第21話 封鎖
フレンシィさんはいつもの時間に現れました。さすがに付き合いきれないので、応接室に突っ込んでボクは帰ります。あとは大人の世界でお願いします。これ以上の危険な情報は要りません。
『とか言いつつ、結構楽しんでたでしょ。わかっちゃうんだからねー』
ボロアパートに戻り、ベッドに倒れこむ。ああ……疲れた。
そろそろ買い置きの食糧が尽きる。やっぱギルドの給与だけじゃ厳しいなあ。給料日は来週、そこまでは持ちそうですが。一日三食食べるとこんなに食費かかるんですね。単純に3倍だもんなぁ、しかも教育所では無料だったし。食べていくって本当難しい。以前ならこういうときは表通りに立ちましたが……さすがにギルド職員が売りってのはまずいよね。
『この町の冒険者はみんなユーキの顔知ってるからね。迂闊なことはダメよ』
はいはい、わかってますよー。
疲れたけど……眠ってしまう前に今日聞いた話を整理しておこうか。
『そうね。だいぶ深刻な状況みたいだし。事態が動き出す前に要点整理しときましょ』
――まず、この町の置かれた状況から。
ここからイグニス沿岸までは「南回り街道」で約1日、およそ60km。「南回り街道」はルクシアと王国南部の最大版図・イルゴン公爵領とを結ぶ主要街道だ。ルクシアからリゼの町まで南下し、そこからイグニス沿岸まで東進。川に沿って再び南下し、「
仮にムルガルから出兵があったとしても、まず川を渡り、橋頭保を築き、この砦を突破しなければリゼ方面には到達できない。正直、現時点ではそれほどの脅威があると思えない。東方軍は1万以上の常備兵を持つらしいし、不意打ちにしても突破は難しいだろう。あるとすればリゼ川を直接遡上してくる経路かな。それも水深の関係で大型船は難しい。リゼ近辺の軍備はよく知らないけど、それでも散発的な襲撃であれば十分持ちこたえられるだろう。
にもかかわらず、教会の上層部が直接コンタクトを取ってまで注意喚起してきた。何か想定外の方法で攻撃してくる可能性でもあるのだろうか。以前の戦闘では敵に魔女が付いたという。今回もそうなったり?……まぁ、この辺はボクの考えることじゃないね。
より現実的に、若干心配なのはギルドと軍との関係。
いわゆる「兵士」にはいくつかの種類がある。最上層はもちろん王国兵。ヴァルラン王国とその王に絶対の忠誠を誓う、王国内4か所の軍学校から選抜されたエリートたち。全員が常備兵で士気も非常に高い、と思う。大規模駐屯地であるルクシア周辺でも、東方軍が住民と問題を起こしたなどという話は全く聞かない。
次点が各領地の領兵。彼らは領主への忠誠を通して王国のために働く。練度も士気も領によりけりだが、王国軍主力部隊の駐屯地という関係もあってルーゼンヒルの領兵は比較的レベルが高い。はず。ただし常備兵は多くなく、半農半軍の生活をする者が大多数らしい。
この下に続くのが傭兵。正式に傭兵として認められるのは、領主に認定された傭兵団に所属し、かつ傭兵ギルドが身分を保証する者。「自称傭兵」という実質的な山賊・
で、最下層が「義勇兵」と呼ばれる者たち。これは戦時に王または領主の招集に応じた臨時の兵であり、出自・能力・所属・素行などは一切問われない。要するに傭兵以下のゴロツキの集まりだ。当然のように危険な任務が宛がわれる。
問題は冒険者ギルドに義勇兵としての戦時徴兵義務があること。王や各地の領主が義勇兵を募った場合、ギルドの組合員はそれに応じなければならない。もちろんボクも。通常業務の維持に必要な最低限の人数は徴兵から外される取り決めだが、これは契約ではなく覚書であり、戦時となれば守られる保証はない。一方で徴兵義務は契約だ。加入申込書にも記載されている。
仮に戦時招集がかかれば、ギルド組合員はゴロツキの集団に混ざり、彼らと寝食を共にし、そして捨て駒として摺り潰される。
徴用されてまで娼婦の真似事をやるような事態にはならないといいなぁ。ボクはまだしも、年頃の女性冒険者だって少なくない。そうなれば悲惨だ。本人たちが苦しむだけでなく、戦時終結後のギルド運営も滅茶苦茶になるだろう。万一そうなった時には、職員として全力で組合員を守らなければ。
****
気付けば朝。いつの間にか寝てしまったみたいです。日の出前の薄明るい空、出勤時間が迫っている。身体は重い。うう……この数日ちょっと辛いですね。次の休みはたくさん寝よう。
「……」
何かがおかしい。
いつも通りにギルドの裏口から入ろうとしたところで、違和感を覚えます。
……静かすぎる。
いつもなら開場待ちの冒険者たちが入り口の外で話す声や、早めに出社した職員が世間話に興じる声が聞こえてくるはず。今日は全く聞こえません。
『気を付けて。人の気配はあるのに物音がしない。明らかな異常よ』
昨日の今日ですから、ボクもちょっと神経質になってます。念には念を。ギルド裏手から雨樋を伝い屋上へ。これは「そういう仕様」だそうで、以前ニコさんに教えて貰いました。
『見かけない兵士……王国兵じゃなさそうだけど』
ギルドの正面入り口を数人の兵士が塞いでいます。……何でしょう。これではまるで――
『裏にも来た!隠れて!』
咄嗟に伏せ、階下の声に聴き耳を立てる。
「裏口の封鎖完了。班長に伝令」
「了解」
封鎖……ってことは今のところ中の人たちは無事らしい。ボクもギリギリでしたね。ってか、一体何なんだ。
「班長より伝令。これより3分後に合図。それを以て突入せよ」
「了解」
練度が高い。足音の間隔が一定。これは傭兵じゃないな。
それより……突入?まさか。
『うん……思い出した。これはたぶん』
「(……ユーキ、ユーキ)」
??……近くで小声が。
『ユーキ、後ろ』
「(こっちだ、ユーキ。よく来た)」
「(ニコさん!無事だったんですね!)」
ボクのいる二階屋根よりさらに上、物見塔にニコさんがいました。身を低くしたまま、慎重に近づきます。そうか、ここからなら一応出入りもできる。ちょっと目立つので今は無理ですが。
「ニコさん、これは一体……?」
「わからん。だが、味方じゃないのは間違いない。支店長は不在だ。中には職員4人、異常を察知して会議室に籠ってる」
「さっき3分後に突入するって」
「マジかよ……どうする……いや、いずれにしても二人じゃ無理だな」
状況が不明な今、下手に抵抗するのは危険です。怪我じゃ済まないかも。
「よし。俺は中の職員と投降する。お前は逃げてマルクス所長に状況を伝えろ。少なくとも奴らは王国軍じゃあない」
「承知しました。突入のタイミングで逃げます」
「頼むぞ。……もうすぐ夜明けだ。奴らも無茶はできまい」
「ご無事で」
「お前もな」
間もなく。ギルド上空で小さな閃光が弾けた。合図ですね。
正面入口の兵士たちが扉を破って侵入します。その音に紛れて彼らの死角になる雨樋から降下。大丈夫、気づかれてはいないようです。見張りは二人……さすがに前は通れない。開場待ちの冒険者が集まる時間ですが、彼らもギルドには近づかず様子を見ている模様。ギルド前は無人です。
仕方がないので一度ギルドから離れ、遠回りして教育所へ。徒歩5分の距離ですから、遠回りしても走れば1分少々。全力で走り続けます。
『あの兵士。見たことあるはずよ、ユーキも。異端審問官ね』
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