第19話 魔女

「あの、魔女っていったい何なんでしょう?」


 せっかくなので聞いてみます。アリスと関係あるってことは想像できますが。


「ああ、そこからだよな。何ていうか……長くなるけどいいか?」

「私から説明しましょう。お前に任せるのは不安だ」

「酷くないか?こいつら一応私の部下なんだが」

「部下が軍に追われる身になっても?」

「はいはい。元情報部特務係長さんにお任せしとくよ」

『不穏すぎるんだが』


 それからの説明は確かに長かった。要約すると――


****


 ――魔女について説明するには、まず教会……ジュネス教導会の成り立ちについて知っておかなければならない。


 ジュネス教導会はここジュネラシア大陸において最大の宗教団体だ。原型は主神ジュネスを祀る一神教だが、他の神格を否定せず、信仰についてもある程度の自由を認めている。教会信徒であってもジュネス以外を崇めて構わないということだ。他の教団では自らが崇める神格が唯一絶対であると主張するため、相対的にジュネス教導会は一般民衆の支持を集め、旧帝国時代に急速に拡大した。

 およそ1000年前、旧帝国が瓦解する頃には既に大陸西部の代表的な宗教団体であり、さらに大陸東部へと逃げ堕ちる旧帝国勢力が各地で宣教師的な役割を果たし、結果として大陸全土へと浸透した。

 現在使われている言語、暦、度量衡といった各種制度は教会がこの拡大期に標準化したものであり、実質的に大陸内に存在するすべての国家がこれらの制度を使用している。


 もう一点、教会の重要な役割とされていたものに「魔術管理」がある。魔術、つまり魔力を使用した各種術式は利便性と共に危険性も大きいため、かつては不慮の事故が頻発していた。幼い子供同士での殺傷事件などもたびたび発生していたとか。

 教会はこういった事態を防ぐために「魔術管理」が必要であると説き、信徒たちの魔術使用を段階的に制限。殺傷力の無い簡易な術式を標準化し、日常生活に必要な最低限の使用に留めるよう教育した。「生活術式ライフ」の誕生である。

 これがおよそ500年前、ヴァルラン王国成立期の話だ。帝国本国は衰退し東域へと逃れ、旧帝国時代の自由都市は大幅に規模縮小。ヴァルラン王国もまだ現在の3割程度の領地であり、大陸西部では名実ともにジュネス教導会が最大勢力となっていた。

 教会はこの権威を最大限に活用し、言語や暦を教会標準の諸制度へと順次変更。同時に「魔術管理協会」を立ち上げ、教会の進出対価として管理協会への加入を義務付けた。諸制度を支配する教会が無ければ周辺社会から取り残されるため、王や領主はこの要求を飲まざるを得ない。かくして大陸中の魔術は教会の管理下に置かれることとなった。


 このような強権的な管理には、当然ながら反対勢力も発生する。その最右翼が「魔法魔術学会」だ。旧帝国時代から連綿と続いてきた魔術研究者の学会で、教会以前にはこの学会が「禁制術式フォービドゥン」などの指定を行ってきた。

 魔術管理協会教会の方法論では新規術式研究はもちろん、軍用や対魔物用のあらゆる術式使用が制限される。もちろん緊急を要する場合には教会の許可のもとで使用できたが、学会はそれだけでは不十分だと考えた。

 その結果生まれたのが「即発術式インスタント」である。生活術式の論理を応用し、管理協会の制限を超えない魔力範囲で殺傷力を持たせた術式。これを用いて学会は教会に無謀な戦争を仕掛けた。およそ250年前のことである。

 結果は痛み分け。局地的には学会の新術式が猛威を振るったが、元々の数が違いすぎる。学会が運用できる兵は数百人の研究者とそれに賛同した領兵や傭兵団が精々、教会は100万を優に超える信徒を持ち、訓練された各種騎士団だけでも数万人。分かりきったことだが、学会側は数の力に押しつぶされる。

 しかし、圧倒的優位なこの状況下で、教会は引かざるを得なくなる。たった数人の特殊部隊が教会領聖都の教会本部を制圧したのだ。


 この制圧任務を行ったのが後に「魔女」と呼ばれる集団、魔法魔術学会・特殊運用部。


 学会と教会とはそれから数十年にわたる協議を続け、最終的に現在のような管理体制に落ち着くこととなる。つまり、学会による禁制認定とそれ以外の術式使用自由化、「ただし教会に洗礼を受けていること」という条件付きで。


