第22話 火種
呼吸もそこそこに、教育所へと駆け込む。この時間は門番の領兵も不在。門は開いていませんが、裏手に通用口があります。認証キーはたぶん変わってない。――開いた!
「(所長!緊急です)」
所長室のドアを軽くノックし、小声で叫ぶ。ここにいてくれればいいんですが。
「ユーキか。どうした?……ふむ。取り敢えず入れ」
いました!起きてた!良かった!
『昨日と同じ服……寝てないわね、所長』
「ギルドが襲撃されました!相手は不明、ニコさん以下5名が中にいます!」
「おいおいおい?そりゃマジかい?」
「大マジです!きわめて練度の高い兵士……恐らく教会の、異端審問官ではないかと」
「異端s……クソ!!そういうことか!」
マルクス所長は何かに納得した様子。何なんでしょうこれは。昨日から展開が早すぎてわけわかめ。
『わたしも分からん』
「やりやがった。そう来るか……ハハハっ。確かにその手はあり得た」
「一体これは何なんですか?
「落ち着け。相手が教会ならすぐに殺されるようなことはない」
「そうは言っても……」
「異端審問官は治外法権を所持してる。奴らが相手じゃ軍も大っぴらには動けん。今は待ちなさい」
「……くっ……。分かり、ました」
昨日整理した兵士の序列、抜けがありましたね。王国とは全く系統が異なる兵士……教会私兵。かつてのムルガル、聖騎士なんかがそれに当たります。教会以外でもモルさんの所属する禁制術式取締部や、「魔女」と言われる学会の特殊運用部などは実質的に私兵の範疇になるでしょう。ボクは彼らの詳細を全く知りませんが。
そして先ほどの兵士たち。言われてみれば確かに見たことがあります。ボクらを虐待したあの教会の後始末に来た司教。その彼の周囲にいた兵士たちが、確かに同じ紋章の付いた甲冑を着込んでいた記憶……。
――ジュネス教導会の拡大過程で、本来の教義を捻じ曲げる者たちがたびたび生まれた。自らの利益を最大化するため、あるいは政敵を打ち倒すため。彼らは教会の名を騙りながら、教会とは相いれない思想を民衆に広めてしまう。そういった者たちを糾弾し排除するために設立された内部監査のための部隊、それが異端審問執行部。
「なぜ異端審問官が外部組織であるギルドを攻撃するんですか?許されるんですか?」
「通常あり得ないが……場合によっては許可される」
「それはどういう?」
「異端者……つまり教会内部で不正義を働く者、その共謀者に対してだ。今回は恐らく…………フランチェスカが、異端と見做されたのでしょう」
『おおう、マジか』
「な、そんな?だって彼女は枢機卿なのでは?」
「ええ。しかし教会上層部は現在混乱の中にあります。これに乗じて自らの権力を増大させたい者……つまりは彼女と対立する派閥の、それも枢機卿クラスでしょうね、彼らが賭けに出た。十分にあり得る話です」
「そんな、ことが……」
ムルガルの(恐らくは)攻撃により教会領の国務長官が死去。その混乱のさなかに教会内部で権力闘争を始める者たちがいる。信じがたい。
『魔法魔術学会との関係か……そりゃ敵もいるわな。先代教皇猊下の威光だけじゃ乗り切れなかったってわけね。ってことは異端審問官の上は……それってまずくない?』
「で、その派閥はムルガルと内通してんだろう。いや、もっと先かもしれん。帝国、あるいは同盟、商工会議、その辺り。王国内部にも協力者はいるはずですよ。具体的にはエイリオ・ベルデー・ラッシュとか」
「依頼対象エリオ、ですか」
「そうだ。奴は昨晩、外患誘致の罪で正式手配された。ラッシュ男爵も拘束だ。残念だが爵位剥奪は免れんだろう、ふふふ」
「……ずいぶんと楽しそうですが?」
「いや、すまない。何しろ久々の戦場がすぐそこまで迫っているんだ。否応なく昂ってしまってな。遠出の前の子供のような気分さ」
昨日のやり取りで察してますが……店長もマルクス所長も戦闘狂ですね、これは。
「ギルドの開放はこちらで圧力を掛けよう。そう悲観することはない。ユーキの上司も近いうちに無事解放されるさ」
「だといいのですが」
教会には基本的に世俗権力は通用しません。そのように各国と条約を結んでいます。あの教会の事件でも、セナの手紙がなければ領主さまは動けなかったでしょう。今回は大丈夫なんでしょうか。
「昨晩のうちにあの女が証人を連れてルクシアに向かった。軍と支部との調整も済んでいる。今頃侯爵の館だろう」
「ええ?そうなんですか?」
「安心しなさい。ユーキたちのボスは生半の冒険者ではありませんよ。元
騎士爵?トットさん、実家だけじゃなく本人も貴族だったんですか?初耳すぎる。少佐相当官ってのも……ああ、ギルド調査官権限の話で聞いたような……あれって店長のことだったのか……。
「ま、一代限りの名誉爵位に過ぎんがな。本来なら
ボク?ボクの話ですか?なぜに?
