は……オランゲ先生?


「ええ、オランゲです。ああ、動かないで。その書状は?」


 ボクだと分かってからも首筋のナイフはそのまま。これ、やっぱりまずい状況ですよね。オランゲ先生がなぜボクを?


「そ、早朝のトラブル収拾について、ギルドから所長への礼状です」

「なるほど。それで……なぜこんな場所に?所長室はこちらではありませんが」


「ご不在でしたので、所内を探してます」

「そうですか……」


 満足いく回答だったでしょうか?微妙?

 もうわけわかんないよ、どうすればいいんだ。


「それで、……ギルドはどちらに付きましたか?」

「どちらって……何の話でしょう?」


 いったい何なんですか!

 いえ、まあ、だいたい分かってきましたが。


「ここに来たのだから、分かるでしょう。申し訳ないが今回は余裕がありません」

「オランゲ先生はどちらですか?敵方だった場合は?」


「……その時は、残念ですが消えていただきます。で、どちらですか?」


 やっぱりそういうことですよね?

 うん、大丈夫そう。大丈夫。たぶん。おそらく。


「たぶん、敵ではありません。所長は恩人です」


 オランゲ先生、たしか所長が直々に頼み込んで講師をお願いしたとか。であれば所長と同じ側の人間でしょう。たぶん。おそらく。もしかしたら。



「そうですか…………ふふ。よろしい。随分と胆力がついたようだ」


 ナイフを下ろす先生。はぁ……緊張した……いや、まだです。後ろを振り返り、オランゲ先生と向き合います。


「切羽詰まったご様子ですが、所長になにかあったのでしょうか?」

「ええ。昼前から連絡が取れません。がお帰りになった直後です」


「それはつまり……教会側に攫われたと?」

「僕はそう考えていますが、証拠はありません」

「応接室を張っていたのは」

「犯人は事件現場に戻ると聞いていたので」


 それはちょっと状況が違うような。でも良かった。先生は味方のようです。

『そりゃそうでしょう。敵だったら人間不信になるわ』


「こんなところで立ち話も何ですから」




 応接室に入り、高そうなソファに向かい合って座ります。今朝からの状況をざっと説明しました。


「――なるほど。はぁー。仮に攫われたとしたら、完全に所長の自業自得ですね。なんかマジになってたのがアホらしい。ユーキくん、許してください」

「いえいえ、お気になさらず。むしろ所長がそう仕向けた?という可能性はないでしょうか。さすがに煽りすぎだったと思いますので」

「あるかもしれませんね、所長のことですから……。それにしても異端審問官を教会の犬呼ばわりですか。彼らが最も嫌がる蔑称を躊躇なく……」


 おや、オランゲ先生は教会内部事情にも詳しいのでしょうか。


「最も嫌がる?どういうことでしょう」

「ああ、異端審問の歴史をご存知でしょうか?彼らの源流は神殿騎士団という教会騎士の一派でした。この神殿騎士団の歴史は非常に古く、各地に伝わる伝承を調べると実はジュネス教導会の成立以前まで遡ることになる。無論、公式には認めていませんが」

「教会より歴史がある……ということは?」

「そうですね。恐らく、元々は教会に敵対していた別の宗教の信徒だったかと。それが教会の勢力拡大に伴い吸収され、あろうことか教会の教えを守らせる存在になってしまった」

『ああ、乗り換えちゃったのね。それで犬扱いか』


「なるほど。誰にでも尾を振る犬、という」

「はい。彼らにとって非常に屈辱的な言葉です。現在の執行官たちには神殿騎士団の歴史など全く関係ありませんが、この侮辱は古くから彼らに対し使われてきました。その歴史は無視できないでしょう」


 うーん、やっぱりただの煽りじゃなかったみたい。わざと怒らせ、相手にアクションを取らせる。町の喧嘩でも格下相手の常套手段ですが、それを枢機卿直属の異端審問官に向ける……彼らからすれば相当な屈辱でしょう。


 所長は情報収集のために敢えて攫われた、という仮定が正しいとして、ボクらはどうするべきでしょうか。トットさんもマルクス所長もいなくなってしまいました。バルテリさんもルクシア支部です。他に頼れるのはサーシャさんくらいでしょうか。とりあえず礼状はオランゲ先生に渡し、ギルドに戻ることにします。



****



「お?ユーキ、戻ってきたのか。直帰でよかったんだが」

「いえ、それが――」


 ニコさんに顛末を説明します。青ざめるニコさん。そういえば所長の言動については説明してませんでした。てへっ。


「お、おま……異端審問官にそんなこと……」

「やっぱ相当まずいですよね」

「滅茶苦茶まずい。異端審問官は治外法権、要は斬り捨て御免だ。殺されても王国法では裁けない。増して犬呼ばわりの侮辱とは……よくもまあ」


「攫われたんですかね」

「だろうな。奴らの拷問はえげつないと聞くが……」

「相手の代表者はお知り合いのようでした」

「名前は?」

「とーます・なんちゃらさん?大司教?とか」


「――トマス・デラスカス大司教だな。異端審問執行部の地域責任者だったか。上は確か、ハインリヒ・カラメル枢機卿閣下。教会のナンバー3と言われる存在だ」


「あ、へんt……ガラムさん!お久しぶりです」

「おう変態、やっと戻ったか。事情は?」

「だいたい聞いた。ボクっ子、災難だったな。お疲れ様♡」

「いえ、あ、ありがとうございます」


 なんか満面の笑みで労われてます。ちょっとこわい。


「そうか……デラスカス卿が直接乗り込んできたとなると……あの噂はガチか」

「噂?」

「ああ。カラメル卿がシュタルヒン卿を異端告発したって話さ。シュタルヒン卿絡みの依頼あったろ?あの依頼、ここだけじゃなく数か所のギルドに似たようなのが発注されていた。辺境伯領やイルゴン公爵領なんかの、魔女と縁が強い場所にな。そんでそういうギルドには順次審問官がこんにちわってわけ」


 リゼだけじゃなかったんですね、謎依頼。他地域の情報はどうしても数日遅れになります。軍には伝令網があるそうですが、さすがにギルドは持っていません。こうなると情報伝達速度の大切さを感じます。


「魔女からの伝言……何か知られちゃまずい情報でもあったか」

「どうだかな。ここは封鎖されちまったが、グラスコやエルシンクのギルドは高位冒険者が調査を拒否して立て籠もったらしい」


 グラスコはイルゴン公爵領の宿場町だったような。南回り街道の要所ですね。エルシンクは辺境伯領の領都です。よく知りませんが、大きな街でしょう。


「辺境伯領は教会アレルギーだからまあ分かるが……グラスコもか?なんでだ?」

「さあな。南部は南部の事情があるんだろ。ま、ここは平和に終結して何よりだ」

「そうでもない。聞いてないか?マルクス所長が攫われた可能性がある」

「はぁ?何やってんだあのおばさん」

「審問官をワンコ呼ばわりして散々煽ったとか」

「うへぇ。さすがだ……ちょっとゾクゾクしてきた♡」


 マルクス所長をおばさん呼ばわりも相当だと思いますが……勇気ありますね……。


「我々はどうする?支店長はルクシアだ。マルクス所長まで行方不明となると、まともに動けん」

「おばさん連中は放っときゃいいだろう。魔女に付くならモル子、そうじゃなきゃ教会。どっちかにアポ取って交渉だ」


 さすが副店長兼渉外部長!頼りになります!変態だけど!


「モル子は支店長に拉致られてルクシアだぞ」

「わーお。じゃぁ……教会に抗議文でも出しとくか」

「……何か意味あんのか?それ」

「そりゃーもちろん、俺っちが仕事してましたってアピール」

「だよな」


 うん、ダメそうです!店長帰ってきてください!

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