****


「――現代で魔女と言えば『魔術概論』のアリスが有名だが、彼女は当時の学会では異端児だったらしい。学会が独占的に運用していた魔術知識を一般に開放しようと考え、反対を押し切って論文公開した。それに特殊運用部が賛同し彼女を保護したため、彼らへの感謝として『魔女』を名乗った。そういうことらしいわ」


 スケールが大きすぎて飲み込むのに時間がかかりそうです、これは。魔女ってつまりは学会という研究者団体の実力部隊?数人で敵本拠地を落とすとか、信じられない活躍してますね。そして教会ってそういう団体だったのか。管理協会とやらも全く知りませんでした。ってか、現状だとぜんぜん「管理」されてないような。


「まあ、今の教会は穏健派が主流だからね。信仰と慈善事業の団体って認識で間違ってないわ。学会とも仲良くやってるし。ただ、過去にはそういうことがあった。そして――」

「ムルガルとの遺恨か。教会は穏健派でも騎士団はそうじゃなかった、ってわけだ」

「そういうこと」


 そこでムルガルに繋がるんですか?なんで?

『学会との戦いで最前線に立ったのがムルガル聖騎士団。その褒賞として自治区を与えられた。200年以上昔のこととは言え、教会が日和ったら面白くないってことでしょうね』


「騎士団は教会が争うときは最前線に立つ。それに見合った人材が集められるわけだ。つまりは信仰の強い、原理主義的な」

「要は狂信者だな。厄介だぞ、奴らは」

「それって昔の話じゃないんですか?」

「なるほど、ムルガル戦役ですね」


 ムルガル戦役……思い出しました。ムルガル自治区が独立を主張する切っ掛けとなった二度の衝突。30年ほど前だったでしょうか。旱魃被害による移民を装ったムルガルの騎士団が辺境伯領を侵犯した事件ですね。二度とも撃退しましたが、王国側にも相応の被害があったはず。


「ああ。残念ながら聖騎士団の理念は健在だ。……あの戦いで情報収集能力の重要さを身に染みて感じたよ。何せ未知の術式が乱舞してるんだからな」

「どういうことです?未知の術式?」

「魔女だ。『獄炎』の魔女、ケルヒ・ミューラ。学会を裏切ってムルガルに付いた」


 え、ムルガルには魔女がついてる?それってヤバくないですか?


「安心しろ、ケルヒは死んだ。もっとも、戦役終結から10年以上経ってからだが」

「成し遂げたのが……フラン。フランチェスカだ」


 フランチェスカ。フレンシィさんのことですね。

『傀儡、フレンシィ、フラン、フランチェスカ……名前が多くてややこしいわね』


「ニコもユーキも奴には深入りするなよ。かなり面倒な女だ」

「プクク……何言ってんだか。お前が一番深入りしてんだろうが」

「だからこそ、だ。それに今の彼女の情報は無い。何てったって」

「魔術管理協会会長、フランチェスカ・シュタルヒン枢機卿閣下ですからね」


 魔術管理協会……枢機卿!?

 枢機卿って、教会最上層の、あの枢機卿、ですよね?魔女が?


「ああ。もとは融和政策……学会からの出向で管理協会に所属したんだが、当時の教皇サマとウマが合ったらしい。そのまま転属だ」

「色々あったらしいが最終的にケルヒ討伐という大仕事をやってのけ、晴れて枢機卿に選出。もう15年前ね」

「大氾濫、知ってるだろ?あの元凶はこの二人の戦いだ。あ、戦役以降の話は全部機密な。なんだよ結局お前だって機密喋ってんじゃねーか」

『この二人、似た者同士だわ』


 はあ……。もう訳が分からない。ボクがどうこうできる話じゃありません。


「そして、その厄介な魔女が15年ぶりにこちらにメッセージを送ってきた、というわけよ」

「魔力紋なんてカビの生えた伝統を律儀に使ってるあたり、あいつらしいよな」

「それでいて肝心の情報は何が何やら。ま、それも彼女の意図でしょう。精々踊るしかないのよ、こっちは」


『もう「傀儡」ってより「人形遣い」の方が合ってるんじゃない?』

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