「ふふふ。君は君が思うよりたくさんの人に愛されてる。そういうことだ」
どういうこと?全然わかりませんが……。まあ、そうであれば嬉しいです。
それよりもニコさんたちが心配。現場に戻っても良いでしょうか?
「そろそろ落ち着いてるはずだ。どれ、私も行ってみよう」
「ありがとうございます!」
****
マルクス所長と共に冒険者ギルド前へ。先ほどとは違い、人だかりができている。遠目に様子を見ていた冒険者たちも集まってきたようです。
「あ、おい!ユーキ!何なんだこりゃ!」
「すみません。ボクにも状況が分かりません。今確認します!」
「あーちょっと通して通してー」
入り口の前には変わらず兵士が二人。紋章入りの全身甲冑に長槍という騎士装備は威圧感十分。ボクはビビってますが所長は気にせず前に進みます。
「ああすまんねー。よう!教会のワンワン。こりゃ何の真似だい?」
えええ!!?出会い頭にその侮辱は……。
『うわぁ……』
「……。我らへの侮辱はジュネス教導会への侮辱である。神に唾を吐くか」
「いやいや、羽根つきトカゲちゃんはそんなこと気にしないって。それより何してんの?」
え、ちょ、所長!兵士さんめっちゃ怒ってますよ!殺されますよ!
『羽根つきトカゲ……プププ……主神がトカゲ……クックック』
「……次に我らを侮辱すれば……」
「すれば?どうする?切っちゃう?無辜の民にちょっと軽口言われたからちょん切っちゃいます?プププ。それこそトカゲ丸が激おこプンプンじゃん?」
「き、貴様ァ……!覚悟しろ!!」
「覚悟?なんの?派閥抗争で他国のギルド掌握してイキっちゃったボクくんに首ちょんぱされる覚悟?魔女さんこわいですーやられる前にやっちゃいますーってか?ああ?」
いやいやいやいやいや!!何で煽ってんですか!?もう戦闘態勢じゃないですか!完全にキレてますよ!冒険者の皆さんもドン引きですよ!
『クックック……んっ?なんか来た……上?』
「ほう?やんのね?で、お前らにはあんのか?覚悟」
「我らはジュネス教導会!神の御心を体現するもの!その侮辱の代償、命で償え!」
「……だってよ?やるか?」
「アルベルト、マグヌス、二人とも引きなさい」
――シュッ!
は?上から人が降ってきた?何者?ってか甲冑フル装備で屋上から飛び降りたんですか?自殺志願者ですか?それで「シュッ!」って音はおかしくない?ドン!とかグシャッ!じゃないの?
『うへー、すごいわこの人。間違っても喧嘩売っちゃだめよ。もう手遅れかもしんないけど。ユーキ、撤退準備。早く』
「お歴々。お騒がせしております。我らはジュネス教導会・異端審問執行部隊。あくまで教会内部の不正義を糺すもの。ギルドの皆様にはご迷惑をお掛けしております。間もなく調査が終わりますので、今しばらくのご辛抱を」
「随分な言いぐさじゃないの。ギルドが何か不正義とやらを働いたのかい?」
「いいえ。あくまで関係施設の調査です。証拠隠滅の危険性を鑑み、教会の権限により一時的に封鎖させていただきました」
「あんたらと同じようにギルドだって域内安保の条約締結してるんだ。それを蔑ろにできるとでも?」
「我らは神の御心を代行する者。洗礼を受けたものは例外なく神に従う定めかと」
「代行者ってのはあんたらが勝手に騙ってるだけだよな?違うか?」
「大陸全域の信徒による総意の体現、それが当代教皇猊下と枢機卿閣下。我らは枢機卿閣下直属の部隊なれば、即ち信徒の総意でありましょう」
「さすがは大司教サマだね。よくもまあ口から出任せが尽きないもんだ。おいワンワン、聞いてたか?問答ってのはこうやるらしいぞ?励め!」
「お褒めに与り光栄。しかし我が部下を虐めるのもその辺りにして頂きたく、ルーシー・マルクス準男爵閣下」
「あらあら、ボス犬さんに覚えられるとは光栄の至りですわ、トマス・デラスカス大司教閣下」
ほえー。もうさっぱりです。空から人が降ってきたり、それが大司教さまだったり、所長が準男爵さまだったり、情報が頭を素通りしていきます。……何と言うか、ボクって無知すぎじゃないですか?身の回りに貴族さまが二人もいたのに今日まで知らなかったとか。
『いやー貴族名鑑読んだわけでもないしねぇ、しゃーないっしょ。わたしも全然知らんかったわー。それよりこの後どうすんの?収拾つくの?これ』
もうみんなが無事ならそれでいいや。
それと、さすがに所長は煽りすぎだと思います。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます