第20話 結界
お二人の話が段々と横道に逸れ、終いには昔話で盛り上がりはじめたのでボクとニコさんは撤退を決断。軽く挨拶をし、そそくさと席を立つ。
「あ、部屋の外、気を付けろよ」
『――ユーキ止まれ!結界!」
セナの叫びに身体が反応し、ニコさんの腕を強引に掴んで部屋の中へと引き戻す。
「おい、どうし――これは」
「……危ないところだったな。よく気づいた」
「侯爵直轄の教育所に術式展開とは……いい度胸してんじゃない」
「窓側も……当然ダメだな。なかなかの力量だ。あたしら二人に気づかれず結界張るとはね」
結界――特定空間に作用する術式には色々な種類があります。有名なのは物理防御、魔術防御、侵入感知、魔力感知などなど。今回は恐らく……。
「十中八九、多重展開の情報取得型だろう。触れてたらヤバかったぞ、ニコ」
「申し訳ない。ユーキ、助かった」
「いえ、良かったです」
第一層の魔力感知で波形分析し、二層目以降はそれに合わせた術式を自動発動する多重展開トラップ。貴族のお屋敷なんかでは必需品らしいですね。実際見たのは初めてです。しかし部屋から出られなくなっちゃいました。どうするんでしょう。
「逆探は……無理そうだな。どうする?素直に壊すか?」
「ちょっと待って。……うん、いいわよ、壊して」
マルクス所長が何かを確認した後、トットさんは無造作に
「こんなもん、あると分かれば蜘蛛の巣みたいなもんだ」
「いい子は真似しちゃダメよ。波長合わせた魔力ぶつけて
……ですよね。ボク程度の魔力視では何が起きたのかすら分かりませんでした。
『わたしは分かったけどね~へへん!まあ同じことやれるかって言われたら無理ね。魔力の周波数同調なんて変態技巧すぎるわ。やっぱヤベえよ店長』
「で、相手は?軍部……じゃねえよな。支部も行政もここまでの強硬手段は取らない。となると?まさかムルガルか?」
「いいえ。……事情聴取が必要でしょうね、さすがに。いるんでしょ?出てきなさい」
所長は相手が分かっているようですね。いったい誰なんでしょう。戦闘になれば無力なボクは数歩下がって様子を見ます。ん、誰か来ま――!?
『あらまあ』
「……」
「はあ?おま……モル子かよ……どうなってんだ」
****
まさかの。
ボクらが話していた応接室に結界を張った相手。モルさんだったようです。何が何やら……。
『かんっっぜんに騙されたわね。大した役者だわ』
「とりあえず、全員入れ」
所長はそう言ってボクらを再び応接室に招き入れ、入り口の戸を閉めます。同時に何かの術式が発動しました。今回はボクにも分かる。妨害術式ですね。会談中も発動していたようですが、その時よりも相当に強められた魔力が事態の重要度を示しているように感じます。
「モル子、どういうことだ?」
「……」
モルさんのこの表情、覚えがあります。先日ここに案内した際にも見ました。たしか、イグニスの向こうには行けないという話をしたとき。やっぱりモルさんは何かしらの決意をしてこの場にいるのでしょう。一筋縄ではいきそうにありません。
『いや~どうだろ?かなり実力差ありそうよ。やろうと思えばいくらでも方法あるでしょ』
「ああ、状況はだいたい把握したよ。話さなくていい。というか、話せないだろ?お前」
「……」
所長は何か知っているようです。何でしょう?
「お前、暗部だな。返事はいらない。喋りたくなったら話せ」
「……」
「暗部?教会のってことか?こんな
ええー?それはさすがに無茶じゃないでしょうか。暗部って暗殺とかするところですよね?知らないけどイメージ的に。いやほんと、こんな子供が?
「傀儡の手引きだろう。イグニス沿岸農村部で育成してた暗部を丸ごとばら撒いたな。リゼだけじゃない。ルクシアはもちろん、南部や王都にも出張ってるはずだ」
「……」
「それでお前、ここに潜り込んだのは私たちとの接触が目的のはずだ。伝言ついでに腕試しでもして来い、そんなところだろ。違うか?」
「……はぁ。まさか初手でそこまで見破られるとはね。降参降参」
モルさん?なんか雰囲気が全然違いませんか?なんていうか、もっと元気!天真爛漫!みたいな子だったはず。あれは演技だった?
『そっかー、そう言えばあの時もこの子の接近に気付けなかった、このわたしが。その時点でおかしいわ。マジの暗殺者かい』
「お察しの通りよ。『狼』と『探偵』が使えるか試せってね。姐さんからの指令」
「姐さん……フランのことでいいのか?」
「ええ。改めまして、魔術管理協会・禁制術式取締部のモルです。礼を失した行動、それによりご迷惑をお掛けしたこと、まず謝罪させていただきます。申し訳ありません。この通り敵対意思はありません、何卒ご容赦くださいますよう」
んんん?あれ?モルさん?
……明らかに外見が違うような気が。身長は変わりませんが、今のモルさんはどう見ても成人です。実は結構年上だったり?魔術管理協会……先ほどの話からして、教会の人ってことですね。やっぱり「暗部」なんでしょうか。あと「探偵」ってマルクス所長のことですよね、たぶん。この人も有名人だったのか。
「
「『使えると判断したら殺される前に土下座しろ』とのことですので。正直、姐さんほどの方がそこまで言うなんて、という興味もありましたが」
「あ゛?……どうする?吊るすか?」
吊るす?吊るすって何ですか店長。冗談ですよね?
『あのねぇ……隣国首脳の直系配下を勝手に処刑なんてできるわけないでしょ』
「閣下直系を吊るしたら侯爵領は滅ぶだろうね。仕方ない、全員何も見てない、聞いてない。いいですね。……それで、伝言は?」
良かった……のか?今日一日で聞いちゃいけない情報をどれだけ聞いてしまったのでしょう。もうお嫁にいけません。
『行く気だったのか君は』
「はい。次の通りです。『狼、探偵、息災そうで何よりだ。手足を放ったのは知っているな?協力しろ。ムルガルの背後は複雑だ。情報封鎖が厳しい。南を洗え。そして懸念を複数ルートで王まで届けろ。お互い間もなく忙しくなる』……以上です」
「はぁ……また好き勝手なことを……」
「ふうむ。南ね。自由都市同盟……いや、商工会議か。いずれにしても、相当に近いということだな」
「まさか、あの依頼は」
「そういうことだろう。奴は冒険者を縛った。それだけの何かが起きる」
あの依頼……?ニコさんは何かに気づいたようです。縛った?
『美味しい依頼で高位冒険者を拘束した、それは次に来る何かに即応させるため……ってことでしょうね』
「ギルドの初動は焦るな。まずはこちらで情報を集める。次からは軍部の繋ぎを出す。それを待て」
「上官気取りで指揮すんじゃねえよ。こっちはこっちで動く。……ま、手数が無いのは事実だ。焦りようもない」
「例の依頼はどうしますか?」
「当面は継続。そうだ、今日もあいつは来るか?」
あいつ、というのはフレンシィさんでしょうか。
「姐さんの手駒の行動までは把握していませんね」
「ならニコとユーキはギルド待機。あたしもすぐ向かう。来たら応接室な」
「承知しました」
はあ~……疲れた。帰って寝たい。そう言えば睡眠不足でした。頭がぼーっとしてます。深夜割増って早朝にも適用されるんでしたっけ。3時起きで手紙届けましたからね。
「あ、ユーキさん」
「はい?ええと、モルさん?でいいのかな?」
「色々すみませんでした。同年代の方と町を歩いたのは久々で……とても楽しかったです。ありがとうございました」
これも演技……ではなさそうです。仮に演技でも、そのまま受け取りましょう。
「こちらこそ。美味しい屋台もあるんですよ?また一緒に歩きましょう」
「はい。その時はよろしく。それでは」
友達になれるかなー、なんてね。モルさんはどんな人生を歩んできたんでしょう。やっぱり年齢はあまり変わらないみたい。15歳ってのは嘘にしても、ボクと大差ない歳で暗殺者だなんて……。何と言うか、やるせない気持ちになります。
『忘れてるかもしんないけど、ユーキの人生も相当アレだからね?たぶん同情されるのは君の方だよ』
ボクにはセナがいますから。モルさんにもそういう人はいるのだろうか。
『お?なんだその大人の余裕みたいな……はっ!そうか、そうなのか?やっぱ捨てると違うのか??』
何を言ってるんでしょうこの子は。ああ眠い。
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